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第三話「赤いコートの女の子」⑩

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「住むと言っても、せいぜい一年くらいになりそうなんだけどね……永住ってことはないよ。なにせ、ここもそのうち取り壊して、一度更地にして、一軒家にするってのが決まってるんだって……」

「……なるほどね。けど、それで解決するのかな……? あれは多分、土地に憑いてるタイプっぽいからね……。相模外科もあの後、取り壊されたみたいだけど、案の定なにか問題あるみたいで、新しく建物が建つ気配もないからね……」

 灰峰姉さんの話だと、地縛霊とかってそんなものらしい。

 実際、古くなった橋を掛けかえて、すぐ隣に新しい橋を作った。
 そんな場所があるのだけど……。

 古い橋に出るとされていた幽霊は、その古い橋のあった場所……空中を彷徨う良く解らない存在になってしまったらしい。

「解決ね……。まぁ、ここが取り壊しになったら、その前にさっさと引っ越すだろうけど、それはまだしばらく先の話だよ。どのみち、ここに住めないとか言っても、元の家に俺の居場所はもう無いしねぇ……。何らかの実害でも被らない限りは、ここに住まざるを得ないし、立場上、俺がビビってここを引き払ったら、他の従業員に示しが付かない……だから、ここに住まないって選択はない」

 ……要するに、選択の余地なし。
 さすがに、こうも色々立て続けにってなると、さすがの俺も認めざるを得ない。
 
 けど……むしろ、腹が立ってくる。
 なんで、そんな訳の判らん存在に、俺がビビったりせにゃならんのだ?

「そうか……消えゆく定めの昭和の遺物。分室もそんな感じだったけど、ここもそんな感じだしね……。ここまで昭和って感じのアパート……ある意味、貴重かもしれないね」

「……そんなもんかね。今なら、月三万円で心霊スポットに住めるってな」

「ははっ、確かに家賃三万は惹かれるね。けどまぁ、アレはどうも害意は無いみたいだよ。ただそこにいて、自分に気づいてくれる者に存在をアピールしてる。そんな感じなのかな? ……さっきも言ったけど、今も彼女はあそこにいるんだけど、やっぱり君には見えないのかな。どうも、今はこっちに関心ないみたいで、ぼんやりと立ってるだけみたいなんだけど……。外から来る者にだけ反応してるのかな? もしかして、心霊スポットによくいる警告役……なのかな? と言うかあんな、はっきりと見えるなんて、私も驚きだよ……」

 そう言って、灰峰姉さんが誰も居ない廊下を指差す。
 
 思わず、背筋がゾクッとする。
 でも……目を凝らしても、相変わらず、何も見えない。
 
 薄暗い蛍光灯の明かりがぼんやりと光り、むき出しのコンクリの床と、サビだらけの黒い手すりを照らしているだけ。
 
 けど、「それ」は今もそこにいて……じっと佇んでいる。
 
 俺は黙って、首を横に振る。
 
 灰峰姉さんの見ている世界と俺の見えている世界は、そう言う意味では違う世界なのかも知れなかった。

「……そうか。けど、君がここに住んで、アレになにかされるとか、そんな心配はしなくていいだろうね。実は、さっきアレは君の前に立ちふさがるような感じで、階段のすぐ上にいたんだけどね。君がずんずん階段を登ってくるのを見て、あの子、飛び退くように道を開けてたんだよ。まるで君に触られたくないって感じでね。その動作がやたら自然だったから、私も思わず、勘違いしてしまったよ」

 よく解んないけど、嫌われてるのか? 俺。

「……そう言う事なら、ちょっと試してみるか」

 ふと思い立って、それだけ言い残して、ずんずんと誰も居ない廊下を進んで、突き当りまで行って戻ってくる。
 
「どう? どうなった?」

 まぁ、見えない何かが居るのなら、敢えて突っ込んでいけば、あの時みたいに触れた感触くらいはするだろう。

 そう思ったのだけど、結局、何も感じなかった。

 灰峰姉さんも呆気にとられたように、ポカンとしてる。
 
「驚いたね……君が近づいたら、あの子……溶けるように消えてしまったよ。君と何度か心霊スポット行ったけど、君がいると、何故か寄り付かなくなったりして、不思議に思ってたけど。君は、なにか超強力な守護でも憑いてるか。何らかの加護でも持ってるのかもね……。そう言う事なら、事故物件だろうがお化け屋敷だろうが、問題にならないんだろうね。案外、君の親御さんもそう言う類の加護持ちなのかも……。普通、事故物件って大抵の人が実地見学の時点でなんとなく、ヤバイって気付いて避けるもんなんだ」

「……色々心当たりあるなぁ。それ……なるほど、加護か」

 いくつかある九死に一生スペシャルな出来事を思い起こす。
 
 それに相模外科以来、何度かあちこち心霊スポットに行ったけど、ことごとくハズレだった。

 あの時のような確実な存在感を持ったような「何か」と遭遇することは、あれっきり一度もなかった。
 
 もっとも、灰峰姉さんと一緒の場合、本当にヤバイ場合はちゃんと警告してくれたり、さり気なく撤収するように誘導してくれたりするので、問題も起きなかったってのもあるだろうけど。
 
 加護については、心当たりは無いこともない。
 
 俺は、実家の裏山にある日吉神社の分社の氏子でもある。
 
 日吉神社と言うのは、山王様とも言われている。
 
 山の神様の総元締めと言われる神様なのだけど、うちの実家の方では、その裏山自体を神域として、死者をその山の墓地に葬ると言う山岳信仰が色濃く残っている地域でもある。
 
 曰く、人の魂は山から降りてきて生まれ出て、死ぬと山に還る。
 
 山は神の化身にして、神の領域であり、死者の魂の住む領域。
 
 そう言うシンプルな信仰ながらも、我が家を含めて、一帯に住む人々は代々、亡くなるとその裏山に葬られるのを常としていた。

 聞いた話によると、江戸中期文化の頃のご先祖様の墓や、1600年台……関ヶ原の戦いの頃の墓すら残っていると言う話なのだから、その歴史は半端じゃない。
 
 その日吉神社と称する神社も、はるか昔からそこにあって、明治の頃の廃仏毀釈で色々な神社を体系だってまとめ上げたどさくさで、そう言う事になっただけで、実際は何を祀っていたか良く解らない……そう言う得体の知れない古い神社でもあるのだ。

 そして、岡山の実家……その家は、屋敷神と呼ばれる小さな祠が家の周りに点在していて、ある種の結界を構築しているように見えた。
 
 庭の造りもわざわざ西側に築山を作った上で、山の稜線の延長線上……龍脈と呼ばれる土地に建っている。

 風水でみると何もかもが計算し尽くされた最高の立地条件、まさに一等地と言えた。
 
 曾祖父さんが建てたお屋敷で築100年以上経っていて、それ以前……江戸時代の頃から代々、その土地に住んでいるのだと聞いていた。

 色々調べていくうちに、先祖に風水や魔術に精通した者が居たのは、間違いない……そんな風に俺も確信するに至っていた。

 その程度には、俺の実家と言うのは、風水に基づいた立地に建っているのだ。

 そして、奇跡のような自分や他人のファインプレイで乗り越えた命の危機の数々。

 ……一度や二度じゃないからな。

 偶然というには、あまりに出来すぎていて、俺を守る目に見えない何か……そう言う存在がいる事を俺は密かに確信していた。

「まぁ、私からは……これ以上、何も言えないなぁ。けど、そう言う事なら、きっとここに住んでても、問題ないと思うよ。……向こうにとっては、さぞ迷惑な話だろうけどね」

 相手が灰峰姉さんじゃなかったら、こんな話、とても信じられない話だっただろう。

 けど、彼女の能力は本物だった……信じるには十分値する。 

 なにより、一切情報を交換していないはずの三人の人物が全く同じものを見ているとなると……。

 これは、やっぱり本物と言わざるを得なかった。

 とは言え、向こうの方から避けていってくれたり、無意識に蹴散らしてるってのは……さすがに、なんとも言えなかった。
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