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第十話「冴さんと一緒……なのですっ!」⑤

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 それから……。
 エルトランの給湯室でお茶をお盆に並べていると、秘話無線モードでエルトランが話しかけてきた。
 
『ユリコ艦長、報告と確認になりますが……。先程、治安維持局からユリコ様の所在確認の問い合わせがあったのですが……何かありましたか?』

 ああ、そう言えば、宇宙港って治安維持局の管轄外なんだっけ……こっちはこっちで、航宙管制センターが司法権も含めて管轄してる……言ってみれば、一種の治外法権エリア。
 
 厳密に言うと、各艦船の司法権は艦内だと、その艦長が責任者となる……。
 考えてみれば、治安維持局からすると、ここに居る限り、安否確認も動向も掴めずとってもやきもきしてるだろうから、所在確認くらい来るよね……。
 
 メールか何かで、行動予定くらい送ってあげても良かったかも。
 多分、あちこち回り回って今頃、エルトランの所に問い合わせが来た……そんな感じだろう。
 
 エルトランにも今の状況を話すべきか……一瞬迷ったけど、隠してもしょうがないって気付いたんで、洗いざらい話すことにしたのです。

「実は……」

 かいつまんで、ユリが長期に渡って、クオンに留学することになったのかを含めて、これまでのいきさつと、正体不明の監視者について、説明する。
 
「……なのですよ」

 エルトランとは、電子コミュニケーションが可能だから、長い話でも一瞬でやり取りできるのですよ。
 
『……なるほど。そう言う事情がおありでしたか。なお、現時点でのユリコ様の警護責任は、私に一任されておりますので、ご安心下さい。下手人もさすがにここまではとてもは入り込めないでしょう。けれど、クオンコロニーへの侵入ルートは、およそ見当が付いておりますし、侵入者の正体も掴めそうです』

「……どんなヤツなのです? どうやって入り込んだのです?」

『ラトューニュ星系から来た商社マンを偽装しているようですが、どうもクリーヴァ社の手の者のようですね。四人一組の偵察ユニット……これはエスクロンの諜報局からの情報なのですが、クオンの治安維持局には伝わっていないようです。どうも途中で人間側の判断で、意図的にもみ消された可能性がありまして……。実際問題、エスクロンからユリコ様達の武装警護チームが派遣されているようなのですが、星間条約を盾に中継ステーションで足止めされているようです。これは少々きな臭いですな』

 さすが、状況把握と、情報収集の手際が良いなんてもんじゃない。
 瞬時に、ネットワークとユリの付与権限を利用して、エスクロン側と連絡を取り、情報提供を受けたようだった。
 
 それにしても……なんとも嫌な情報なのです。
 どうもクオンの偉い人が、この状況を利用しようとしてるっぽい。
 
 その目的は、わざとトラブルを起こして、エスクロンの影響力を削ぐ……とか、そんな感じと推定される。
 確かに、ユリを巡って、一般市民を巻き込んだ騒ぎなんて起きたら、大問題になる。

 エスクロンもクオンについて影響力を確保したい、そう考えているようで、ユリの留学も良い名分が出来たって考えてるフシもあるのです。
 
 いち女子高生の身柄を巡って……政治レベルの駆け引きとか、実にバカバカしい話なのです。
 でも、確実に政府レベル……国家間の思惑ってのも、垣間見えるのですよ……ろくでもない事に。
 
「対抗策は? ユリはどうすればよいのです? でも、物騒な事は勘弁して欲しいし、今更エスクロンに帰れって言われるなんて、嫌なのです」

 せっかく、お友だちとか出来ていい感じなのに……今、戻されたら、間違いなく引き籠もれる。

 一応、兵士として戦う訓練は一通り受けているし、対人戦闘とかは出来なくもないんだけど。
 実戦で人を撃てるかと言われたら、自信がないし、取っ組み合いとかなって、相手を殴ったり、刺したりとか……。

 絶対、躊躇っちゃう……戦闘意欲が低いと酷評されるのも頷けるのです。
 
 とにかく血を見るとか無理っ! 他人の怪我とかだって、気絶しそうになる。

 ユリは……普通の女の子と違って血と縁があまりない……。
 軍事演習でも、チームの子が転んで怪我してるの見たただけで、気絶してメディック送りになったくらい。
 
 要するに、人殺しに全然向いてない。
 ユリが本来の用途から外されたのも、多分それが原因なんだと思うのですよ……。
 
 兵器のテストドライブとかVR演習とか……誰も死なない、傷つかないって解ってるなら、戦うのだって躊躇しないけど。
 リアルの戦闘とか巻き込まれたら……為す術ないかも知れない。
 
『ご心配なく。すでに当局の担当統括AIと情報共有済み。先方も侵入者のプロフィールを確認の上で、トレースを開始。治安管理局は、政府からも独立した司法権を持つ組織なので、政治介入の余地は無いはずです。となれば、もう恐らく時間の問題でしょう……このエルトラン、ユリコ様の安全のためなら、この力……存分に活用致しますよ』

「さすがなのですよ」

 すっごく頼もしい……エルトランに相談して正解だったのです。
 
 凄いなぁ……多分、エルトラン……エスクロンと治安維持局の間に意図的に設けられてた垣根をあっさり、取っ払ったんだと思う。

 今回の一件は、この両者が手を組むのが一番効率が良い……。

 エスクロンの戦術ユニット……豪勢にも第二世代強化人間を中心とした秘匿戦闘部隊なんてのがリストアップされてる。
 当然、そんな情報は公開されてないけど、ユリなら、ユニットコードだけで内部データベースから参照できるから、把握できるのです。 

 彼らがクオンまでたどり着けていれば、大方の問題は処理してくれたのだろうけど、そこへ意図的な政治介入があった。
 単なる旅行者に扮した彼らは、非武装、かつバラバラで潜入しようとしたようだったのだけど、エスクロン側からの通達情報が意図的にリークされたのです。

 結果、政治問題化して、彼らはエーテル空間側のクオン中継ステーションで拘束状態にあった。

 エスクロンの介入を許したくない勢力……保守的なクオンにそう言う勢力が居るってのは、納得は出来るのです。
 その上での、介入拒否……クオン側としても、主権に関わる問題なので、表立っては譲れない……なかなか、やってくれるのです。

 でも、エルトランみたいな古参AIの介入により、治安維持局が勝手にエスクロンと手を結んでしまったってのは、多分その人達も想定外。 

 昔から、AIってのは、人類の裏側からこう言う理不尽や不正を付き壊したり、間違った方向へ進みそうになるのを、あの手この手で阻止したり……そんな役割を担っていたのだけど……。
 
 なんと言うか、上手くやってくれたなぁ……と感心しちゃうのです。
 
『それにしても、ユリコ様ももっと早く、私にご相談していただければ……。この星系も色々怪しげな勢力が入り込んで、決して平穏とは言い難いですからな。宇宙港の外に行かれましたら、私の管轄権は及びませんが、治安維持局とエスクロン諜報局とは、相互協力協定を締結致しましたので、今後はより一層の安全を確保できるかと思います』

 ……なんと言うか、権限の及ぶ限りでベストを尽くす……まさに、AIの典型。
 
 けど、大げさ……とは言いにくい。
 
 この星系……何気に、クリーヴァとエスクロンと言う巨大企業国家同士の覇権争いの舞台にもなってるって、ユリも実感してるのです。
 
 エスクロンは、昔からクオンには入植者や資本を投入してるメインスポンサー的な存在。
 そのエスクロンが、自国の要人警護部隊の介入を阻止される程度には、クオンはエスクロンの預かり知らぬうちに、侵略されていた……これは、想像以上に由々しき事態なのです。
 
 相手のクリーヴァは、謎の多い企業で、異世界の人類の敵と繋がってる……なんて、冗談みたいな話も聞くほどで、その工作員がフリーパスで侵入して来てるとなると……。
 
 思った以上に、危なっかしい情勢……憂鬱なのですよ。
 
「……あはは、ユリはモテモテなのですよ……困ったことに」

『ノブリス・オブリージュ……高貴なるもの、優れたものは、人より多くの責務を負うべきと言う考え方です。ユリコ様は大変、優れた方ですが……きっとこれからも、色々なトラブルや障害、面倒事に巻き込まれる……そんな宿命にあるのかもしれませんね』

 なんと言うか、不吉な予言ではあるのです。
 でも、その予言は頷ける……スペシャルズなんてのに選ばれた時点で、それは覚悟の道。
 
 学校生活でも、政治的にも……ユリは完全にキーマンになってしまっている。
 
「……あまり嬉しくはないのですよ」

『ご安心を……我々は、貴女のような方こそ、好ましく思っております。人の歴史の変革期には、いつも貴女のような存在がいる。我々は常にそう言う方々の味方となる……そうすることで上手くやってきたのです。貴女が思っている以上に味方は多いのですよ』
 
 スペシャルズ……エスクロンの最高技術の投入された強化人間をこんな所に送り込む時点で、何かあるとは思ってたのですよ……。

 変革とは大げさって気もするのだけど……ユリ達は第3世代型強化人間……遺伝子レベルで改良を施した新人類とも言われる世代。
 それが、精神的な欠陥を克服しつつあるともなれば、重要性はますます上がってるのかもしれない。

 ……この辺の大人の事情を子供のユリが考えるってのも、おかしな話なのですけど。
 ユリがここに居るのも、色々な政治的な思惑の末なので、教えられてないからって、気にしないって訳にも行かないのです。
 
「……感謝するのですよ。エルトラン」
 
『はい……。貴女の事情はより深く、このエルトランも理解できました。せめて、クオンにいる間程度は、お守りさせていただきますよ。我が艦長殿』
 
 渋く優しい声……うーん、相手がAIって解ってても、これはなんと言うか……ときめくね。

 無条件で安心できる場所……そう考えると、ここは自宅よりも安全かもしれない。
 追跡者がウザくて、困った時はここに来ればいいのか……いっそ、宇宙に出ちゃえば、誰も追いつけないし、宇宙の戦いなら、ユリは無敵なのですよ。

 宇宙……ユリの本来の居場所。

 無敵ってのは、言い過ぎだけど。
 どんなのが相手でもなんとでもなっちゃう……そんな気もする。
 
 色々大変そうだけど……なんか、もう出たとこ勝負でいいやって、開き直ったら、気楽になった。
 
「ありがとなのですよ! ごめんなさい、もうちょっとお喋りしたかったけど、皆をあんまり待たせるのもアレなので……」

『これは失敬……では、また後ほど』

 戻ると、冴さんと先輩達が妙に、仲良さそうな感じで談笑しているところだった。
 
 ……なんか、冴さん一気に打ち解けちゃったみたいで、随分とリラックスしてるのです。
 友達少ないって言っておきながら、実は意外とコミュ力高い?
 
「皆さん、エルトランのお茶が入ったのですよ。あと、お菓子もっ!」

 100クレ均一のバーゲン品のチョコクッキー。
 ハセガワさんの差し入れ品の一つだったりする。

「ありがとなー。しっかし、冴ちゃん、ええ子やなぁ……アタシも気に入ったで! うんうん!」

「そうね……。ユリコさんも素敵な友人が出来たみたいで、良かったですの」

「せ、先輩……本人の前では……」

「……何の話なのです?」

「気にしない方が良いと思いますわ。ありがとう、お茶にしましょうか」

 エルトランのお茶は、今日はレモングラスティー。
 相変わらずのパウダー合成品だけど、皆と飲むお茶は何故か、とっても美味しい。
 
 冴さんも、色々自分で調べて、地上活動用の服や装備なんかも、買い揃えるとか言ってたのです。
 当然、ユリも付き合うって言ったら、冴さん、すっごくご機嫌に……。
 
 そんな感じで、談笑したり、備品の整理をしつつ、その日は解散……。
 
 このところ、毎日が充実してるのですよ?
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