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【6】
落日
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それはいつもと同じ空気が流れる午後だった。
見知った場所に見知った相手。そしていつもと変わらない、なんでもないような話をしているはずだった。
でもそれは自分だけだったのだとポルトはすぐ知ることになる。
「俺がここに来た理由を話すよ」
狼の森、隣りにいるカロンにも目をくれずローガンがそう切り出した。
「昨日の夜のことだ。君は…殿下とウルム大聖堂にいたね?」
「!」
強く波打つポルトの心臓。
「そして二人で奥にある禁域に…聖神具がある部屋に足を踏み入れた……」
「どうして……」
内容が具体的すぎる。きっとローガンは昨晩何があったのかを大方知っているのだろう。ならば隠しても仕方が無い。
「はい……。そのとおりですローガン様がご存知ということは、モリトール様や他の方々もご存知ということですね」
「その件で今、上層部が騒ぎになっている。そのうち話はまわってくると思うけどね。……俺は、誰かの話を聞く前に直接君から事情を聞きたかった。……一体どうしてそんな所に?何か理由でもあったのか?」
「そう…ですか……。理由と言われましても……。殿下がついてこいと仰ったので、それで……としか」
「本当にそれだけ?」
聞き返されて、一度だけ頷いた。そのまま枯れかけた花のように黄色い頭がぺしょりと垂れる。肩を小さく丸めた姿にローガンは同情気味に微笑んだ。
「……殿下には申し訳ないけど、君が自ら進んでそんな所に行くなんておかしいなって思ってたんだ」
「聖堂でも『駄目です』って言ったんですけど、早くしろって怒られて……。あの…っ、殿下も何か思うところがあって、一人で悩んで…どうしようもなくて……。それで神様の所へ行ったんだと思うんです。私を連れて行ったのも、きっと愚痴をこぼす相手が欲しかったんじゃないでしょうか?ただ、その、いけない場所まで行ってしまったのは…ごめんなさい……」
後悔を全身にまとわせる姿に思わず吹き出す。
「はははっ。殿下が君を何処かへ連れていくのはいつものことだから、今回もそんな感じじゃないかなって思ってたんだ」
「咎められても仕方ありません。もし聴聞会が開かれるようでしたら向います」
「君が一人で入ったなら問題にもなるだろうけれど、殿下に連れて行かれたんじゃあな……。まあ、多少のお叱りはあるだろうけど、主人である殿下の命令じゃ仕方ない。それで、部屋では何を?」
ふと指輪を唇に押し当てられたこと、指輪以外を押し当てられたことを思い出し、頬がかぁっと熱くなった。
何かした…というよりは何かされたと言った方が正しいのだろうが、どちらにせよあんな恥ずかしいこと他人には言えない。
「いいえ、特に私は……っ!」
「?」
自分は何もしてないです……!これは本当!!、と全身のオーラで訴える。
「昨晩は殿下が指輪の前で昔話をしてくれました。この国の始まりのお話とか、指輪にまつわる言い伝え的なものをいくつか。私がそういった知識に明るくないので、お話になられたのかもしれません。以前本を貸していただいたのですが、私は文字が読めないので……」
「なるほど、俺が君を廟へ案内した時と似たような感じだな。何か他には?異変を感じたりとか…」
「異変…といえば……殿下はずっと思い悩んだ様子で……。いつもあっけらかんとした方なので、私はそれが一番気にかかっていました」
指輪のことはどこまで話して良いのだろうか?あれは自分のものではないし、バカ正直になんでも話してしまうのは少し気が引ける。
「えと…!つ・つまり…っ、殿下に直接伺って頂くのが一番かと……!」
「なるほど……。指輪、俺はちゃんと見たことがないんだけど、どんな感じだった?『こんな指輪つけてみたい』って思えるほどすごく高そうに見えたとか、売ったらお金になりそうとか……」
ポルトはその問いにキョトンとした表情を見せる。
「え?駄目ですよ、カロン達の世話があるのに指輪だなんて。何かの拍子に落ちて誤飲しちゃったら大変です」
「む……、それは絶対に避けなくてはならないことだ……!」
間髪入れない答えにローガンも思わず頷く。
「掃除をするにも邪魔になりますし。それに私みたいな人間が身にそぐわない装飾品を売りに行っても、すぐ怪しまれちゃいますよ。『どうせ表では売れない代物なんだろ?』なんて言われて、安く買い叩かれて終わる気がします」
昔、戦場跡からまだ使えそうな武器や防具を拾って質に入れるという仕事をしたことがある。しかし、どの店主も子供相手にまともな商売をするつもりはないらしく、微々たる金額でしか取引をしてくれなかった。それは入隊後、数字を習った時にどれだけ買い叩かれていたのかを知り、軽く殺意が芽生えたほどだ。
「すぐバレる盗みを働くのと、ここで安定して働き続けるのと…長い目で見た時にどちらが得かだなんて比べるまでもないです」
「はははっ、なるほどね。なかなか鋭い所を突く。確かに君の言うとおりだ」
現実味がありすぎる答えにひとしきり笑った後、静かに息をつく。
ローガンの雰囲気が…何処か違う。
「――――……。多分、そんなに心配することはないと思うけど……。ポルト、どうか落ち着いて聞いて欲しい」
「?」
「君と殿下が大聖堂にいた夜に、指輪が消えた」
「指輪が……!?い・一体どういうことですか…!?」
「君達が最後の目撃者だ。そしてその重要参考人として…君が疑われている」
「そんな……!部屋を出る前、殿下が天蓋の中へ戻されるのを確かに見ました…!」
あの部屋には自分と王子しかいなかった。それでも消えたということは、その後に何か起きたということだろうか?
「――……。指輪の間の扉は方法さえ知っていれば誰でも鍵が開けられるものなのでしょうか?」
「え?」
「殿下は鍵を開けるのに何か儀式のような…難しそうなことをしていました。誰か開け方を知っている人が関わっているのでは?もしくは…指輪自身がどこかへ消えたという可能性も……」
「指輪が一人で?人間でも動物でもあるまいし、そんな馬鹿な」
「でも……」
ローガンはあの指輪が不思議な光を放ち、そして姿形を変えることを知らないのだろう。
「指輪に詳しい方に話を聞いたほうがいいかもしれません。……あ、クラウス様は!?司教様なら何かご存知かもしれません…!ローガン様、一緒に行きましょう!」
「駄目だ」
ローガンの手がポルトの手首を掴んだ。
「君には…行ってもらわなくてはならない場所がある」
「行かなくちゃいけない場所?」
言いにくそうに一度視線を地面に落としたローガン。その手にも力が入る。
「君には……指輪を盗難した容疑、もうひとつは身分詐称し城で従事したという容疑がかかっている。……拘束命令が出た。それも陛下から直接に、だ」
「!?」
『身分詐称』。
その言葉に白い喉が生唾を飲んだ。
「カールトンとイダン殿が君を不審がっている。ポルト、ウィンスター出身というのは間違いないか?」
「は・はい……」
「何か身を証明できるものは?家族や教会から貰ったものはないか?」
「いえ……そういったものは何一つ……。私が持っているのは記憶くらいです。地理的なこととか、収穫できるもの、できないもの。どの時期にどんな花がどのあたりに咲くのかとか……」
「なるほど。植物や穀物はその土地に住む者でなければわからないことも多い。可能性は高くないかもしれないが、言ってみる価値はある」
ポルトは自分の心音が徐々に早くなっていくのを感じた。きっとそれはローガンも同じだろう。
「これから君を北棟へ連れて行く。俺がその任を受けた」
「北棟……」
以前ガジンの助手が刑地へ行く直前まで捉えられていた場所だ。罪人を閉じ込めておく為に作られた監獄棟である。
「本当は……これを使うようにと言われてきたんだ」
白いローブに隠れていた腰元から革袋を取り出すと、鉄製の手錠を覗かせた。二つの輪の間を短い鎖が繋いでいる。
「でも、君に心当たりがないのならこんなものを付ける必要はない。それに拘束をつけずに向かった方が無実をアピールしやすいだろう。しばらく尋問官の質問に付き合えばすぐ出てこられるさ」
「………」
いたわるような言葉にもポルトの表情が晴れることはない。
ふいにカロンが風の中に不穏な臭いを感じた。城の方へ顔を向けると鼻筋にいくつものシワを作りながら白い牙を見せ唸る。
「ローガン!!あれだけ時間をくれてやったというのに、まだ手錠をはめていないのか…!何をモタモタしている!!」
「!」
「団長………っ」
カロンの視線の先にいたのはモリトール卿だった。数人の衛兵を連れて狼小屋に近づいてくる。
「ワンワンワンワンッ!!!」
歯をむき出しにしたカロン。その太い足が何度も地を蹴るが、リードはしっかりと繋がれていてびくともしない。土に爪痕が刻まれていく。その様子を横目でちらりと見た。
「ふん、狼を繋ぐことだけは出来たようだな。もうあの牙には何もできん。行け」
モリトール卿に目配せをされた衛兵が二人の周りを取り囲むように駆け寄る。
向けられた剣先、その間にローガンが立った。
「お待ち下さい、団長……!今回の件、ポルトが犯人だと決まったわけじゃありません!こんな扱いは不当です……!」
「お前のことだからまた甘いことをしているんじゃないかと思って来てみたが…やはりな。狼さえいなければ別の者に頼んでいたものを……。まあいい。我々の任務はそいつを捕え、北棟へ送ることだ。さっさと終わらせろ」
「しかし……!」
「これはウルリヒ王直々の命だ。お前が判断することなど何もない!」
「今、彼から直接話を聞きました!今回の件には何も―――……」
「ローガン様」
ポルトがローガンを止める。振り向いた彼に軽く首を振った。
「手錠を」
「……!?」
「モリトール様の言うとおりです」
周囲の衛兵達にも視線を向ける。
「私は…ポルト=ツィックラーは陛下の命に従います。だから皆さん、どうぞ剣を収めて下さい」
抵抗する意思はない、そう伝えるように腰のベルトから剣とナイフを外し地面に落とす。重い金属音が地面に染み込んだ。
「さあ、ローガン様。私に錠を」
「―――……っ」
奥歯をぐっと噛み締めたローガンの顔が険しく歪む。
「貴方がここでやらなければ、他の方がするだけです」
「っ……」
「ローガン様」
しばらく苦悶の表情に歪んでいたが、促された手がゆっくりとポルトの手首に錠をかける。その細い手首に重々しい錠はなんとも無骨に見えた。
「もし何かあっても必ず…助け出す……!だから心配するな……!」
「私のことは大丈夫です。でも……」
「でも?」
「でも……もし、万が一…私がここへ戻れなくなった時は……。シーザーとカロンのこと、よろしくお願いします」
「それはどういう……」
錠で繋がれた両手をローガンの手に乗せ、彼の顔を見上げる。願いを込めるように一度うなずいた。
「では皆さん、参りましょう」
振り向いた先にはモリトール卿の紫色の瞳。ついてこいと言うように白いローブを翻した。
見知った場所に見知った相手。そしていつもと変わらない、なんでもないような話をしているはずだった。
でもそれは自分だけだったのだとポルトはすぐ知ることになる。
「俺がここに来た理由を話すよ」
狼の森、隣りにいるカロンにも目をくれずローガンがそう切り出した。
「昨日の夜のことだ。君は…殿下とウルム大聖堂にいたね?」
「!」
強く波打つポルトの心臓。
「そして二人で奥にある禁域に…聖神具がある部屋に足を踏み入れた……」
「どうして……」
内容が具体的すぎる。きっとローガンは昨晩何があったのかを大方知っているのだろう。ならば隠しても仕方が無い。
「はい……。そのとおりですローガン様がご存知ということは、モリトール様や他の方々もご存知ということですね」
「その件で今、上層部が騒ぎになっている。そのうち話はまわってくると思うけどね。……俺は、誰かの話を聞く前に直接君から事情を聞きたかった。……一体どうしてそんな所に?何か理由でもあったのか?」
「そう…ですか……。理由と言われましても……。殿下がついてこいと仰ったので、それで……としか」
「本当にそれだけ?」
聞き返されて、一度だけ頷いた。そのまま枯れかけた花のように黄色い頭がぺしょりと垂れる。肩を小さく丸めた姿にローガンは同情気味に微笑んだ。
「……殿下には申し訳ないけど、君が自ら進んでそんな所に行くなんておかしいなって思ってたんだ」
「聖堂でも『駄目です』って言ったんですけど、早くしろって怒られて……。あの…っ、殿下も何か思うところがあって、一人で悩んで…どうしようもなくて……。それで神様の所へ行ったんだと思うんです。私を連れて行ったのも、きっと愚痴をこぼす相手が欲しかったんじゃないでしょうか?ただ、その、いけない場所まで行ってしまったのは…ごめんなさい……」
後悔を全身にまとわせる姿に思わず吹き出す。
「はははっ。殿下が君を何処かへ連れていくのはいつものことだから、今回もそんな感じじゃないかなって思ってたんだ」
「咎められても仕方ありません。もし聴聞会が開かれるようでしたら向います」
「君が一人で入ったなら問題にもなるだろうけれど、殿下に連れて行かれたんじゃあな……。まあ、多少のお叱りはあるだろうけど、主人である殿下の命令じゃ仕方ない。それで、部屋では何を?」
ふと指輪を唇に押し当てられたこと、指輪以外を押し当てられたことを思い出し、頬がかぁっと熱くなった。
何かした…というよりは何かされたと言った方が正しいのだろうが、どちらにせよあんな恥ずかしいこと他人には言えない。
「いいえ、特に私は……っ!」
「?」
自分は何もしてないです……!これは本当!!、と全身のオーラで訴える。
「昨晩は殿下が指輪の前で昔話をしてくれました。この国の始まりのお話とか、指輪にまつわる言い伝え的なものをいくつか。私がそういった知識に明るくないので、お話になられたのかもしれません。以前本を貸していただいたのですが、私は文字が読めないので……」
「なるほど、俺が君を廟へ案内した時と似たような感じだな。何か他には?異変を感じたりとか…」
「異変…といえば……殿下はずっと思い悩んだ様子で……。いつもあっけらかんとした方なので、私はそれが一番気にかかっていました」
指輪のことはどこまで話して良いのだろうか?あれは自分のものではないし、バカ正直になんでも話してしまうのは少し気が引ける。
「えと…!つ・つまり…っ、殿下に直接伺って頂くのが一番かと……!」
「なるほど……。指輪、俺はちゃんと見たことがないんだけど、どんな感じだった?『こんな指輪つけてみたい』って思えるほどすごく高そうに見えたとか、売ったらお金になりそうとか……」
ポルトはその問いにキョトンとした表情を見せる。
「え?駄目ですよ、カロン達の世話があるのに指輪だなんて。何かの拍子に落ちて誤飲しちゃったら大変です」
「む……、それは絶対に避けなくてはならないことだ……!」
間髪入れない答えにローガンも思わず頷く。
「掃除をするにも邪魔になりますし。それに私みたいな人間が身にそぐわない装飾品を売りに行っても、すぐ怪しまれちゃいますよ。『どうせ表では売れない代物なんだろ?』なんて言われて、安く買い叩かれて終わる気がします」
昔、戦場跡からまだ使えそうな武器や防具を拾って質に入れるという仕事をしたことがある。しかし、どの店主も子供相手にまともな商売をするつもりはないらしく、微々たる金額でしか取引をしてくれなかった。それは入隊後、数字を習った時にどれだけ買い叩かれていたのかを知り、軽く殺意が芽生えたほどだ。
「すぐバレる盗みを働くのと、ここで安定して働き続けるのと…長い目で見た時にどちらが得かだなんて比べるまでもないです」
「はははっ、なるほどね。なかなか鋭い所を突く。確かに君の言うとおりだ」
現実味がありすぎる答えにひとしきり笑った後、静かに息をつく。
ローガンの雰囲気が…何処か違う。
「――――……。多分、そんなに心配することはないと思うけど……。ポルト、どうか落ち着いて聞いて欲しい」
「?」
「君と殿下が大聖堂にいた夜に、指輪が消えた」
「指輪が……!?い・一体どういうことですか…!?」
「君達が最後の目撃者だ。そしてその重要参考人として…君が疑われている」
「そんな……!部屋を出る前、殿下が天蓋の中へ戻されるのを確かに見ました…!」
あの部屋には自分と王子しかいなかった。それでも消えたということは、その後に何か起きたということだろうか?
「――……。指輪の間の扉は方法さえ知っていれば誰でも鍵が開けられるものなのでしょうか?」
「え?」
「殿下は鍵を開けるのに何か儀式のような…難しそうなことをしていました。誰か開け方を知っている人が関わっているのでは?もしくは…指輪自身がどこかへ消えたという可能性も……」
「指輪が一人で?人間でも動物でもあるまいし、そんな馬鹿な」
「でも……」
ローガンはあの指輪が不思議な光を放ち、そして姿形を変えることを知らないのだろう。
「指輪に詳しい方に話を聞いたほうがいいかもしれません。……あ、クラウス様は!?司教様なら何かご存知かもしれません…!ローガン様、一緒に行きましょう!」
「駄目だ」
ローガンの手がポルトの手首を掴んだ。
「君には…行ってもらわなくてはならない場所がある」
「行かなくちゃいけない場所?」
言いにくそうに一度視線を地面に落としたローガン。その手にも力が入る。
「君には……指輪を盗難した容疑、もうひとつは身分詐称し城で従事したという容疑がかかっている。……拘束命令が出た。それも陛下から直接に、だ」
「!?」
『身分詐称』。
その言葉に白い喉が生唾を飲んだ。
「カールトンとイダン殿が君を不審がっている。ポルト、ウィンスター出身というのは間違いないか?」
「は・はい……」
「何か身を証明できるものは?家族や教会から貰ったものはないか?」
「いえ……そういったものは何一つ……。私が持っているのは記憶くらいです。地理的なこととか、収穫できるもの、できないもの。どの時期にどんな花がどのあたりに咲くのかとか……」
「なるほど。植物や穀物はその土地に住む者でなければわからないことも多い。可能性は高くないかもしれないが、言ってみる価値はある」
ポルトは自分の心音が徐々に早くなっていくのを感じた。きっとそれはローガンも同じだろう。
「これから君を北棟へ連れて行く。俺がその任を受けた」
「北棟……」
以前ガジンの助手が刑地へ行く直前まで捉えられていた場所だ。罪人を閉じ込めておく為に作られた監獄棟である。
「本当は……これを使うようにと言われてきたんだ」
白いローブに隠れていた腰元から革袋を取り出すと、鉄製の手錠を覗かせた。二つの輪の間を短い鎖が繋いでいる。
「でも、君に心当たりがないのならこんなものを付ける必要はない。それに拘束をつけずに向かった方が無実をアピールしやすいだろう。しばらく尋問官の質問に付き合えばすぐ出てこられるさ」
「………」
いたわるような言葉にもポルトの表情が晴れることはない。
ふいにカロンが風の中に不穏な臭いを感じた。城の方へ顔を向けると鼻筋にいくつものシワを作りながら白い牙を見せ唸る。
「ローガン!!あれだけ時間をくれてやったというのに、まだ手錠をはめていないのか…!何をモタモタしている!!」
「!」
「団長………っ」
カロンの視線の先にいたのはモリトール卿だった。数人の衛兵を連れて狼小屋に近づいてくる。
「ワンワンワンワンッ!!!」
歯をむき出しにしたカロン。その太い足が何度も地を蹴るが、リードはしっかりと繋がれていてびくともしない。土に爪痕が刻まれていく。その様子を横目でちらりと見た。
「ふん、狼を繋ぐことだけは出来たようだな。もうあの牙には何もできん。行け」
モリトール卿に目配せをされた衛兵が二人の周りを取り囲むように駆け寄る。
向けられた剣先、その間にローガンが立った。
「お待ち下さい、団長……!今回の件、ポルトが犯人だと決まったわけじゃありません!こんな扱いは不当です……!」
「お前のことだからまた甘いことをしているんじゃないかと思って来てみたが…やはりな。狼さえいなければ別の者に頼んでいたものを……。まあいい。我々の任務はそいつを捕え、北棟へ送ることだ。さっさと終わらせろ」
「しかし……!」
「これはウルリヒ王直々の命だ。お前が判断することなど何もない!」
「今、彼から直接話を聞きました!今回の件には何も―――……」
「ローガン様」
ポルトがローガンを止める。振り向いた彼に軽く首を振った。
「手錠を」
「……!?」
「モリトール様の言うとおりです」
周囲の衛兵達にも視線を向ける。
「私は…ポルト=ツィックラーは陛下の命に従います。だから皆さん、どうぞ剣を収めて下さい」
抵抗する意思はない、そう伝えるように腰のベルトから剣とナイフを外し地面に落とす。重い金属音が地面に染み込んだ。
「さあ、ローガン様。私に錠を」
「―――……っ」
奥歯をぐっと噛み締めたローガンの顔が険しく歪む。
「貴方がここでやらなければ、他の方がするだけです」
「っ……」
「ローガン様」
しばらく苦悶の表情に歪んでいたが、促された手がゆっくりとポルトの手首に錠をかける。その細い手首に重々しい錠はなんとも無骨に見えた。
「もし何かあっても必ず…助け出す……!だから心配するな……!」
「私のことは大丈夫です。でも……」
「でも?」
「でも……もし、万が一…私がここへ戻れなくなった時は……。シーザーとカロンのこと、よろしくお願いします」
「それはどういう……」
錠で繋がれた両手をローガンの手に乗せ、彼の顔を見上げる。願いを込めるように一度うなずいた。
「では皆さん、参りましょう」
振り向いた先にはモリトール卿の紫色の瞳。ついてこいと言うように白いローブを翻した。
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