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第6章 肝試し大会編
第百二十話 「百獣の王」
しおりを挟む女性パーティー改め、『愛玩の条件』のメンバーとオーラン・ガルドが交戦を始めてから数分。
僕とクロリアは傍らで、その戦いの様子をこっそりと窺っていた。
止めに入るべきなのかもしれないけど、僕らは揃ってその場を動けずにいる。
テイマーバトルに疎い僕たちにとって、両者の戦いはとても手が出しづらいものだったのだ。
まず、感嘆の息が漏れるほどに洗練された、『愛玩の条件』の連携。
従魔に対する個々の指揮力もさることながら、無駄のない動きと完成されたチームプレイには思わず拍手を送りたくなってしまった。
僕らが介入する余地はない。
各々の従魔は決して戦闘向きの種族とは言えないのに、一人一人が力のすべてを解放し、それを綺麗に合わせることによって上手く欠点を補っている。
人数の少ない僕たちでさえ、まだ上手くパーティー行動がとれていないというのに。
『愛玩の条件』のメンバーは阿吽の呼吸で鮮やかな連携を実現させていた。
それが彼女たちの絆の深さを何よりも物語っている。さすがは銀級の冒険者だ。
しかし、真に驚かされたのは……
「ハハハハハッ!」
それらの完美な連携を、あの猛獣のような男は、まるで赤子の手をひねるようにすべて一蹴していた。
加えて彼は、その戦闘のすべてを、従魔に戦わせず己の肉体のみで執り行っていたのだ。
武器は、拳、脚、頭、爪、牙。自分の体で使えるものはすべて使う。
その戦闘方法から、”戦う”と言うよりかは”喧嘩をする”と表現した方が正しい。
リス型モンスターが土属性魔法で足を止めても……
「ハハッ!」
軽く笑い飛ばして拘束を解き。
ハリネズミの従魔がスキルを駆使して猛攻撃を仕掛けても……
「ぜんっぜん足りねえぞォ!」
むしろその勢いを利用して、怪我を覚悟でカウンターを繰り出し。
小熊型モンスターが頑丈さを活かして皆の盾になっても……
「オ……ラァ!!」
紙を吹いて飛ばすように、鉄拳一つで切り崩す。
その積極的なまでの攻撃姿勢により、ウサギ型モンスターのささやかな回復魔法など、まるで追いつく気配がなかった。
彼は人の身で、野生モンスターの力を遥かに凌駕していた。
「こんなもんかよォ、雑魚モンスター共がァ!」
ゆえに戦いの内容は、なんとも一方的なものだった。
戦闘開始から僅か十分。
荒野に立つ一人の男と、その周りで這いつくばる四体のモンスターという、なんとも奇妙な絵が完成していた。
僕とクロリアを含め、モンスターの主人たちもその光景を呆然とした瞳で見つめている。
これは決して、彼女たち『愛玩の条件』が弱いというわけではない。
先述した通り、あのパーティーは驚くべき連携を実現させている。
だがそれ以上に、あの男が秘めていた力が絶大だっただけだ。
極めつけに彼は、後方に大型獣の従魔を控えさせ、まだまだ多大な余裕を見せている。
これが、現状最有力の冒険者パーティー、『正当なる覇王』に身を置く金級の冒険者。
オーラン・ガルド。
「本当に、同じ人間……なんですか?」
「……」
僕もクロリアとまったく同じ感想だった。
奴は人間なのかどうかも疑わしい。
本来、人とモンスターには絶対的な壁がある。
レベルやスキルや魔法といった恩恵がモンスターに宿る限り、人が彼らを超えることは決して叶わないのだ。
唯一敵うものと言えば知恵くらいのものだが、しかしそれも恩恵の前では些細なものにしかならない。
そこで、野生モンスターに対抗できない人間を見かねた女神様が、従魔という人に許された恩恵を授けてくださったのだ。
しかしオーランは、その従魔の手を借りずに、よもや四体のモンスターを蹂躙してみせた。
相手には銀級の冒険者という、優秀な指揮官がいたのにも関わらず、だ。
見たところ、従魔から魔法の補助を受けているわけでもなければ、特殊な魔石武具を用いている様子もない。
これを猛獣と言わずになんと言う。
本当に僕らと同じ人間なのだろうか?
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたよ雌犬どもォ? 俺に頭を下げさせるんじゃなかったのかァ?」
『……』
狂気に満ちたオーラン・ガルドを前に、『愛玩の条件』のメンバーたちは総じて顔を蒼白させていた。
肝試し大会が催されているエリアにて、まったくの別口による恐怖に支配されている。
先刻まであれほど強気だったリーダーの女性さえも、今は天敵を前に震えあがる小動物に成り下がっていた。
心なしか茶色の鬣を浮き立たせたオーランは、目の焦点が合っていないように周囲に視線を彷徨わせる。
「あぁ、やべえよォ……ぜんぜん足りねえェ……まだまだ暴れ足りねえんだよォ……」
傍から見ても、なんとも近寄りがたいその狂人は、やがて地面に倒れ伏す小熊に目を留めた。
ゆらゆらとおぼつかない足取りで歩み寄っていき、おもむろに片足を振り上げる。
その光景を遠目に眺めていた僕は、思わずはっと息を呑んでしまった。
不意に脳裏に蘇る、ギルド本部の酒場で耳にした会話。
従魔を半殺しにしたという、おぞましい内容のそれは、確かにあのオーラン・ガルドが自慢げに口にしていたものだ。
あのままだったら、あの小熊は、確実に彼の餌食にされる。
茶髪ロングの女性テイマーは、あまりの恐怖に体が固まっていた。
「ごめんクロリア。約束、守れないかもしれない」
「えっ?」
ぽつりと零した謝罪に、後ろのクロリアはきょとんと目を丸くする。
僕は頭上のライムに軽く触れて、”行くよ”という合図を送った。
相棒は間髪入れずに頷いてくれた。
大木から飛び出す。
「ライム、【威嚇】だ!」
「キュル、ルゥゥゥゥゥ!」
ホーンテッドホームと名の付いたエリアを、大きく揺さぶるような大響声。
突然の鳴き声に、『愛玩の条件』のメンバーたちは全員大きく目を見開いていた。
【威嚇】特有の、強制的な硬直が窺える。
その隙に僕は、頭上のライムと共に戦場に飛び出す。
この数瞬の間に、なんとしても小熊を助け出すのだ。
そう目論んでの行動だったのだが……
「あっ?」
肝心のオーラン・ガルドは、乱入してきた僕につまらなそうな顔を向けただけだった。
ライムの【威嚇】は、まるで奴に効いていなかったのだ。
しかし僕は足を止めることはしない。
あれほど獰猛な男が、ライムの可愛らしい声を聞いた程度で固まるはずもないと、薄々わかっていたからだ。
ではどうして、変わらず無謀な特攻に打って出ているのか。
それは彼が、突如現れた僕とライムを見たその瞬間、怪訝な顔になって眉を寄せたからだ。
乱入者があまりに意外だったからだろう。
それは結果的に、【威嚇】が通用しなかった奴の動きを、一瞬だけ止めるものとなった。
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