忠犬ポチは人並みの幸せを望んでる!

Lofn Pro

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【6】

【後】同じ道 違う場所

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 いつもならすでにベッドに入っているだろう深夜。主人を前にポルトは胸を強く打つ鼓動に耐えていた。
 ブレてはいけない。腹に力を入れて声を張る。

「私は…っ、エルゼ様のようにはなれませんっ!冗談を上手く流せるようなイェニー様のようにもなれません……!遊びだろうが本気だろうが、私がそういう相手になれないことくらい、殿下もよくおわかりでしょう…!?」

 フォルカーの口元が固くなる。
 それでも彼に、自分自身に言い聞かせるようにもう一度繰り返した。

「だから…勘違いなんて間違っても起きませんよ。今日も…明日も明後日も、これからの未来でも。……貴方も、私も」
「―――……そう思った方が楽か?」
「っ!」

 その言葉は何故か針のように胸を刺す。ぎゅっと拳を握った。

「気にするな、俺だってお前の性格を多少なりともわかってるつもりだ。その気のない相手をどうこうするつもりなんてないさ」
「はい……」

 ……架けられていた橋を外された気がして胸が痛い。でもこれで良いのだ。今、この関係が二人にとって最良のものなのだから。
 動かしてはいけない。壊してはいけない。守らなくてはいけない。

 そしたら――……

「私はこれからも…お側でお仕えできれば、それで満足です」

 まだ、一緒にいられる。

 喉の奥が熱い。ヒリヒリとした感覚が身体全部を覆って、なんだか泣いてしまいそうだ。
 うつむく頭に、大きな手が乗りくしゃりと髪を混ぜる。

「じゃあ、それでいい。言っただろ?あんまり深く考えるなって。このままでいいから、俺の見える…手が届くところにいてくれって。どうだ?それは出来そうか?」
「…!は・はい……っ!」
「今はそれで十分。お前は特に自分のことには不器用だしな」

 そしてため息と一緒にこぼれ落ちたのは「ごめんな」という小さな声。
 枯れた花のような声に思わず彼の顔を見た。

「焦ってたのは父上だけじゃない…、俺もだ」
「殿下……?」
「俺だって……」
「?」
「俺だって結婚するなら惚れた女の方が良い。親が勝手に決めた相手なんてヤダ」

 落胆と絶望が溢れる言葉が苦々しく吐き出される。

「……まぁ、そこは大体の人が納得するところじゃないでしょうか?ただ殿下はお立場上……」
「そう!!そうなんだよ!!父上の言うこともわかるけど、結婚するのは俺なんだからさっ俺が選んだって良いじゃん!?」
「じゃ、どんな方がお好みなんですか?」
「ぬ?」
「殿下がご結婚されたいっていう女性ってどんな方ですか?それを陛下にお話しすれば良いのです。性格とか髪色だとか…何かあるでしょ?」
「…………」

 その問いになんとも言えない表情をする王子。

「無いの?」

 ポルトの表情も渋くなった。

「俺をただの節操無しにするんじゃないっ!っつか、お前こそ、どんな男なら即OK出すんだよ!」

 フォルカーが突然ポルトの右手を取る。高く上げ、弧を描くように動かすと、ダンスのステップを踏むようにポルトの身体もくるりと回った。
 見目麗しい王子様で、背も高く、賢く、強く、女に優しい……そんな自負があるフォルカーを散々袖にしてきた娘がポルトだ。今もまた、全てを冗談だと流してこんな質問をしてくる程に。

「優しい人か?真面目な人か?お前がぐちゃぐちゃ言って足踏みしてなきゃ、俺なんかに遊ばれる前にすぐ見つかると思うんですけど?」

 そう、彼女が望めばすぐにでも手が届くのに。……でもそこが一番難しい。
  正面を向いたところで目が合う。ポルトがちょっと頬を赤らめた。

「ひ…ひんにゅーが好きな人……?」

 王子はそっと顔を伏せる。

「コラ」
「そこをピンポイントで言われると……。好きな奴もそりゃいるんだろうけどさ……」
「もう国家予算でスリムサイズ好きが集まる専用の社交場を作って下さいよ……!カップル成立したら国民数も増えて国家繁栄に繋がりますよ!税収増えますよ!」
「お前、そここだわりすぎじゃない?」
「私じゃありません。世界がそれを望んでるんです」
「じゃあ逆に聞くけど、お前は惚れた男のが控えめサイズだったら別れるの?」
「は・はぃっ!?」
「違うっつーんだったら、お前ももう気にしなくて良いんじゃね?」
「むー…………」

 ポルトは不満げに口をへの字に曲げる。
 酒場で二時間放置されていた経験が物語るように、このあたりの価値観はそう安々と変わるものではないらしい。

「私…一般的な女子に比べたらかなりの『がっかりボディ』なので……。結構切実に悩むんですよ?だって自分の身体で失望して欲しくないじゃないですか……」
「失望ねぇ……」

 フォルカーがポルトの手を高く上げる。自然と近くなる二人の距離。

「……調子に乗りそうだからあんまり言いたくねぇんだけど……」
「?」
「お前の良い所、教えてやろうか?」
「!」

 金髪の丸い頭を金髪を両手でかき回した後、頬の柔肉をむにゅっと挟んだ。

「ちっちゃい。そして丸い」
「ふぇっ?しょれはひひふぉとなのれすか?」

 少女は訝しげな顔。フォルカーは小さな身体をぎゅうと抱きしめるが、細腕は驚きながらも腕を伸ばして遠ざけようとする。しかし思ったほど力は入ってはいない。
 ただ、少女の眉根には深くシワが入っていた。

「!!ちょ…殿下…!今日はホントにおかしいですってっ」
「小さいと、こうして抱きしめた時に身体が腕の中に全部収まる感じがして、俺は好きなんだよ」
「わわわわわわわかりましたからっ!そういう方もいるのですね……!べ・勉強になりました…っ。だからもう、離れてくださぃっ」
「それにお前は肩が薄くて細くて…。多分関節もよく動くんだろうな、全体的に柔らかい。それに、あったかい」
「そ…それは…別に生きてるなら普通のことだし…っ身体が柔らかいのは体質なんじゃないですか?別に特別なことなんて……っ」

 丸い後頭部を包み込むように添えられた右手。腕がより強く少女を締め、フォルカーの鼻先が金髪に埋め白い首筋へと流れる。すうっと息を吸った。その空気の動きにポルトの身体が緊張で固まる。

「あと、良い匂い」
「っ!」
「基本的に女って皆良い匂いがするもんだが……。お前、髪は日向ひなたっぽい時もあるけど、肌はミルクに似た美味そうな匂いがする」
「ま・毎日身体をきれいにしています…!二日に一度は水浴びをして、毎日朝と夜に身体を拭いています。汗をたくさんかきそうな日は、ローガン様から頂いたラベンダーの石鹸で洗ったあとに香油を少し垂らしたお水で布を絞って身体を拭いているので、きっとそれはミルクではなく石鹸とか香油のものかと…っ」
「は?待って。ローガンに貰った香油って何」

 それがロイター卿に襲われた時のお見舞いに貰ったものだと説明するポルト。
 フォルカーはしかめっ面のまま口元を何やらモゴモゴと動かす。見舞いの品と言われたら下手に文句も言えない。
 花の香かそうでないかなんてすぐにわかる。 そういえばロイター事件の後、いつもとは違う花のような香りを不思議に思ったことがあったが……

(コイツのことだから、どこか森ん中でも走ってきたんだろうと思っていたがな…とんでもねぇ)

 そもそも香油なんて、男から男へ送るプレゼントではない。貴族相手に同じことをしたら恐らくがあるのだと誤解される行為だ。

 そう言えばあの男、狼を見る目が時々おかしい。本人は隠しているつもりだろうが、その様はポルトですら心配そうにチラ見するほどだ。
 女装(?)したポルトに声をかけた時も「真面目にナンパしています」だなんて言ったらしいし……。
 思い返してみれば普通とは違う不可思議な所があの男にもあるのだろう。有害ではないがちょっとズレてる感じはポルトにも似通っている。
 今までポルトとの間に何の問題が無かったとすれば、きっと互いの天然の気が作用していたからに違いない。

「最近身支度にも気をつけているせいか、メイドさん達にも好評だしモリトール様にも怒られることが減りました」
「言っておくけど、俺が言ったのはそういう匂いじゃないからな。つか、そんなもん無くてもお前は大丈夫」

 半信半疑のポルトを見つめる。
 出会った頃に比べると、この少女の表情は随分と柔らかくなった。

「小さくって丸くって、あったかくて柔らかくて良い匂い。それがお前の良いところ」
「ぬ……?」

 それはポルト自身にとって初めてかもしれない主からのストレートな褒め言葉。……というかストレートすぎてなんか生々しい。素直に喜べない。嫌ではないがとてつもなく気恥ずかしい。
 でももし彼の言ったことが全部本当だとして、小さくて丸くてあったかくて柔らかくて良い匂いのする動物がいたら……。触ってみたくなる気はする。
 頻発している彼のセクハラの理由はこれなんだろうか?
 ポルトは嬉しさと恥ずかしさと意味のわからなさから「ぬぬ…」と首をひねった。

「そのへんの連中じゃ比べ物にならんくらい女を相手にしてきた俺が言うんだ、間違いないさ。だからもう身体がどうこうとか気にするな。自信持てよ」
「じ・自信…!?」
「そーそー。お前に足りないのは自信なんだからさ。ただ誰彼構わず言い回ることでもないから、他所では黙っとけよ。体臭嗅がせるただの変態になるぞ」
「あ・当たり前ですっ。そもそも、なんでこんな話になってるんですかっ!殿下のご婚約のお話だったのにっ殿下こそ好みの女性像を言えないくせに、エルゼ様がダメだなんて贅沢しすぎですよっ。エルゼ様は本当に殿下がお好きなんですよ?地位も名誉も関係なく、しかも女好きだってわかっていてもそう言ってくださるんです」
「……随分と肩を持つね。お前たち、そんな深い恋バナするほど仲良いの?」
「エルゼ様とは何度もお会いしました。殿下のことも沢山お話しました。でも一度も『王妃になりたい』って仰ったことは無いんです。一生懸命綺麗になさっているのも、沢山のお勉強をしていらっしゃるのも、苦手なことも嫌いなことも乗り越えていらっしゃるのも…全部その想いの強さだと思います。貴方のこと、心から大好きなんですよ」

 フォルカーにとって口が重くなってしまう話題だ。

「それは…わかってるさ。じゃ、お前は俺とエルゼがひっつきゃ良いと思ってるわけね?」
「貴方を心から慕ってくれているからですよ。エルゼ様程の方なら殿下が何か困った時でもお力になって頂けるかと!それに、時々私にも…ちょっとお優しい…ので!」
「一方通行の恋愛なんて長くは続かないもんさ。他の貴族連中を見てもわかるだろ」
「そ・それは…そうなんですけど……。でも……」

 愛のない結婚が極普通に行われている世界。その結末は想像するまでもない。
 フォルカーがエルゼに少しでも恋愛感情を持ってくれたら……、そう思うと同時に、何故人生は上手くいかないんだろうとため息が出てしまう。

「ポチ?」

 浮かない顔で床を見つめる少女を気遣うような声。

「すみません、今日は色々あって……頭の中がまだ整理出来ていなくて……」
「お前は馬鹿で阿呆で鈍感でド天然の超世間知らずだから、一度に消化できねぇだろ。……だから婚約の事とか諸々含めて、もっとゆっくり話をするつもりだったんだ。……悪かった」

 王子も今回ばかりは素直に謝る。
 ウルリヒ王からの話もエルゼの登場も予想できなかったことだ。ポルトもそれはわかっていた。

「貴方の側はいつ何があってもおかしくない場所ですものね。もういいですよ。今後私を巻き込む時は事前に相談してくださるとありがたいですけど……」

 そしたらあんな行き当たりばったりなタイミングでキスとかしなくても良かったんじゃないだろうか?多分アレで得してるのは彼だけだと思う。

「色々やらなきゃならんことはあるが、まずは今回の婚約をどうにかすることだな。今後はエルゼの反応を見て出方を決めるとしよう。エルゼを推してるお前には悪いが、協力してもらうぞ?」

 胸の引っかかりが減りどこか荷が降りたように、フォルカーは眉尻を下げて笑った。
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