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第八話「なかよしなのです」①

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「……凄ーいくまさんなのです!」

 新規オープンしたばかりの冬物専門店の入り口に佇む、ダウンジャケット着込んだ2mくらいある巨大くまさんに抱きつきっ!
 
「も、もこもこですわーっ!」

 エリーさんも目を輝かせて、一緒に抱きつきっ!
 二人で抱きついても、余裕なくまさん!
 
 エリーさんと目が合って、思わず二人して照れ笑い。
 
「がおーっ! いらっしゃいませだクマー!」

 巨大くまさんが頭なでてくれるのです。
 これ……ロボットなのです! けど、手だけでユリの顔が覆い尽くされるくらいあるのです。
 
「お喋りも出来るんですの! こ、これ、おいくらかしら?」

「クマーは、売り物じゃないクマー! ちっちゃいレディちゃん、すまんクマー!」

 客寄せロボとか気が利いてるのですよ。
 よく見ると、エスクロン系列のアウトドアギアメーカー「モンブル」のロゴが付いてる。
 
 エスクロンの過酷な環境で鍛えられ、洗練されたアウトドア機材やアウターで有名なのです。
 なお、大抵のところではオーバークオリティとも言われてるけど、コストも安いので本格派には大人気なのです。

「あはは、二人共はしゃぎすやでー」

「いいじゃない。こうしてみると、私ら保護者って感じよねー」

 ハセガワさん。
 店番、ダンさん達に押し付けて、付き合ってくれたのです。
 
 ダンさん達も普通に引き受けてくれて……いい人たちなのですよ。
 
「はぅわっ! 思わず我を忘れてしまいましたわ……」

 エリーさんが正気に返ったらしく、真っ赤になりながら、ズリズリと後退りする。
 
 確かに、こんな事するのって子供のような……。
 でも、ユリは世間一般でお子様扱いされる年齢なんだし、許されると思うのです。
 
 このフカフカは……素晴らしいのです。
 ユリもぬいぐるみでも買って、一緒に寝たりとかしてみようかな。
 
 名残惜しげに、ユリもくまさんから離れると、今度は、アヤメさんとハセガワさんも待ってましたとばかりに、同じ様に抱きつきっ!
 
「た、確かにこれは堪らんなぁ……」

「おおお、確かにモッフモフじゃないっ!」

 ……保護者とか言ってた二人も形無しなのです。
 
「店内もちょっと寒くしてるのです……」

「せやな。冬モン売っとるのに、暑いんじゃ試着する気にもならんからなぁ」

 とりあえず、ざっと見てみるけど。
 入口近くのは……ちょっと寒い時用くらいの割と薄手のだったり、スカスカなセーターとかそんなのばかり。
 
 温度設定も急激に下げず、10月くらいからじわじわ下げるらしいんだけど……。
 正直、物足りないって思うのですよ。
 
 10度台くらいの環境想定なら、これでも問題ないは思うのですけど……。
 
「……確かに割と暖かそうなのが多いみたいですけど……。あら、これオシャレでいいわね」

 エリーさんが薄手のパーカーみたいなのを手にとってる。
 
 いや、この程度……まさに紙装甲なのです。
 こないだ降下して、めっちゃ寒い思いしたのですよ?
 
「エリー……お前、地上世界舐めてるだろ? そんなの夜のクオンはとても耐えられないからね」

「……活動記録じゃ先輩達、思いっきり制服でしたのよ? 生地もそれなりに分厚いし、制服の上にこれ着こめばなんとかなると思いますけど……」

「確かに、昼間はそれくらいでも割となんとかなるのよ……。それに部活動中は制服かジャージって変な校則があるからね」

 ジャージにしなかったのは、解る。
 でも、ミニスカ状態ではしゃぎまくってたから、パンチラしまくってたとか……。
 
 これは黙っといた方がいい情報だと思う。
 私だったら、そんな恥ずかしい記録残されてたら、何が何でもデータ抹消する。
 
「せやな。うちのジャージ、ダサダサやから、選択の余地ないわな」

 せめて、夜闇でピカピカひかるラインが入ってなければ、まだマシなのです!

「まぁ、そう言うこと。ただ問題は夕方から朝にかけて……キャンプのコアタイムと言っていい時間帯。クオンの夜は超寒いからね! 制服だけでとか絶対無理!」

「そ、そこら辺は、環境保護シールドでなんとかなるんじゃありませんか?」

「制服の環境保護シールドだって一晩となると、とても持たない。あれはあくまで非常用。だから、防寒は重要よ……文字通り、命にかかわるくらいの話なんだからね」

「先輩も大げさやなぁ……。いくら寒くても人は死なへんやろ」

 ああ、これがクオンの人達の認識なんだ……。
 むしろ、人間が生存できる温度範囲なんて、宇宙視点だとものすごく狭いのです。

「アヤメ先輩……人間は、寒いと簡単に死ぬのですよ。暑い分には水分さえ摂ってれば、50度位までなら耐えられない事もないけど、寒いと短時間のうちにあっさり死にます。クオンの地上……夜になると氷点下余裕なのです。ちなみに、こないだの地上……あれでも氷点下は行ってなかったのですよ」

 宇宙ってのは、本来とっても寒いのですよ。
 エーテル空間はむしろ、暑いみたいなのですけど、通常宇宙空間は、マイナス270度。
 分子運動の起こりようがない絶対零度の世界なのですよ。
 
 なので、宇宙船内の温度設定も旅客船でも20度程度、軍用艦だと10度とか15度設定がほとんどなのです。
 
 クオンコロニーの環境とか、むしろヌルすぎるくらいなのです。
 
「まぢかいな……それ。あれでも焚き火から離れられなかったのに……」

「ですわよね……。それに凍死とか洒落になりませんわ」

「洒落にならないのですよ……。だからこそ、あったかな服装は大事、大事なのですよ」

 もっとも、エスクロンの地上探検隊御用達の全身タイツみたいな環境保護服とかまでは、流石に……なのですけど。
 あれ……確かに暑さ寒さをほぼ完璧に凌げるのですけど、いかんせんオシャレとかには程遠くて……。
 
「……けど、そうなると、そんな氷点下でも大丈夫な服なんて、ここ……売ってないんと違うか?」

「まぁ、普通のところなら売ってないわよね。ねぇ、店員さん……氷点下環境対応の服ってここ扱ってる?」

 ハセガワさんが店員さんを捕まえて、そんな事を聞く。

「ほほぅ、氷点下対応ですか。お嬢様方はどこでそんな物を使うおつもりで?」

 初老のおじさん店員が揉み手しながら応対してくれる。

「……惑星クオンの地上世界で……なのですよ。こんな紙っぺらみたいな服じゃ凍え死んじゃうのです」

 可愛いのは確かなのですよ。 
 眼の前にあった薄桃色のフリフリのカーディガンを手に取る……お洒落で可愛い。

 でも、向こう側が透けて見える程度の薄っぺらさにガッカリなのです。

 付加機能も一切なし……こんなの使いみち思いつかないのですよ。
 おまけに、こんなのに軽く一万クレジット超えの値札が付いてるのですっ!
 
 やっぱり、オシャレより実用性っ! コストパフォーマンス第一なのです。
 
「畏まりました。では、奥にどうぞ……コロニーの冬環境と言っても、少し寒くなる程度……地球環境になぞらえるなら秋春程度ですからな。本来この程度で十分ではあるのですが。最近は、地上降下される方が居るという話を聞きまして、別に取り揃えております……どうぞ、こちらへ」
 
 店員さんの案内に従って、売り場の隅の扉を開けると、ブワッと冷気が吹き込んでくる。
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