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第二十一話 「誘拐」
しおりを挟む「ゆ、誘拐? 誘拐って、あの『誘拐』ですか?」
耳を疑うようなことを聞き、思わず僕は問い返す。
するとクロムさんは突然はっとなり、悪びれた様子で口を開いた。
「おっと、これは失礼したな。闇ギルドの受付を担当しているせいで、どうも言葉をひどくしてしまう癖がある。『誘拐』では悪い印象しか与えないからな、君にはもう少し綺麗な言葉を選ぶとしよう」
と言って、クロムさんは言い直した。
「うむ、人を攫ってきてほしいのだ」
「いや一緒ですよそんなの!」
どこが綺麗な言葉なのだ。
誘拐と人攫いは同じ意味ではないか。
鋭いツッコミをかました僕は、依然として混乱が拭えずに頭を抱えた。
「さ、攫ってきてほしいって……えっ? だ、誰を? 何のために?」
狼狽えながら改まって問いかける。
するとこちらのその様子を見たクロムさんは、呆れたような笑みを浮かべて言った。
「そんなに慌てる必要はない。少し落ち着きたまえ」
「いや、これで落ち着いていられるはずがないじゃないですか。誘拐してこいって言われてるんですよ」
これで落ち着いていられる人間はいない。
と、前回と似たようなやり取りをして、クロムさんは既視感を覚えたらしい。
「君は相変わらずおかしなことを言うんだな。ここは闇ギルドだと何度言えばわかるのだ。盗みも人攫いも皆等しくやっている。それに君もたった今、盗みの依頼を終えてきたところだろう。今さら何を躊躇する必要があるというのだ」
「いや、まあ、それもそうなんですけど……」
物を盗むのと人を攫ってくるのとでは犯罪の度合いが違う気がする。
明らかに後者の方が罪が重い感じがするんですけど。
それに……
「あの宝剣は何と言いますか、ある事情があってようやく盗む決心がついたと言いますか、盗んでもいいかなぁと思えるような出来事があったと言いますか……で、ですからその、理由を教えていただけませんか?」
「理由?」
「は、はい。誰をどんな理由で攫ってくればいいのか」
それ次第では、僕のやる気の天秤も反対側に傾く可能性もある。
事実、『宝剣奪取』の依頼はあの領主の意地悪な性格を見たから果たせたことなのだ。
だから今回の『誘拐クエスト』も、何か事情があるのならとりあえず話してみてほしい。
という思いが伝わったのか、クロムさんはこくりと頷いた。
「ふむ、そうだな。確かに以前は、『行けばわかる』と言って依頼の詳細を濁してしまったが、君には事前に話しておいた方がいいのかもしれないな」
と言って、彼女は話を始める。
「ドクドクの森、という場所を知っているか?」
「ドクドクの森? い、いえ、知りません」
「この町から北に行った場所にある、割と小規模な森だ。そこには毒沼や毒キノコなどあらゆる”毒物”が散在しており、現在は立入禁止区域になっている」
「へ、へぇ」
ついぞ聞いたことがなかった。
まあ田舎村から飛び出してきたばかりの身なので、この辺りのことを知らないのも無理はないだろう。
人知れず自身の無知を慰めてから、僕はクロムさんに問いかけた。
「それで、その場所がどうかしたんですか?」
「いやな、その立入禁止の森に、どうやら一人の人物が住み着いているらしいのだ。なんでも毒物を愛する稀有な”少女”らしく、彼女の天職も相まって『魔女』と呼ばれている者らしい」
「……魔女」
ほわわんと、とんがり帽子とローブを着た、全身紫色の老婆の姿を思い浮かべた。
魔女と言えばそんなイメージなのだが、どうやらその人物は”少女”らしい。
毒物を愛して毒の森に住み着くなんて、確かに稀有な少女だなぁ……と思っていると、クロムさんがさらに続けた。
「これも聞いた話だが、どうやら町の冒険者たちは、近々ドクドクの森を焼き払うことを計画しているそうだ。立入禁止にしているとはいえ、遊び半分で立ち入って怪我をする者たちも多いらしく、それならいっそなくしてしまった方がいいと言ってな。そこで対立してきたのが、森に住み着いているくだんの魔女だ」
「は、はぁ、そうなんですか。まあ、自分の住処を荒されそうになって抵抗するのは当たり前のことなんじゃないんですか。……で、それと今回の誘拐クエストはどういう関係があるんですか?」
回りくどい話はもういいと言わんばかりに、僕は本題に切り込む。
するとクロムさんもこちらの意思を察してくれたのか、ならば単刀直入に言わせてもらうとばかりに、キリッとした表情で言い放った。
「ドクドクの森に住み着いている魔女を攫い、この闇ギルドまで連れてきてほしいのだ」
「えっ!? な、なんでですか!?」
「何やら冒険者たちは、ドクドクの森の焼き払いを滞りなく済ませるべく、今度は邪魔になる魔女を拘束しようと計画しているらしい。それよりも早く魔女を捕らえて、闇ギルドまで連れ帰ってくるのだ。彼女は必ずや闇ギルドで多大な功績を上げてくれるに違いない。みすみす冒険者に捕らえられてしまうのはあまりにも勿体ないと思うのだ。……というのが、闇ギルド側の意見となっている」
「……」
長々と、それでいて簡潔に口早に説明をされて、思わず僕は放心した。
しばし魂が抜けたように固まってしまうが、とりあえず話の大筋は理解できた。
ドクドクの森に住む魔女を、冒険者たちよりも早く捕まえてこい。
ようは闇ギルドの戦力になりそうな人材を確保してこいってだけの話だ。
魔女を闇ギルドに連れてくればいいだけで、手段は問わない。だから誘拐クエストというわけだ。
そうやって自分の中で話を簡単にまとめると、僕はクロムさんに今一度返した。
「それなら、もっと相応しい人物が僕の他にいると思うんですけど」
「んっ?」
「ほらあの、スカウト屋のサーチナスさん……でしたっけ? あの人のお仕事は闇ギルドへのスカウトなんですよね? なら今回の依頼にぴったりなんじゃないんですか?」
魔女とやらを闇ギルドに加入させようという魂胆なら、それこそスカウト屋の仕事と言えるではないか。
少なくとも僕の仕事ではない。
そういう時は誘拐して連れてくるのではなく、スカウト屋が直々に勧誘するべきではないのだろうか。
という意見を伝えると、クロムさんはふむと顎に手を立てた。
「まあ確かに、ここはスカウト屋のサーチナスの出番ではあると思うのだが、残念ながらそれは無理なのだよ」
「無理?」
「あっ、いや、『無理だった』というのが正しいかな。もうすでにサーチナスは魔女と接触して、闇ギルドへの勧誘を済ませているのだ。いつも通り求人広告を渡してな。だが……」
言いかけ、肩をすくめて続けた。
「その場ですぐに断られてしまったそうだ」
「へぇ、そうなんですか」
「うむ。だから今度は勧誘ではなく誘拐することに決めた」
「えっ? いやいやちょっと待ってくださいよ! その決断は思い切りが良すぎませんか!?」
いくらなんでもアバウトすぎる気がする。
来ないなら、攫ってしまおう森の魔女……ということなのか。
ずいぶんと強引な考え方だ。
それは闇ギルドらしいといえばらしいのかもしれないが、しかし相手はまだ少女と呼ぶべき人物。
少女誘拐なんて不吉な響きしかしないぞ。
不安げに目を泳がせていると、クロムさんが改めて言ってきた。
「魔女というのは、それくらい闇ギルドに適性のある人物なのだよ。下手をしたら君に匹敵するくらいの有望株とさえ言える。というわけで、必ずここに連れてきてもらいたい。よろしく頼むぞ、暗殺者のアサト君」
「えっ? いやいやいや! さすがにそれはちょっと無理ですって! 少女誘拐なんてどんなバチが当たるやら……」
と言うと、不意に受付嬢さんはふっと冷たい笑みを浮かべた。
「ほう、では依頼を放棄すると言うのか? 私は別にそれでも構わんが、設定された依頼を放棄したらどうなるか、まさかもう忘れたわけではあるまいな」
「ぐ、ぬぬっ……」
罰金が科せられる。
やはりそのことが枷になり、僕はかぶりを振ることができなかった。
せっかく盗みの依頼を達成した後で、この報酬を取られるのは何としても避けたい。
後ろにいるリスカと半分こするとしたら、一人25万ギルになるわけで、おそらく罰金はそれよりも高額になっていることだろう。
ここはもう、素直に依頼を受けるしかないのか。
最終的にその決断に行きつき、僕はやけくそ気味にクロムさんに言った。
「誘拐クエスト、是非とも行かせていただきます!」
「うむ、気を付けて行ってきたまえ」
というわけで、窃盗クエストに続いて、息つく暇もなく誘拐クエストを受けることになった。
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