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第二十二話 「森の魔女」

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 場所は変わって、再び馬車の中。
 行き先は、ドクドクの森の近くにある町。
 目的地には明日の朝方に到着すると予想され、その間僕らは馬車に揺られながら他愛のない話をしていた。

「あんなに楽しそうなクロムさんは初めて見ました」

「えっ? そうなの?」

「はい。普段はまったく表情を変えなくて、みんなから『笑わない受付嬢』とか『受付人形』とか呼ばれたりしているんですけど、アサトさんと話している時だけは顔が柔らかくなっている気がします」

「うぅ~ん、そうかなぁ? 僕はよくわかんないけど」

 最近は何かと馬車に乗る機会が多く、すっかりお馴染みの光景になりつつある。
 まあ、移動が多い仕事なのでそれは当然のことなのだが。
 おまけになんだかバタバタしているし、今後もこういった感じで立て続けに依頼を受けることになるのだろうか。
 そう人知れず不安に思ってしまう。
 まあ、パーティーメンバーとの会話自体は楽しいものなので、馬車移動は別に苦ではないが。

「ていうか、リスカは一緒に来ても大丈夫だったの?」

「えっ?」

 他愛のない話から一転、僕は依頼についてのことを相談しようと思った。
 具体的には、リスカについての話だ。

「闇ギルドの依頼とか、僕と同じように何か設定されたりしてないのかなって。もしそうだったらついてきてもらうのは迷惑だし、逆に僕がそれを手伝うべきだと思ったからさ」

「あ、あぁ、そういうことですか」

 リスカは納得したように頷く。
 よくよく考えてみたら、今は当然のようにくっついて行動してはいるけど、リスカも僕と同じようにれっきとした闇ギルドの闇冒険者だ。
 となればもちろん、受付さんから何かしらの闇クエストを設定されているに違いない。
 そちらを放棄して、僕の誘拐クエストについて来てもよかったのだろうか?
 という意味の問いかけをすると、リスカは何でもないように笑って答えてくれた。

「それでしたら心配はいりませんよ。私は成績が悪いので、最近はほとんど闇クエストを設定してもらっていないんです」

「えっ? そうだったの? ていうかそんなこともあるんだ?」

「はい。むしろ闇ギルド内ではお仕事をもらえない人たちの方が多いくらいですよ。ですから皆さん、闇ギルド内での評価を上げようとして、頑張って悪さをしているみたいです。私としても、お仕事がない中でアサトさんの依頼のお手伝いをさせていただけて、逆に感謝していると言いますか……」

「ふぅ~ん……」

 ……なるほどな。
 てっきり長めの期限付きの依頼でも設定されているのかと思っていたが、まさか依頼そのものを設定されていなかったとは。
 確かにそれなら僕の闇クエストに付き添うのも問題はないということだ。
 密かに安堵しながら、僕はリスカに言った。

「それなら、しばらくは一緒に闇クエストができるね。もちろんリスカに何かお仕事が入ったら、お返しとしてそっちも手伝うからさ」

「はい、その時はよろしくです」

 笑みを交わし合い、僕らは再び馬車の中で他愛のない話に花を咲かせた。



 馬車に揺られることしばらく。
 予想した通り、出発した翌日の朝にドクドクの森に到着し、僕らはそこで下車することにした。
 御者さんには当然のように止められたが、冒険者だという嘘を吐くと、納得したように降ろしてくれた。
 おそらく森の焼き払いの計画は、それなりに町に知れ渡っていることらしい。
 そして僕らは馬車を見送り、ついにドクドクの森に足を踏み入れることにした。

「うわぁ……」

 入って早々、紫色の草木が僕らを出迎えてくれた。
 明らかにやばい臭いがする。心なしか空も紫色に見えてきた。
 こんな場所に好き好んで住んでいるなんて、魔女というのはどれほど変わった人物なのか。
 そう思いながらも毒々しい森の中に入っていき、魔女の姿を探すことにした。
 すると、不意に足元に気になるものを見つけて、僕は思わず顔をしかめる。

「どうやら先を越されちゃったみたいだね」

 そこにあったのは複数の足跡。
 若干ぬかるんだ地面に、まだ真新しい足跡を見つけて、僕は密かに悟った。
 まず間違いなく、魔女を捕まえに来た冒険者たちのものだ。

「もしかして、もうすでに魔女さんは捕まってしまったのでしょうか?」

 同じく足跡に目を落としたリスカが、不安そうに尋ねてくる。
 対して僕は小さな唸り声を上げたのち、かぶりを振ってみせた。

「ん~、いや、それはないんじゃないかな?」

「えっ? どうしてですか?」

「もし魔女がすでに捕らえられているんだとしたら、とっくに森に火を放っているはずでしょ? その注意勧告もまだ出てないみたいだし、たぶん僕たちと同じように”今さっき”森に来たんじゃないかな?」

 あくまでこれは予想だが。
 しかしまだ真新しい足跡を見るに、僕たちよりも一時間ほど早く到着したくらいだと思われる。
 となると魔女はいまだに捕まってはおらず、現在進行形で冒険者たちが森の中を捜索していると考えられる。
 だからのんびりしている暇はないのだ。
 何としても冒険者たちよりも早く魔女を見つけなければならない。
 という意思を伝えると、リスカは依然として不安そうな顔を貫いたまま、再び問いかけてきた。
 
「ですが、どのようにして魔女さんを見つけましょうか? 私たち、この森のこととか何も知りませんし」

 それは当然の懸念だ。
 しかし僕は二度目のかぶりを振って彼女を安心させようとした。

「それならたぶん大丈夫だよ」

「……?」

「まあ、ちょっとだけ待っててよ」

 そう言ったのち、僕は目を閉じてしばし口も噤んだ。
 やがて瞼を持ち上げ、ある方角に指を差す。

「たぶんこっちじゃないかな?」

「えっ? なんでわかるんですか?」

「前にも言ったと思うけど、僕には『感知』スキルがあるんだよ。敵や罠や宝の匂いを嗅ぎとることができるスキルで、その感知スキルによると、こっちの方角に強い力を一つだけ感じる。これが魔女じゃないかな? んで、ちょっと離れた場所に複数の微弱な力を感じるから、たぶんこっちが冒険者たち。二つはそれなりに近い場所にいるから、急いだ方がいいかもね」

「……」

 口早に説明を終えると、今度はリスカの方が固まってしまった。
 どうしたのだろうと思って待っていると、ようやく硬直を解いた彼女は、どこか呆れたようにぼそっと呟いた。

「相変わらず何でもありなんですね、アサトさんって」

「えっ?」

「なんでもありません」

 そう言ってリスカは、僕が指を差した方に走っていってしまった。
 少し不思議に思ったが、特に尋ねることもなく僕は彼女の背中を追いかけることにする。
 時は一刻一秒を争うのだ。他愛のない話はまた帰りの馬車の中ででもすればいい。
 今はとにかく、魔女を間に挟んだ冒険者との激しい競争に打ち勝たなければならないのだ。
 必ず先に魔女を見つけてみせる。

 そして、確か……えっと……誘拐しなくちゃいけないんだっけ? と嫌なことを思い出し、僕は少しだけ走る速度を緩めたのだった。
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