忠犬ポチは人並みの幸せを望んでる!

Lofn Pro

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【8】

青い空の下で-4

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「ポチ…!頼むから教えてくれ……!まんまとお前の作戦通り一度は手放しちまったよ。でも完全に俺の気分が変わったわけじゃねぇぞ!あてが外れて残念だったな……!」

 その言葉にポルトは首を振る。

「あてが外れたのは私の方でした」
「っ……?」
「ひとりで焼け野原を彷徨っている頃は、自分の未来にこんな瞬間が訪れるなんて思いもしなかったのですから。こんな……」

 細い指がフォルカーの頬に触れる。影がいた時とは違う優しい眼差しが注がれた。

「こんな…瞬間が訪れるなんて」
「ポチ……!心配することなんて何もないぞ……!」
「貴方がそんなことばかり言うから、私、少し我が侭になりました」
「……っ?」
「貴方を諦める気はないんですよ」
「!!…じゃ、じゃぁ……!」

 居場所さえわかればすぐにも早馬で迎えに行ってやれる。
 フォルカーの鼓動が跳ねた。
 やっと見えた光に口元が淡く緩んだのが自分でもわかったが、ポルトの表情は晴れないままじっと王子を見つめる。

「――でも、それは今じゃない」
「……?どういう…ことだ?」
「あの日の約束、覚えていらっしゃいますか?貴方が私に『女でいなさい』って言った夜を……」

 それはフォルカーが夜の湖に飛び込んで風邪を引いた時のこと。
 ベッドで病身を横たえる彼にポルトが強引に押しつけた約束があった。
 あの日の夜も今みたいに涙で顔をいっぱい濡らして、乞うように伝えた。

 ――『貴方が死んだ時、私を一緒に連れて行って』

 それがどんなに彼女が強く願ったことだったかなんて、知りもしなかった。
 「お忘れですか?」と首をかしげるポルトに大慌てで首を振る。

「世界で一番贅沢な約束です」
「で…でも……!それってつまり、もう――……」

 『会えないんだろ?』、そう言いかけたフォルカーの口は塞がれる。

「違います。私たちはずっと一緒です。ずっと、ずっと……」 
「でも……!」

 傷跡を残す白い手が自分の熱を伝えるように互いの胸元に置かれ、動揺と不安で陰ったエメラルドの瞳に少女は自分の姿を真っ直ぐと映す。

「……離れていても私の心は貴方の側に。そして貴方は私のここにいる。どうか月並みの…使い古された言葉だと思わないで」
「――……っ!」
「生きてください。……生き抜いてください。そして次に出会った時にお話して下さい。貴方が見てきたもの、貴方が感じてきたこと、ファールンのこと、そして貴方が愛したもののこと……。たくさんたくさん聞きたいです」

 金色の瞳に宿るのは強い意志。

「私も、貴方にいっぱいお話が出来るようにしておきます。そしたら神様の所に行くまでの道中、どんなに遠回りしてもずっと楽しくいられますものね」
「あ……」

 ふいに風が吹いた。ルビーレッドの髪が揺れて……嫌な予感がした。
 見るとポルトの輪郭が脚から崩れている。影達と同じように淡く白く光る花びらが、一枚また一枚とはがれてゆっくりと宙へ舞っていく。

「待て…!待てポルト!違う…!俺もお前もこんな形を望んでいたんじゃないだろ!?」
「その命が終わった時…別の世界への旅立ちに私を迎えに来てくれる、……貴方はそう約束してくれた。例えそうならなくても、この言葉だけで私は……。だから、大丈夫」

 この約束は絵に描かれた偶像としたものじゃない。
 万が一の“もしも”に賭けたものでもない。

 あの時、無理やり押し付けた約束に、願いに……頷いてくれた。
 その事実だけで心は重い鎖から放たれた。

「お待ちしています。終わりの世界で…ずっとずっと。貴方だけを――……」

 「待て!」と叫ぶと同時に光になって消えていくポルトの身体を両手でしっかりと掴んだ。
 柔らかい感触も人肌の熱も感じるというのに、まるで存在そのものが溶けていくようだ。
 これ以上風にさらわれないようにぐっと抱きしめた。
 鼻先が感じる懐かしい彼女の香りに泣きそうになる。

「手の届く場所に居るって言ったじゃねぇか!!お前の願いはすべて叶える……!皆を守るから……!だから行くな!」
「!」
「お前だけで良い。お前がいてくれたら…俺は…もう何もいらない……!お前じゃなきゃ……絶対に嫌なんだ!!!」

 突然の言葉に金色の瞳は丸く大きくなったが、次第に涙を滲ませて緩んでいく。
 思わず顔を伏せたがその肩は震えていた。息を吸い込むと同時にもう一度顔を上げる。
 白い光の手がフォルカーの手に添えられた。温かくて小さな…愛おしい彼女の手だ。
 一度手放してしまったこの手。
 どうしてあの時ちゃんと捕まえておかなかっただろう。
 そしたらこんな『今』は来なかったかもしれないのに。

「ポチ……!」
『――――……っ……』

 言葉に詰まった瞳からこぼれた涙。水晶のように美しくて、息が一瞬止まった。

『……とうさまより かみさまより』

 蜂蜜色の髪が風に舞い、桜唇が嬉しそうに微笑む。
 そして証を残すように、心から恋想う相手の唇に自分のそれを重ねた。

『せかいで いちばん あなたがすき』



 声を巻き込むように、少女をかたどっていた光は一気に花びらに変わり、宙へと混じり合うように消えていく。
 為す術は無い。

 最後の一枚が失われていくのをただ見ていることしかできなかった。
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