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第三話「赤いコートの女の子」④

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「滝の沢交差点って、渋滞の先頭って事で名前聞くけど……。そんなとこまで行ってたんだ。そりゃ、明らかに行き過ぎだよ。ホントは、市民病院前が最寄りのバス停なんだけど、今の時間だと駅の方に行くのしか無いし、本数も少なくてさ……。あ、電話ボックスはこっち!」

 そう言って、町田街道を横断して、市民病院の裏手の道へと入っていく。
 
 ……その公衆電話は、市民病院の当時、使われてなかった旧病棟の裏にあった。
 
「……まさか、これ使えと?」

 引きつった顔で、空の電話ボックスを見つめる灰峰姉さん。

 まぁ、結構ボロいのは確かだけど、電話ボックスなんてどこもこんなものだ。
 一昔前の黄色い公衆電話が残ってないだけマシだろう。

 ちなみに、1975年頃から使われていた黄色い公衆電話は、NTTによる1995年の一斉撤去が行われるまで、割とあちこちに残っていた。
 
 この一人暮らしを始めた頃は1992年か1993年だったので、撤去前ではあったのだが。

 さすがにテレカも使えない不便な電話機ともなれば、置いている所もむしろ、田舎の商店の軒先とかそんな感じだった。

「……なにか問題でも? 確かに、この旧病棟……外や階段とかに明かり付いてるけど、窓とか全部真っ暗で、すげぇ怖いね。そういや、この電話ボックスって、誰かが使ってるのって見たこと無いな。その様子からすると、あまりよろしくない?」

 灰峰姉さんの態度から、大いに問題あり……そう思って良さそうだった。
 実際、この電話ボックス……なんとなく、中に入るのがイヤ。

 一見何の変哲もない普通の電話ボックスなんだがなぁ……。
 
「ん、ああ……そうだね。さすがに、これは……と言うか、この通りはちょっと良くないね。何か事件起きたり、色々、曰くあったりするんじゃない? すまないけど、ここに長居は無用だと思う。どこか他の所にもないかな?」

 ここは、市民病院の横の道。

 昼間は、市民病院の看護婦用の私設保育園があるせいで、いつも子供たちの声が響いてて、なんとも賑やかなのだけど……。
 
 夜にもなると街灯もまばらで、誰も通らない、妙に薄気味悪い雰囲気が漂うような通りへと変貌する。
 
 その通りの途中、坂を下っていく道があって、町田街道を潜るガードがあるのだけど、そこの近くには、庭に南国風の植物が植えられた洒落た雰囲気のワンルームがある。

 建てた当初は青と白の洒落た雰囲気だったのだろうけど、今はもうすっかり色もくすんで、雨染みで汚れて見る影もなかった。
 
 その横は、むき出しの崖みたいになってて、鬱蒼と植物が茂ってて、街灯の光も植物に覆われて、陰りがちで何とも薄暗い……何とも言えないギャップのある……そんな場所だった。
 
 今でこそ、市民病院はごっそり丸ごと建て替えられて、最新の設備の整った立派な大規模病院になっているのだけど。

 90年代の頃は、打ち捨てられた旧病棟が取り壊されずに残されていて、町田市の中核病院の割には、一歩裏に入ると、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していたのだ。
 
「この電話ボックスは、上半身しか見えない女の幽霊が電話かけてたりするって噂があるって、弟が言ってたなぁ……。でも、俺この前……車で良く通るけどなんも無いんだよなぁ……」

 新聞配達のルートの関係で、この道は頻繁に通る。

 と言うか、駅前から最短距離で、かつ万年渋滞の町田街道と鎌倉街道を避けるルートで、車を走らせるとここを通るのが店の前への最短コースとなる。
 
 なので、昼夜を問わず、一日に何度も通る道でもあった。

 ちなみに、弟は地元の中学に通っていたので、地元ローカルの噂話には妙に詳しかった。

「都市伝説のテンプレだねぇ……とりあえず、ここはちょっと遠慮したいな。コンビニのでいいから、そっち案内してよ。ついでに、私も買い物したいしね……私もこれでも婦女子だから、泊まりってなると色々入り用なんだよ」

「……なんだ、姉さん付き合いで来たって割には、泊まる気満々とか。まがりなりにも嫁入り前の婦女子がそんなんでいいの?」

「別に今更、そんなの気にする間柄でもないだろう? 君だって、一人でうちに来て、私の部屋で一晩明かして、私の手料理食べたりしたじゃないか……妹に彼氏? とか聞かれて、さすがに困ったよ」

 終電逃した灰峰姉さんと、二人きりになって、一緒に歩いて帰って、誰も居ないから泊まっていけと言われるままに、お泊り。

 本来、ドキドキのシチェーションだけど、二人して対戦ゲームやって、原稿手伝わされて、お礼って事でお手製チャーハン食べて帰った。
 
 モノの見事に何もなかった……まぁ、そんな事もありました。

「俺は、姉さんのファンの第一人者を自称してるし、今更、女性として意識しろとか言われてもねぇ……。そんな、姉さんの彼氏とか、恐れ多いでございますよ」

 俺と姉さんの関係……一言で言えば、舎弟?

 絵師として、姉さんの絵は最高に好みだったし、様々な技術を教えてもらったりしたものだ。

 ついでにいうと、釣りに関しての師匠でもある。
 
 彼女に連れられて、夜の相模湖でいきなりブラックバスを釣り上げた。
 この事がきっかけで、俺は釣りにハマる事になった。

「……はぁ、もう二年以上の付き合いになるのに、相変わらず、君は私を女子扱いしないね。もっとも、そう言うところが気に入ってるんだけどね」

「与志水とかと一緒にするなっっての。それより、別の公衆電話ならコンビニの所にあるよ。じゃあ、こっちが近道だから、案内しよう」

 言いながら、もと来た道を引き返し、町田街道をくぐる狭いガードに向かっていく。

 昼間来ると、夏場なんかは緑が多い都会のオアシスのようなところなのだけど、冬の……それも夜、徒歩で来るとなかなか雰囲気がある。
 
 左手側は5mほどの崖のようになっていて、土がむき出しになっていて、シダやら苔やらで山道でも歩いてるような気になる。

 都心では、まずありえないような風景だけど、ここは町田……限りなく地方都市とか、東京の辺境とか言われるようなところだ。

 場所によっては、畑や田んぼもあって、夏場、雨が降りそうになるとどこからともなく、カエルの大合唱が聞こえてきたりもする。
 
「ううっ、やっぱりそっち行くんだ……。まぁ、確かにそっち行くのが近そうなんだけど……」
 
 灰峰姉さんも落ち着かない感じで、しきりにあたりを見回しながら、薄暗いガードをくぐる。
 
 昼間通るとなんてこともないのだけど、明らかに照明をケチってる上に、車がギリギリ一台通れる幅しか無い……知る人ぞ知る裏道ってヤツだ。
 
 ガードの脇のコンクリの階段を登ると、小さな公園があって、そこを抜けて、更に階段を登ると、町田街道に戻れる。

 徒歩限定の地元スペシャルショートカット。

 歩きで通るのは久しぶりなのだけど……何とも言えない圧迫感を感じて自然とお互い無言になる……。

 ガコン……。

 車が上を通り過ぎたのか、一際、大きな音が響き渡った。
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