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【8】
しあわせな せかい-2
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少年はそう言うとポルトの周りを軽く飛び跳ね、舞い上がる木の葉のようにぴゅうっと走って行く。
その背を追うように目をやると、さっきまではいなかった多くの人影がその輪郭を現していた。
背の高さも大人から子供まで様々。ざわざわと揺れる人々の声だ。
見たことのない大人達と子供達が一緒にいる。皆楽しそうに笑顔を浮かべ、さっきまで側にいた子は同じ髪色をした男性に飛びついていた。
「――…っ……」
別の小さな手が口ひげの生えた男へと伸びる。男はすぐに腰を落としその子を抱き上げた。良く似た瞳を持った二人は互いを強く抱きしめたまま泣いている。
またその近くにいたは年老いた老夫婦だった。持っていたパンを小さくちぎり子供の口へ入れてやっていた。細い髪を皺の入った手が何度も何度も愛おしそうに撫でている。
「……あ…………」
反対側には腕に包帯を巻き直して貰っている幼子も居た。良く似た面影を持つ母親と兄弟が囲み、心配そうな表情を浮かべている。
その光景にポルトは彼らの関係を察し、声の出ない口元を無意識に覆った。
(…………)
戦場から帰還した日、取り囲むような人の輪を見た。それは愛する人を待つ家族や友人の輪。今目に映る光景はそれを彷彿とさせるもの。
彼らだけではない。どこからか集まり何十人という人間が輪を作っていた。気がつけば焚き火がたかれ、パンや野菜、肉が焼かれていた。
澄んだ水や新鮮なミルクがカップを満たせば誰かが歌い始め、それは祭りのように広がり、子供達は手を取り合って可愛らしいダンスを見せた。
(――……っ)
しゃがれた声が、優しい声が、落ち着いた声が、一度も呼ばれることなかった子の名を呼ぶ。
ポルトの視界が温かい涙で滲む。
淀みのない純粋な思いが行き交う。
笑い声が風に乗り、歌になる。
靴を履くことすら知らず石のように冷たくなっていた足は、温かい腕の中へと軽やかなステップを踏む。
「………っ」
ポルトは込み上げる感情を止めることが出来ず、顔を覆い肩を震わせた。今視界の中に悲しんでいる者は一人も居ない。
力が抜けるかのように膝が地面につく。
(かみさま……。ありがとう……ありがとう……)
見たことも感じたこともない存在のはずなのに、自然と何度も繰り返した。
本当に架空の存在だったとしても、この瞬間を導いてくれた全てに祈りを捧げるように感謝の言葉を繰り返した。
次から次へと頬から流れ落ちる涙は自分の中の辛い記憶をも洗い流していくかのようだ。
徐々に背は丸まり、縮こまっていく両肩。
そこに温かい手の感触が伝わった。
『――……!』
誰かが聞いたことのない名を呼んだ。
まるでごく近くにその人物がいるかのようにもう一度、もう一度とその言葉は繰り返される。
様子を伺うように恐る恐る視線を動かせば、視界の端に自分と良く似た濃い蜂蜜色の長い髪が揺れていた。
ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
家族との再会で沸く兄妹達の声は今も風に踊っていて、次に訪れるであろう奇跡が脳裏をよぎり緊張で身が固くなる。
気管を締められているように息がしづらい。
しかし、それ以上の期待がゆっくりとゆっくりと顔を向けさせた。
最期のページを飾るに相応しい、きっとそんな瞬間が訪れる。
強い鼓動が早鐘を鳴らしたまま、すぐ隣に立っていた人物の方向へと視線を向ける、と、その時、両目がパッと何者かに塞がれた。
「!?」
視界を閉ざされたまま顔を向けられたのは真上。
覆いが外され視界に映ったのは、背後から覆いかぶさるように覗き込む一人の女だった。
白銀色の髪が背景に溶け込むように輝いている。幻獣を模した仮面が目元を覆っていたが感情など欠片も隠すつもりは無いらしく、「見せてやんない♥」とでも言うように、意地悪そうな笑みをにぃぃっと浮かべた。
「!」
驚きと憤りを隠せないポルトの口元がわなわなと揺れ……思わず叫ぶ。
「い…いじわるゥ!!」
その背を追うように目をやると、さっきまではいなかった多くの人影がその輪郭を現していた。
背の高さも大人から子供まで様々。ざわざわと揺れる人々の声だ。
見たことのない大人達と子供達が一緒にいる。皆楽しそうに笑顔を浮かべ、さっきまで側にいた子は同じ髪色をした男性に飛びついていた。
「――…っ……」
別の小さな手が口ひげの生えた男へと伸びる。男はすぐに腰を落としその子を抱き上げた。良く似た瞳を持った二人は互いを強く抱きしめたまま泣いている。
またその近くにいたは年老いた老夫婦だった。持っていたパンを小さくちぎり子供の口へ入れてやっていた。細い髪を皺の入った手が何度も何度も愛おしそうに撫でている。
「……あ…………」
反対側には腕に包帯を巻き直して貰っている幼子も居た。良く似た面影を持つ母親と兄弟が囲み、心配そうな表情を浮かべている。
その光景にポルトは彼らの関係を察し、声の出ない口元を無意識に覆った。
(…………)
戦場から帰還した日、取り囲むような人の輪を見た。それは愛する人を待つ家族や友人の輪。今目に映る光景はそれを彷彿とさせるもの。
彼らだけではない。どこからか集まり何十人という人間が輪を作っていた。気がつけば焚き火がたかれ、パンや野菜、肉が焼かれていた。
澄んだ水や新鮮なミルクがカップを満たせば誰かが歌い始め、それは祭りのように広がり、子供達は手を取り合って可愛らしいダンスを見せた。
(――……っ)
しゃがれた声が、優しい声が、落ち着いた声が、一度も呼ばれることなかった子の名を呼ぶ。
ポルトの視界が温かい涙で滲む。
淀みのない純粋な思いが行き交う。
笑い声が風に乗り、歌になる。
靴を履くことすら知らず石のように冷たくなっていた足は、温かい腕の中へと軽やかなステップを踏む。
「………っ」
ポルトは込み上げる感情を止めることが出来ず、顔を覆い肩を震わせた。今視界の中に悲しんでいる者は一人も居ない。
力が抜けるかのように膝が地面につく。
(かみさま……。ありがとう……ありがとう……)
見たことも感じたこともない存在のはずなのに、自然と何度も繰り返した。
本当に架空の存在だったとしても、この瞬間を導いてくれた全てに祈りを捧げるように感謝の言葉を繰り返した。
次から次へと頬から流れ落ちる涙は自分の中の辛い記憶をも洗い流していくかのようだ。
徐々に背は丸まり、縮こまっていく両肩。
そこに温かい手の感触が伝わった。
『――……!』
誰かが聞いたことのない名を呼んだ。
まるでごく近くにその人物がいるかのようにもう一度、もう一度とその言葉は繰り返される。
様子を伺うように恐る恐る視線を動かせば、視界の端に自分と良く似た濃い蜂蜜色の長い髪が揺れていた。
ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
家族との再会で沸く兄妹達の声は今も風に踊っていて、次に訪れるであろう奇跡が脳裏をよぎり緊張で身が固くなる。
気管を締められているように息がしづらい。
しかし、それ以上の期待がゆっくりとゆっくりと顔を向けさせた。
最期のページを飾るに相応しい、きっとそんな瞬間が訪れる。
強い鼓動が早鐘を鳴らしたまま、すぐ隣に立っていた人物の方向へと視線を向ける、と、その時、両目がパッと何者かに塞がれた。
「!?」
視界を閉ざされたまま顔を向けられたのは真上。
覆いが外され視界に映ったのは、背後から覆いかぶさるように覗き込む一人の女だった。
白銀色の髪が背景に溶け込むように輝いている。幻獣を模した仮面が目元を覆っていたが感情など欠片も隠すつもりは無いらしく、「見せてやんない♥」とでも言うように、意地悪そうな笑みをにぃぃっと浮かべた。
「!」
驚きと憤りを隠せないポルトの口元がわなわなと揺れ……思わず叫ぶ。
「い…いじわるゥ!!」
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