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第三話 「勧誘」
しおりを挟む先刻の強面男のような野太い声ではなく、高く響くいかにも幼女らしい声。
いったい何事だろうと振り返ると、不思議なことにそこには誰もいなかった。
確かに声がしたはずなんだけど、もしかして今のは幻聴?
「ちょいちょいどこ見てんだよ兄ちゃん! ウチはここだよココ!」
「……?」
再び声がしたかと思えば、不意に眼下からぴょんぴょんと小さな手が伸びてきた。
視線を下げると、ようやくそこに声の主を見つける。
フード付きの灰色マントを着た、なんとも不可解な小さき幼女。
目深まで被られたフードから覗く童顔は、いかにも友達と楽しくおままごとをしていそうな幼さがあり、短い銀髪は手入れが行き届いていてとても艶やかに映った。
髪と同色のつぶらな瞳もまたあどけなく、どこからどう見ても十歳以下の幼女にしか見えない。
誰なんだろうこの子? なんでこんな危ない裏路地にいるのだろうか?
ていうか僕に何か用なのかな? と疑問に思った僕は、ぎこちなく首を傾げた。
「えっと……何か?」
「いやいや、何ってほどのことでもないんだけどよ、ちょいと兄ちゃんに話があってさ」
……話?
いったい何のことだろうと首を曲げながら待っていると、やがて幼女はにこっと純真な笑みを浮かべて、嬉々として問いかけてきた。
「兄ちゃんさ、さっき冒険者試験に落ちた『暗殺者』だよな!?」
「……」
喧嘩売りに来たのかこいつ。
相手がいくら幼女だからといって、これにはさすがに手が出そうになった。
僕がどれだけ冒険者試験に落ちて落ち込んでいるかまるでわかっていないのか。
ていうか見てたんなら察してくれよマジで。
出そうになった手を泣く泣く引っ込めながら、僕は額に青筋を立てて聞き返した。
「そ、そうだけど、それが何?」
「いやいやだから、何ってほどのことじゃねえんだよ。ただウチは、もしかしたら兄ちゃんはとんでもねえ素質を備えているんじゃねえかって思って、その才能を埋もれさせておくのがどうしても惜しかったってだけなんだよ。だからそんなに警戒すんなよ兄ちゃん」
幼女はその容姿に似合わない気さくな口調でそう言う。
素質だの才能だの訳のわからないことを言う彼女に、いまだに疑問を覚えていると、奴は唐突に懐に手を入れ始めた。
そこから一枚の紙を取り出して僕に差し出してくる。
「ほいこれ」
「……?」
「少しでも興味持ったら気軽に来いよ! んじゃな!」
紙をこちらに手渡すや否や、幼女はたたたっと走り去ってしまった。
その背中姿を見つめながら、僕は呆然と立ち尽くしてしまう。
まるで嵐みたいな子だった。もう見えなくなってるし。
あの子はいったい何者だったのだろう?
ずいぶんと可愛らしい子だったけど、あの容姿に似合わないおっさんみたいな接し方はどこで覚えたのだろうか?
あっ、いやいやそんなことよりも、これはいったい何の紙なんだ?
そう不思議に思って手元の紙を確認してみると、そこには……
「はっ? なんだこれ?」
思わず首を傾げてしまう内容が書かれていた。
【求人募集】元気のある方・未経験者・天職に自信のない方でも大歓迎!
【仕事内容】殺人・窃盗・誘拐・密猟・詐欺
【給 与】高額お約束!
【資 格】年齢不問・天職不問・簡単な試験がございます
【勤務場所】闇ギルド
まずはお気軽にギルドに足を運んでみてください!
スカウト屋 サーチナス
紙の下部にはその勤務場所と思われる地図が描かれている。
あまりに出来の悪い、ともすれば地雷にしか見えないだろう求人広告。
それを見て、僕は思わず唖然としてしまった。
これ、ブラックバイトの求人募集にしか見えないぞ。
ていうかこれ、単に『犯罪しませんか?』って誘ってるのと同じだよな。
それを包み隠そうともせず、勤務地も堂々と記載してあるし、色々とツッコミどころの多い求人だ。
「……闇、ギルド」
僕は人知れず呟く。
闇ギルド。普通の冒険者ギルドでは取り扱わないような違法な依頼を、超高額で受け持つ闇側のギルドのこと。
もちろんその存在は知っている。
冒険者を志していた身として、その対となる存在は当然耳にしたことがあるのだ。
闇ギルドを摘発し、悪者を捕まえることも冒険者の仕事の一つだからな。
だから、こうも堂々とした勧誘を受けて驚きを覚えてしまっている。
まさか僕がその闇ギルドに勧誘されることになろうとは。
というかさっきの子は闇ギルドの関係者だったのか。
紙の下部に『スカウト屋 サーチナス』と書かれていることから、これが彼女の名前なのだろう。
大方、冒険者試験に落ちた暗殺者の僕に、闇ギルドの適性がありそうだと思って声を掛けてきたってところか。
いやはや、まったくもって遺憾である。
冒険者を目指して冒険者試験を受けたというのに、それで落ちてまさか闇ギルドにスカウトされることになるなんて。
でも……
「……」
天職に自信のない方でも大歓迎。
おまけに給与は高額を約束してくれるという。
先ほどまで天職のことで悩み、仕事探しをしていた僕のことを、まるで導いているようだと思ってしまった。
この求人募集の紙と、あの幼女との出会いが、どこか運命的なものだと感じてしまっている。
「……い、いやいや、なに考えてるんだよ僕は」
そんなの間違っているだろ。
いくら冒険者ギルドに拒絶されたからって、その反対の闇ギルドに行こうとか、考えが安直すぎるんじゃないのか?
むしろこの求人広告をさっきの冒険者ギルドに持って行けば、今度こそ僕が悪者じゃないと証明できるんじゃないのか?
それで試験の不合格も取り消しになって、晴れて僕は冒険者に……
と、そこまで考えた僕は、自分の浅はかな考えに自らかぶりを振ってしまう。
それこそ、何をバカなことを考えているんだか。
今さっきのことを忘れたとか言うつもりじゃないだろうな。
あそこまで明確に拒絶されて、なんで僕はまだ小さな希望とか抱いちゃってるんだよ。
ホントバカバカしい。
心中で嘲笑を浮かべた僕は、すべてがどうでもよくなって手元の紙を放り捨てようとした。
……のだが。
紙から手を放す直前、僕はピタッと体を硬直させてしまう。
耳の奥で蘇るのは、受付嬢さんからの拒絶的な言葉。対して手に握られているのは温かな希望。
本当に自分のことを必要としてくれる場所とはどこなのか。
――少しでも興味持ったら気軽に来いよ!
僕は手元の紙を放り捨てることはせず、綺麗に折り畳んでポケットの中に仕舞った。
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