22 / 35
第二十二話 「森の魔女」
しおりを挟む場所は変わって、再び馬車の中。
行き先は、ドクドクの森の近くにある町。
目的地には明日の朝方に到着すると予想され、その間僕らは馬車に揺られながら他愛のない話をしていた。
「あんなに楽しそうなクロムさんは初めて見ました」
「えっ? そうなの?」
「はい。普段はまったく表情を変えなくて、みんなから『笑わない受付嬢』とか『受付人形』とか呼ばれたりしているんですけど、アサトさんと話している時だけは顔が柔らかくなっている気がします」
「うぅ~ん、そうかなぁ? 僕はよくわかんないけど」
最近は何かと馬車に乗る機会が多く、すっかりお馴染みの光景になりつつある。
まあ、移動が多い仕事なのでそれは当然のことなのだが。
おまけになんだかバタバタしているし、今後もこういった感じで立て続けに依頼を受けることになるのだろうか。
そう人知れず不安に思ってしまう。
まあ、パーティーメンバーとの会話自体は楽しいものなので、馬車移動は別に苦ではないが。
「ていうか、リスカは一緒に来ても大丈夫だったの?」
「えっ?」
他愛のない話から一転、僕は依頼についてのことを相談しようと思った。
具体的には、リスカについての話だ。
「闇ギルドの依頼とか、僕と同じように何か設定されたりしてないのかなって。もしそうだったらついてきてもらうのは迷惑だし、逆に僕がそれを手伝うべきだと思ったからさ」
「あ、あぁ、そういうことですか」
リスカは納得したように頷く。
よくよく考えてみたら、今は当然のようにくっついて行動してはいるけど、リスカも僕と同じようにれっきとした闇ギルドの闇冒険者だ。
となればもちろん、受付さんから何かしらの闇クエストを設定されているに違いない。
そちらを放棄して、僕の誘拐クエストについて来てもよかったのだろうか?
という意味の問いかけをすると、リスカは何でもないように笑って答えてくれた。
「それでしたら心配はいりませんよ。私は成績が悪いので、最近はほとんど闇クエストを設定してもらっていないんです」
「えっ? そうだったの? ていうかそんなこともあるんだ?」
「はい。むしろ闇ギルド内ではお仕事をもらえない人たちの方が多いくらいですよ。ですから皆さん、闇ギルド内での評価を上げようとして、頑張って悪さをしているみたいです。私としても、お仕事がない中でアサトさんの依頼のお手伝いをさせていただけて、逆に感謝していると言いますか……」
「ふぅ~ん……」
……なるほどな。
てっきり長めの期限付きの依頼でも設定されているのかと思っていたが、まさか依頼そのものを設定されていなかったとは。
確かにそれなら僕の闇クエストに付き添うのも問題はないということだ。
密かに安堵しながら、僕はリスカに言った。
「それなら、しばらくは一緒に闇クエストができるね。もちろんリスカに何かお仕事が入ったら、お返しとしてそっちも手伝うからさ」
「はい、その時はよろしくです」
笑みを交わし合い、僕らは再び馬車の中で他愛のない話に花を咲かせた。
馬車に揺られることしばらく。
予想した通り、出発した翌日の朝にドクドクの森に到着し、僕らはそこで下車することにした。
御者さんには当然のように止められたが、冒険者だという嘘を吐くと、納得したように降ろしてくれた。
おそらく森の焼き払いの計画は、それなりに町に知れ渡っていることらしい。
そして僕らは馬車を見送り、ついにドクドクの森に足を踏み入れることにした。
「うわぁ……」
入って早々、紫色の草木が僕らを出迎えてくれた。
明らかにやばい臭いがする。心なしか空も紫色に見えてきた。
こんな場所に好き好んで住んでいるなんて、魔女というのはどれほど変わった人物なのか。
そう思いながらも毒々しい森の中に入っていき、魔女の姿を探すことにした。
すると、不意に足元に気になるものを見つけて、僕は思わず顔をしかめる。
「どうやら先を越されちゃったみたいだね」
そこにあったのは複数の足跡。
若干ぬかるんだ地面に、まだ真新しい足跡を見つけて、僕は密かに悟った。
まず間違いなく、魔女を捕まえに来た冒険者たちのものだ。
「もしかして、もうすでに魔女さんは捕まってしまったのでしょうか?」
同じく足跡に目を落としたリスカが、不安そうに尋ねてくる。
対して僕は小さな唸り声を上げたのち、かぶりを振ってみせた。
「ん~、いや、それはないんじゃないかな?」
「えっ? どうしてですか?」
「もし魔女がすでに捕らえられているんだとしたら、とっくに森に火を放っているはずでしょ? その注意勧告もまだ出てないみたいだし、たぶん僕たちと同じように”今さっき”森に来たんじゃないかな?」
あくまでこれは予想だが。
しかしまだ真新しい足跡を見るに、僕たちよりも一時間ほど早く到着したくらいだと思われる。
となると魔女はいまだに捕まってはおらず、現在進行形で冒険者たちが森の中を捜索していると考えられる。
だからのんびりしている暇はないのだ。
何としても冒険者たちよりも早く魔女を見つけなければならない。
という意思を伝えると、リスカは依然として不安そうな顔を貫いたまま、再び問いかけてきた。
「ですが、どのようにして魔女さんを見つけましょうか? 私たち、この森のこととか何も知りませんし」
それは当然の懸念だ。
しかし僕は二度目のかぶりを振って彼女を安心させようとした。
「それならたぶん大丈夫だよ」
「……?」
「まあ、ちょっとだけ待っててよ」
そう言ったのち、僕は目を閉じてしばし口も噤んだ。
やがて瞼を持ち上げ、ある方角に指を差す。
「たぶんこっちじゃないかな?」
「えっ? なんでわかるんですか?」
「前にも言ったと思うけど、僕には『感知』スキルがあるんだよ。敵や罠や宝の匂いを嗅ぎとることができるスキルで、その感知スキルによると、こっちの方角に強い力を一つだけ感じる。これが魔女じゃないかな? んで、ちょっと離れた場所に複数の微弱な力を感じるから、たぶんこっちが冒険者たち。二つはそれなりに近い場所にいるから、急いだ方がいいかもね」
「……」
口早に説明を終えると、今度はリスカの方が固まってしまった。
どうしたのだろうと思って待っていると、ようやく硬直を解いた彼女は、どこか呆れたようにぼそっと呟いた。
「相変わらず何でもありなんですね、アサトさんって」
「えっ?」
「なんでもありません」
そう言ってリスカは、僕が指を差した方に走っていってしまった。
少し不思議に思ったが、特に尋ねることもなく僕は彼女の背中を追いかけることにする。
時は一刻一秒を争うのだ。他愛のない話はまた帰りの馬車の中ででもすればいい。
今はとにかく、魔女を間に挟んだ冒険者との激しい競争に打ち勝たなければならないのだ。
必ず先に魔女を見つけてみせる。
そして、確か……えっと……誘拐しなくちゃいけないんだっけ? と嫌なことを思い出し、僕は少しだけ走る速度を緩めたのだった。
0
お気に入りに追加
1,616
あなたにおすすめの小説
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?
紺
ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。
世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。
ざまぁ必須、微ファンタジーです。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
聖女の姉が行方不明になりました
蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる