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【3】
【小話】そうだ、婚活しよう。
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狼達は外で駆け回り、世話役のポルトは狼部屋の中で一人ブラシを握る。毛先が短くなってきたそれをゴッシゴッシと床にこすりつけながら、部屋の端から端まで移動する。向かい側の壁に到着した時、柱にかかっていた小さな鏡が目に入った。
無意識に近づくと、指先で首もとを露わにする。
「…………」
そこには昨日と同じ赤い痣が三つ。顔がかぁあっと熱くなり胸がバクバクと暴れ出す。我ながら見ていられなくて視線を反らした。
(ナイわ。これはナイ。ナイナイナイ。あの話の流れ考えてもこれはナイって。ナイナイナイナイ、絶対ナイわーっっ!!)
首の細さを隠すためのタートルネックが、こんなものを隠すために役立つ日が来るとは全く考えなかった。
ごちんと壁に突っ伏して深いため息を吐き出す。冷たい壁は熱を持った顔に心地良かった。心地よかった…といえば、直前に強く抱きしめられた時も…今思うと悪くなかったかも知れない。半ば気が動転していたし、都合の良いフェイクが混じっていたかもしれない。でも、渇いていた喉に清水が注がれ潤っていくような……そんな気がした。
理性とは別の場所で、思っていたよりも「それ」を欲していたのかもしれない……。
ふとそんなことを考えて、ごちごちと壁に額をぶつけた。
「ナイから。ホントにナイから。 ホンットにナイから……ッッ! 」
親離れ出来ない乳飲み子でもあるまいし。むしろその乳飲み子を身ごもってもおかしくない年齢ではないか。
痣の残る首筋に触れると、あの感触を思い出す。首元に添えられていた手は大きくてゴツゴツしていた。でも押しつけられたあの口唇は驚くほど柔らかく、そして強引だった。甘く注がれる刺激が毒となり、この身体の動きを止める。そして更に行為が繰り返される。
あのまま彼が続けていたら……、腕と胸、そして何より印象深いエメラルドの瞳に堕ちてしまっていたのだろうか。
ここには無い存在を確かに示すこの痣は、何も知らない第三者に「これは俺のものだ」と言っているようにも見える。ある意味シーザーやカロンの首輪みたいなものなのかもしれないが……。
「~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!」
身体の熱に耐えかねたのか、気がつけば手に持っていたブラシの柄をベキィッとへし折っていた。
「あの…馬ッ鹿王子っ!」
ぶん投げた柄が壁にぶつかり、乾いた音を立ててながら床をバウンドしていく。遠く遠くへ転がっている様子はまるで逃げ出しているかのようだ。
(これは一刻も早く就活…いや、いっそ婚活くらいしないと……!もしくは殿下に結婚して貰わないと!)
今はお国の一大事。それにこの身に忍び寄るのは身バレの危機だけではないようだ。
あのセクハラ王子にずるずると引っ張られて後戻りが出来なくなるまでに……この状況をどうにかしなければ。
壁を押すように両手を叩きつけ、気合いと共に腹部に力を入れる。まるで試合前の選手のごとく頭を下げた。
「婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ!!おーっっ!!」
その決意が天に届いたのか聖堂の鐘が鳴り響く。窓の外はまだ明るい日が差している。
(……あれ?そういえば婚活ってどうやるんだ?)
性別を明かしていないのだから、隊の誰かに紹介してとも頼めない。
友達一人作るにも手をこまねいている自分に、それはあまりにも大きな壁だった。
━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━
風に乗って聞こえる聖堂の鐘の音。頬付をつき、窓の外をぼんやりと眺めた。
血色の良い肌、その頬を支える手は男性のそれらしい抱擁感を感じる大きさ。聖堂に飾られた彫刻のように筋張った甲、その爪先は柔らかいものを傷つけることのないように整えられている。
差し込む陽に長い睫が透け、その下にはエメラルドの瞳が覗いていた。通った鼻筋の下には形の良い唇。今まで数多の女性達に幸福を与えてきたものだ。しかし、今そこから落ちたのは小さなため息。それに合わせて少し大きく動く肩に、この青年が名のある芸術家に作られた美術品ではなく、温かい血の流れる一人の人間なのだと知る。
いつもなら不安げな表情を浮かべたメイドが「如何されましたか?」と声をかけてくる頃だろう。女性特有の高く柔らかい声で気遣われる…、それだけでも少し気が安らぐというものだ。
女性のきめの細かい肌が好きだ。男の自分とはまるで違う柔らかさと甘い香りを持っている。
もし女性の手が凍えてたなら、それを温めるのは自分の役目だとばかりに手で包み込む。徐々に温度を取り戻し、困ったように頬を染める彼女達はとても可愛らしい。
機嫌を損ねてしまう者には、思わずそんな行動を取ってしまうほどの彼女の魅力を十二分に話し、丁重に謝罪する。そしてまた懲りずに同じことを繰り返す。
残念ながら眉根をひそませる姿も可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。
「失礼致します、殿下。お茶をお持ちしました」
「こちらは次の会議資料です」
「………」
だから、何処で何を触ってるんだかわからんゴツイ手で入れられたお茶とか気にくわないし、指から剛毛が生えてるようなオッサン連中と、これから面を付き合わせて土木建築の話を延々とするのもイヤ。
野郎だらけの海の中でどうやって息をして良いのかわからない。せめて使用人は女性に戻してくれないだろうか。
(いっそポチでも……)
今となってはそこそこまとまった時間を過ごせる唯一の女性。……いや、「女性」と表現するには多少首をかしげてしまう部分もあるが、生物学上はそういうことになっている。
あまりそれっぽい格好をさせると彼女も働きにくくなるだろうし、これ以上を望むというのも無理な話なのかもしれないが。
(悪く無かったけどな)
以前性別相応の格好をさせたが、あれはあれで城内の人間達にも評判が良かった。もし機会があればもう一度やらせても楽しいかもしれない。
前回は青いドレスだった。今度は女の子らしいサーモンピンクとか着せても良い。それとも瞳と同じ、蜂蜜色のドレスでも着せてみようか。
腕利きの使用人達も喜んで手を貸してくれることだろう。そういうことが好きだということは前回よくわかったし。
今までとは違う女性との楽しみ方にまんざらでもない自分がいる。宙を見ながらニヤけるのはあまり賢そうには見えないので口元だけは引き締めていた。
「フォルカー殿下、何かご心配ごとでも?」
その表情に勘違いを起こしたのだろう、側に控えていたローガンが声をかけてきた。彼に女装をさせたらポルトの時のような奇跡が起きるのだろうか?ふとそんなことを考えて首を振る。生粋の男である彼にはいらぬ奇跡だ。
「この前従者と話をしていた時、思いついたんだ。陛下の一件以来、城内は常に緊張感に包まれている。このあたりで一度、息抜きに慰労会でも行ったらどうだろうか、と」
「慰労会…?」
「そう。いつもは諸侯を招くあの大広間や中庭で皆の家族を呼んだらどうだろう?陛下も今外出を控えられて窮屈そうだ。良い気分転換になるかもしれない」
「なるほど……、それは良いですね!流石に多少の人選は必要かもしれませんが、家族が家長の仕事を知る良い機会になる。人々の楽しそうな顔を見れば陛下のお心をお慰めすることもできるでしょう」
(お前んとこの末姫も連れてきてくれたら、俺の気分も上々だぞ)
心も身体も真っ直ぐに育ったであろうローガンは、フォルカーの真意に気付かずにいるようだ。
「家臣の家族……ということは、殿下の従者殿のご家族も…いらっしゃるのでしょうか?」
「うん?ポルトのことか?」」
「真面目な働き者です。流石殿下が選ばれた人材…ということでしょうか?一度ご家族にお会いして、どんな教育をなさったのか伺ってみたいものですね」
「あ~…うんうん。そうだな」
この辺はポルトにとってもデリケートな部分そうなので、余計なことは言わずにいることにした。
そういえばこの二人、知らないところで何回か会っているようだし、思っているよりも仲が良いのかも知れない。
心なしか彼の顔が予想以上にほころんで見える。
「その…彼には兄妹がいるとか。兄君方はお忙しいかもしれないが、姉君や弟妹君なら来られるんじゃないでしょうか?もし馬車とか…身の回りで必要なものがあれば私が手配してもいいですし……」
「ん?」
「もしご婦人方にエスコートが必要なら私が……」
「うん…?」
「勝手の分からぬ場所に案内もなく居るのも心細かろうかと。是非私にご命令を」
「うん……!?」
ローガンほどの立場なら、相手にするのは名家の姫君だろう。それを平民であるポルトの家族を、しかも「ご婦人方」で狙っている……。
思いの外そっちの方も健やかに育っていた成年男子はポルトと一緒にいる時間に何を感じたのだろうか。……というか、この計画にまさか彼が乗っかってくるとは思わなかった。
思わぬ形で姿を現した伏兵に、フォルカーの胸は何故かザワザワと揺れるのであった。
無意識に近づくと、指先で首もとを露わにする。
「…………」
そこには昨日と同じ赤い痣が三つ。顔がかぁあっと熱くなり胸がバクバクと暴れ出す。我ながら見ていられなくて視線を反らした。
(ナイわ。これはナイ。ナイナイナイ。あの話の流れ考えてもこれはナイって。ナイナイナイナイ、絶対ナイわーっっ!!)
首の細さを隠すためのタートルネックが、こんなものを隠すために役立つ日が来るとは全く考えなかった。
ごちんと壁に突っ伏して深いため息を吐き出す。冷たい壁は熱を持った顔に心地良かった。心地よかった…といえば、直前に強く抱きしめられた時も…今思うと悪くなかったかも知れない。半ば気が動転していたし、都合の良いフェイクが混じっていたかもしれない。でも、渇いていた喉に清水が注がれ潤っていくような……そんな気がした。
理性とは別の場所で、思っていたよりも「それ」を欲していたのかもしれない……。
ふとそんなことを考えて、ごちごちと壁に額をぶつけた。
「ナイから。ホントにナイから。 ホンットにナイから……ッッ! 」
親離れ出来ない乳飲み子でもあるまいし。むしろその乳飲み子を身ごもってもおかしくない年齢ではないか。
痣の残る首筋に触れると、あの感触を思い出す。首元に添えられていた手は大きくてゴツゴツしていた。でも押しつけられたあの口唇は驚くほど柔らかく、そして強引だった。甘く注がれる刺激が毒となり、この身体の動きを止める。そして更に行為が繰り返される。
あのまま彼が続けていたら……、腕と胸、そして何より印象深いエメラルドの瞳に堕ちてしまっていたのだろうか。
ここには無い存在を確かに示すこの痣は、何も知らない第三者に「これは俺のものだ」と言っているようにも見える。ある意味シーザーやカロンの首輪みたいなものなのかもしれないが……。
「~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!」
身体の熱に耐えかねたのか、気がつけば手に持っていたブラシの柄をベキィッとへし折っていた。
「あの…馬ッ鹿王子っ!」
ぶん投げた柄が壁にぶつかり、乾いた音を立ててながら床をバウンドしていく。遠く遠くへ転がっている様子はまるで逃げ出しているかのようだ。
(これは一刻も早く就活…いや、いっそ婚活くらいしないと……!もしくは殿下に結婚して貰わないと!)
今はお国の一大事。それにこの身に忍び寄るのは身バレの危機だけではないようだ。
あのセクハラ王子にずるずると引っ張られて後戻りが出来なくなるまでに……この状況をどうにかしなければ。
壁を押すように両手を叩きつけ、気合いと共に腹部に力を入れる。まるで試合前の選手のごとく頭を下げた。
「婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ婚活するぞ!!おーっっ!!」
その決意が天に届いたのか聖堂の鐘が鳴り響く。窓の外はまだ明るい日が差している。
(……あれ?そういえば婚活ってどうやるんだ?)
性別を明かしていないのだから、隊の誰かに紹介してとも頼めない。
友達一人作るにも手をこまねいている自分に、それはあまりにも大きな壁だった。
━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━…━━
風に乗って聞こえる聖堂の鐘の音。頬付をつき、窓の外をぼんやりと眺めた。
血色の良い肌、その頬を支える手は男性のそれらしい抱擁感を感じる大きさ。聖堂に飾られた彫刻のように筋張った甲、その爪先は柔らかいものを傷つけることのないように整えられている。
差し込む陽に長い睫が透け、その下にはエメラルドの瞳が覗いていた。通った鼻筋の下には形の良い唇。今まで数多の女性達に幸福を与えてきたものだ。しかし、今そこから落ちたのは小さなため息。それに合わせて少し大きく動く肩に、この青年が名のある芸術家に作られた美術品ではなく、温かい血の流れる一人の人間なのだと知る。
いつもなら不安げな表情を浮かべたメイドが「如何されましたか?」と声をかけてくる頃だろう。女性特有の高く柔らかい声で気遣われる…、それだけでも少し気が安らぐというものだ。
女性のきめの細かい肌が好きだ。男の自分とはまるで違う柔らかさと甘い香りを持っている。
もし女性の手が凍えてたなら、それを温めるのは自分の役目だとばかりに手で包み込む。徐々に温度を取り戻し、困ったように頬を染める彼女達はとても可愛らしい。
機嫌を損ねてしまう者には、思わずそんな行動を取ってしまうほどの彼女の魅力を十二分に話し、丁重に謝罪する。そしてまた懲りずに同じことを繰り返す。
残念ながら眉根をひそませる姿も可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。
「失礼致します、殿下。お茶をお持ちしました」
「こちらは次の会議資料です」
「………」
だから、何処で何を触ってるんだかわからんゴツイ手で入れられたお茶とか気にくわないし、指から剛毛が生えてるようなオッサン連中と、これから面を付き合わせて土木建築の話を延々とするのもイヤ。
野郎だらけの海の中でどうやって息をして良いのかわからない。せめて使用人は女性に戻してくれないだろうか。
(いっそポチでも……)
今となってはそこそこまとまった時間を過ごせる唯一の女性。……いや、「女性」と表現するには多少首をかしげてしまう部分もあるが、生物学上はそういうことになっている。
あまりそれっぽい格好をさせると彼女も働きにくくなるだろうし、これ以上を望むというのも無理な話なのかもしれないが。
(悪く無かったけどな)
以前性別相応の格好をさせたが、あれはあれで城内の人間達にも評判が良かった。もし機会があればもう一度やらせても楽しいかもしれない。
前回は青いドレスだった。今度は女の子らしいサーモンピンクとか着せても良い。それとも瞳と同じ、蜂蜜色のドレスでも着せてみようか。
腕利きの使用人達も喜んで手を貸してくれることだろう。そういうことが好きだということは前回よくわかったし。
今までとは違う女性との楽しみ方にまんざらでもない自分がいる。宙を見ながらニヤけるのはあまり賢そうには見えないので口元だけは引き締めていた。
「フォルカー殿下、何かご心配ごとでも?」
その表情に勘違いを起こしたのだろう、側に控えていたローガンが声をかけてきた。彼に女装をさせたらポルトの時のような奇跡が起きるのだろうか?ふとそんなことを考えて首を振る。生粋の男である彼にはいらぬ奇跡だ。
「この前従者と話をしていた時、思いついたんだ。陛下の一件以来、城内は常に緊張感に包まれている。このあたりで一度、息抜きに慰労会でも行ったらどうだろうか、と」
「慰労会…?」
「そう。いつもは諸侯を招くあの大広間や中庭で皆の家族を呼んだらどうだろう?陛下も今外出を控えられて窮屈そうだ。良い気分転換になるかもしれない」
「なるほど……、それは良いですね!流石に多少の人選は必要かもしれませんが、家族が家長の仕事を知る良い機会になる。人々の楽しそうな顔を見れば陛下のお心をお慰めすることもできるでしょう」
(お前んとこの末姫も連れてきてくれたら、俺の気分も上々だぞ)
心も身体も真っ直ぐに育ったであろうローガンは、フォルカーの真意に気付かずにいるようだ。
「家臣の家族……ということは、殿下の従者殿のご家族も…いらっしゃるのでしょうか?」
「うん?ポルトのことか?」」
「真面目な働き者です。流石殿下が選ばれた人材…ということでしょうか?一度ご家族にお会いして、どんな教育をなさったのか伺ってみたいものですね」
「あ~…うんうん。そうだな」
この辺はポルトにとってもデリケートな部分そうなので、余計なことは言わずにいることにした。
そういえばこの二人、知らないところで何回か会っているようだし、思っているよりも仲が良いのかも知れない。
心なしか彼の顔が予想以上にほころんで見える。
「その…彼には兄妹がいるとか。兄君方はお忙しいかもしれないが、姉君や弟妹君なら来られるんじゃないでしょうか?もし馬車とか…身の回りで必要なものがあれば私が手配してもいいですし……」
「ん?」
「もしご婦人方にエスコートが必要なら私が……」
「うん…?」
「勝手の分からぬ場所に案内もなく居るのも心細かろうかと。是非私にご命令を」
「うん……!?」
ローガンほどの立場なら、相手にするのは名家の姫君だろう。それを平民であるポルトの家族を、しかも「ご婦人方」で狙っている……。
思いの外そっちの方も健やかに育っていた成年男子はポルトと一緒にいる時間に何を感じたのだろうか。……というか、この計画にまさか彼が乗っかってくるとは思わなかった。
思わぬ形で姿を現した伏兵に、フォルカーの胸は何故かザワザワと揺れるのであった。
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