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【8】
【後】王と王子、父と息子
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「……駄目だ駄目だ駄目だ。絶対許さん。お前はまだ若い。だから考えが偏ってしまうんだ。冷静になって周りを見てみろ。お前自身の立場を考えるんだ」
嫌な予感しかしない。ウルリヒは肩からずれたローブをかけ直す。
「ええ、勿論です、父上。冷静になって考えてみました。私は今までいろんな姫君達と時間を共にしてきた。容姿だけではない、教養や立ち振る舞い、家柄、人々の上に立つ素養。申し分のない姫君も何人かいた。しかしどんなに優れていても、私には皆同じに見えた。流行りの髪型、似たドレス、『デンカ、ゴキゲンウルワシュウ』と囀る麗しい小鳥達。妻に迎えたとしても、次の晩餐会ですぐに見失ってしまうでしょうね。目に入る女性全てを『我が妻よ』とでも言えれば問題もないでしょうけれど…さすがにそうもいきますまい」
「………」
そういえば以前、「フォルカー様と良いお付き合いをさせて頂いております」と告げる女性が一晩で四人も現れ、思わず固まったことがあった。今の言葉だってフォルカーは半分冗談のつもりで言ったのだろうが、ウルリヒからすれば冗談に聞こえない。
「あの娘が特別に見えるのは立場が変わっているからだ。貴族の令嬢と比べること自体が間違っている……!」
「陛下、私は考えたのです。王妃たる者に相応しい資格を。先の大戦を終え、心も身体も傷ついた民が求める王妃とは一体どんな人物なのだろうか、と……。それは決して身分の高さで決められるものではない。民と同じ世界を見ることが出来る者、そして同じ傷の痛みを知り、身を挺しても動く者。跪いて祈ることも大切ですが、それだけで国が救えるほど世界は優しくはない。民の上に立つ者ではなく、同じ景色を見ることが出来る者…それが私の出した答えです」
「もしそれが私の身を守って矢を受けたことだと言うのならば違うぞ。護衛兵としてごく当たり前のことをしたまでで……」
「その兵は他の姫君達と同じ『女性』ですよ。本来なら、私たち男が守らねばならない存在です。もっとも、陛下の回りには肌が焼けると言って、時に陽の光からも逃れる女性が殆どかと思われますが……」
ウルリヒは落胆のため息をついた。きっと何を言っても今の彼には通じない。何かを決めたときの彼の頑固さはよくわかっている。だからといって根負けしては国の未来に関わる。
王として父として対峙する父に、フォルカーが言葉をつづけた。
「彼女は貴方と同じことを考え、この城から姿を消しました。どうか後を追う許可を頂きたい」
「姿を消したのならそのまま放っておけ。それが娘の答えだろう」
「彼女は孤独を何より恐れます。その決断が、どれだけ彼女にとって辛いものだったのか……。あの鈴の音が聞こえる貴方にならばわかるはずです。現指輪の王である貴方なら、彼女の本心がどこにあるのか聞くまでもない……!」
「馬鹿者ッ!!全てお前が教え、与えたものだろう!!」
「っ!?」
「あの娘が怪我を負った時に手放しておけば、こんなことにはならずに済んだのだ!お前が安易な情をかけ手元に置き続けたのが全ての原因ではないか!結末など考えるまでもなかっただろう……!」
それが運命のめぐり合わせでもなんでもない、起こるべくして起こったことなのだと王は叱責する。
フォルカーは何も返すことが出来ず、ぐっと奥歯を噛んだ。
「――……。あの時の私は、こうなることなど考えもしなかった。もし何かあっても…誰かに託し手放すつもりだったのです。しかし――……」
「今更言い訳などいらん!」
「しかし!彼女はこの城で多くのことを学び、成長しました……!皆に愛され、彼女も皆を慈しんだ。貴族、平民、老人、子供、狼……、彼女は全てを大切にしていた。そんな姿に、私は新しいファールンの未来を見ました……!」
「追ってどうする!城へ…王妃候補として迎える気か!?」
「指輪の加護を受ける者として当然の権利です!……ただ、すぐというわけにはいきません。彼女にはこれから身につけさせなければならないことも多い。勿論それ以外にも問題は山積みとなるでしょう。彼女にはそれ相応の課題を課します。その中で駄目になるようならば…そのときは私も諦めましょう。しかし今はまだ始まってすらもない。どうか彼女を追う許可を…!父上、どうか……!」
懇願するフォルカーの声。
ウルリヒはしばらく沈黙していたが、ゆっくりと息を吸い「駄目だ」と答える。微かに眼を開き表情を強張らせた息子に胸が痛んだ。
「愛しい子よ……、私も一人の父親だ。好いた相手なら一緒にさせてやりたいという気持ちはある。しかしな…お前はどこにでもいるような普通の人間ではない。鏡でその髪を見てみろ。ファールンの『赤』だ。血に刻まれたお前の役割はあまりにも大きい。下手をしたら四大国のバランスを崩しかねない。均衡を崩し、また戦を起こすつもりか?民をまた深い悲しみと貧困へ陥れるつもりか?私とお前の母親だって言ってしまえば政略結婚だ。最初こそ仲違いすることも多かったが、最後は愛しあった幸せな夫婦だったと思う。これからどんな姫君が来たとしても、きっと最後はお前もそうなる。私はそう確信している」
「父上!しかし……っ!」
「黙れ、フォルカー!……これ以上の口答えは許さん!!部屋で頭を冷やせ!」
「父上ッ!!」
「下がれ!」
「―――……ッ……!!」
フォルカーは拳をきつく握りしめる。
納得とは程遠い苦々しい表情をしたまま頭を一度だけ下げると、荒々しい足取りで部屋を後にした。
「……」
再び静けさの戻った部屋に一人、ウルリヒは重い重いため息をついた。
横目でチラリと妻を見ると、何も言うはずのない妻の肖像が威圧しているように感じる。
これは息子に対する罪悪感によるものなのだろうか。それとも………。
「……仕方ないだろう。父親は息子が道を外さぬように導かねばならぬ……。いつかフォルカーもわかってくれるさ。あいつが父親になればきっと…。……ただ、な……」
肖像画に近づくともたれるように額を当てる。
(……君譲りの表情で睨まれるのは…結構辛いんだぞ)
生きていれば肩に手を置くくらいはしてくれるだろうか?いや、自由奔放でしきたり嫌いの彼女ならば、きっと愛用の斧や鎌を舞わせてこの部屋の椅子の数を倍に増やしたに違いない。そうでなければ『黙れ老害』とばかりに白肌の拳がこの頬にめりこんでいるはず……。
自分はこの国の民を守る王なのだと気を奮い立たせたが、落ち込むようにこめかみを押さえると再び深い深いため息をついた。
嫌な予感しかしない。ウルリヒは肩からずれたローブをかけ直す。
「ええ、勿論です、父上。冷静になって考えてみました。私は今までいろんな姫君達と時間を共にしてきた。容姿だけではない、教養や立ち振る舞い、家柄、人々の上に立つ素養。申し分のない姫君も何人かいた。しかしどんなに優れていても、私には皆同じに見えた。流行りの髪型、似たドレス、『デンカ、ゴキゲンウルワシュウ』と囀る麗しい小鳥達。妻に迎えたとしても、次の晩餐会ですぐに見失ってしまうでしょうね。目に入る女性全てを『我が妻よ』とでも言えれば問題もないでしょうけれど…さすがにそうもいきますまい」
「………」
そういえば以前、「フォルカー様と良いお付き合いをさせて頂いております」と告げる女性が一晩で四人も現れ、思わず固まったことがあった。今の言葉だってフォルカーは半分冗談のつもりで言ったのだろうが、ウルリヒからすれば冗談に聞こえない。
「あの娘が特別に見えるのは立場が変わっているからだ。貴族の令嬢と比べること自体が間違っている……!」
「陛下、私は考えたのです。王妃たる者に相応しい資格を。先の大戦を終え、心も身体も傷ついた民が求める王妃とは一体どんな人物なのだろうか、と……。それは決して身分の高さで決められるものではない。民と同じ世界を見ることが出来る者、そして同じ傷の痛みを知り、身を挺しても動く者。跪いて祈ることも大切ですが、それだけで国が救えるほど世界は優しくはない。民の上に立つ者ではなく、同じ景色を見ることが出来る者…それが私の出した答えです」
「もしそれが私の身を守って矢を受けたことだと言うのならば違うぞ。護衛兵としてごく当たり前のことをしたまでで……」
「その兵は他の姫君達と同じ『女性』ですよ。本来なら、私たち男が守らねばならない存在です。もっとも、陛下の回りには肌が焼けると言って、時に陽の光からも逃れる女性が殆どかと思われますが……」
ウルリヒは落胆のため息をついた。きっと何を言っても今の彼には通じない。何かを決めたときの彼の頑固さはよくわかっている。だからといって根負けしては国の未来に関わる。
王として父として対峙する父に、フォルカーが言葉をつづけた。
「彼女は貴方と同じことを考え、この城から姿を消しました。どうか後を追う許可を頂きたい」
「姿を消したのならそのまま放っておけ。それが娘の答えだろう」
「彼女は孤独を何より恐れます。その決断が、どれだけ彼女にとって辛いものだったのか……。あの鈴の音が聞こえる貴方にならばわかるはずです。現指輪の王である貴方なら、彼女の本心がどこにあるのか聞くまでもない……!」
「馬鹿者ッ!!全てお前が教え、与えたものだろう!!」
「っ!?」
「あの娘が怪我を負った時に手放しておけば、こんなことにはならずに済んだのだ!お前が安易な情をかけ手元に置き続けたのが全ての原因ではないか!結末など考えるまでもなかっただろう……!」
それが運命のめぐり合わせでもなんでもない、起こるべくして起こったことなのだと王は叱責する。
フォルカーは何も返すことが出来ず、ぐっと奥歯を噛んだ。
「――……。あの時の私は、こうなることなど考えもしなかった。もし何かあっても…誰かに託し手放すつもりだったのです。しかし――……」
「今更言い訳などいらん!」
「しかし!彼女はこの城で多くのことを学び、成長しました……!皆に愛され、彼女も皆を慈しんだ。貴族、平民、老人、子供、狼……、彼女は全てを大切にしていた。そんな姿に、私は新しいファールンの未来を見ました……!」
「追ってどうする!城へ…王妃候補として迎える気か!?」
「指輪の加護を受ける者として当然の権利です!……ただ、すぐというわけにはいきません。彼女にはこれから身につけさせなければならないことも多い。勿論それ以外にも問題は山積みとなるでしょう。彼女にはそれ相応の課題を課します。その中で駄目になるようならば…そのときは私も諦めましょう。しかし今はまだ始まってすらもない。どうか彼女を追う許可を…!父上、どうか……!」
懇願するフォルカーの声。
ウルリヒはしばらく沈黙していたが、ゆっくりと息を吸い「駄目だ」と答える。微かに眼を開き表情を強張らせた息子に胸が痛んだ。
「愛しい子よ……、私も一人の父親だ。好いた相手なら一緒にさせてやりたいという気持ちはある。しかしな…お前はどこにでもいるような普通の人間ではない。鏡でその髪を見てみろ。ファールンの『赤』だ。血に刻まれたお前の役割はあまりにも大きい。下手をしたら四大国のバランスを崩しかねない。均衡を崩し、また戦を起こすつもりか?民をまた深い悲しみと貧困へ陥れるつもりか?私とお前の母親だって言ってしまえば政略結婚だ。最初こそ仲違いすることも多かったが、最後は愛しあった幸せな夫婦だったと思う。これからどんな姫君が来たとしても、きっと最後はお前もそうなる。私はそう確信している」
「父上!しかし……っ!」
「黙れ、フォルカー!……これ以上の口答えは許さん!!部屋で頭を冷やせ!」
「父上ッ!!」
「下がれ!」
「―――……ッ……!!」
フォルカーは拳をきつく握りしめる。
納得とは程遠い苦々しい表情をしたまま頭を一度だけ下げると、荒々しい足取りで部屋を後にした。
「……」
再び静けさの戻った部屋に一人、ウルリヒは重い重いため息をついた。
横目でチラリと妻を見ると、何も言うはずのない妻の肖像が威圧しているように感じる。
これは息子に対する罪悪感によるものなのだろうか。それとも………。
「……仕方ないだろう。父親は息子が道を外さぬように導かねばならぬ……。いつかフォルカーもわかってくれるさ。あいつが父親になればきっと…。……ただ、な……」
肖像画に近づくともたれるように額を当てる。
(……君譲りの表情で睨まれるのは…結構辛いんだぞ)
生きていれば肩に手を置くくらいはしてくれるだろうか?いや、自由奔放でしきたり嫌いの彼女ならば、きっと愛用の斧や鎌を舞わせてこの部屋の椅子の数を倍に増やしたに違いない。そうでなければ『黙れ老害』とばかりに白肌の拳がこの頬にめりこんでいるはず……。
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