忠犬ポチは人並みの幸せを望んでる!

Lofn Pro

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【7】

【後】リベンジ(★)

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 建物や柵の影に身を隠しながらポルトは人の声のする方向へと進んでいく。燃える家屋の炎は空を焦がし始め、徐々に強くなっていく光は逃げ惑う人々の影を白い雪に濃く映し出していた。
 
 村の中心にある大きな通りから横道に向かって黒い人影が飛び込んできた。少年だ。服の端が少し焦げているが目立った怪我は無いように見える。ハァハァと息を切らし、鉢合わせしたポルトを見上げと、その瞳に映る武装した見慣れない人間の姿にみるみると表情が引きつらせた。恐怖に怯え、鼓動するたびに見開く瞳……。
 ポルトは状況をすぐに把握し、その場で膝をつくように腰を下ろす。

「無事で良かった」
「っ!?」

 騒がれてこちらの場所が敵に知られるのはまずいが、怯えている相手に事情を丁寧に説明している時間も無い。ポルトは敵意がないことを手っ取り早く相手に伝える言葉を、その経験から選ぶ。
 少年は一瞬わけのわからないように瞬きをしたが、ポルトの姿をまじまじと見つめ、剣も弓も構えないことがわかると少し肩の力を抜いた。

 これも一瞬の安堵になるかもしれない。ポルトは出来るだけ落ち着いた声音で話しかける。

「……安心して下さい。私はこの村の宿屋に泊まっていた旅人です。明日出立予定だったのですが、こんな騒ぎが起きたので…様子を見に来ました。君の敵じゃない。わかりますか?」
「……っ……」

 警戒する様子に大きな変化は無かったが、それでも少年は小さく頷く。

「私はこれから、残っている村の皆さんの救助に向かいます。この村に正面以外の出口はありますか?それと、もしもの時の隠れ場所…避難所のような場所は?」
「で・出入り口は…いちばん大きいとこ…以外にも、あっちと…あっちに、ある……。でも避難所は……」
「そうですか……。では皆散り散りに逃げるしかないのですね」
「お…奥の……っ、湖……っ」
「え?」
「オレ…ちっちゃい時…林の向こうににある湖に遊びに行ってて……っ、あそこに洞窟がある……。オレはそこへ……奥も広いから…だから…み・みんなも……」

 恐怖で口がうまく回らない少年は、震えながらも必死に説明をする。ポルトは一度大きく頷いて少年の頭を優しく撫でた。

「わかりました。村の人を見つけたらそこへ行くように伝えます。ありがとう。……君、何か武器は?」

 少年は首を振る。ポルトは足のベルトからナイフを取り出すと少年に持たせた。小さなその手を両手で包むようにギュッと握る。

「小さいけれど無いよりはマシです。君にあげます」
「……!」
「よく使い込んであるし手入れもしっかりしてある。きっと君の手に馴染むのも早いでしょう。間合いは狭いけれど隠して持つには丁度良い。もしもの時は…相手をできるだけ引きつけてから使って下さい。これは敵を倒すものではなく、逃げる為の手段と思って……。わかりましたか?」
「わ…わかった……!」
「じゃ、行って……!狼に気をつけて!」

 ポルトは少年に気合を入れるように背中を強く叩く。瞬間、さっきまで怯えていた瞳が光を取り戻し、小さな靴が雪に覆われた大地を強く蹴る。
 ポルトはその背を最後まで見送ること無く村の中心へと視線を戻した。逃げ惑う人々の影は少なくなったように見えるが、不特定な場所から男達の叫び声と剣を交える音が聞こえる。宿屋の妻が言っていた自警団が戦っているのかもしれない。この間に、皆が上手く逃げてくれていると良いのだが……。

 ポルトはそのまま五棟ほどの家屋を抜け、中を調べた。途中、一組の親子が隅で身をかがめて怯えていたが、湖の話、そして敵に見つからなかったルート…自分が歩いてきた道を伝えた。
 屋根が燃えている隣の家屋に身を隠した時だった。女の悲鳴が空気を裂く。

「離してぇえぇぇ!!いやぁぁああッッ!!!」

 男達の笑い声が混じり、積み上げられた物が崩れるような重い音がした。とっさに身を隠し様子をうかがうと、二人の男が若い女性の髪と腕を掴んで地面に抑え付けているのが見える。
 男達の目的など考えるまでもない。

「――……っ……」

 こういった光景は今まで何度も見てきたが、いつだって腸が煮えくり返る気分だ。
 炎の上がる屋根を見る。近くにあった荷箱を動かし足場を作ると、登って藁に着いている汚れを確かめた。
 藁は鼻の奥をツンと刺激する独特な臭いがする。これは松脂から作られる油で火攻めの時にもよく用いられるものだ。それ単体ではそれほどでもないが、干し草や枯れ葉等にかけて使うと爆発的に燃焼する。

(どおりで火の回りが早いと思った)

 ポルトは眉間には険しい皺を刻む。
 数本の藁を抜き取り汚れが手につかないように矢尻巻き付ける。腰のポーチから補修用の糸を出し藁が落ちないようにしっかりと固定させ、熱で溶けた松脂をたっぷりをまとわせた。

 もう一度男達の様子をうかがう。すでに女の身ぐるみは半分以上剥がされていて、男達のニヤついた顔が炎の灯りで浮かび上がった。
 ポルトは藁を巻いた矢尻に火をつけると弓を十分に引き絞る。そして、奥側にいる男に向かって矢を放った。

「――!?」

 矢は流星のように目標に向かって飛び、刺さった瞬間悲鳴を上げて男は倒れた。横腹に当たったそれは激しく燃えていて着ていた服にも火の粉が舞う。慌てて手で払うも、指先についた脂は布という糧を得て更に燃焼する。払うほど大きくなる火に驚きと悲鳴を混じり合わせたような声を上げながら、必死で足元の雪を拾ってはこすりつけた。それでも足りず、まるで犬のように地面に転がり身を捩り始める。
 それに気を取られたもう一人の男には、死界から滑り込んできたショートソードが腹に深々と突き刺さった。
 驚くと同時に、襲いかかる痛みに耐えかねて膝をつく。
 剣の主は突き刺さった剣の根本…腹を足で抑えて引き抜き、たっぷりとついた血で白い雪の上に大小の丸い模様を描いた。

「ぅ……あ……や…やめ……」

 突然男の目の前に現れたのは小柄の男…いや、女……?背後には炎が大きく揺らめき、薄い薄い絹のような赤…そして中央で強い光を放つ金色が輝く。
 それと同じ色をした髪が眼の前で風に舞った。
 男の視線は若者に惹きつけられた。

「ぁ……」

 女と言うには場馴れした猛々しさ。しかし男と言うには頬や軽装の装備がなぞる輪郭がなだらかで……。
 憤りを残した金色の瞳が瞬きも少なく静かに見据えている。

「彼女が同じ言葉を言ったとして…貴方は聞き入れましたか?」
「っ!!」

 二人が同じ答えを浮かべた瞬間。若者は柄の尻を叩きつけ、男に沈黙を科した。
 先程まで雪の上を転がっていた男が見知らぬ若者に気がついた。
 火で焼かれていないもう片方の手で剣を握ると、仲間を殺った若者に向かい歯を食いしばり地を蹴る。
 逆光でよく見えないが、若者はすぐにこちらに気が付き腕を振る素振りを見せた。
 「何か…投げた……?」、不思議な振動を胸に受け思わず剣を落とした。
 全身を走る言いようのない痛み。急に苦しくなる呼吸。視線を落としみぞおちを見た。――……ナイフが刺さっている。

「……!?……!?」

 身体が固まってしまったのだろう、動けずにいる男に若者は歩み寄る。

「質問があります」
「……っ?」
「今日は何人で来られたので?答えてくれたら止血用の布を差し上げます」
「……っ!……ぁ……ぁあ……」

 さらに大股で近づいた若者。男の前ですっと腰を落とすと身体を捻り、体重をかけた拳を男の下顎めがけて叩き込んだ。「ぎゃっ!」という短い悲鳴と共に男は倒れる。

「時間がありませんので、もう結構です。あと、本数が少ないのでコレは返してもらいますね」

 そう言ってナイフを引き抜くと、軽く血を払い足のベルトへと戻した。
 帰り際、転がっている男の服を乱暴に剥ぎ取ると、腰を抜かしたまま座っている女の元へ駆け寄る。

「お嬢さん」

 差し伸べた手は派手な音を立てて振り払われ、持ってきた服が雪の上に落ちる。

「ひ……人殺しっっ!!」
「っ!」

 女は服をかき集めて胸元で抱えると、言葉にならない悲鳴を上げながら必死に物陰に隠れようとした。「人殺し!!人殺し!!来ないで!!」と叫び、回りに落ちている小石や小枝、雪を掴んではポルトに投げつける。目標も見ずに投げられたそれらは殆ど当たることは無かったが……。

「――……」
 
 ポルトはまだ鈍い痛みが残る手を、一度ぐっと握った。
 女の前に剣を置く。そして片膝をつき、右手を胸元に置くと左腕を鳥の羽のように広げて頭を下げた。城で習った『貴族のお辞儀』である。

「突然のご無礼をお許しください、レディ。お怪我はありませんか?」
「……っ!?」

 こんな辺境の村で、しかもこんな状況の中で、こんなことをされるなどと誰が想像できただろうか。女はその姿に釘付けになったまま訳も分からず動きが止まる。彼女のブラウンの目が徐々に眼の前の人物を捕らえ始め、その正体を見極めようとする。

「私は今日この村に来た旅人…ターナーと申します。ホラ、今お腹の大きな奥様のいらっしゃる…ご存知ですか?あの宿にいた宿泊客です」

 さっき出会った少年同様、彼女の感情をこれ以上高ぶらせてはいけない。できるだけ落ち着いた声でそう説明すると、まだ上手く言葉が出ない女は何度も頷いた。目の焦点もだんだん定まってきているようにも見える。

「やどや……。マルコさんの…所の……?」
「はい。こういった事態なので、微力ですがお手伝いさせて頂きます。お嬢さん、どこかお怪我は?」

 女は身体を見て慌てて胸元を隠しながらも首を横に振る。「良かった」、そう言ってポルトは服を彼女の肩にかけた。

「私も女です。ご安心下さい」
「っ!?」
「こんな格好じゃわかりいくいですよね。紛らわしくてすみません。さ、服を着ましょう」

 手を差し出すと今度は恐る恐る握ってくれた。裸で森を走ると枝で肌が切れてしまうかもしれない。大雑把だが着替えを手伝っている途中で女が何かを話し始めた。聞き取れなかったポルトが「え?」と聞き返す。

「野盗の……数……。七、八人くらいは見た気がするわ……。あなた、さっきあの男に聞いていたでしょ?」

 辿々しい言葉ながら女はそういうと、「助けてくれて…ありがとう」と小さく頭を下げた。

「この近くの林の奥に湖があるそうですね。そこの洞窟に避難をしている方がいます。そこまで行けますか?」
「ま・待って、母が……!母がまだ……!はぐれてしまって……!!」
「今はあなた自身の身の安全を優先して下さい」
「でも…!もしどこかで怪我をしていたら……!助けに行かなきゃ……!!」
「無理です」
「!?」
「今の貴女はご自身の身すら守れない。ここにいる間は連中の餌にしかなりません。見かけた方は出来る限り助けますから、どうか今はここから離れることを優先して下さい」
「でも……!」

 ポルトは少し思案した後、顔を上げた。

「お母様のお名前は?外見の特徴なんかもあれば……」
「え……?名前はマリアよ……。特徴は…えぇと…、あ…!そうだわ!右腕に火傷の痕があるの。パンを焼く時にカマドの口に腕が当たって……っ」
「右腕に火傷の痕があるマリアさん…ですね。もしかしたらもう何処かへ避難されているかもしれませんし、もしお会い出来たら洞窟へ避難するようにお伝えします。貴女はこれから逃げてくる皆さんのお世話をしてあげて下さい。見知った顔は多い方が安心出来るでしょうから」
「でも………」

 落ちていた剣を拾って彼女に渡すが、納得した顔はしていない。しかし、目の前の少女の言葉は冷たい位現実的だ。「いいですね?」、と念を押すように言われ、女は静かに頷くしかなかった。

「私も見落としがないように注意しながら動きます。村にいればきっとお母様にもお会いできると思いますから、貴方は生きて逃げ切って下さい」
「あ・あなたは?どうしてこんなことをしてるの…?女…なんでしょ?傭兵か何かなの?」
「……いえ、そういうわけでは。――でも…そうですね、似たようなものです」

 傭兵とは言え、誰かを故意に傷つけて糧を得るような生活を送るつもりはない。でもきっと必要になれば剣を取ってしまうのだろう。例えば今日のように。それ以外の方法は今の自分にはわからなかった。

「十分に注意してね……!死なないでね……!」
「はい。善処します」

 何処か堅苦しい物言いに女は「変な人」と笑い、言われた林の方角へと走って行った。

(変……?)

 不思議そうに小首をかしげたポルト。その視界の端に倒れている男が映る。最初に火矢で射った奴だ。火は消えているものの服は焼け焦げ、火傷を負っている。剣を握るほどの力は残されておらず、小さくうめき声を漏らしていた。
 騒ぎが収まった後で人手は必ず必要になる。出来れば生け捕りにしたいと思っていたが……。
 家屋の近くに洗濯を干すためのロープが張られていたので、それを外し男の手足を縛る。

「……少しでも長生きしたいなら、胸の傷は押さえたまま動かない方が良いですよ」

 この出血量にこの寒さ……、朝日が出るまでもつかどうかは厳しいところだ。それでも傷の処置をすることはなかった。襲ってまで女を欲する男は、その暴力的な性欲を自制することは難しい。野盗でも、ただの市民でも、軍人でも違いは無い。同じ奴が同じ罪を何度も何度も繰り返す様を見てきた。
 人手としてこの村に置き続けたとしても、平和になった後で娘が襲われる可能性だってある。だから、自分の仕事は男の自由は奪う所まで。その結末は天に委ねることにする。

 ポルトは転がっている男の元を離れ、次の敵を探しに村の中心を目指した。



 

◆◆◆


 「――誰だ?」

 店主のいない宿屋、その扉を挟んでカールトンと見知らぬ者が対峙している。
 激しく扉を叩く音に応えるようにドアノッカーを握った。
 古い木が擦れ合うギギ…ッという音と共に扉は開く。向こう側には若い男が立っていた。その後ろにも一人。重ねたシャツの上に獣の毛皮でできた上着を着ていて、見た目では村の人間かどうかはわからないが――……

「あん?男がいるじゃネゥッ!?!?」

 開口一番に悪態をついた、それが謎の答えだと判断した瞬間、男の鼻にカールトンの拳が入る。長弓を引くカールトンの右腕はよく発達した筋肉を持っている。その一撃は岩のように重く、殴り飛ばされた男が背後にいた仲間に抱きとめられた。両手がふさがったその瞬間、仲間の男の頬にもカールトンの拳が繰り出された。二人共地面に転がり、痛みにうめく。雪を被った白い地面に吐いた唾には赤い血が混じっていた。

「テメェ、何者だ……!?俺達はォンッッ!?」

 とどめの一蹴りで男達は完全に気を失い、カールトンは軽く息をつく。そして、彼らの襟元を掴むと一人ずつ家の中に放り投げるように入れ、部屋の奥に隠れていた女を呼んだ。

「おい、確認しろ」
「……!」
「違うならここで始末をつける。どうだ?ここの人間か?」

 女はカールトンのぶっきらぼうな言葉と、一目で惨劇に見舞われたとわかる男二人に身をこわばらせた。……しかし、判別はつけねばならない。恐る恐る近づき、そおっとロウソクの明かりを近づける。
 そして怯えた顔のまま、ゆっくりと頷いた。……縦に。

「「――……」」

 二人は互いの顔を見合ったまま、しばらく無言のままでいた。
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