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【2】

【後】君は何を思う(★)

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「へぇ?犬みたいなお前にしては随分と可愛らしい名前だな。出身は?」
「……ウィンスター……ファールンの国境の近くにある小さな村です。もう…燃えて無くなっていると思いますが……」
「じゃ……この話は終わりにして。一番気になってんだけど、どうやって入隊したんだ?入隊の時に身体検査があっただろ。場所によっては身分証明書だって必要になる。それはどう細工したんだ?」

 アントン隊は戦力補強の為に辺境のマテック伯が招集した歩兵隊。怪しい人物が紛れ込まないようにある程度の審査はされる。

「あ……、えと……、その……、私が入隊したときは、もう戦火が広がりきった終戦間近で……。『役所が燃えた』と言えば身分書の提出は求められることはありませんでした。それに、当時は男であれば誰でも入隊出来るほど逼迫した状態だったようなので……」
「『男』ならな」

 「それを聞いているんだ」というように、フォルカーが横目でちらりと見た。

「……身体検査は受けました。当時の私はまだ身体が未成熟で……。ああ、わかってますわかってます。そんな目で見ないで下さい。今も熟してなかったですね! 私、話盛りましたね!」
「なんだよ、お前。勝手に人の心を読むな」
「つまりですね!?そ……その、見ただけで性別を判断できるほどではなかったんです。下さえ脱がされなければなんとかなると思って……」

 上半身は脱いで身体検査を受けねばならなかったが、それ以外は簡単な質問を二三しただけで終了したのだという。筋力や体力も入隊するのに十分だと判断されたらしい。

「焼け野原を空腹のまま彷徨ってるくらいなら軍に身を置いた方がいいかと思って……。そこにいれば、なんとか配給は受けられますから……」

 もちろん民間にも配給物資は届けられるが、それにありつけるかどうかは運次第。兵なら優先的に受けることが出来る。恐れはあったが、迷いはなかった。

「終戦間近か…、その頃は西のロクフールと疲弊戦に入っていた頃だな。確かに兵も食料も足りなかったが……まさか女が易々と紛れ込めるほどチェックが甘くなってたとは……。今度会議で言っておかないと……」
「会議…ですか?」

 ある程度覚悟はしていたが、やはりこのことを話してしまうのだろうか?

(殿下……)

 身分を偽り軍に入った。しかもそのまま要人の従者になり居座っているなんて……。自分が聞いても怪しさ大爆発だ。
 視線の先、彼は思案顔のまま暖炉を見つめている。端正な横顔は優しくも見えたが、彼の立場を考えればこのまま黙っていることの方が難しいのかもしれない。

(やっぱり…捕まっちゃうのかな……)

 陽の光すら入らない冷たい場所で一人、一分一秒に耐える日々が始まるのだろうか。
 鼓動する胸がキリキリと痛む。いてもたってもいられず、身体が動いた。

「あ・あのっ殿下……っ!もし罰せられるなら……、投獄されて何年も出てこられないんだったら、いっそすぐ極刑にして下さいっ」
「はぁ!?」
「だ・だってこれって身分詐称ですよ……!?捕まったら北棟にある真っ暗な牢獄に閉じこめられるんでしょ…!?知ってます?ああいう所って、城石が外気に冷やされて、ものすっごく寒くなるんですよ!?真冬になったら貯蔵してた野菜や干し肉がカチコチに凍っちゃったりするような所ですよっ?たいした防寒対策も出来ないまま閉じこめられたら…どうなるかなんて言わなくてもおわかりになるでしょ…!?も・もし除隊命令が出て外に放り出されたとしても、私にはもう帰る家はありません。このご時世、身分不詳のままじゃ雇ってくれる所なんて無いし、よ……よ・夜の商売に使えそうな身体だって持ってないです……っ!っていうか、娼館の面接落ちましたッ!!」
「ちょ…ちょっと待て、落ち着けっ。お前何言って……ってマジで受けたことあるのか!そして落ちたのか!!」

 指を四本立ててフォルカーに見せる。

「四件!?一件じゃなくて四件!?!?」
「ファールン国は選り好みしすぎです……っ」
「さすが入隊審査に通るだけのことはあるな……」

 そういえば、身分を偽っただけじゃなく王子の部屋で大暴れまでしてしまったんだっけ。どうしよう。真面目に仕事をこなしてきたつもりだったのに、クビになりそうなことしか浮かばない。
 震え始めた身体をぎゅっと抱きしめた。

「まさか傷が痛むのか?だから暴れなっつってんだろっ 」

 フォルカーの手が肩に触れた。
 こんな温かい手をしていても……いつゴミのように捨てられてしまうかもしれない。
 まるで他人を見るような眼差しだけを残して、姿を消してしまうかも知れない。

「わ・私は…今まで国のために尽くして参りました。い…色々ご迷惑をかけたこともありましたけれど……っ、それでも、懸命に職務を全うしてきたつもりです…!もしそれを認めて頂けるのなら…苦痛の余生より潔い最期をお与え下さい……!」
「―――……」

 ……返事は無い。いつもならくだらない冗談のひとつでも言いそうなのに、何を考えているのだろう。
 先のない従者にかける慰めの言葉を探しているのだろうか。

「殿下…!お願いです……!!」

 必死の願いにも彼は何も答えない。
 周囲を取り巻く沈黙だけがやけにゆっくりと時を刻み、意を決したかのように唇を噛みしめる。

「………」

 白く細い足をベッドから投げ出せば素足が石床独特の冷たさを受け止める。

「隣の部屋にある布をお借りします。絵にかけてあるものを一枚。いくら深夜で人通りが無いからと言って、こんな格好で城内を歩き回るわけにはいきませんから 」
「どこへ行く?」
「シーザー達の所へ。あそこには作業着が置いてありますから…。それに投獄されてしまえばあの子達にも二度と会えなくなるかもしれません。大丈夫です。逃げ出そうなんて…これ以上殿下のお手を煩わせようなんてしませんよ」
「…………」
「殿下もお休み下さい。犯人がまだ見つかっていないなら、まだまだ忙しくなるでしょうし、ちゃんと睡眠をとっておかないと」

 物置部屋へ通じる扉の取っ手を握る。少し力を入れるとキィと軽い音を立てて開いた。人のいない真っ暗な部屋の中からは、外気と変わらないほどの冷えた空気が流れ込む。小さな身震いをすれば傷口が疼いた。

 終焉の刻、この痛みも名残惜しくなるのだろうか。
 この寒さも愛おしく思えるようになるのだろうか。

(……なんで私……こんなことしか……)

 さっきから最期のことばかり考えている。
 何度も危ない目にはあったが、なんとかここまで生きて来られた。楽しいことだってあったはずなのに。
 生きたくても生きれらなかった人達だってたくさん見てきたはずなのに。
 不安に潰されそうになるくらいなら、いっそ自分が身代わりになれば良かった。

「……っ!」

 石壁に拳を叩きつける。乾いた音が空間に響き、その衝撃は骨まで響いた。
 張りつめた気持ちが崩れるように、ずるずると身体の力が抜ける。
 どこに閉じこめられても、どこへ放り出されても一人で生き抜いてやると、そう言えない自分が、その弱さが情けなかった。

「隊長……ブルノ……、みんな……ごめん………っ……」

 引きずるように上げた手で扉を閉めた。……いや、閉めたつもりだったが最後まで閉めることが出来ない。何かが引っかかっているのかと振り返ると、そこにはさっきまでベッドに腰掛けていたフォルカーが扉を押さえて立っている。

「あのなぁ……」

 彼の怪訝そうな表情に身体が強ばる。

「お前、さっきから何勝手に話し進めてるわけ?」
「……?」
「俺はまだ、何も言ってねぇ」

 無理矢理扉を開き、手に持っていた毛織りの柔らかなガウンを被せると、「よいしょっ」と一声あげてポルトを担ぎ上げた。



「で・殿……っ!?」
「俺は昔っから、辛気くさい話は得意じゃねぇんだよ」

 部屋に置いてある長椅子に座らせ、「命令だ。そこを絶対動くな」と告げるとしばらく部屋からいなくなる。そして、戻ってきたときには両手一杯に食料を抱えていた。腰には紐でつなげられた水やミルク、ワインボトルまでぶら下がっている。

「どぉだ!」
「な…なんですか…?」

 フォルカーは得意げにしているが、驚きでポルトの目はまん丸になっている。

「そういやお前、起きてからまだ飯食ってなかっただろ?夜に腹減って身体冷やしてると、ロクなこと考えりゃしねぇ。調理場から適当に持ってきたが……そんだけ元気がありゃ食えるだろ?」
「へっ?」

 テーブルの上に無造作に食料を並べる。ハムやローストした肉、他にも茹でた野菜を皿一杯に盛りつけたもの、それに彩りの良い果物。ポケットの中にはパンが無理矢理押し込められていて、取り出されたとき少し変形していた。

「ここに並んでいるもの、全部食え!そして寝ろ!犬小屋じゃなく、物置部屋でもなく、この部屋で寝ろ!」

 テーブルの上はまるでちょっとしたパーティでも開かれるような様相だ。

「あんだけ飯飯言ってただろ!ほら、食え!」
「で・でもこれは……っ」

 あきらかに兵士用のメニューではない。恐らく今日の晩餐の残りだろう。どれも貴族しか口にできない高級なものばかりだ。

「いいから食えっつってんだよ!お前が食わなきゃ……」

 ぐっと身を乗り出してギリギリまで顔を近づける。

「愛情をたーっぷり込めた口移しで如何かな?お嬢さん?」
「っ!?」

 意地悪そうな笑みにポルトの頬が一気に紅潮する。それを隠すように、目に入ったものから口に入れ始めた。片手にパン、片手に肉、口の中には茹でたジャガイモを詰め込んで、半ばやけくそのように胃袋の中へと押し込んでいく。
 突然の固形物乱入に胃袋も飛び跳ねたが、これ以上床を汚してなるものかと意地で堪えた。

「わはひ……っ、わはひ…っ、ひふんでひひふとかひっへはのひ……っ。ひふんはははけはいでふ……っ!うぶふっ!」
「うんうん、なんかわからんが、よく噛んで食え。あ、あとワインには手ェつけんなよ。傷口が腫れるからな」

 背中でフォークが食器に触れる音を聞きながら、暖炉に薪をくべて部屋の温度をあげた。
 燭台の全てに火をともすと、柔らかな光で空間が満たされる。遠海を渡ってきた貿易商から買ったお気に入りのグラスに赤いワインを満たし、ポルトの隣に腰を下ろした。
 彼女は今、噛んでも噛んでも噛みきれないチキンの筋と戦っている。

「………狩り以外にもナイフに仕事をさせてやれ」
「!」

 その背中が小さく飛び上がり、丸まった。
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