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第四話 「思い切って闇ギルドの門を叩きます」
しおりを挟む翌朝。
僕は町の裏路地に忍び込むように入り、奥へと歩き進んでいた。
すると薄暗い小道の途中に貧相なボロ小屋が見えて、その前で立ち止まる。
地図に赤い丸印が書かれていることから、おそらくここがそうなのだろう。
まさか普通に町中にあるとは思っていなかったな。
はい、来ちゃいました闇ギルド。
あのブラックバイトの求人募集みたいな紙を頼りに、てくてくと歩いてきました。
昨日の晩、僕は宿部屋に帰ってからひたすらに考えた。
本当に自分を必要としてくれる場所はどこなのか。
その結果、結局ここに足を運んでみることになり、今に至るというわけだ。
「ここ……で合ってるんだよな? ていうか本当に大丈夫なのかな?」
いざ闇ギルドを前にして怖気づいてしまう。
もちろん、自分でもバカなことをしていると自覚はしている。
冒険者になるために町まで来たのに、その真逆とも言える闇ギルドに入ろうだなんて間抜けもいいところだ。
しかしここなら暗殺者の僕でも受け入れてくれると思った。
むしろ暗殺者だからこそ受け入れてくれると確信できたのだ。
冒険者ギルドがダメでも、闇ギルドなら僕を必要としてくれる。
それに大金も手に入るし。冒険者試験に落ちた今、当面の目標は金の確保だ。
金がなければ宿に泊まることもできないし、ご飯だって食べられない。
冒険者試験には当然のように受かるつもりで来たので、貯金だってないし。
ここは是非とも闇ギルドでの依頼を達成し、高額報酬を手に入れたいと思う。
でも、悪いことはなるべくしたくないんだよなぁ。
何か健全な依頼とかないかしら? と薄い希望を抱きながら、僕は闇ギルドの門を思い切って叩くことにした。
「し、失礼しま~す」
今にも外れそうなボロ小屋の扉を開け、中に入る。
するとそこは、驚くことに普通の酒場だった。
木造りの丸テーブルと椅子が点在し、奥には長いカウンター席が設けられている。
町の端っこの方にある小さな酒場ゆえか、客もまばらで活気もないように見えた。
ここが闇ギルド? もしかして地図を読み間違えたとか?
そう思って改めて求人募集の紙に目を落とすと、地図の横に【合言葉】という項目があった。
もしやと思った僕は、意を決して酒場の奥まで進んでみる。
するとテーブルを拭いていた女性店員さんがこちらに気が付き、至って普通の接客をしてくれた。
「お客様、何名さまでしょうか?」
「ひ、一人です」
「ご注文はお決まりですか?」
「あっ、えっと……」
ちらりと手元の紙を見て答える。
「ス、スヤスヤ牛のミルクをホットで。砂糖は三杯入れてください」
「……こちらへどうぞ」
僅かな間が置かれたが、女性店員さんは変わらず普通の接客を続けてくれた。
そして僕はカウンター席の横、酒場の角にある謎の扉の前まで連れていかれる。
おそらく個室だろうか? よくよく見れば同じような扉がいくつもあり、その一つに案内されたようだ。
特に疑問を持たずに、促されるまま中に入ると、そこは予想外というか予想通りというか、ただの個室ではなかった。
というか個室ですらない。地下に続く長い”階段”が伸びていた。
「……なるほどな」
これを見てようやく確信が持てる。
どうやら本当にここが闇ギルドのようだ。
んで、さっきの超平凡そうな女性店員さんも、その関係者ということらしい。
何かいけないものを見ている気持ちになりながらも、僕はそのまま階段を下りていき、やがて見晴らしのいい広間へと出た。
全体的に薄青い光で照らされた、これまた酒場のような場所。
しかし先ほどの表の酒場とはまるで空気が違った。
静かなのは同じだが、人が少ないわけではない。
みんな息を殺したように各テーブルに着いているので、張り詰めるような緊張感が漂っている。
テーブルと椅子も木造りではなく黒塗りで高級そうな感じだし、奥には冒険者ギルドと同じような受付カウンターもあるので表の酒場とは大違いだ。
ここが噂の闇ギルド。
そしてここにいる全員が、闇ギルドに所属する猛者たちだ。
「……ごくり」
壮絶な景色に圧倒され、ついわざとらしく喉を鳴らしてしまう。
怖いっす。足がすくんでここから動けそうにない。
しかしいつまでもこうしてはいられないと思って、僕は意を決して前に歩き出した。
酒場の中央を横切って奥のカウンターへと向かう。
おそらく受付になっているだろうそこに辿り着くと、さっそく受付嬢さんの一人に声を掛けようとした。
どれにしようかなと数瞬悩んでから、セミロングの黒髪を揺らす女性の前まで行く。
心なしか冒険者ギルドで不合格を言い渡してきた受付さんに似ている気がするが、今はそんなことどうでもいい。
僕は多少声を震わせながら、彼女に声を掛けた。
「あ、あのぉ……」
「なんだ?」
「あっ、えっと、求人募集を見て来た者なんですけど……」
言いながら手元の紙を見せる。
受付嬢さんはそれを訝しい目で見つめ、ついでに僕にも視線をくれた。
ていうか『なんだ?』って、受付嬢のくせに態度悪すぎだろ。
さすが闇ギルド。受付さんも闇側にいるようだ。
なんて益体もないことを考えていると、求人募集を見た受付嬢さんが、すべてを察したような感じで頷きを見せてくれた。
「なるほど、サーチナスの紹介か。上玉が見つかったとは聞いていたが、まさかまだこれほど若い少年とはな」
「……?」
昨日の幼女のことだろうか。
いったい僕について何を喋ったのか、少し気になりはしたが特に尋ねることはしなかった。
そして受付さんは二度目の頷きを見せて続ける。
「うむ、了解した。ではさっそく『闇冒険者』になるための『闇試験』を受けてもらうが、準備はいいか?」
「へっ?」
随分といきなりだった。
しかも知らぬ単語が二つも飛び出してきたぞ。
たぶん、闇ギルド側の冒険者のことを『闇冒険者』と呼び、それになるための試験を『闇試験』と言うのだろう。
そこまではなんとなく理解したが、それより何よりも僕には聞きたいことがあった。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「い、今からいきなり試験を受けられるんですか?」
普通の冒険者ギルドの場合は、月初めに試験日が設けられている。
それに合わせて冒険者志望の者たちが集まり、一斉に試験を受けるという形になっているのだが。
闇ギルドでは違うのだろうか?
「闇ギルドには決まった試験日はない。こちらが出す課題をクリアできたら登録させてやるというだけだ。冒険者ギルドのようにいちいち試験日を設定し、職員たちが逐一その様子など見守ってはいられるか」
「は、はぁ……」
僕は鈍い反応を返してしまう。
そしていまだに納得がいかずに受付さんに問いかけた。
「で、でもそれだと、不正を働いて試験をクリアしようとする人たちが出てきちゃうんじゃないんですか? 自分じゃなくて、他の人に試験を肩代わりさせたり……」
言いかけると、それを遮るように彼女はスパッと答えた。
「それならそれで別に構わない」
「えっ?」
「試験内容はこちらが出す課題をクリアするだけというものだ。どんな手段であろうとクリアできたのなら、そいつはそれで合格になるのだよ」
「で、でも、そんなのずるいんじゃ……」
「他者に肩代わりさせるだけのコネクションもそいつの実力のうちだ。何より闇ギルドに所属したら、依頼達成のために手段なんか選んでいられないぞ。だからその資格があるかどうかを判断するためにもこういった形の試験を実施しているのだ。理解できたか?」
「は、はぁ……」
再びの鈍い反応。
本当にそんないい加減でいいのだろうか?
まあ、まだ闇ギルドについてそこまで理解してないからな、納得がいかない部分も多少は出てくるだろう。
手段を選んでいられないという言葉もいまいちピンと来ないし。
だから受付さんがそう言うのなら間違いはないはずだと、僕はそう割り切ることにした。
するとこちらの様子を見て、受付さんは言う。
「というわけでさっそく闇試験に挑んでもらう。繰り返しになるが、準備はいいか?」
「あっ、はい。たぶん、大丈夫です」
自信なさげに答えると、彼女はうむと頷いてカウンターの中で身を屈めた。
すぐに立ち上がると、手には真っ白な薬草と小さな袋が握られている。
すると袋の方を僕に渡し、薬草をこちらに見せながら言った。
「君にはこれと同じものをザワザワ森の方から取ってきてもらう。その袋が満たされるまで集めることができたら試験終了だ。では、行ってこい」
「……」
ただそれだけの説明を受け、僕の第二の冒険者試験が始まった。
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