忠犬ポチは人並みの幸せを望んでる!

Lofn Pro

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【7】

結局……

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 地下室のような土の臭い、そしてアルコールと男の臭いが混ざり合い、正直気分が悪くなりそうだった。腕は縛られたまま細長い柱に繋げられている。
 男達は仕事を終えひとしきり腹を満たしたようだった。

「よぉ、気分はどうだぁ?うぅん?」

 半笑いの声に顔を上げると、三人の男がポルトを取り囲むように集まってきていた。口臭とアルコールが混じり合う息に顔をしかめる。

「男にフラれて可哀想になぁ。大丈夫だぜぇ?ちゃんと俺たちが可愛がってやるからさ」
「へっへっへ……。最近じゃ皆家に引きこもっちまってて女子供は森に入ってこねぇ。俺ァまともに女とヤれてなかったんだ。このままヤギでも相手にしなきゃならねぇと思ってた所さ。親分は良い獲物を持って帰ってきてくれたぜ」

 両頬を掴むように強引に顔を向けられる。眼の前で歯を数本失った口元がニタついていて、思わず「止めろ!」と叫び振り払った。
 彼らの背を通り過ぎた仲間が「よくそんなガキ相手にするな。ロリコン野郎め」と笑う。「オメーの妹よりはマシだ」と言い返し軽い小競り合いになっていた。

「嬢ちゃん、そんな怖い顔すんなって。アンタも楽しめばいいのさ。何度だって気持ち良くしてやるからよォ」
「そうだぜ?何せお前はこれから俺達全員の相手をすることになるんだからな。もう明日の朝にゃ、使い物にならなくなってるかもしれねぇけどよ!あーっはっはっは!」

 男の一人がポルトの上着に手を伸ばす。それを本能的に避け、男のスネを思い切り蹴った。男は「イテェ!」と涙目になり地面に転がり、隣りにいた仲間は腹を抱えて笑った。

「女は少し気が強ぇ方が好きだぜ。そういうのを無理やり押さえつけてヤるとすげぇ興奮すンんだよ」
「っ!!」
 
 地面に転がってる男を横目に、もう一人がポルトの上着のボタンを外し、シャツに手をかけた。



「やめて下さい…!お願いがあります!!」
「あん?」

 男の手は止まったが、そんな言葉一つで気が変わるわけでもない。男は鼻で笑った。

「なんだ?今から命ごいか?」
「いえ……。私はもう貴方たちに……。それは覚悟しています……。でもひとつお願いがあるのです」

 身をすくめながらポルトは潤ませた金瞳を伏せた。小さな肩を震わせて一言一言を怯えながら落とす。

「私は…まだ男を知らぬ身です。……慣れない身体では貴方方を満足させることは出来ないでしょう。だからせめて最初は……小さい方・・・・でお願いしたいのです」
「「「は?」」」
「徐々に慣らしていけば、きっと最後の方は…それなりになるのかなと…思っています。だからこの中で一番小さい…もしくは小さいと思う方を最初にしてください」

 男達の動きがピシッと止まる。ここでポルトが言っている「小さい」とは身長を指しているものではない。

「先どうぞ?」
「え?何急に」
「……俺後でいいし?」
「「「………」」」

 ふいにポルトが男達の後ろを見る。こくこくと二三度頷いて、左側に立っている男に目配りをした。目が合った瞬間、男の顔色が変わる。

「貴方だそうです」
「!!!」

 目が合った男は振り返り、ポルトが見ていた場所の近くにいた仲間を見つけると、軽く助走をつけた拳をめいいっぱい頬に叩きつけた。全く身構えていない状態でそれを受けた仲間は身体が飛び上がり、近くにあった酒樽にぶつかって盛大な音を立てる。

「テメェか!!俺のことバカにしやがったのはぁあ!!!」
「――い…てぇ!!突然何しやがる!!この野郎ッ!!!」

 酒が入っていることもあり、怒鳴り合いは止まらない。怒鳴り合いはすぐに殴り合いに発展する。仲裁に入った仲間も殴り殴られ、激昂し、それを止めようとした仲間がまた殴り殴られ殴られ……という具合に、騒ぎはどんどん広がっていく。

「俺ぁ前からテメーのツラが吐くほど嫌いだったんだよ!!」
「あぁ!?ケツで虫飼ってるくせに何偉そうなこと言ってやがる!!虫野郎がッ!!」
「娼館のねーちゃんが言ってたぜ!オメー随分と早い・・らしいじゃねーか!料金の半分ももたねえってな!!情けねぇ!!それでも男かよ!!家に帰ってかーちゃんのおっぱいにでも吸い付いてろってぇんだ!!」
「黙って聞いてりゃ嘘ばかりいいやがって!!」
「あぁん!?いつ黙ってたって!?上等だ!!来やがれッ!!」

 不毛な言い争いは怒号となって洞窟に響く。これは思っていたとおり…いやそれ以上の展開だ。この手の連中とは幼少期から嫌という程付き合いがある。なんならアントン隊の連中も貴族様よりこちら側。どんな内容ネタでつまらない喧嘩が起きていたのかはよく知っている。基本的に堪え性がなく思ったことがすぐ身体に出る連中だ。アルコールが程よくまわった彼らには、その特徴が顕著に現れていた。
 注意が他に向けば逃げ出すチャンスも訪れるかもしれない…そう考えて居た時、好機は突然訪れる。柱に身を寄せるように小さくなっていたポルトに向かって、男の一人が勢いよく飛ばされてきたのだ。大きな体が柱に当たり、テントを支えていた柱ごと倒す。

「!」

 骨組みは崩れ、下に積まれていた荷物とポルト達の上に布地が落ちる。それを隠れ蓑にして、ポルトは男の顔を覗き込んだ。丸い金具のピアスをつけた男は耳まで真っ赤だ。相当酔っ払っているらしく、意識はかろうじてあるものの動作は遅く起き上がれずにいる。恐らく何故自分が殴られたのかすらわかっていないだろう。

「――っ!」

 彼の腰にあったナイフを足先で器用に動かしながら引き寄せ、身体をよじるように傾けながら口に咥える。そして手の縄を切った。

「あ!!てめぇ!逃さねぇぞ!!」

 野盗の一人がポルトに気が付き、周囲の仲間を押し倒しながら走ってくる。掴みかかろうとした男の手。ポルトは体勢を低くし重心を落とした右足で地面を蹴る。飛びこむように地面に転がると、隣のテントに積まれていた荷物の山から剣を一本引き抜く。そして激しい感情に顔を歪ませて襲いかかってきた男に向かって振り抜いた。はがねは勢いで輪郭を消し、赤い飛沫が地面に飛ぶ。
 しばらく使われていなかったのだろう、その剣の切れ味は城で使っていたものに比べたら随分と悪い。それでも動けなくなる程度に腹を裂き、鉄の塊を打ち込むことは出来たようだ。男は腹を両腕で抱えながら地面で激しい呼吸を繰り返している。

 しかしその様を他の男達に目撃されてしまう。彼らは表情を急変させ手にこん棒や剣を持ち向かってきた。その数は自分が一度に相手にできるものではないことを、ポルトはすぐに察した。
 倒れている男達を飛び越え、山と積まれた略奪品を倒しながら洞窟の出口へ向かう。が、突然前に飛び出してきた大柄の男に襟首を捕まえられてしまった。

「っ!!」
「捕まえたぜ…!嬢ちゃん!!随分と暴れてくれたなぁ!!」

 屈強な筋肉を存分に活かし、男はポルトを頭上まで荒々しく持ち上げると、空いていた片手で細い横腹に重い一突きを入れた。

「ガ……!!」

 あばらの下、直接内蔵に届いた重い衝撃は吐き気を伴う痛みを弾けさせる。ポルトの表情が歪み、手に持っていた剣が落ちた。仲間を殺された男の顔は怒りに満ちている。  

「やっぱりテメェは見つけた場所で殺しておけば良かった……!今度は間違わねぇ……!!」
「!」

 男がナイフを構える。その瞬間、ポルトは自分で自分のシャツを両手で思い切り引き裂いた。カールトンが恐らく価格だけみて買ってきたであろうこの服は、男性物で大きくサイズはあっていなかった。かろうじて引っかかっていた関節部分の布地は勢い良く解放され、小柄な身体はまるで鶏が卵を生むように滑り落る。男の手にはシャツだけが残った。

「な……!?」
「――っ!!」

 ポルトは先程落とした剣を掴むと力強い一足を地に打ち付ける。柄の尻をしっかりと手で抑え、切っ先を男のみぞおち深くに突き刺した。
 一瞬息が止まった男の手からナイフが滑り落ちる。突き刺した剣をそのままにポルトはナイフを拾い、男の後方へと素早く回る。
 なんとか地に立とうと力を振り絞る男の足。そこには固く引き締まるふくらはぎの筋肉、下へと伸びる健がくっきりと浮かんでいた。

「っ!!」

 肉にする羊の首にナイフを入れるようにポルトはその筋を断ち切った。すると大男は悲鳴を上げながら山が崩れるように倒れ、その痛みに悶え地面を転がった。
 この後命があろうとなかろうと、この足が使い物になる日は来ないだろう。驚異ではなくなった男の姿にポルトはふっと息をつく、刹那、後方に動く人影を感じ反射的に身をかがめる。そして流れたばかりの温かい血のついたナイフを構えて影の中心へと飛び込んだ。――が、それは避けられ、同時に手首を強く掴まれる。

「!!??」

 突然視界が変わった。篝火に照らされる洞窟の天井が見えた。そのままぐるりと景色は変わり、地面へ。視界は真っ暗になる。宙を舞い、落ちたのだ。激しく腹と顔を打ち付け、あまりの激痛に声も出なかった。
 一息吸うこともなく、身体を捻り起き上がったものの痛みで目頭に涙が滲む。かろうじて離さなかったナイフを構えながらグラつく焦点をあわせると……

「――……兄…様……っ!?」
「無様だな」

 目の前にいたのは姿を消したはずのカールトンだった。目の前から去ったあの時の格好のままで、呆れ気味なため息を付く。

「どうしてここに貴方が…だって逃げ……あれ?」

 ふと気がつけば先程まで祭りのように騒がしかった洞窟が静まり返っている。

「あ…れ……??あれ……?」

 見回すと、二十人近くいた野盗達が皆地面に突っ伏している。中には明らかに首の角度がおかしい者も……。

「まさか……これ貴方が……?」
「他に誰がいる」
 
 カールトンは洞窟に散らばっている略奪品の数々を見て回る。途中、積み重ねられたワイン箱の隅に隠れていた野盗の一人を見つけた。
 感情のない青い瞳に見据えられ、男は震え上がってる。

「た……っ頼む…見逃してくれ……っ。見ろ…鼻が折れちまってる…!もう十分報いは受けたろ……!?」

 そう言った男の鼻からは大量の鼻血が大雨後の用水路のように流れ落ち、上着を赤く染めていた。この様子では鼻だけではなく、歯も何本か折れているだろう。心の優しい乙女なら悲鳴が出るような惨事だ。
 そんな相手を前にして、カールトンは訝しげな顔をする。

「報い?何のだ?」
「は……?だ・だって…お前……、妹が捕まったから俺達に仕返しに来たんだろ……!?」
「足りなくなれば有る所から奪う、その考えに異論はない。弱者は強者に喰われるものだ。いつの時代もな。徒党を組まないだけで、俺もお前達と同じだ」
「じゃ…一体なんでここに……」
「あの愚かな娘の身支度を整えていたら路銀が思っていたより減ってな。補充しにきただけだ」
「補充……?まさかお前…最初からこのアジトに来るのが……!!」

 男がその言葉を言い終わらぬうちに、カールトンの剣が男の胸元に深く深く突き刺さった。音もなく引き抜くと、ただただ赤い血がしたたり、流れ、地面に生臭い血溜まりを広げていった。
 その様を見ながら、ポルトは野党と出くわした夜を思い出した。

(そうか……。あの場で奪うより溜め込んだ場所からまとめて持った方が楽だから……)

 カールトンの行動の意味を知る。

「そういえばお前、俺には威勢のいいことを言っていたな。殺しはしないんじゃなかったのか?」

 ポルトは箱にかけられていた布で胸元を覆い、カールトンを睨みつける。

「これは仕事ではありませんし、黙って斬られるほど聖人ではありませんのでっ。そんなことより、兄様…私を餌にしましたね!?」
「他に使い道がない。餌なら死体でも出来るからな」
「な……!?!?私…本当に…ここでどんな思いをしたか……っっ!!酷すぎます…!!」
「使えるようになるには訓練が必要だといっただろう。……まぁ、今回臆せず剣を振ったのはいい傾向だ。お前が騒ぎを作ってくれたおかげでこっちに気付く連中も少なかったからな。……さて、今夜はご苦労だった。ここで寝るとしよう。お前は転がってる死体を適当に片付けておけ。臭う」
「わ・私が…!?貴方がこの惨状を作ったのに!?」
「お前は大人一人位運べる体力があるんだろう?俺は腹が減った」

 酒宴の最中だった机を軽く見回し、一番大きな肉の前にあった椅子に座ると大口を開け腹を満たし始めた。周囲には流れたばかりの血の臭いが漂っているというのに、彼は平気なのだろうか?いや、あの様子だと平気なんだな、やっぱり。

「ちょっと、兄様っ!聞いてます!?」

 一応怒ってはみるものの、彼の『我関せず』な状況は変わらない。どんなに怒鳴った所で、彼はきっと自分のペースを乱すようなことはしない。それに誰かがやらねば、血の匂いが充満したこの場所で死体と一緒に眠ることになる。……それは嫌だ。野生の狼や熊が血の臭いで寄ってくるかもしれないし。

 結局、呪いに近い愚痴を延々とリフレインさせながら、ポルトは馬を使って外と洞窟を何度も行き来することになった。
 一通り片付く頃には空は白み始め、カールトン(だけ)は静かな眠りについていた。
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