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エピローグ
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「あら、貴女やっぱりここにいたのね」
開いた扉の向こうに立っていたのはよく知る姫君だった。
「エルゼ様っ」
「フォルカー様のご様子を伺いに来たわ」
宿屋で目を覚ました後、エルゼと王子の雰囲気がおかしいことに気がつき、王子から事情を聞いた。静かな怒りを見せるフォルカーをなだめ、二人は関係を戻すに至った。
勿論完全に元通りというわけにはいかない。ただ、過ぎたことをいつまでも引きずる性格でもない王子は、翌日からエルゼを気遣う様子も見せていた。
愛らしいぱっちりとした菫色の瞳はいつ見てもポルトの憧れである。
城を離れる前に見た時は涙で濡れていたが、今は活力が戻っているように見える。
「わたくしだけじゃなくってよ。クラウス様とカールトンもいるわ。お二人共、さ、こちらへ」
エルゼに促され後ろから姿を見せたのはカールトンとクラウス。
「クラウス様、兄様……!」
「しばらくだね、ポルト。どうだい?君の夫の具合は」
「お・夫じゃないです…っ。クラウス様も最近ずっとお疲れだったとお聞きしておりますが、お身体の方は……」
「君が城に帰ってきてからはフォルカーも指輪もすっかり落ち着いてね。私もゆっくり休ませてもらったよ。カールトンも色々手伝ってくれたし。さすが父上の従者をしていただけのことはある。仕事の飲み込みが早くて助かるよ」
「…………」
黒髪の青年は相変わらずの無表情だ。今までと少し違うのは、そんな彼の手に花束があるということ。雪の季節に青い花びらを広げるモーリスの花束だ。花を痛めないように、ポルトはそっと兄を抱擁する。
「兄様、お腹の傷、順調に治ってるみたいで良かったです……!でも動き回って大丈夫なのですか?まだ激しい運動は駄目だってガジン様が仰っていまけれど……」
「問題ない。それにしても…お前こそまた色欲王子にちょっかい出されてたみたいだな。お前は嫌なことがあっても口にしない。それは意図せず相手を調子づかせる。いざというときは両目を突け。もしくは股を蹴り上げろ。あの変態なら、片方潰れても問題ない」
「おい、聞こえてるぞ、カールトン!」
「まあ、フォルカー様……!なんて魅惑的……じゃなくてっ、痛ましいお姿……!まだ体力は戻られていないのですね……!ぅ…!くぅぅう……!!」
彼との関係を無理強いすることは無くなったが、情熱はまだ完全には消えていないらしい。以前ならば解き放たれた野獣のようにフォルカーの元へ飛びついただろう。しかし今日は、餌を「マテ」と言われた犬のようにぐっとこらている。
スピードを堪えながらゆっくりとフォルカーの側に腰を下ろし、その手をきつく握った。
「ずっと部屋に引きこもっていては息も詰まるでしょう?フォルカー様の為に花束をお持ちいたしましたわ。心のお慰めになれば良いのですが……」
「エ・エルゼ、心配をかけてすまなかった。陽の差す中ずっと馬を走らせていたのが原因だろう。出来れば馬にまたがったまま城まで戻りたかったが……」
体調を崩しても、女性を目の前にすると『麗しの王子』の風体に戻るのは理性を超えた習性に違いない。
「ところでカールトン、お前はこれからどうするつもりだ?まだ決まっていないのか?」
「――……」
ポルトが城へ戻ると決まった後、カールトンを巡って小さな諍いが起きていた。
「私が一緒に住みます!私が!」とポルトが手を挙げ、その高い身体能力からフォルカーが「俺の護衛に欲しい」と提案し、「父の従者だったし、そのままうちの従者にしたい」とクラウスが言うと、「想い人を譲ったのだから彼を私の執事に頂戴」とエルゼが頬を膨らませた。
争奪戦は小一時間続き、エルゼの「二人の関係に水を差すからダメ!」という一声でポルトとフォルカーが脱落。苛ついたフォルカーが「クラウスにはすでに従者が二人いるぞ!もういらねぇだろ!」とケチをつけた。「それではわたくしのものですわね、ホホホホ!」とエルゼが高笑いした所で、「それだけは無い」とカールトンが釘を差した。
結局、カールトンは自分の身の振り方を誰にも言わずにいる。
ダーナー家の元従者でフォルカーやクラウスにも顔が利く。そんなカールトンには「うちへこないか?」という誘いが飽きるほど来ていたことだろう。
現在ですら城にいることを拒んだ彼は一時的にガジンの元で居候をしている。これもいつまでのことか……。結局結論は彼の胸の中だけのものであった。
カールトンからふいっと視線をそらしたエルゼが、今度はポルトをターゲットに選ぶ。
びしっと指を指し眉を釣り上げさせた。
「ポルト!貴女はわたくしからフォルカー様を奪ったのですから、必ず王妃の座を射止めなくて駄目よ!?こうなったら何がなんでも結婚なさい!」
「え……ッ!?」
「後でわたくしが季節に合わせたドレスの色合わせを教えてさしあげます。普通のお勉強も大切ですけど、レディとしてのお勉強も疎かにしてはいけないわ!この国の母となる者として、わたくしがどの女達にも負けない立派な淑女にしてみせます!!」
「えぇぇえ!ッ?」
「でも悔しさは消えたワケじゃないんですからね……!!きぃいっ、こんなものこうしてくれますわ!!」
『おやつ箱』と書かれた箱の上から、何か書かれた紙をビシッと貼り付けた。
「クラウス様、これはなんと書かれているのですか?」
「『餌付け箱』」
「くぁあぁ……っっ!!」
箱に張られた言葉は核心をつきすぎて微塵の反論も出来ない。ポルトはその場に崩れ落ちた。
エルゼは今回の一件で、思い半ばで絶たれた情熱を別の形で発揮することにしたようだ。
和気藹々と楽しむ若人の時間に割ってはいるように、突然扉が大きな音を立てて開く。
騒ぎすぎて衛兵が怒りに来たのかとポルトは一瞬身構えたが、立っていたのは何かを堪えるように顔を真っ赤にしたウルリヒ王だった。しかも何故かちょっと涙ぐんでいる。
息子に向かって大股で近づいたかと思うと、大きく両手を広げて力一杯抱きしめた。
「ち・父上!?」
「シュテフ……!!愛してる!!愛してる……!!!」
いつも冷静な父親の姿に目を丸くして驚くフォルカー。ポルトがそこに憧憬の眼差しを向けているのに気がついた。
父親からの抱擁は彼女が心から焦がれていたものであり、自分が与えてやれないもの。しかし、負けを認めるわけにはいかない。
「こらポチ!そんな目で他の男を見るな!これからは俺様が最高に美味いもの食わせて、最高に綺麗なもの着せて……お前の望むものをなんだって叶えてやるぞ!最ッ高の男が愛してやる!世界で一番幸せな女にしてやるからなッ!」
「っっ!?」
ただでさえ、自分の恋の噂に耐えられずにいたポルト。
皆の前で叫ばれたその言葉に耳まで真っ赤になって怒鳴り返す。
「わ…っ・私は人並みの幸せで十分ですっ!」
==========終==========
開いた扉の向こうに立っていたのはよく知る姫君だった。
「エルゼ様っ」
「フォルカー様のご様子を伺いに来たわ」
宿屋で目を覚ました後、エルゼと王子の雰囲気がおかしいことに気がつき、王子から事情を聞いた。静かな怒りを見せるフォルカーをなだめ、二人は関係を戻すに至った。
勿論完全に元通りというわけにはいかない。ただ、過ぎたことをいつまでも引きずる性格でもない王子は、翌日からエルゼを気遣う様子も見せていた。
愛らしいぱっちりとした菫色の瞳はいつ見てもポルトの憧れである。
城を離れる前に見た時は涙で濡れていたが、今は活力が戻っているように見える。
「わたくしだけじゃなくってよ。クラウス様とカールトンもいるわ。お二人共、さ、こちらへ」
エルゼに促され後ろから姿を見せたのはカールトンとクラウス。
「クラウス様、兄様……!」
「しばらくだね、ポルト。どうだい?君の夫の具合は」
「お・夫じゃないです…っ。クラウス様も最近ずっとお疲れだったとお聞きしておりますが、お身体の方は……」
「君が城に帰ってきてからはフォルカーも指輪もすっかり落ち着いてね。私もゆっくり休ませてもらったよ。カールトンも色々手伝ってくれたし。さすが父上の従者をしていただけのことはある。仕事の飲み込みが早くて助かるよ」
「…………」
黒髪の青年は相変わらずの無表情だ。今までと少し違うのは、そんな彼の手に花束があるということ。雪の季節に青い花びらを広げるモーリスの花束だ。花を痛めないように、ポルトはそっと兄を抱擁する。
「兄様、お腹の傷、順調に治ってるみたいで良かったです……!でも動き回って大丈夫なのですか?まだ激しい運動は駄目だってガジン様が仰っていまけれど……」
「問題ない。それにしても…お前こそまた色欲王子にちょっかい出されてたみたいだな。お前は嫌なことがあっても口にしない。それは意図せず相手を調子づかせる。いざというときは両目を突け。もしくは股を蹴り上げろ。あの変態なら、片方潰れても問題ない」
「おい、聞こえてるぞ、カールトン!」
「まあ、フォルカー様……!なんて魅惑的……じゃなくてっ、痛ましいお姿……!まだ体力は戻られていないのですね……!ぅ…!くぅぅう……!!」
彼との関係を無理強いすることは無くなったが、情熱はまだ完全には消えていないらしい。以前ならば解き放たれた野獣のようにフォルカーの元へ飛びついただろう。しかし今日は、餌を「マテ」と言われた犬のようにぐっとこらている。
スピードを堪えながらゆっくりとフォルカーの側に腰を下ろし、その手をきつく握った。
「ずっと部屋に引きこもっていては息も詰まるでしょう?フォルカー様の為に花束をお持ちいたしましたわ。心のお慰めになれば良いのですが……」
「エ・エルゼ、心配をかけてすまなかった。陽の差す中ずっと馬を走らせていたのが原因だろう。出来れば馬にまたがったまま城まで戻りたかったが……」
体調を崩しても、女性を目の前にすると『麗しの王子』の風体に戻るのは理性を超えた習性に違いない。
「ところでカールトン、お前はこれからどうするつもりだ?まだ決まっていないのか?」
「――……」
ポルトが城へ戻ると決まった後、カールトンを巡って小さな諍いが起きていた。
「私が一緒に住みます!私が!」とポルトが手を挙げ、その高い身体能力からフォルカーが「俺の護衛に欲しい」と提案し、「父の従者だったし、そのままうちの従者にしたい」とクラウスが言うと、「想い人を譲ったのだから彼を私の執事に頂戴」とエルゼが頬を膨らませた。
争奪戦は小一時間続き、エルゼの「二人の関係に水を差すからダメ!」という一声でポルトとフォルカーが脱落。苛ついたフォルカーが「クラウスにはすでに従者が二人いるぞ!もういらねぇだろ!」とケチをつけた。「それではわたくしのものですわね、ホホホホ!」とエルゼが高笑いした所で、「それだけは無い」とカールトンが釘を差した。
結局、カールトンは自分の身の振り方を誰にも言わずにいる。
ダーナー家の元従者でフォルカーやクラウスにも顔が利く。そんなカールトンには「うちへこないか?」という誘いが飽きるほど来ていたことだろう。
現在ですら城にいることを拒んだ彼は一時的にガジンの元で居候をしている。これもいつまでのことか……。結局結論は彼の胸の中だけのものであった。
カールトンからふいっと視線をそらしたエルゼが、今度はポルトをターゲットに選ぶ。
びしっと指を指し眉を釣り上げさせた。
「ポルト!貴女はわたくしからフォルカー様を奪ったのですから、必ず王妃の座を射止めなくて駄目よ!?こうなったら何がなんでも結婚なさい!」
「え……ッ!?」
「後でわたくしが季節に合わせたドレスの色合わせを教えてさしあげます。普通のお勉強も大切ですけど、レディとしてのお勉強も疎かにしてはいけないわ!この国の母となる者として、わたくしがどの女達にも負けない立派な淑女にしてみせます!!」
「えぇぇえ!ッ?」
「でも悔しさは消えたワケじゃないんですからね……!!きぃいっ、こんなものこうしてくれますわ!!」
『おやつ箱』と書かれた箱の上から、何か書かれた紙をビシッと貼り付けた。
「クラウス様、これはなんと書かれているのですか?」
「『餌付け箱』」
「くぁあぁ……っっ!!」
箱に張られた言葉は核心をつきすぎて微塵の反論も出来ない。ポルトはその場に崩れ落ちた。
エルゼは今回の一件で、思い半ばで絶たれた情熱を別の形で発揮することにしたようだ。
和気藹々と楽しむ若人の時間に割ってはいるように、突然扉が大きな音を立てて開く。
騒ぎすぎて衛兵が怒りに来たのかとポルトは一瞬身構えたが、立っていたのは何かを堪えるように顔を真っ赤にしたウルリヒ王だった。しかも何故かちょっと涙ぐんでいる。
息子に向かって大股で近づいたかと思うと、大きく両手を広げて力一杯抱きしめた。
「ち・父上!?」
「シュテフ……!!愛してる!!愛してる……!!!」
いつも冷静な父親の姿に目を丸くして驚くフォルカー。ポルトがそこに憧憬の眼差しを向けているのに気がついた。
父親からの抱擁は彼女が心から焦がれていたものであり、自分が与えてやれないもの。しかし、負けを認めるわけにはいかない。
「こらポチ!そんな目で他の男を見るな!これからは俺様が最高に美味いもの食わせて、最高に綺麗なもの着せて……お前の望むものをなんだって叶えてやるぞ!最ッ高の男が愛してやる!世界で一番幸せな女にしてやるからなッ!」
「っっ!?」
ただでさえ、自分の恋の噂に耐えられずにいたポルト。
皆の前で叫ばれたその言葉に耳まで真っ赤になって怒鳴り返す。
「わ…っ・私は人並みの幸せで十分ですっ!」
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