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第二十三話 「怒り爆発」

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 魔女の捜索を始めてから二十分。
 毒の森を進むのはかなり抵抗のあることだったのだが、それなりに奥地へと入ることができた。
 途中、毒沼に足を取られそうになったり、変なキノコを踏んで煙を撒き散らしたりしてしまったが、リスカ共々まだ無傷の状態である。
 正直こんな場所早く出たい。
 しかし依頼を達成しないことにはそうもいかないんだよなぁ、と悲壮感に浸りながら、さらに毒の森を歩き進んでいくと……
 
 なんとも早いことに、例の魔女らしき人物を発見した。

「……あ、案外簡単に見つかったね」

 僕とリスカは隠密スキルの共有で姿を隠しながら、同時に近くの茂みに身を潜める。
 そして大木の根本で何かをしている少女を窺いながら、互いに訝しい顔を見合わせた。
 ぶかぶかのローブととんがり帽子。おまけに丸い水晶をくっつけた魔法使いらしい大きな杖を携えている。
 そのすべてを紫色に染めており、いかにも魔女らしきオーラを発していた。
 クロムさんに聞いていた通り、少女のなりをしている。
 ということはまず間違いなく、くだんの森の魔女だと思われるが……

「……えっ? 本当にあれが森に住んでる魔女なの? まだ全然子供じゃん。もしかしなくても僕より年下なんじゃないの?」

 少女、と聞いていたから、それなりの覚悟をしては来たのだが。
 予想よりもだいぶ幼い姿をしていた。
 十二、三歳くらいに見えてしまう。
 おまけに大木の根元でしゃがみ込み、なぜかせっせと土を掘り返しているので、なおさら幼さが強調されているのだ。
 本当にあれが例の魔女? 闇ギルドがよだれを垂らすくらい欲している有望株? とてもそうは思えない。
 ていうかあの子は何やってるんだろう?

「……って、そんなこと言ってる場合じゃなくて、ここからどうするべきか考えないと」

 僕は改めて今回の依頼について思い出す。
 僕が今回受けることになったのは、人を攫わなければならない誘拐クエストだ。
 そしてそのターゲットとなるのは、現在目の前にいるあの紫ずくめの女の子なんだけど……
 僕はリスカの方を向いて情けない声を漏らした。

「……ど、どうしたらいいかな?」

「ど、どうしたらって、それはもちろんあの子を誘拐しなくちゃいけないんじゃないんですか? それが今回の闇クエストの目的ですから」

「ま、まあ、それはそうなんだけどさ、どう誘拐したらいいのか全然わかんなくて……」

 正式に依頼を受ける前から、かなり不安に思っていたことだが。
 こうしていざ標的となる女の子を目の前にしたら、その気持ちがさらに膨れ上がってしまった。
 僕はこの子をどう誘拐したらいいのだろうか?
 後ろからガバッと捕まえる? いや、それはあまりにも変質者すぎる気がする。
 ならば美味しいお菓子があると言ってエサで釣る? それもただのロリコン変質者に成り下がってしまう。
 いったいどうすればいいというのか。
 頭を抱えながら唸り声を漏らした僕は、半ば諦めたように一つの案を出した。
 
「こ、こうなったら……」

「……?」

「もう普通に声を掛けてみよう」

「えっ!?」

 リスカは驚愕に目を丸くする。
 しばし首を傾げ、その案の意味について言及してきた。

「声を掛けて、それでどうするんですか?」

「普通に闇ギルドまでついて来てもらう。もうそれしかない」

「ふ、普通にって……」

 まあ正直、望み薄な作戦ではある。
 しかしもうそれに賭けるしかない。ていうかそれしかできないのだ。
 無理矢理に手足を縛って連れ去るなんて、心弱い僕にできるはずがないじゃないか。
 今さらだけど、なんでクロムさんはこの闇クエストを僕に設定したりしたのだろうか?
 宝剣奪取の時はそれなりに納得できることもあったけど、こればっかりは理解に苦しむ。
 担当さんは、闇冒険者に見合った依頼を設定してくれるんじゃなかったのか。
 というわけで、もう普通に声を掛けることにしました。

「あ、あのぉ……」

「……?」

 隠密スキルを解いて、茂みから出る。
 そしてなるべく警戒させないように小さな声で、少女に声を掛けてみた。
 すると彼女は、首を傾げながらこちらを振り向く。
 次いで思った以上の童顔と紫色に光る瞳を僕に向けて、じっと固まってしまった。
 そんな彼女の小さな腕の中には、いくつかの毒草と毒キノコが抱えられており、先ほどからそれを採取していたのだと窺い知ることができる。
 本当に変わった子なんだな、と思いながら、僕は咄嗟に考えた誘い文句を口にした。

「ぼ、僕の名前はアサトっていうんだ。ちょっとこの森の中で迷っちゃって、もしよかったらなんだけど道案内とかしてもらえないかな?」

 にこっとぎこちない笑みまで浮かべてみる。
 何を話すべきか考えていなかったから、なんか小さい子を攫おうとする変質者っぽい台詞になってしまった。
 もう少し考えてから声を掛けるべきだった。もしくは隣にいる女の子のリスカに声掛けを任せるべきだった。
 と、遅まきながらの後悔に浸りながらも、僕は苦し紛れの笑みを貫き、少女の反応を窺うことにした。
 警戒されて逃げられてしまったら、この闇クエストは失敗になってしまう。
 そうなればせっかく盗みの依頼で稼いだお金も、罰金として取られることになってしまうのだ。
 だから何としてもこの子を闇ギルドまで連れて行かなければならない。
 お願いだからすぐに逃げるなんてことはありませんように……と人知れず心中で祈っていると、ようやく紫ずくめの少女は口を開き、僕に反応を示してくれた。



「下手なナンパしかできない汚い口を閉じて、さっさとここから出て行ってロリコン変質者」



「……」

 ……おや?
 何かの聞き間違いだろうか。
 今、幼い女の子の声で、とんでもない罵声を浴びせられた気がする。
 幻聴にしてはタチが悪いなぁ、なんて思いながら、僕は苦笑を浮かべて一応少女に問い返した。

「……ご、ごめん。今なんて言ったのかよく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらってもいいかな?」

 すると少女は、変わらずの無表情で小さな口を開く。

「口だけじゃなく耳まで汚いなんて、本当に救いようがないロリコン変質者。触ると病気になりそうだから、それ以上絶対に近づかないでロリコン変質者」

「……」

 ……ふむ、なるほど。
 残念なことに、さっきのは聞き間違いでもなんでもなかったようだ。
 信じ難い台詞を二回も言われて、ようやく確信が持てた。
 まあ、『今お前が手に持っているのはなんなんだ』とか、『そっちの方が絶対に病気になるだろ』とか、色々と言いたいことはあるけれど。
 とりあえず僕は隣にいるリスカに、方針の変更を伝えることにした。

「よしリスカ、今すぐにこいつの手足を縛って闇ギルドまで連行するぞ」

「あ、あれっ!? それはやりたくなかったんじゃないんですか!?」

 唐突な作戦変更に、リスカは当然のように目を丸くする。
 彼女が驚くのも無理はないかもしれないが、僕はもうすっかり心を入れ替えたのだ。
 こいつは何が何でも闇ギルドまで誘拐する。
 ここまで僕を怒らせたのだから、それが当然の報いだ。
 温厚な性格だからといって、さすがにここまで罵倒を受ければ僕だってキレるんだぞ。

「やっぱりロリコンの変質者だった。私が可愛いから仕方がないけど、私は別にあなたのことなんか好きじゃない。死にたくなかったら今すぐに回れ右してここから出て行って」

「よし、手足を縛るだけじゃ物足りないな。切り落としてでも連れて帰ってやる」

「ちょちょちょ、アサトさん!? 性格変わりすぎてませんか!?」

 変わらず笑みを浮かべながらも、額に青筋を立てる僕。
 対して杖を構えて警戒を露わにする魔女。
 ここに来て、ようやくクロムさんがこの依頼を僕に設定した理由を悟ることができた。
 これは確かに僕にぴったりの闇クエストだ。
 こいつは心の底からムカつく魔女で、僕の天敵とさえいえる存在だ。
 と、いよいよ本格的にスイッチが入ってきたその瞬間、突然聞き覚えのない声が僕たちの耳を打った。

「ようやく見つけたぞ、魔女ドーラ!」

「……?」

 思わぬ方向から誰かの声が上がり、僕らは一斉にそちらに目を移した。
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