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第三話「赤いコートの女の子」⑪

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 けど、考えてみれば、あの時の相模外科の時も……高藤は身体の半分くらいをモロにぶつけられてたのに、俺は軽くかすめた程度。

 ひょっとして、向こうは俺を避けようとして、俺にかすめていって、高藤にはもろにぶち当たっていったのかもしれない。
 
 俺達の位置関係を考えると、明らかに真っすぐ進んでなくって……なんで? って、疑問に思ってたのも確かなのだ。
 
 俺がこの世ならざるものから忌避されるような存在なら、あの時ぶつかっていったのが変な動きをしてたのも、ついさっきまでそこに居た赤いコートの子が逃げるように消えたってのも、納得は出来る。

「なるほど、少しは安心したよ……話はそれだけかい?」

「そうだね。いつものことなんだけど、結局、良く解らないってオチかな。そろそろ、戻ろうか……。皆不安がってるし、流石に今夜は冷える。そうだ! 今度、皆で鍋でもしないかい?」

「いいね、鍋……。そう言うのも悪くないね」

 そう言って、俺も灰峰姉さんと一緒に部屋に戻る。
 
 まぁ、何の解決もしてないけど、俺自身がこの世ならざるものの干渉をあまり受け付けなかったり、無意識に追っ払ったり出来るのならば、別に恐れるに足らないって気がしてきた。
 
 部屋に戻ると、スト2組をよそに、こたつに入った小角ちゃんが何やらノートに落書きをしていた。
 
「……これって?」
 
 小角ちゃんの描いた落書き……コートを着たショートカットの女の子の絵。
 キラキラな少女漫画風のタッチなのだけど、なんとなく見覚えがある気がした。
 
 脳裏に幻視した素朴な雰囲気の若い女の子。
 
「……なんだか、可愛い子だね……。と言うか、これってもしかして……?」

 灰峰姉さんが他のメンツの目を気にしながら、小声でつぶやく。

「さっき、廊下にいた子描いてみた……見延、知ってたの? なんなの……あれ? あんなにはっきりと見えるなんて……」

「いや、俺は見たこと無いし、何なのかも解らん……。別に、何かされたとか、そんな話も全然聞かない。姉さんとも色々話したんだけど、どうも挨拶するだけの至って無害な存在なんじゃないかって……。それに、どうやら俺は嫌われてるらしくてね……。今しがた、図らずも追っ払ってしまったらしい。灰峰姉さん、どうよ? これ……小角ちゃんが見たのって、こんな感じだったらしい」

「ああ、よく似てるね。とにかく、笑顔が可愛い子だったよ……。一体どんな背景があって、彼女はあそこにいるんだろうね? 多分、一時的に離れただけで、そのうち舞い戻ってくるんじゃないかな……。あの感じだと、いわゆる地縛霊とかそう言うの……なのかな? それにしても、なんで人を見ると挨拶してくるんだか……意味が解らないな。あれだけ、はっきりと見えるとなると、相当強い存在なんだろうけど……」

 ……通りすがる住民や関係者に、誰構わず、笑顔で挨拶する幽霊。
 
 もしかしたら、見えない人だろうがお構いなしなのかもしれない。
 冷静に考えると、結構シュールだ。

 なにかこの世に未練があるとか、怨念とか……そう言うんじゃないの? 普通。
 
 来る日も来る日も、ただ来る者へ、笑顔で会釈……ええ子やん。
 
 無作法に追い払ってしまったのは、さすがに悪いことをしてしまったかもしれないと、少しばかり反省する。
 
「さぁねぇ……。見えない以上は、いないも同然だからね……俺は、もう気にしないようにするよ。だから、小角ちゃんも無闇に怖がったり、他の人を脅かしたりとかは止めてね」

「……そっか、そんなもんか。見延ってタフだと思ってたけど、やっぱ普通じゃないね。でも、お店の人……こんな所に住んでて、良く誰も騒がないね。普通、町田で家賃3万って時点でヤバいんじゃないって思うよ……」

「新聞配達やるのに、夜道や幽霊が怖いとか言ってたら、商売にならんよ……。まぁ、あれじゃない? ひょっとしたら、座敷わらしみたいなもんなのかもね……そう考えれば、別に怖がるようなもんじゃないような気がしてくるよ」

「座敷わらしか……確かに、或いはそう言うのかもしれないね。まぁ、いつもそうなんだけど、ああ言う手合は結局、何がしたいのか……良く解らない事が多いんだ……。前に話したけど、うちにいた子供の幽霊もそんな感じだったよ」

 その話は聞いたことがあった。
 その子供の幽霊は、灰峰姉さんの家の中を無意味に好き勝手に動き回って、じっと見つめていたり、無言で佇んでいたり……。

 その行動には一貫性も目的も感じられないまま、ある日、唐突に居なくなってしまったらしい。

「要するに、少しずれた世界にいる者達……人が現世に残した影のようなもの……なのかも知れないね。聞いた感じだと、なんだか凄く自動的で……複雑な思考で動いてる感じがしないような気がする」

 当時は、マクロなんて概念は知らなかったんだけど。
 幽霊ってのは、マクロに近いのでは……俺はそんな風に思ってる。

 マクロってのは、エクセルで作業者が実行した操作をプログラム化して、クリックひとつで複雑な操作を自動化する……そんなツールなのだけど。

 アレと同じように、死者が残したやりたかったことを自動実行する……そんなもののような気がする。

「うん、その推測は間違ってないと思うよ。実際、私はとっくに埋もれて消えてしまった旧道の同じところをループしながら、歩き続けるってのを見たことあるけどね。それはいつも同じ時間、同じところをただ歩くだけ……そんな感じだったよ」

「そんなもんなんだね……。見えるアタシらが騒がなきゃ、見えない人にとっては、居ないのも同然。怖がっても仕方がない……のかな? ねぇねぇ、あの子と話とか出来たりしないかな? アタシ、灰姉と一緒で見えるんだけど、ああ言うの……いつも怖がって逃げちゃってるんだけど……。怖い存在じゃないなら、話聞いたりとかしてあげたいって思うんだけど……」

「無駄さ……。あれらと話が出来るとは思えないし、するべきでもない。あれはどうも、訪れる者に機械的に反応してる……そんな感じだ。実際、意志があるように見えたのは、見延に対して見せた動きくらいだ。多分、見延に触られると向こうが一方的にダメージ受けるとか、居づらくなるとか、そんなんじゃないかな? 見延君は、八王子城を覚えてるかい? あの時、向こうは明らかに君を敵視してた……だから、すぐ逃げろって言ったんだけど。なるほど……あれは、むしろ向こうがヤバイのが来たって、過剰反応してたのかもしれないね」

 ……灰峰姉さんと行った深夜の八王子城。

 八王子城ってのは、高尾の方にある多摩地域の心霊スポットでも、最凶とも言われてる心霊スポットだ。
 
 そこに、灰峰姉さんと二人きりで、深夜に訪れた事があった。

 八王子城で何があったか……。
 まぁ、これ自体は俺の主観ではさしたるエピソードではなかった。
 
 小雨の降る中、車で行ける目いっぱいまで行って、車から降りるなり、急に濃霧が立ち込めた。

 それでも気にせずに奥へ向かおうとしてたんだけど。
 
 直後、灰峰姉さんからの全力撤収指示が出て、速攻で車で逃げ帰った……何てことがあった……。

 滞在時間……5分も居なかった。

 あまりに速攻での撤収指示にも驚いたけど、灰峰姉さんがあそこまで急かせたのも前代未聞だった。

 と言うか、俺自身は灰峰姉さんと並んで奥へ歩いてるつもりだったのに、隣には誰も居なくて、姉さんは車の横から一歩も離れてなかったと言うオチも付いた。

 こっちとしては、確かに霧の動きが不自然だったとは思ったけど、特に何かが見えた訳でもなし。
 
 灰峰姉さんのあまりの剣幕と、一人でずんずん進もうとしていた事実に驚いて、もう全力で駆け戻って車をUターンさせて、逃げ帰った。

 ……手短に言うとそんな話。
 
 彼女によると、あの時、何十人もの人影が車の方に向かってきてて、俺はそんな中へなんだか良く解らないのに、導かれるように突っ込もうとしてた……そんな洒落にならない話を聞いた。
 
 強いて言えば、何かがいて、こっちを見ている気配はしたし、確かにあの時、俺の後ろに誰かが一緒について来てる気配はしてたんだがね……。
 
 逃げ遅れたら、団体さんに囲まれて……車に手形やら、血痕やらが残るとか、ホラーなことになっていたのかも知れない。
 
 でも、何かが起こる前に、さっさと逃げたので、何も無かった。

 落ちも盛り上がりも何もない……。

 俺達の怪談話ってのは、いつもこんな調子だった。
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