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【前】愛と暴走の晩餐会

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 黄金色だった空も落陽を迎え、城内にともされたランプが輝きを増す。

 豊穣祭を祝う貴族達の馬車が次々と到着し、ひんやりとした夜風の中に香水の香りを立ち込ませた。

 見上げるほど大きな扉は最大限に開かれ、一歩踏み入れれば一国の主の居城に相応しい贅を尽くした空間が広がっていた。

 重厚で歴史を感じさせる白い石壁。天井には聖典にも書かれている天上世界の情景が鮮やかな色彩で描かれていた。廊下に等間隔で置かれている石台には数々の美術品が飾られていて、普段から豪華な嗜好品を見慣れている貴族達も息を飲まずにいられない。


 城内の案内役に導かれるまま進んでいくとたどりつくのは大広間。その一番奥にある数段高い場所には玉座があり、国王ウルリヒ=カーティス=エレ=ファールンが鎮座していた。

 特徴的な緋髪の頭上には権力の象徴である冠が光っていたが、その中は一人息子の花嫁探しでいっぱいだった。

 頬杖を付きながら、隣に立っているフォルカーを横目でちらりと見る。

 昔から勉学の出来も良い。剣を扱わせれば師団長を凌ぐほどの腕前だ。時々政務をサボりはするが、外交に連れて行けばそれなりの交渉も一人でやってのける。何より母親譲りの堂々とした風格と端正な顔立ちが数多の女性を惹き付けているのも知っている。

 ただ、多少(?)粗野な振る舞いがあること、交渉の席で時々(?)恫喝まがいな条件を突きつけることがあること、やや(?)女遊びが過ぎること、どことなく(?)自意識過剰な性格が釘を刺す所もあるが、きっと妻を迎えて家族ができれば落ち着くに違いない。

(……いや、本当に頼む、落ち着いてくれ。)

 母親も色んな意味で傍若無人な性格ではあったが、根は情に厚く心優しい女性であった。
 子供が生まれてそれなりに落ち着いたことを考えれば、彼女の気質を受け継いだ息子も同じようになる可能性は高い。
 今年二十歳になった王子はまさに結婚適齢期。
 立場上、恋愛結婚はさせてやれないかもしれないが、彼ならどんな女性ともそれなりに上手くやってくれるだろう。恋の数だけは多そうだし。

 息子と同じエメラルドの瞳がフロアにあふれる人波の中にいる女性達を見つめる。金の指輪をはめた指で二三度宙に円を描き、顎のラインをさすった。

「フォルカー、あそこにいる赤いドレスの姫君はどうか?」

 衛兵に聞こえないようにそっと囁くと、愛息子は聞き取りやすいように顔を寄せる。

「……陛下、今日は一年の豊穣を祝う日。そのような話をしては豊穣の女神に嫉妬されてしまうかもしれません」 
「お前なら女神をも口説き落とせるだろう。いっそ結婚してくれれば国も安泰だ」
「触れられぬ女性を妻に持つのは気が進みませんね。男ですから」
「ならば触れられる女性をさっさと妻に選べ。もうお前も良い齢だ」
「そう言われましても、ね」

 フォルカーは呆れたようにため息をつく。
 この会場に入れるのは名のある貴族ばかり。他国からわざわざ招待を受けている者もいるようだ。心なしか女性の比率が高いような気がしていたが、どうやら豊穣祭にかこつけた見合いらしい。

「世には魅力的な女性が多すぎて、まだ一人に選ぶことなどできません」
「好き嫌いではなく、この国のためになるかどうかを一番最初に考えろ」
「……どおりで。一度言葉を交わした女性の顔は忘れませんが、今夜は初顔だらけだ」
「戦が終わり国力が落ちている今、重要なのは他国と友好的な関係を結ぶことだ。他国の姫を王妃として迎え、国家間の繋がりを強化させることは極自然な流れだろう。私だってそうだった」

 小国の姫君だった王妃シュテファーニアは類い希なる美貌の持ち主であったが、周囲に言わせればその性格は極めて好戦的。好きなことに限って勤勉である彼女の剣技は、師範をもうならせるほどになり、終いには「自分より弱い男の嫁にはならん」と毎月求婚者達を相手に決闘を行うようにさえなった。
 決闘用に改造させた巨大な鎌が特にお気に入りで、「綺麗な死に顔は諦めろ」と邪笑を浮かべ刃を光らせれば、大半の者が逃げ出していったという。

 それでも求婚者が絶えなかったのは彼女の国からは数多くの宝石が採掘されるからだ。特にダイヤよりも価値があるとされているフェアリオッドは一粒で小国ひとつ買えるとも言われている。
 世界最高レベルとも言われる宝飾加工技術も相まり、国は大きな富を得ていた。

 彼女がどんな死神娘だろうとかまわない。ある程度の権力者ならば一度は婚約者リストに名を載せる。
 ウルヒリもその一人だった。父王の散財癖と日に日に膨れあがる軍費にあえぐ当時のファールンではあったが、四大国の王子からの求婚は諸侯達の者とは格が違う。『財を手に入れる為の手段』としてウルリヒは彼女と、『大国の後ろ盾を得るため』に彼女はウルリヒと連れ添うこととなった。

 当然のことながら二人の関係はマイナスからのスタートだった。
 お互いをよく知らず、また知ろうともせずこじれにこじれ続けた。彼女を怒らせて、大鎌で破壊された貴重品の総額は十年分の税収に相当するだろう。
 そんな二人にもまさかの雪解けが訪れ、月日が流れていくうちに、関係はより良いものへと変わっていった。

 今は癖のように亡き愛妻の面影を巡らせる日々を過ごしている。孫でも生まれれば変わるのだろうか。

「母上から話を聞いた時は我が耳を疑いましたよ。お二人は気持ちが先にあってからの結婚だと思っていましたからね」

 フォルカーの記憶の中では二人はいつも幸せそうだったし、寝所を分けたこともなかった。

 葬儀の前夜は特に記憶に残っている。
 大聖堂の一番奥、置かれた王妃の棺の隣に一晩中父は立っていた。
 静寂の中に小さく響く嗚咽を聞き、思わず扉の影に隠れた。父の涙を見たのはあれが最初で最後だ。

 幼心ながらに感じた両親の深い愛。
 彼は今も新しい后を迎えていない。

 ゆくゆくは自分も同じように、どこかの姫君を妻に迎えるだろう。そしたら両親のように深く相手を想い、愛し合える夫婦になりたい……そう思っている。
 だからこそ、時間に追われるように身を固めることは考えたくなかった。しかも他人に選ばれた女性と一生を添い遂げるなど論外である。

 城の外に出れば出るほど、旅先で聞く話から、壁に掛けられている絵画から、詩人達の歌声から、肌や目の色の違う人々から世界の広さを思い知る。今の自分にとって婚姻は足枷でしかない。
 いつか物語で読んだような「身を焦がすような恋心」を抱かせてくれる姫君が見つかれば話は別になるのかもしれないが、そんな相手、自分自身ですら想像つかない。

「私と王妃ですら上手くいったのだ。あれを下回る巡り会いがあるわけがない。お前ならどんな姫とだって……」
「まぁ……、いつでも手の届く位置に女性がいるのは悪くないですが」
「いや、そういう意味では無……」
「これはこれはウルリヒ王にフォルカー殿下、ご機嫌麗しゅう」

 聞き覚えのある声に視線を向けると、財務大臣のダーナーが立っていた。
 ウルリヒの少し離れた従兄弟にあたる男で、年齢は四十を少し過ぎた程。少し垂れ気味の優しい目元が今日は一段と垂れて微笑んでいるように見える。

「やぁ、ダーナー。今日は体調は良いのか?」
「はい、おかげさまで。先日は急に会議を欠席することになり、大変ご迷惑をかけました。申し訳ありまゲホゲホゲホゲホッッ」
「……お前の体調の悪さは今に始まったことではない。気にするな」

 彼は幼い頃から病弱だった。ウルリヒが剣術ごっこに連れ出すと必ず翌日熱を出す。
 成人した後も風邪や喘息、アレルギーは日常茶飯事で、咳で肋骨にヒビが入ったこともある。
 特技は流行病の先取り。『病の流行はダーナーに聞け』という言葉が出来るほどだ。
 栄養をつけようにも食が細いので木の棒のような体つきをしているし、そしてどことなく顔色も悪い。急病で会議を欠席することもよくあったが、本人も周りもそれに慣れているので、常に代理の人物を同行させているか、本人が居なくても仕事が滞らないように手をまわしていたりしている。
 ベッドに居る間は勉学に励んでいるおかげか、彼はどの国務大臣よりも優秀だとウルリヒは思っている。

「フォルカー殿下におかれましても、今宵は一段と凛々しいお姿ですな。ここに来るまでに何度か殿下のことを聞きに、お嬢様方がいらしゃっていました。そのうちお声がかかるのでは?」
「それは楽しみです。新しい出会いは何にも代え難い」
「ああ、ほら、一人いらっしゃいましたぞ」
「ほぉ、一体どんな姫ぎ………」

 フォルカーが無駄に凛々しく表情を引き締めた時だ。その瞳がその女性の姿を捕らえ凍り付いた。

「フォルカー様ぁっ!」
「!?」

 一人の女性が視線の先で息を弾ませている。
 濃藍色の瞳が大きく開き、頬を紅潮させているのはシュミット侯爵の一人娘、エルゼだ。
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