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第三話「赤いコートの女の子」⑫

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 けど、ヤバイやつが来たとばかりに、過剰反応されたってのは、さすがにチョット待ってって感じだった。
 
「……なんだそれ。もしかして、あっちにとっては、大迷惑な存在なのか? 俺は……」

「否定はしないよ。少なくとも、そばに居るだけであの手の連中にとっては、迷惑なんじゃないかな。これまでの事例から導かれた仮説ではあるんだけど……。君自身はどう思う?」

「……俺は、何も解らないからね。結局、心霊スポットも結構あっちこっち行ったけど、相模外科以来はっきりとそれと解るようなのは一度もなかったしねぇ……。いつも近くで見ていた姉さんがそう思うなら、そう言う可能性もあるんだろうね」

「まぁ、そうだね……私が知ってるだけで、君の仕業と思われる事例はいくつかあるからね。霞ちゃんの降霊会だって、あれ……手順だけは合ってて、なんだか良く解んないのを呼び出しちゃってたんだけど、君のくしゃみ一発で台無しになったんだよ。分室だって、山久とかがトイレに入っていって消えちゃった人とか、足だけの人を見たとか色々言ってただろ? けど、君が分室に出入りするようになってから、その手の話はトンと鳴りを潜めた」

 ……そんな事あったなぁって思う。

 分室も最初は、いつ行っても誰も居ないし、何とも不気味な雰囲気で、あまり長居したいと思えなかったんだけど。

 最近は、そうでもなくなってた……慣れのせいだと思ってたけど、そう言う可能性もあったのか。
 
 ちなみに、降霊会では、トランス状態みたいになった霞ちゃんが、ベルゼバブがどうのって言ってたんだけど。

 盛り上がってた所を、思いっきり派手なくしゃみ一発かました上に、飲み物こぼして、雑巾もってこいーとかなって、色々台無しにしてしまった。
 
 結局、ぶち壊しにされたせいで、すっかり彼女を怒らせてしまって、二度と呼ばれなくなったのだけど……。
 
「そう言われると……色々あったような気もするなぁ……」

「はっきり言って、この旭興荘は、本物だよ……。これが一年で普通のアパート同然みたいになるようなら、君の能力は本物だろう。実際、そうなる可能性が高いと見てる。いずれにせよ、今後は心霊スポットとか、縁のない墓場とかあまり行かない方がいいかも知れないね。さすがに束になってこられたら、いくら加護持ちでも、限度ってもんがあるだろうし、何より、訳もなく追い払われる側が不憫でならない」

「……最近はああ言うとこも行ってないし、一人じゃ行かないようしてるよ。そう言う事なら、自重するとしよう……でも、さすがにここはどうしょうもないぜ。むしろ、俺の生存権がかかってるんだ。誰がなんと言おうが、俺はここに住む……それはもう絶対だ」

「……うん、しょうがないよね。これは……まぁ、小角ちゃんもあまり、気にしないことだよ。どうせ、ここには何度か来ることになるだろうからね。私もお泊りセットくらい置いていこうかな? とりあえず、マイタオルと歯ブラシセットは買ってきたから、これはここに置いていくとしよう」

「良く解らないけど、見延が住んでるなら、問題ないってことかな。って言うか、あの降霊会……ヤバイんじゃないって思ってたけど、確かに見延のクシャミで、空気変わってたよね……。なるほど、そう言う事だったんだ。なら、アタシも気軽に、遊びに来ちゃおうかな? せっかくだから、お着替えとかパジャマとかでも置こうかな……あ、見延……アタシらが置いていったものとか、勝手に漁ったりしないでよね!」

「……うん、しないって。さすがにそれは、人としての信用問題に関わりそうだ……」

 と言うか、着替え置くとか、どれだけ入り浸る気なんだか。
 ラッキースケベイベントとか起きても知らんぞ?

「ははっ、少なくとも私は、その程度には君を信用してるって事さ。まぁ、今後共よろしくっ!」

 そう言って、灰峰姉さんが高らかに笑って、締めくくった。
 
 
 さて……唐突ながら、この話はこれで終わり。
 
 解決編もなければ、劇的なオチも何もない……これは、日常の中に紛れ込んだ非日常の話なのだから。
 
 
 それから俺の旭興荘での一人暮らし生活が始まった。
 
 ただ、それだけの話だ。
 
 後日、与志水や須磨さんが仕事のある平日に押しかけてきて、仕事に行って戻ってきたら、皆して、一つの毛布にくるまって、テレコンワールド見ながらガタガタ震えてて、誰かがドアをノックしていったとか言ってビビりまくってたとか、ちょっとした後日談はあるのだけど。
 
 そのへんは、些細な話だと思う。
 
 ちなみに、これは学生に105の清溝さんが起きてこないから、起こしてきてと指示出ししたら、間違えて205をノックしてきたとかやらかしたせいで、怪奇現象でも何でも無かったってオチが付く。

 その話を皆にしたら、納得はしてくれた。
 そもそも、住んでる人間が具体的になにかされた訳でもないのだから、いちいちビビる方が間違ってる。

 ただ、ドアノブ、ガチャガチャやられてたとも言ってて、学生君もそこまでやってないって言ってたんで、はて? って思ったのだけど……。 

 とにかく、それから、俺は一年ほど、この部屋に住むことになったのだけど。
 案の定、色々と不思議な現象が起きた。
 
 朝方寝てるとチャイムが鳴って、出ると誰も居ない……なんてのも、最初は日常茶飯事だった。
 
 この現象は、仲間達も何度か遭遇している。
 
 5秒と空けずにのぞき窓から、外を見ても誰も居ない……そんなありがちな話だ。
 ピンポンダッシュと変わりない……質の悪い嫌がらせだ。
 
 もっとも……チャイムの電池を抜いたら、何も起きなくなった。
 物理的に鳴らなくなったチャイムは、未来永劫鳴りっこない……俺の勝ち。
 
 仕事明けに風呂に入ってる時に窓の外を人影が通って、すぐに窓を少し開けて外を見たら、誰も居ない……なんてコトもあったけど。
 
 一人で逆ギレして、一杯引っ掛けて寝た。

 朝風呂のときは、風呂場の前にラジカセ置いて、大ボリュームで音楽流しながら、窓の方は見ないようにしたら、そう言うことは二度と無かった。
 
 無人の部屋から壁ドンも何度かあったけど、うるせぇとばかりに部屋の柱を蹴り返したら、静かになった。
 
 極めつけは、旭興荘だけ震度3くらいの地震……。
 真夜中に、ズシンと揺れて、慌ててテレビを付けても、一切触れられなかった。
 
 当時は、今と違って体感出来るような地震なんて滅多に起きなくて、震度2で電車が止まるとかそんな調子だった。

 ……にも関わらず、一切報道もされずじまい。
 
 親父らに聞いたら、そんなの知らねぇって答えが帰ってきて、揺れたと思ったのは旭興荘の住民だけ……なんてコトもあった。
 
 ワケガワカラナイヨ。
 
 とは言え、別に金縛りに遭うとか、部屋に幽霊が出るとか、不自然な事故で怪我したり、病気になるとか、そんな事もなく、半年も経つ頃には、些細な怪奇現象にも全く動じない鋼のメンタルを手に入れる事になった。

 人間ってのは、慣れる生き物なのだ。
 
 その後も、旭興荘には、仲間達が終電逃したり、暇つぶしやらコミケ合宿で、何度も泊まりに来たのだけど、灰峰姉さんも含めて、何事もなく、時々、お前らうるさいと、店の従業員から苦情が来るくらいだった。
 
 後から聞いた話だと、灰峰姉さんや小角ちゃん、徳重あたりは割と何度か赤いコートの女の子を見たらしいのだけど。

 場所もまちまち、庭で地面に半分埋まってたり、一階の廊下にぼんやりと佇んでたり、二階の屋根の上にいた事もあったそうな。
 
 でも、イチイチ騒がす、今日も居るなーって感じで、スルーしてたらしい。
 ちなみに、俺が一緒にいると絶対に出てこなかったらしいし、出現場所も205の近くを避けてるような感じになってたそうで……。

 どうやら、あの一件で俺は、すっかり嫌われたらしかった。

 仲間内の見える連中の間では、旭興荘=ガチすぎるところで、ここで何も解んないようなヤツは、霊感ないって密かに言われてて、見えるって言い張ってた女子高生の霞ちゃん辺りは、ホントは見えない子認定されたりもしてた。
 
 やがて季節はめぐり、一年が過ぎ……旭興荘も取り壊されることになって、強制退去とさせられた。
 
 取り壊しの業者が弟の友人の実家だったとかで、弟経由で色々妙なものが出て来た……なんて話も聞いたけど。

 詳しくは知らない……10年単位で開かずの間状態だった102号室は、部屋中御札だらけでホラーだった……そんな話を聞いた。

 色々と、旭興荘の話を聞いていた仲間達が深夜、こっそり取り壊し中の旭興荘まで来て、部屋を覗いてまわってたら、天井の無くなった204号室に妙な箱が置かれていたとか、そんな話もあったけど。
 
 結局、中にはいって箱を開けるような猛者は居なかったし、弟の友人もそのことには一切触れなかったらしい。
 
 俺も取り壊しが始まる随分前から、すでに近所の別のアパートに引っ越してたので、取り壊してるのを遠目で見た程度で、一年住んでた割にはあっさりしたものだった。
 
 ただ、その後に建った三軒ほどの一軒家は、その102号室のあった所に建った一番端の家だけが、やたら入れ替わりが激しかったと言うことは、商売柄なんとなく、気付いていた。
 
 その家で何があったのかは、解らない。
 
 ……一回、その家に新聞代の集金に行って奥さんに会った時、なんとも疲れ果てた様子で、完全に目が死んでたのを覚えている。
 
 例えるならば、歩く死人……そんな感じだった。

 それから、わずか数ヶ月後……その家は唐突に無人になった。
 
 お袋の話だと、あの家は、誰が入っても一年持たずに出ていっている……そんな風に話していたし、夜、そこを通りがかるとその家だけが、いつも妙に暗かった……まるで、かつての旭興荘のように。

 親父らが新聞屋を引退して、故郷の岡山に引き上げた事で、町田ともすっかり縁がなくなって、もう十年以上の歳月が経ち、かつての仲間達とも縁がなくなって久しい。
 
 あの近辺も、市民病院がかつての面影がない程に立派になって、周囲にもドラッグストアやらコンビニやらが立ち並んで、ずいぶんと賑やかになった。
 
 ……結局、あの赤いコートを着た笑顔で挨拶する女の子は何だったのか?

 そして、長年、御札だらけで封印されていた102号室には、本当は何が封じられていたのか?

 204号室に置かれていたという箱の正体は?
 
 あの建物自体を下から蹴り上げたような、局地的地震はなんだったのやら。
 
 今となっては、いずれも、闇の中……。
 もう20年以上も昔の出来事……今となっては、もう誰にも何も解らない。
 
 闇の記憶は、闇から生まれ、ひっそりと闇へと還る。
 
 ただ、それだけのことだ。
 
 
 余談ながら、この話を書くついでに、およそ10年ぶり位に、現地の様子を見に行ってみた……。

 もはや、俺が住んでいた頃の面影も薄れ、まるで別の街のようになっていたのだけど。

 ところどころは昔のままで、車を置いて当時を懐かしみながら歩いてみた。

 旭興荘の跡地……。
 三軒並びの同一規格で作られた一軒家。

 他の二軒はカラフルにリフォームまでされていて、活気がある普通の家だったのだけど。

 一番右の問題の家だけが、花壇の手入れなどもされず、一切の生活感がなく、まるで何年も無人のまま放置された家のようだった。

 明らかになにかあった……そう思わざるを得なかった。
 
 もしかしたら、あの赤いコートの女の子は、今度はこの家に居て、今も玄関先あたりで、通り掛かる人々に笑顔で頭を下げ続けているのかもしれない……。

 暮れなずむ街角で、古い記憶を思い起こしつつ、そっと目を閉じる。

 暗闇は……いつでも、そこにある。
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