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第五話 「隠された実力」

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 闇ギルドで試験内容を聞いた僕は、さっそく町からほど近いザワザワ森へとやってきた。
 少し強めの風が吹くこの場所は、木々が独りでに揺れて、まるで人々の喧騒が聞こえてくるようだとして有名だ。
 どうやらここに試験課題である白い薬草があるようなので、さっそく探索を始めてみる。
 
 そして、森に入ってから早くも数十分。

「あっ、あった」

 受付嬢さんに見せてもらったものと同じ薬草を発見した。
 辺りにも同じものがたくさん生えているので、これを袋に詰めて持ち帰れば試験合格ということになる。
 なんだ楽勝じゃん。
 と、ここまでの状況を見ただけならそう思うかもしれないが……

「これはまた、すごい数の”魔物”たちだな」

 壮大な光景を前に、思わず独り言を零してしまう。
 ザワザワ森の奥地まで来たので、何かしら魔物はいるだろうと覚悟はしていたが……
 まさか人を軽く超えるほど巨大な獣種の魔物たちが、両手の指では数え切れないくらいうじゃうじゃいるとは考えてもみなかった。
 毛に覆われた巨体と、鋭い爪と牙。
 今までに見たことのない狼型の魔物だ。
 
 奴らはすんすんと地面を嗅ぎながら、終始周りを警戒している。
 おそらくここが奴らの縄張りなのだろう。
 町の方へ行かずここでじっとしていることから、積極的に人を襲うタイプではないようだが、たぶん縄張りを侵す者は容赦なく攻撃するはずだ。
 僕は今、かなり離れたところにある大木の裏からその縄張りを窺っているが、いつ見つかってもおかしくない。
 この上、あいつらの警戒網を掻い潜りながら薬草採取をするのは不可能に近い。
 戦闘は必至。
 
「……全然簡単な試験じゃないじゃん」

 僕は求人募集の紙に書かれたことを思い出しながらぼやく。
『簡単な試験がございます』って、これのどこが簡単なんだよ。
 普通に死人が出るレベルだぞ。
 さすがは闇ギルドに登録するための『闇試験』と呼ばれているだけのことはある。
 あの受付嬢さんが『どんな手段を用いてもいい』と言っていた理由が、少しずつだけどわかってきたぞ。
 そうしなきゃクリアできないほどの難易度だからな。

「さてと……」

 僕は改めて眼前の景色を眺めて、人知れず考える。
 確かにこの闇試験は骨が折れる。命を落とす可能性も非常に高いだろう。
 しかし、一方的に拒絶されることしかなかった冒険者試験とは違って、今は確かなチャンスが目の前にある。
 暗殺者の僕でも、こうしてちゃんとチャンスをもらえた。
 せっかくのこの機会を、逃すわけにはいかない。

 僕は冒険者試験で出すことができなかった力を、代わりにこの闇試験で出し尽くすようにして前へ飛び出した。



――――――――――



 闇ギルド、受付窓口。
 そこで事務作業に勤しむ受付嬢クロムは、普段通り手早く正確に仕事を進めていた。
 基本的に闇ギルドは冒険者ギルドと違って静寂に満ちており、無用に話しかけてくる無礼者もいない。
 ゆえに事務作業中は感情を殺しながら仕事を進めて、ただ手を動かすだけの操り人形と化している。
 そのせいもあるのだろうか。クロムは少し退屈を覚えて、考え事をするように先刻訪ねてきた少年についてぼんやりと思い出した。

(上玉が見つかった……か)

 スカウト屋のサーチナスの言葉である。
 あの少年を闇ギルドに来るように仕向けたのは彼女だ。
 スカウト屋は闇ギルドの戦力になりそうな人物に声を掛け、勧誘するのが仕事となっている。
 そんなサーチナスが勧誘してくる者たちは、揃って闇ギルドの主力になるような猛者たちばかりだ。
 彼女は目ざとくて、そういった人物を見つけてくるのが上手く、皆とは違った形で闇ギルドに貢献している。
 そしてスカウトしてきた彼らが成果を上げれば、その分彼らを勧誘したサーチナスにも相応の報酬が手渡されることになっているので、彼女はいまだに積極的にスカウト屋を続けているというわけだ。
 
 そんなサーチナスが新たに発掘した有望株。
 滅多に大きなことを言わない彼女が、珍しく”上玉”と評したあの少年。
 一見するとただの幼げな顔の少年で、サーチナスが言うほどの凶悪さは微塵も感じなかった。
 むしろ闇ギルドには似つかわしくない”いい奴”に見えてしまった。
 だからクロムは、あの優秀なスカウト屋がなぜ彼を連れてきたのか、ずっと大きな疑問を抱き続けている。
 
(本当にあの少年に闇側で生きていくだけの素質が備わっているのか? サーチナスの目もそろそろ悪くなってきたのではないか)

 そんなことを考えながら、クロムは残っていた事務作業を片付けた。
 今度奴に会ったら休暇を取るように勧めてやるか。スカウト屋として疲れも溜まっているだろうしな。
 なんて考えながら、俯けていた顔を持ち上げると……

 くだんのあの少年が目の前に立っていた。

「…………えっ?」

 受付嬢クロムは、しばし『ぼぉ~』っと少年と見つめ合ってしまう。
 幻覚か? 彼のことを考えすぎていたあまり幻でも見ているのではないか?
 そう思って瞬きを繰り返すが、少年が消えることはない。
 やがてクロムははっとなって我に返ると、眼前の少年に対して狼狽えながら問いかけた。

「ど、どうしたのだいきなり? 試験に行ったはずではないのか?」

「えっ、いや、いきなりっていうか、さっきからずっとここにいたんですけど……」

 少年は少し落ち込んだように声を零す。
 それを受けてクロムは、がくっと呆れたように肩を落とした。
 さっきからいたのなら声を掛けろ。
 というかこの少年、目の前にいながらまるで存在感がなかったぞ。
 なんという影の薄さだ。
 人知れず驚きを覚えていると、少年は『なぜここにいるのか』という疑問に対し、ぎこちない様子で答えた。

「えっと、その……試験が終わったので戻ってきました」

「……はっ?」

「あのこれ、取ってくるように言われた薬草です」

 少年は、やはり少し自信のないように言い、受付カウンターの上に袋を置いた。
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