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【7】
【後】遅れて知った事情
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「兄様、そろそろ教えては貰えませんか?」
「何をだ?」
城を出てきてから慌ただしかったし、切り出すタイミングが掴めなくてずっと言えなかった。ポルトは馬の腹を軽く蹴り、彼の横につける。
「兄様はあの事件…陛下襲撃の真相もダーナー様が倒れられた件も、全てご存知なのでしょう?」
「全ては知らん」
「牢で殿下に『明日、もしくは明後日には指輪が戻る』って言っていたじゃないですか。今城にいる皆は犯人を知っているってことですよね?私は城を出てしまったから何もわかりません」
「――……」
「この事件は貴方と再会し、そして貴方とも殿下とも戦うことになった理由ですよ?私にも知る権利があります」
カールトンは無表情のまま視線を動かすこともない。何か聞かれては困ることがある……のではなく、十中八九面倒臭いと思っているのだろう。
「ここで聞いたことは口外しません。教えてくれないなら何度でも聞きますよ」
「――……」
「何度でも何度でも」
「――……」
「何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも……!!!」
「――――……………………………………」
少女のしつこさは城に居た時期にも十二分に味わった。わかりやすく圧と念を込められた声に、カールトンはしぶしぶ二人が消えた後で王子達が知ったであろう真相を口にした。
事件の中心にいた者の名に驚きを隠せないポルト。同時に首謀者との間にある雲泥の身分差を噛み締めながら「私に真相解明なんて無理だったんですよ……」とがっくり肩を落とした。
「指輪はダーナー様がお持ちだったのですか。ベッドからも起き上がれない程のお身体だと聞いていたのに……。まさか、それも嘘だったとか?」
「それは本当だ。おかげで当初の予定が随分と狂った。こんな季節に歩きまわるはめになるとはな……」
カールトンの小さく目元に不快の皺が入る。
「あー……、そういうことだったんですね……」
思い当たるフシがあった。
最初の事件、ウルリヒ王の襲撃からダーナー公が倒れた事件まで、その間がやけに長いと感じていた。近衛隊や衛兵たちの厳重な警護のせいで次の一手が出せないか、それともカールトンに他の目的があったのでは?とも思ったが……。
つまり、指示役であったダーナー公がちょくちょく寝込んでしまうので、カールトンは動くに動けなかった、ということだ。わかってしまえば不思議なことでも何でも無く、むしろ微妙に笑えてくる。
(ダーナー様ったら……)
そんなところまで相変わらずな人である。
「では、陛下のお茶に入っていた毒は?貴方が何かしたのでしょう?でもどうやって……」
「俺はあの男の警護を担っていた。メイドに『異物の混入はないか調べる』といえば、女は従う」
怪しい粉末や小瓶などもちろん彼女たちの前では出せない。予め薬指にだけ無色透明な毒を塗り、関係のないカップを扱う時には人差し指と中指を、そして王のカップを扱う時にだけ中指を薬指を使ったのだという。
何故かあの城のメイド達はカールトンにお節介なほど協力的だったそうだ。一つ質問すれば五つも六つも答えが返ってくる。王が使う食器がどれかだなんて聞くまでもなかったし、正直小瓶程度なら気づかれなかったかもしれない、と……。
(メイドさん達……、ファンクラブ作ってる場合じゃないじゃないですか…………)
会員の皆さんが淡く頬を染め嬉しそうに喋りまくる姿が目に浮かぶ。恐らくその後休憩室で大いに盛り上がったことだろう。
「あれ??ではダーナー様はカップに毒が入っているのをご存知だったのですかっ?それなのにご自身で口に……?何故??」
「知るか。おかげで俺はまたしばらく城に通うことになった。迷惑な話だ」
ダーナー公の不自然な行動の理由はポルトにはわからない。本当にむせた時に間違えただけ?いくら病気で弱っているからとはいえ、そんな重大なミスを犯すものなのだろうか?
今となっては本人に聞くことも出来ず、答えは迷宮入りである。
「もうひとつ。ずっと気になっていたのですが、指輪はどうやって手に入れたので?」
かなり複雑な操作をしないと開かないようにも見えた指輪の間の扉。カールトンならダーナー公の指示で解錠の方法も調べられたのかもしれない。
ポルトはそう思ったが、流石のカールトンもそれは出来なかった。
「構造は知らんが、あの奥の扉…王の血に連なる極限られた人間にしか開けられない。ダーナーが開けばそれはすぐに知られ、目的を問いただされるだろう。だから他の者を使った」
「それが殿下だったと……?じゃあ、ダーナー様が殿下に指輪の間へ私を連れて行くように進言を?」
「いや、王子が自ら指輪の間を開くように仕向けた。その手段の一つが今回のエルゼとの婚約だ」
「っ?」
相手は最高権力者である父ウルリヒとそれに次ぐ力を持つ親族。彼らに抗う力も味方も無く、逃げ場を失ったフォルカーに残された道は、父親に屈するか、父親を討つか、国を捨てるか、別の人間を強制的に巻き込むか位のもの。
ダーナーはフォルカーが王妃の腹に宿った頃からずっと彼の成長を見てきた男だ。王子の性格がどの答えを選ぶかを正確に見抜いてきた。
「そんな……。で・でも、私はその時殿下と一緒にいました。最後は元の場所に指輪を返していたし、指輪の間の扉だって帰りにはちゃんと閉めてましたよ!それなのに、一体いつ誰が指輪を持っていったと?」
大聖堂では朝の挨拶のような簡単なものから複雑で大掛かりなものまで、日々様々な儀式が行われていると聞く。もしその中に指輪の間を開くようなものがあったとしたら……。
(確かにダーナー様は、大臣になる前は大聖堂で司祭をされていたと聞いたけど……。まさか修道士の中に仲間がいるの?)
これが本当ならば一大事だ。王子に手紙(もしくは説明図)を送らなければならない。
「……。今の話、間違いがある」
深刻そうなポルトの横でカールトンが手綱を握り直す。
「間違い?……いいえ?間違いなんてひとつも…!」
「最初に赤毛の王子が扉を開き、お前の手を引いて中へと入ったな。その後扉はどうした?」
「……え?」
「閉めたか?」
「は?」
その一言で表情が止まる。
「閉めてないだろう」
「え……?ちょ……ちょっと…待って下さい。まさかあの時に私達と一緒に中に入った人間がいるってことですか……!?っていうか、なんで手を引いて入ったとかそんなことを知って……」
「隠れるのに丁度いい柱が多くあることは聞いていた。詳しい部屋の間取りもな。心配事と言えば、お前が子供じみた好奇心で辺りをウロチョロしないかどうかだけだった」
カールトンの言葉にポルトがにわかに狼狽える。
「ま…まさか……」
「俺だ」
「はい!?!?!?」
ポルトの声に驚いた馬が思わず足を止める。さっさと前を歩いていくカールトンの馬に慌てて追いつかせた。
「王子が指輪を戻した時、俺はすでに天蓋の裏にいた。正面は閉じたままだから、誰にも見られずに指輪は取れる。後は簡単だ。来た時と同じ様に戻ればいい」
「あ…悪趣味ッ!!覗きの趣味でもあったんですかっ!?」
「誰が好き好んであんな物を見るか」
「だ・だって……足音とか気配とか…っ、全然…っ……っ」
しかしそこで、北棟へ来た時のカールトンが音もなく現れ、尋問官や衛兵を倒した姿を思い出した。この高身長からは想像できない程の身のこなし……。そういった歩行術があるという話は聞いたことがあるが、そもそも何処でそんなものを習ってきたというのだ。
「……もしかして何処かで諜報員とか、それになる特訓とかしてました………?」
「得体も知れず愛国心の欠片もない人間を雇う国が何処にある。特別何かしたとすれば、履くものを変えた位だ」
「靴を変えたくらいでそんなことできるわけ――……っ」
「お前だってそうだろう」
「え?」
鳴き鳥の大半が飛びったった後なのか辺りは静かだ。湿った枯れ葉を一枚巻き上げた風がカールトンの黒髪を揺らし、青い瞳が一度だけポルトに向いた。
「その弓とナイフの腕はどうやって覚えた?」
「どうやってって……」
「風呂場で俺に放った弓……至近距離とは言えよく皮一枚を狙えたものだ。いくら軍で多少の手ほどきを受けたとは言え、それを狙って出来る者はどれだけいると思う?」
「――……」
「そこまでの技術、何処でどうやって培った?弓を変えれば誰もが出来る芸当か?違うだろう。必要な時に必要な仕事が出来なかった奴は死に、出来た奴がここで生き残った…それだけのことだ。それに人間は三大欲求……食欲・睡眠欲・性欲を満たしている時に一番隙ができるもの。他に気を取られている間ならこちらも動きやすい」
「まさかあの時のアレが性欲だとでも言いたいのですか……っ?」
「違うのか?」
あの日、フォルカーと二人(きりだと思っていた)でいた。そこで起きたことを思い出すと一気に体温が上がる。
「っっ!?いや!!そんな…!!」
「――――……」
「あ…まぁ………、その……そ・そうですね、基本的には……」
王子の仕草、優しい声音、ゆっくりと動く視線……その一つ一つに全神経が集中していたと言っても良い。確かにあの時自分は周囲のことなど気にも止めていなかったけれど……。
話を聞けば聞くほど、今回の件はファールンの奥の奥まで知る重要人物であるダーナー公がいてこその計画であり、そしてカールトン程の技術が無ければ実行出来なかった事件だった。
いや、今となってはそんなことより。相当恥ずかしい思い出を共有する第三者がいたことの方が精神的に大ダメージである。顔を挙げられない。
「エルゼ様が聞いたら殺されてしまう……」
「ならば、もう少し早く鳩を飛ばしておいても良かったかもな」
「??」
「……まあ、いい。あの女の話は」
カールトンの眉間に小さくシワが寄る。
あの夜、伝達用の鳩を大聖堂へ入る前に放った。エルゼに指輪の間から出てきた二人を見せ現場の目撃者にする…それが仕上げた。衛兵だけでは王子に口止めされる可能性があったからだ。
エルゼが今回の計画を知っていたかどうかは不明だ。誰が鳩を飛ばしたなど、ダーナーは伝えていないかもしれない。
詳細を知る人間は少ないに越したことはない。エルゼはただ単に王子にぶつけられた犬のうちの一匹だった可能性もあるが……。
「兄様…??お顔が険しくなってますけど何か??」
「……」
ポルトは急に口を閉ざした兄を不思議そうに見つめた。
そういえば王子と立ち去った後、エルゼを部屋まで連れて行ったのはカールトンだ。翌日、普段無表情を貫いている彼にしては珍しく憔悴して見えたと聞いているが……。もしかしたら二人の間に何かあったのかもしれない。
「こうして思うと、殆どダーナー様の思う通りに事が進んでいたような気がします」
「まぁそうだな。最初にお前が王を守ったこと以外は」
「……っ……」
ウルリヒ王を守るため、この背に矢を受けた。今思えば、あの怪我がフォルカーとの距離が縮まったきっかけでもあった。放たれた矢をあのまま黙って見ていれば、フォルカーも自分も互いを傷つけ合うことも無かっただろう。
……そこまで考えてポルトは軽く首を振る。
家族は大切だ。大切にしてくれている親なら尚更である。未だ背に薄く残る傷跡に後悔はない。
今回の事件、色んな人間の様々な欲望が絡み合っていたのだろう。それらを読み、束ね、目標点に向かうように動かしたダーナー公の能力の高さは疑いようのないものだ。
ウルリヒ王を失墜させ彼を新たな王に据えようとする一派が生まれるのも納得できる。
――『力には相応の代償ってもんがつきまとう。ここはお前が思っているよりもずっとドス黒いもんが渦巻いてる世界だ。今はまだ父上がいるが、俺は近い将来その中心に立つ。わかる?俺はね、いつどんな方法で死んでもおかしくない人間なの』
以前フォルカーの言っていた言葉がやけに生々しく感じられた。本当に…本当に彼が言った通りだ。
「……ダーナー様は、指輪を使って何をするおつもりだったのでしょうか……?ウルリヒ王を…ご親友を手にかけてまで…一体何を……?」
「依頼に関係のないことは知らん。興味もない」
素っ気なくそう答えたカールトンは、役目を終えたとばかりにしばらく口を開くことは無く、ポルトも今聞いたことを口にすることは二度と無かった。
「何をだ?」
城を出てきてから慌ただしかったし、切り出すタイミングが掴めなくてずっと言えなかった。ポルトは馬の腹を軽く蹴り、彼の横につける。
「兄様はあの事件…陛下襲撃の真相もダーナー様が倒れられた件も、全てご存知なのでしょう?」
「全ては知らん」
「牢で殿下に『明日、もしくは明後日には指輪が戻る』って言っていたじゃないですか。今城にいる皆は犯人を知っているってことですよね?私は城を出てしまったから何もわかりません」
「――……」
「この事件は貴方と再会し、そして貴方とも殿下とも戦うことになった理由ですよ?私にも知る権利があります」
カールトンは無表情のまま視線を動かすこともない。何か聞かれては困ることがある……のではなく、十中八九面倒臭いと思っているのだろう。
「ここで聞いたことは口外しません。教えてくれないなら何度でも聞きますよ」
「――……」
「何度でも何度でも」
「――……」
「何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも……!!!」
「――――……………………………………」
少女のしつこさは城に居た時期にも十二分に味わった。わかりやすく圧と念を込められた声に、カールトンはしぶしぶ二人が消えた後で王子達が知ったであろう真相を口にした。
事件の中心にいた者の名に驚きを隠せないポルト。同時に首謀者との間にある雲泥の身分差を噛み締めながら「私に真相解明なんて無理だったんですよ……」とがっくり肩を落とした。
「指輪はダーナー様がお持ちだったのですか。ベッドからも起き上がれない程のお身体だと聞いていたのに……。まさか、それも嘘だったとか?」
「それは本当だ。おかげで当初の予定が随分と狂った。こんな季節に歩きまわるはめになるとはな……」
カールトンの小さく目元に不快の皺が入る。
「あー……、そういうことだったんですね……」
思い当たるフシがあった。
最初の事件、ウルリヒ王の襲撃からダーナー公が倒れた事件まで、その間がやけに長いと感じていた。近衛隊や衛兵たちの厳重な警護のせいで次の一手が出せないか、それともカールトンに他の目的があったのでは?とも思ったが……。
つまり、指示役であったダーナー公がちょくちょく寝込んでしまうので、カールトンは動くに動けなかった、ということだ。わかってしまえば不思議なことでも何でも無く、むしろ微妙に笑えてくる。
(ダーナー様ったら……)
そんなところまで相変わらずな人である。
「では、陛下のお茶に入っていた毒は?貴方が何かしたのでしょう?でもどうやって……」
「俺はあの男の警護を担っていた。メイドに『異物の混入はないか調べる』といえば、女は従う」
怪しい粉末や小瓶などもちろん彼女たちの前では出せない。予め薬指にだけ無色透明な毒を塗り、関係のないカップを扱う時には人差し指と中指を、そして王のカップを扱う時にだけ中指を薬指を使ったのだという。
何故かあの城のメイド達はカールトンにお節介なほど協力的だったそうだ。一つ質問すれば五つも六つも答えが返ってくる。王が使う食器がどれかだなんて聞くまでもなかったし、正直小瓶程度なら気づかれなかったかもしれない、と……。
(メイドさん達……、ファンクラブ作ってる場合じゃないじゃないですか…………)
会員の皆さんが淡く頬を染め嬉しそうに喋りまくる姿が目に浮かぶ。恐らくその後休憩室で大いに盛り上がったことだろう。
「あれ??ではダーナー様はカップに毒が入っているのをご存知だったのですかっ?それなのにご自身で口に……?何故??」
「知るか。おかげで俺はまたしばらく城に通うことになった。迷惑な話だ」
ダーナー公の不自然な行動の理由はポルトにはわからない。本当にむせた時に間違えただけ?いくら病気で弱っているからとはいえ、そんな重大なミスを犯すものなのだろうか?
今となっては本人に聞くことも出来ず、答えは迷宮入りである。
「もうひとつ。ずっと気になっていたのですが、指輪はどうやって手に入れたので?」
かなり複雑な操作をしないと開かないようにも見えた指輪の間の扉。カールトンならダーナー公の指示で解錠の方法も調べられたのかもしれない。
ポルトはそう思ったが、流石のカールトンもそれは出来なかった。
「構造は知らんが、あの奥の扉…王の血に連なる極限られた人間にしか開けられない。ダーナーが開けばそれはすぐに知られ、目的を問いただされるだろう。だから他の者を使った」
「それが殿下だったと……?じゃあ、ダーナー様が殿下に指輪の間へ私を連れて行くように進言を?」
「いや、王子が自ら指輪の間を開くように仕向けた。その手段の一つが今回のエルゼとの婚約だ」
「っ?」
相手は最高権力者である父ウルリヒとそれに次ぐ力を持つ親族。彼らに抗う力も味方も無く、逃げ場を失ったフォルカーに残された道は、父親に屈するか、父親を討つか、国を捨てるか、別の人間を強制的に巻き込むか位のもの。
ダーナーはフォルカーが王妃の腹に宿った頃からずっと彼の成長を見てきた男だ。王子の性格がどの答えを選ぶかを正確に見抜いてきた。
「そんな……。で・でも、私はその時殿下と一緒にいました。最後は元の場所に指輪を返していたし、指輪の間の扉だって帰りにはちゃんと閉めてましたよ!それなのに、一体いつ誰が指輪を持っていったと?」
大聖堂では朝の挨拶のような簡単なものから複雑で大掛かりなものまで、日々様々な儀式が行われていると聞く。もしその中に指輪の間を開くようなものがあったとしたら……。
(確かにダーナー様は、大臣になる前は大聖堂で司祭をされていたと聞いたけど……。まさか修道士の中に仲間がいるの?)
これが本当ならば一大事だ。王子に手紙(もしくは説明図)を送らなければならない。
「……。今の話、間違いがある」
深刻そうなポルトの横でカールトンが手綱を握り直す。
「間違い?……いいえ?間違いなんてひとつも…!」
「最初に赤毛の王子が扉を開き、お前の手を引いて中へと入ったな。その後扉はどうした?」
「……え?」
「閉めたか?」
「は?」
その一言で表情が止まる。
「閉めてないだろう」
「え……?ちょ……ちょっと…待って下さい。まさかあの時に私達と一緒に中に入った人間がいるってことですか……!?っていうか、なんで手を引いて入ったとかそんなことを知って……」
「隠れるのに丁度いい柱が多くあることは聞いていた。詳しい部屋の間取りもな。心配事と言えば、お前が子供じみた好奇心で辺りをウロチョロしないかどうかだけだった」
カールトンの言葉にポルトがにわかに狼狽える。
「ま…まさか……」
「俺だ」
「はい!?!?!?」
ポルトの声に驚いた馬が思わず足を止める。さっさと前を歩いていくカールトンの馬に慌てて追いつかせた。
「王子が指輪を戻した時、俺はすでに天蓋の裏にいた。正面は閉じたままだから、誰にも見られずに指輪は取れる。後は簡単だ。来た時と同じ様に戻ればいい」
「あ…悪趣味ッ!!覗きの趣味でもあったんですかっ!?」
「誰が好き好んであんな物を見るか」
「だ・だって……足音とか気配とか…っ、全然…っ……っ」
しかしそこで、北棟へ来た時のカールトンが音もなく現れ、尋問官や衛兵を倒した姿を思い出した。この高身長からは想像できない程の身のこなし……。そういった歩行術があるという話は聞いたことがあるが、そもそも何処でそんなものを習ってきたというのだ。
「……もしかして何処かで諜報員とか、それになる特訓とかしてました………?」
「得体も知れず愛国心の欠片もない人間を雇う国が何処にある。特別何かしたとすれば、履くものを変えた位だ」
「靴を変えたくらいでそんなことできるわけ――……っ」
「お前だってそうだろう」
「え?」
鳴き鳥の大半が飛びったった後なのか辺りは静かだ。湿った枯れ葉を一枚巻き上げた風がカールトンの黒髪を揺らし、青い瞳が一度だけポルトに向いた。
「その弓とナイフの腕はどうやって覚えた?」
「どうやってって……」
「風呂場で俺に放った弓……至近距離とは言えよく皮一枚を狙えたものだ。いくら軍で多少の手ほどきを受けたとは言え、それを狙って出来る者はどれだけいると思う?」
「――……」
「そこまでの技術、何処でどうやって培った?弓を変えれば誰もが出来る芸当か?違うだろう。必要な時に必要な仕事が出来なかった奴は死に、出来た奴がここで生き残った…それだけのことだ。それに人間は三大欲求……食欲・睡眠欲・性欲を満たしている時に一番隙ができるもの。他に気を取られている間ならこちらも動きやすい」
「まさかあの時のアレが性欲だとでも言いたいのですか……っ?」
「違うのか?」
あの日、フォルカーと二人(きりだと思っていた)でいた。そこで起きたことを思い出すと一気に体温が上がる。
「っっ!?いや!!そんな…!!」
「――――……」
「あ…まぁ………、その……そ・そうですね、基本的には……」
王子の仕草、優しい声音、ゆっくりと動く視線……その一つ一つに全神経が集中していたと言っても良い。確かにあの時自分は周囲のことなど気にも止めていなかったけれど……。
話を聞けば聞くほど、今回の件はファールンの奥の奥まで知る重要人物であるダーナー公がいてこその計画であり、そしてカールトン程の技術が無ければ実行出来なかった事件だった。
いや、今となってはそんなことより。相当恥ずかしい思い出を共有する第三者がいたことの方が精神的に大ダメージである。顔を挙げられない。
「エルゼ様が聞いたら殺されてしまう……」
「ならば、もう少し早く鳩を飛ばしておいても良かったかもな」
「??」
「……まあ、いい。あの女の話は」
カールトンの眉間に小さくシワが寄る。
あの夜、伝達用の鳩を大聖堂へ入る前に放った。エルゼに指輪の間から出てきた二人を見せ現場の目撃者にする…それが仕上げた。衛兵だけでは王子に口止めされる可能性があったからだ。
エルゼが今回の計画を知っていたかどうかは不明だ。誰が鳩を飛ばしたなど、ダーナーは伝えていないかもしれない。
詳細を知る人間は少ないに越したことはない。エルゼはただ単に王子にぶつけられた犬のうちの一匹だった可能性もあるが……。
「兄様…??お顔が険しくなってますけど何か??」
「……」
ポルトは急に口を閉ざした兄を不思議そうに見つめた。
そういえば王子と立ち去った後、エルゼを部屋まで連れて行ったのはカールトンだ。翌日、普段無表情を貫いている彼にしては珍しく憔悴して見えたと聞いているが……。もしかしたら二人の間に何かあったのかもしれない。
「こうして思うと、殆どダーナー様の思う通りに事が進んでいたような気がします」
「まぁそうだな。最初にお前が王を守ったこと以外は」
「……っ……」
ウルリヒ王を守るため、この背に矢を受けた。今思えば、あの怪我がフォルカーとの距離が縮まったきっかけでもあった。放たれた矢をあのまま黙って見ていれば、フォルカーも自分も互いを傷つけ合うことも無かっただろう。
……そこまで考えてポルトは軽く首を振る。
家族は大切だ。大切にしてくれている親なら尚更である。未だ背に薄く残る傷跡に後悔はない。
今回の事件、色んな人間の様々な欲望が絡み合っていたのだろう。それらを読み、束ね、目標点に向かうように動かしたダーナー公の能力の高さは疑いようのないものだ。
ウルリヒ王を失墜させ彼を新たな王に据えようとする一派が生まれるのも納得できる。
――『力には相応の代償ってもんがつきまとう。ここはお前が思っているよりもずっとドス黒いもんが渦巻いてる世界だ。今はまだ父上がいるが、俺は近い将来その中心に立つ。わかる?俺はね、いつどんな方法で死んでもおかしくない人間なの』
以前フォルカーの言っていた言葉がやけに生々しく感じられた。本当に…本当に彼が言った通りだ。
「……ダーナー様は、指輪を使って何をするおつもりだったのでしょうか……?ウルリヒ王を…ご親友を手にかけてまで…一体何を……?」
「依頼に関係のないことは知らん。興味もない」
素っ気なくそう答えたカールトンは、役目を終えたとばかりにしばらく口を開くことは無く、ポルトも今聞いたことを口にすることは二度と無かった。
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