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2巻
2-2
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翌朝、頭にライムを乗せた僕は、ミュウを抱えたクロリアとともにギルドの前で立ち尽くしていた。
建物の中を覗き、首を傾げる。
今日も元気に依頼を受けようと意気込んで来たのだけれど、なんだか受付のお姉さんたちの様子がおかしい。
何かのイベントでもあるのか、朝にしてはとても慌ただしい雰囲気だ。
忙しいなら出直した方がいいのかも……そう不安になりながら佇んでいると、ちょうど入口前を通りかかったシャルムさんと目が合った。
「んっ? あぁ、君たちか。おはよう、来てくれてよかった」
……来てくれて?
挨拶を返しながら、どういうことですか? と視線で問いかける。
すると彼女は、ちらりと受付を一瞥してから言った。
「話したいことがあるんだよ。昨日のウィザートレント討伐の件だ」
僕は〝あぁ〟と思わず声を漏らす。
そういえば、昨日シャルムさんの判断で報酬は保留になっていたんだ。貴重な収入源だというのに、忘れかけていた。
まあ、昨日は色々あったから仕方ないけど。
周りが騒がしいことはいったん置いといて、前のめりに聞く。
「そ、それで、報酬は……?」
「まあ、そんなに慌てるな。こんな場所ではなんだし、奥で話そう」
そう言ってシャルムさんは、僕たちを受付カウンターの前に案内してくれた。
入りづらかったけど、彼女の赤髪の背中に隠れるように、ちょこちょこついて行く。
いつもの場所で対面すると、彼女は報酬の入った小袋をカウンターの上に置いた。
「ウィザートレント計二十匹の討伐で、報酬は一万五千ゴルドだ」
「は、はい。ありがとうござい……?」
さっそくそれに手を伸ばしたが、掴む寸前で僕は固まる。
一万五千ゴルド? 聞き違いかな? 彼女が口にした金額に引っ掛かりを覚えて、僕は眉を寄せた。
「ちょっと、高すぎませんかね?」
伸ばした手を弄びながら、上目遣いに問いかけた。
「……? 嫌なのか?」
「い、いえ、そういうわけではなくて」
ぶんぶんと激しく首を振って否定する。
報酬が高いことは問題ない。むしろ喜ばしいことだ。
本来なら他の仕事と掛け持ちでやりくりしてもおかしくない新人冒険者なのだから、収入が増えるに越したことはない。
だけど、この金額はちょっとどころではないレベルで高い。
むむむと眉間にしわを寄せていると、そんな僕に代わってクロリアが口を開いた。
「この前見た他のパーティーは、私たちと同じようにウィザートレントの討伐をして、確か……計二十五匹で一万ゴルドくらいだったと思いますが、どうして私たちだけ……」
僕らの疑問に対して動じるでもなく、シャルムさんは平然とした態度で返す。
「私は別に君たちを優遇しているわけではない。単に、正当な評価としてこれだけの報酬額をつけたんだ」
「正当な……評価?」
その答えにますます首が傾く。
クロリアの言ったパーティーを参考にすると、普通なら僕たちの報酬は一万以下……だいたい八千ゴルドくらいのはずだ。それが倍近くまで膨れ上がるとは、いったいどんな評価を受けたんだろう?
「昨日、君たちからウィザートレントの魔石を受け取ったとき、私は違和感を覚えて報酬を保留にした」
「は、はい」
「そしてその後調べてみたところ、私の見立て通り、あの魔石は普通のものとは違う代物だったのだ。いや、魔石というよりは、その宿主……ウィザートレントの方がな」
「……?」
僕は変な魔石が少し交ざっていたのかと考えていたけど、まさか魔石ではなくその宿主が、シャルムさんの違和感の原因だったとは。
では、僕たちが倒したウィザートレントは何が違ったのだろう?
いまだに疑問が晴れずにいる僕とクロリアに、シャルムさんは逆に質問を投げかけてきた。
「昨日、奴らと戦っているときに、何か気付かなかったか?」
「えっ……? えっと……」
「たとえば、少しだけ強く感じたとか……」
「あっ!」
彼女の言うとおり、昨日は敵が少しだけ強く感じた。
初心者用モンスターと呼ばれている割には厄介で、意外と手こずってしまったのだ。
僕はそのときのことを思い返しながら語る。
「確かにそんな感じはしました。情報ではレベル10のはずなのに、体感としてはもうちょっと上の……レベル13、4くらいだと」
「あぁ。まさに敵が強くなっていたんだよ。通常ならビギナーズライン(レベル10)で止まっているはずのウィザートレントが、その境界線を越えてレベルが上昇していた。原因は不明だが、このような事態は今回が初めてではなく、最近は度々発生している。そのせいで魔石の換金レートや討伐報酬の変動が激しくてな……。だから昨日、報酬を保留させてもらったのだよ。こうした事態を受けて、現在ギルドは大忙しだ。今日は特にね」
シャルムさんはギルド内を見渡しながら言う。
昨日もなんだか混雑していたし、今日も朝から騒がしいのはそれが原因だったのか。
この辺りで討伐依頼を完了した人たちの報酬に変動があるせいで、現在ギルドの受付はごたごたしているというわけだ。
そういえば最近、この近辺のみならず、野生モンスター全体に異変が起きているという噂が立っている。
昨日のウィザートレントの件もそれに該当するなら、噂は本当だったのかな?
でもいったい、なんでそんな事態に?
無意識のうちに深い思案にふけっていると、不意にとんとんと背中をつつかれた。
振り向くと、クロリアが〝受け取らないんですか?〟と、目の前の報酬を指差して聞いてくる。
僕はすっかり忘れかけていたそれに手を伸ばし、シャルムさんに会釈して受け取った。
受付カウンターの奥に目を向けると、酒場よりも一層慌ただしくギルドの職員さんたちが走り回っていて、見るからに忙しそうだった。
シャルムさんも同様に、僕の視線を追ってちらりと振り返ると、肩をすくめて言う。
「とまあ、色々と大変な事態になっている。対応が安定するまで、最低でもあと一週間はこれが続くだろう。……そこで、君たちにお願いがあるんだが」
『……?』
突然改まった様子でそう言われて、僕とクロリアはきょとんと首を傾げる。
「いや、お願いと言うと私的な頼みのようになるか。そうではなくて、君たちにギルドから直々に依頼があるんだよ」
「ギ、ギルドからの依頼、ですか?」
「あぁ」
シャルムさんはしっかり頷きながら、カウンターの裏から革袋を取り出した。
報酬用として用意されたものよりも、大きくて頑丈そうな袋だ。
カウンターの上に置かれたそれは、ごとごと、じゃらじゃら、という乾いた音を立てる。
「ここらで取れた魔石を、ある場所に持って行ってもらいたい」
赤髪のクールな受付さんは、少し真剣さを増して言う。
「魔石……ですか?」
「あぁ」
僕は、卓上の袋とシャルムさんを交互に見て眉を寄せる。
彼女は袋の口を緩めて、中を見せてくれた。
袋にはざっと大小様々な魔石が三十個以上詰まっていて、種類も豊富なようだ。
見覚えのあるものもいくつかあるので、この辺りで取れる魔石が集まっているのだろう。
これをどこかに運ぶ、ってことでいいんだよね?
ギルドから直々に指名してくれるのは嬉しいけど、新人冒険者の僕たちに指名依頼が来るなんて、どういうことだろう?
それに、なぜ魔石を運ぶ必要があるのか?
二つ返事で了承したい気持ちを抑えつつ、遠回しに理由を探ってみた。
「荷運びの依頼なら、専門の人に頼んだ方が……」
たとえば、僕とライムがこの街に来るときにお世話になった魔車とか。
その方が断然速いし、たぶん報酬金も安く済む。
冒険者に払う依頼料は専門の人に頼むよりも高くつく場合が多いから。
そんな僕の心中を察して……いや、元々そういう反応を予想していたのか、シャルムさんは明らかに用意していた回答を口にした。
「魔石は高価な換金アイテムでもある。悪人に嗅ぎつけられて運び屋を狙われでもしたら、魔石が奴らの酒代と化してしまう。それに、中には荷物を掠め取るあくどい運び屋もいる。こういう内々の依頼は、ギルドで顔を合わせている冒険者が一番いいのだよ」
妙に早口で言われてしまった。
しかしそれならば……と、僕は率直に思ったことを口にする。
「なら、僕たちよりも強い冒険者に頼むべきじゃ……」
「依頼を受けるのが嫌なのか?」
「そ、そういうわけではなくて……ただ、不思議だったので」
焦って手をぶんぶんと振る僕を見て、シャルムさんはふっと表情を綻ばせた。
「いや、すまない。少し意地悪だったな。新人冒険者の君たちが、突然指名を受けて依頼されたなら混乱するのも無理はない」
「い、いえ……」
「今回君たちがこの依頼に選ばれたのは、別に成績がいいからとか実力があるからというわけではないよ。この件が私に回ってきたから、独断で君たちを選んだのだ。そう気を張る必要はない」
……独断? それはつまり、シャルムさんがこの依頼を僕たちに任せたいと思ってくれたということなのかな。
「魔石を運んでもらう先は、ある街にいる魔石鑑定士の所だ。名前はペルシャ・アイボリー。このあたりでは唯一の魔石鑑定士で、魔石鑑定の依頼はほとんど彼女のところに送られている。そこで、グロッソの街周辺で取れたこの魔石たちを鑑定してきてもらいたい。頼めるかな?」
まるで子供にお使いを頼むかのような調子で依頼されてしまった。
依然として、シャルムさんが僕たちを選んだわけは分からないけど、依頼の内容は理解した。
魔石鑑定士とは、従魔の力を使って魔石を鑑定し、その効果や価値、どんなモンスターが宿していたのかなどを詳しく調べてくれる人だ。
従魔の力と同様、魔石は僕らの生活に必要不可欠な存在だから、このような魔石鑑定を専門にする人が少しずつ増えてきているという。
世の中にはモンスターそのものを鑑定するスキルもあるみたいだが、だいたいの野生モンスターのレベルは、魔石鑑定によって割り出されている。ウィザートレントも同様だ。
今回の『野生モンスターのレベル変動事件』の調査に魔石鑑定士の力が必要なのは、僕でも分かる。
シャルムさんは真剣さを増した表情で続けた。
「野生モンスターのレベルが変動してしまったせいで、色々な混乱が生じている。そこで、魔石鑑定士のペルシャ氏に魔石を精密鑑定していただき、グロッソ周辺のモンスターの正確なレベル、スキル、魔石レートを詳しく知るというのが、今回の目的だ」
改めてそう言われて、僕は冷や汗を流す。
思った以上に大事になっているようだ。
この依頼も、シャルムさんが言うような気軽なものだとは思えない。
「う~ん……」
眉間にしわを寄せて唸ってしまった僕を見て、シャルムさんは一瞬だけきょとんとする。
「まだ頼まれた理由に納得できない様子だね」
「は、はい。どうして僕たちなんだろうって……」
シャルムさんは顎に手を当ててふむと頷く。そして、なぜか髪色と同じ赤に頬を染めて、今まで見たことのない妖艶な笑みを浮かべて言った。
「私が君のことを、深い意味で信頼しているからだ」
「えっ……」
……えっ……えっ……えぇぇぇ!?
という絶叫は、一瞬で元に戻ったシャルムさんの真顔に遮られてしまった。
「ま、冗談は置いておくとして……他にも頼める冒険者はいないでもないのだが、生憎その者たちはこの街の周辺で強くなったモンスターたちを討伐するので忙しくてな、手の空いていそうな君たちに頼んだのだよ」
ふっと悪戯な微笑を浮かべてそう言われてしまった。
僕は呆けたように口を開けて、数秒固まる。
なるほど。結局、この魔石運びの依頼は、手の空いている冒険者なら誰でもよかったということだ。
シャルムさんにこの一件が回されたのなら、いつも彼女に受付をしてもらっている僕たちにこの話が来たことも自然な流れかもしれない。
大人の女性にからかわれた僕は、小さくため息を吐きながらうなだれる。
その様子を後ろで見ていたクロリアが、僕の顔を覗き込んで声を掛けた。
「……ルゥ君?」
「…………ううん。なんでもない」
僕はすぐさま立ち直り、一つ咳払いを挟んで言う。
「ま、まあ、そういうことでしたら、受けないわけにはいかないですけど……」
「……まだ何か不満が?」
「い、いえ、不満というか、不安というか……」
シャルムさんの言うように、腕の立つ冒険者はここら辺で強くなったモンスターを狩らなければならない。ならば僕たちが適任というのは分かるけど、なかなか踏ん切りがつかない。
腕組みをしながらうぅ~んと唸っていると、シャルムさんが思い出したように口を開いた。
「あぁ、ちなみに、魔石鑑定士がいる街は……テイマーズストリートだ」
それを聞いた途端、僕の唸り声がピタリと止まる。
シャルムさん、僕、クロリアの間にわずかな静寂が訪れた。
僕は口を閉ざし、石のように固まった。
それを不思議に思ったのか、女性二人が怪訝そうに僕の顔を覗き込もうとする。しかしそれよりも早く、僕は大声で叫んだ。
「テ、テ、テ、テイマーズストリートですか!?」
「あ、あぁ……」
僕の叫びにシャルムさんは若干引き、後ろのクロリアは驚いて小さく後退った。
先ほどまでの葛藤をすっかり忘れて、僕は捲し立てる。
「う、受けます! 受けさせてください! 魔石運びの依頼!」
「えっ……あ、あぁ。よろしく頼む」
僕の態度が突然変わったことに、シャルムさんは目を丸くする。
「あのぉ、ルゥ君。テイマーズストリートになんの用があるんですか?」
クロリアが遠慮がちに僕に聞いてきた。
驚く僕とは正反対に、彼女はどこか冷めた表情をしている。
「えっ!? いや、なんの用って、そりゃ……!」
僕は彼女に、テイマーズストリートに行きたがっている理由を熱弁した。
テイマーズストリート。
世界最大の都市とまで言われている、一流テイマーたちが集うテイマーのための街。
テイマーのための商店街、テイマーのための学校、テイマーのための闘技場などが集まり、年中お祭り騒ぎの都市だ。
冒険者ギルドの本部も設置されているので、冒険者が集う街と言い換えることもできる。
そして僕が愛読している冒険譚でも中心になっている街で、英雄たちの逸話も数多く語られている。
だからこそ、僕は人生で一度はその街に行ってみたいと思っていた。自分の相棒を連れて、その街をテイマーとして歩いてみたいと。
そんな思いを長々と語っていると……
「そ、そうですか……」
クロリアに苦笑いされてしまった。
見ると、彼女の腕の中にいるミュウはすぴーすぴーと寝息を立てはじめ、対して僕の頭上にいるライムは目を輝かせて話に耳を傾けていた。
男の子と女の子では感じ方が違うのだろうか。
そんな僕たちのことを静かに見守っていたシャルムさんが、咳払いで僕らの注意を引いた。
「ごほん……では、行ってくれるのだな?」
「は、はい! 行かせてください! いいよねクロリア?」
「えっ……は、はい。構いませんけど」
パーティーメンバーの了承も得た。
これで念願のテイマーズストリートに行ける。
興奮を隠しきれずにソワソワしていると、シャルムさんがカウンターの上の袋を差し出してきた。
「で、これが運んでほしい魔石だ。大きな魔石も入っているから、結構重いぞ。鑑定結果はこのギルドで私に直接報告してくれ。依頼の報酬は、魔石の返還を確認したら渡そうと思う。それでいいかな?」
「はい!」
僕は大きく返事をして、多種の魔石が入った袋を受け取る。
正直、結構重たい。でもテイマーズストリートに行けるなら、どうってことはない。
僕は肩に掛けたカバンに袋をしまうと、すかさずクロリアの手を取った。
「えっ? ちょ、ルゥ君……」
戸惑うクロリアをよそに、僕は元気よくシャルムさんに言う。
「それでは、行ってきます!」
「あぁ、頼んだぞ」
彼女のその声に背中を押されて、僕はクロリアの手を引いてギルドを飛び出した。
わわっ、と驚いた声を上げる少女とともに、目的地に向かって走り出す。
早く行きたくて仕方がない。
グロッソの街の東にある、テイマーズストリートへ!
こうして僕たちは、野生モンスターのレベル変動事件の対処のため、テイマーズストリートを目指すことになった。
2
広くて見晴らしのいい草原を、一本の街道が貫いている。
まるでフリーハンドで描かれた線のように所々で蛇行しながら、地平線の先に消えていく。
その道の上で僕たちは、進路の先に立ちふさがる野生モンスターと対峙していた。
前衛にライム、中衛に僕、後衛にクロリアとミュウという布陣で、敵を睨みつける。
「ライム、【限界突破】!」
「キュルキュル!」
僕の声に反応して、ライムは水色の体を真っ赤に染める。
そして前方の敵に向かって駆け出した。
「ブルル!」
素早い動きが特徴の小さな猪は、スモールボア。この辺りではよく出没するモンスターで、人を見かけると潰れた鼻を突き出して突進してくる。
その例に漏れず、眼前の小猪は、短い足を動かして疾走してきた。
ライムとスモールボアが急接近する。見たところ、速さはライムが勝る。
瞬間、後方から少女の声が響いた。
「ミュウ、ライムちゃんに【ブレイブハート】です!」
「ミュミュウ!」
次いで可愛らしいモンスターの鳴き声が聞こえると、ライムの体が薄赤い光に包まれた。
「キュル!」
その現象に後押しされるように、ライムは俊敏なステップで小猪の突進を躱す。
そしてがら空きになった奴の脇腹に、すかさず真っ赤な体で激突した。
「キュルル!」
「ブルッ!」
ドスッと鈍い音とともに、スモールボアの小さな体は吹き飛んで、草むらを何度かバウンドした後、鮮やかな光の粒となって消えた。
【限界突破】と【ブレイブハート】の合わせ技による、超威力の体当たり。
最近また強くなったライムだけど、さらにそこにスキルの威力と支援魔法が重なっては、スモールボアもひとたまりもなかったらしい。
スモールボアの消滅を見届けた僕は、赤いライムを数回撫で、後ろのパーティーメンバーと手を打ち合わせる。
「お疲れ」
「はい、お疲れ様です」
彼女の声に相槌を打つように、胸に抱えられたミュウも鳴き声を上げた。
グロッソの街を出発してから二日。
途中にあった小さな村で休憩を挟みつつ、僕たちは目的地であるテイマーズストリートを目指して歩いていた。
空は快晴。時折吹き抜けるそよ風は気持ちよく、見晴らしのいい草原の景色は僕たちの目を飽きさせない。
しかし、かれこれ二時間も歩き続けている。
背中のカバンに詰めた魔石は重いし、モンスターもたくさん襲い掛かって来るので、正直しんどい思いをしていた。
でもまあ、一つ前の村で聞いた話だと、次の村からテイマーズストリート行きの魔車が出ているそうなので、それまでの辛抱だ。
心中で自分を奮い立たせながら、僕はスモールボアが落とした魔石を拾い上げる。
普段なら、魔石は討伐依頼の証明としてギルドに差し出してしまうが、今回の目的はテイマーズストリートに行くこと。
道中で手に入った魔石は僕たちの自由にしていい。
換金するか普通に使うか。どちらも魅力的な選択肢ではあるが、一応ここまでで入手してきた魔石は、次の村で換金するために、別の袋にしまってある。
僕は拾ったスモールボアの魔石を、そのまま相棒のライムに差し出してみた。
何気なく、ちょっとお試しするような感じで。
しかしライムは特に興味を示さず、ぷいっと顔を背けてしまう。
やっぱりダメか……と、僕は小さなため息を漏らした。
翌朝、頭にライムを乗せた僕は、ミュウを抱えたクロリアとともにギルドの前で立ち尽くしていた。
建物の中を覗き、首を傾げる。
今日も元気に依頼を受けようと意気込んで来たのだけれど、なんだか受付のお姉さんたちの様子がおかしい。
何かのイベントでもあるのか、朝にしてはとても慌ただしい雰囲気だ。
忙しいなら出直した方がいいのかも……そう不安になりながら佇んでいると、ちょうど入口前を通りかかったシャルムさんと目が合った。
「んっ? あぁ、君たちか。おはよう、来てくれてよかった」
……来てくれて?
挨拶を返しながら、どういうことですか? と視線で問いかける。
すると彼女は、ちらりと受付を一瞥してから言った。
「話したいことがあるんだよ。昨日のウィザートレント討伐の件だ」
僕は〝あぁ〟と思わず声を漏らす。
そういえば、昨日シャルムさんの判断で報酬は保留になっていたんだ。貴重な収入源だというのに、忘れかけていた。
まあ、昨日は色々あったから仕方ないけど。
周りが騒がしいことはいったん置いといて、前のめりに聞く。
「そ、それで、報酬は……?」
「まあ、そんなに慌てるな。こんな場所ではなんだし、奥で話そう」
そう言ってシャルムさんは、僕たちを受付カウンターの前に案内してくれた。
入りづらかったけど、彼女の赤髪の背中に隠れるように、ちょこちょこついて行く。
いつもの場所で対面すると、彼女は報酬の入った小袋をカウンターの上に置いた。
「ウィザートレント計二十匹の討伐で、報酬は一万五千ゴルドだ」
「は、はい。ありがとうござい……?」
さっそくそれに手を伸ばしたが、掴む寸前で僕は固まる。
一万五千ゴルド? 聞き違いかな? 彼女が口にした金額に引っ掛かりを覚えて、僕は眉を寄せた。
「ちょっと、高すぎませんかね?」
伸ばした手を弄びながら、上目遣いに問いかけた。
「……? 嫌なのか?」
「い、いえ、そういうわけではなくて」
ぶんぶんと激しく首を振って否定する。
報酬が高いことは問題ない。むしろ喜ばしいことだ。
本来なら他の仕事と掛け持ちでやりくりしてもおかしくない新人冒険者なのだから、収入が増えるに越したことはない。
だけど、この金額はちょっとどころではないレベルで高い。
むむむと眉間にしわを寄せていると、そんな僕に代わってクロリアが口を開いた。
「この前見た他のパーティーは、私たちと同じようにウィザートレントの討伐をして、確か……計二十五匹で一万ゴルドくらいだったと思いますが、どうして私たちだけ……」
僕らの疑問に対して動じるでもなく、シャルムさんは平然とした態度で返す。
「私は別に君たちを優遇しているわけではない。単に、正当な評価としてこれだけの報酬額をつけたんだ」
「正当な……評価?」
その答えにますます首が傾く。
クロリアの言ったパーティーを参考にすると、普通なら僕たちの報酬は一万以下……だいたい八千ゴルドくらいのはずだ。それが倍近くまで膨れ上がるとは、いったいどんな評価を受けたんだろう?
「昨日、君たちからウィザートレントの魔石を受け取ったとき、私は違和感を覚えて報酬を保留にした」
「は、はい」
「そしてその後調べてみたところ、私の見立て通り、あの魔石は普通のものとは違う代物だったのだ。いや、魔石というよりは、その宿主……ウィザートレントの方がな」
「……?」
僕は変な魔石が少し交ざっていたのかと考えていたけど、まさか魔石ではなくその宿主が、シャルムさんの違和感の原因だったとは。
では、僕たちが倒したウィザートレントは何が違ったのだろう?
いまだに疑問が晴れずにいる僕とクロリアに、シャルムさんは逆に質問を投げかけてきた。
「昨日、奴らと戦っているときに、何か気付かなかったか?」
「えっ……? えっと……」
「たとえば、少しだけ強く感じたとか……」
「あっ!」
彼女の言うとおり、昨日は敵が少しだけ強く感じた。
初心者用モンスターと呼ばれている割には厄介で、意外と手こずってしまったのだ。
僕はそのときのことを思い返しながら語る。
「確かにそんな感じはしました。情報ではレベル10のはずなのに、体感としてはもうちょっと上の……レベル13、4くらいだと」
「あぁ。まさに敵が強くなっていたんだよ。通常ならビギナーズライン(レベル10)で止まっているはずのウィザートレントが、その境界線を越えてレベルが上昇していた。原因は不明だが、このような事態は今回が初めてではなく、最近は度々発生している。そのせいで魔石の換金レートや討伐報酬の変動が激しくてな……。だから昨日、報酬を保留させてもらったのだよ。こうした事態を受けて、現在ギルドは大忙しだ。今日は特にね」
シャルムさんはギルド内を見渡しながら言う。
昨日もなんだか混雑していたし、今日も朝から騒がしいのはそれが原因だったのか。
この辺りで討伐依頼を完了した人たちの報酬に変動があるせいで、現在ギルドの受付はごたごたしているというわけだ。
そういえば最近、この近辺のみならず、野生モンスター全体に異変が起きているという噂が立っている。
昨日のウィザートレントの件もそれに該当するなら、噂は本当だったのかな?
でもいったい、なんでそんな事態に?
無意識のうちに深い思案にふけっていると、不意にとんとんと背中をつつかれた。
振り向くと、クロリアが〝受け取らないんですか?〟と、目の前の報酬を指差して聞いてくる。
僕はすっかり忘れかけていたそれに手を伸ばし、シャルムさんに会釈して受け取った。
受付カウンターの奥に目を向けると、酒場よりも一層慌ただしくギルドの職員さんたちが走り回っていて、見るからに忙しそうだった。
シャルムさんも同様に、僕の視線を追ってちらりと振り返ると、肩をすくめて言う。
「とまあ、色々と大変な事態になっている。対応が安定するまで、最低でもあと一週間はこれが続くだろう。……そこで、君たちにお願いがあるんだが」
『……?』
突然改まった様子でそう言われて、僕とクロリアはきょとんと首を傾げる。
「いや、お願いと言うと私的な頼みのようになるか。そうではなくて、君たちにギルドから直々に依頼があるんだよ」
「ギ、ギルドからの依頼、ですか?」
「あぁ」
シャルムさんはしっかり頷きながら、カウンターの裏から革袋を取り出した。
報酬用として用意されたものよりも、大きくて頑丈そうな袋だ。
カウンターの上に置かれたそれは、ごとごと、じゃらじゃら、という乾いた音を立てる。
「ここらで取れた魔石を、ある場所に持って行ってもらいたい」
赤髪のクールな受付さんは、少し真剣さを増して言う。
「魔石……ですか?」
「あぁ」
僕は、卓上の袋とシャルムさんを交互に見て眉を寄せる。
彼女は袋の口を緩めて、中を見せてくれた。
袋にはざっと大小様々な魔石が三十個以上詰まっていて、種類も豊富なようだ。
見覚えのあるものもいくつかあるので、この辺りで取れる魔石が集まっているのだろう。
これをどこかに運ぶ、ってことでいいんだよね?
ギルドから直々に指名してくれるのは嬉しいけど、新人冒険者の僕たちに指名依頼が来るなんて、どういうことだろう?
それに、なぜ魔石を運ぶ必要があるのか?
二つ返事で了承したい気持ちを抑えつつ、遠回しに理由を探ってみた。
「荷運びの依頼なら、専門の人に頼んだ方が……」
たとえば、僕とライムがこの街に来るときにお世話になった魔車とか。
その方が断然速いし、たぶん報酬金も安く済む。
冒険者に払う依頼料は専門の人に頼むよりも高くつく場合が多いから。
そんな僕の心中を察して……いや、元々そういう反応を予想していたのか、シャルムさんは明らかに用意していた回答を口にした。
「魔石は高価な換金アイテムでもある。悪人に嗅ぎつけられて運び屋を狙われでもしたら、魔石が奴らの酒代と化してしまう。それに、中には荷物を掠め取るあくどい運び屋もいる。こういう内々の依頼は、ギルドで顔を合わせている冒険者が一番いいのだよ」
妙に早口で言われてしまった。
しかしそれならば……と、僕は率直に思ったことを口にする。
「なら、僕たちよりも強い冒険者に頼むべきじゃ……」
「依頼を受けるのが嫌なのか?」
「そ、そういうわけではなくて……ただ、不思議だったので」
焦って手をぶんぶんと振る僕を見て、シャルムさんはふっと表情を綻ばせた。
「いや、すまない。少し意地悪だったな。新人冒険者の君たちが、突然指名を受けて依頼されたなら混乱するのも無理はない」
「い、いえ……」
「今回君たちがこの依頼に選ばれたのは、別に成績がいいからとか実力があるからというわけではないよ。この件が私に回ってきたから、独断で君たちを選んだのだ。そう気を張る必要はない」
……独断? それはつまり、シャルムさんがこの依頼を僕たちに任せたいと思ってくれたということなのかな。
「魔石を運んでもらう先は、ある街にいる魔石鑑定士の所だ。名前はペルシャ・アイボリー。このあたりでは唯一の魔石鑑定士で、魔石鑑定の依頼はほとんど彼女のところに送られている。そこで、グロッソの街周辺で取れたこの魔石たちを鑑定してきてもらいたい。頼めるかな?」
まるで子供にお使いを頼むかのような調子で依頼されてしまった。
依然として、シャルムさんが僕たちを選んだわけは分からないけど、依頼の内容は理解した。
魔石鑑定士とは、従魔の力を使って魔石を鑑定し、その効果や価値、どんなモンスターが宿していたのかなどを詳しく調べてくれる人だ。
従魔の力と同様、魔石は僕らの生活に必要不可欠な存在だから、このような魔石鑑定を専門にする人が少しずつ増えてきているという。
世の中にはモンスターそのものを鑑定するスキルもあるみたいだが、だいたいの野生モンスターのレベルは、魔石鑑定によって割り出されている。ウィザートレントも同様だ。
今回の『野生モンスターのレベル変動事件』の調査に魔石鑑定士の力が必要なのは、僕でも分かる。
シャルムさんは真剣さを増した表情で続けた。
「野生モンスターのレベルが変動してしまったせいで、色々な混乱が生じている。そこで、魔石鑑定士のペルシャ氏に魔石を精密鑑定していただき、グロッソ周辺のモンスターの正確なレベル、スキル、魔石レートを詳しく知るというのが、今回の目的だ」
改めてそう言われて、僕は冷や汗を流す。
思った以上に大事になっているようだ。
この依頼も、シャルムさんが言うような気軽なものだとは思えない。
「う~ん……」
眉間にしわを寄せて唸ってしまった僕を見て、シャルムさんは一瞬だけきょとんとする。
「まだ頼まれた理由に納得できない様子だね」
「は、はい。どうして僕たちなんだろうって……」
シャルムさんは顎に手を当ててふむと頷く。そして、なぜか髪色と同じ赤に頬を染めて、今まで見たことのない妖艶な笑みを浮かべて言った。
「私が君のことを、深い意味で信頼しているからだ」
「えっ……」
……えっ……えっ……えぇぇぇ!?
という絶叫は、一瞬で元に戻ったシャルムさんの真顔に遮られてしまった。
「ま、冗談は置いておくとして……他にも頼める冒険者はいないでもないのだが、生憎その者たちはこの街の周辺で強くなったモンスターたちを討伐するので忙しくてな、手の空いていそうな君たちに頼んだのだよ」
ふっと悪戯な微笑を浮かべてそう言われてしまった。
僕は呆けたように口を開けて、数秒固まる。
なるほど。結局、この魔石運びの依頼は、手の空いている冒険者なら誰でもよかったということだ。
シャルムさんにこの一件が回されたのなら、いつも彼女に受付をしてもらっている僕たちにこの話が来たことも自然な流れかもしれない。
大人の女性にからかわれた僕は、小さくため息を吐きながらうなだれる。
その様子を後ろで見ていたクロリアが、僕の顔を覗き込んで声を掛けた。
「……ルゥ君?」
「…………ううん。なんでもない」
僕はすぐさま立ち直り、一つ咳払いを挟んで言う。
「ま、まあ、そういうことでしたら、受けないわけにはいかないですけど……」
「……まだ何か不満が?」
「い、いえ、不満というか、不安というか……」
シャルムさんの言うように、腕の立つ冒険者はここら辺で強くなったモンスターを狩らなければならない。ならば僕たちが適任というのは分かるけど、なかなか踏ん切りがつかない。
腕組みをしながらうぅ~んと唸っていると、シャルムさんが思い出したように口を開いた。
「あぁ、ちなみに、魔石鑑定士がいる街は……テイマーズストリートだ」
それを聞いた途端、僕の唸り声がピタリと止まる。
シャルムさん、僕、クロリアの間にわずかな静寂が訪れた。
僕は口を閉ざし、石のように固まった。
それを不思議に思ったのか、女性二人が怪訝そうに僕の顔を覗き込もうとする。しかしそれよりも早く、僕は大声で叫んだ。
「テ、テ、テ、テイマーズストリートですか!?」
「あ、あぁ……」
僕の叫びにシャルムさんは若干引き、後ろのクロリアは驚いて小さく後退った。
先ほどまでの葛藤をすっかり忘れて、僕は捲し立てる。
「う、受けます! 受けさせてください! 魔石運びの依頼!」
「えっ……あ、あぁ。よろしく頼む」
僕の態度が突然変わったことに、シャルムさんは目を丸くする。
「あのぉ、ルゥ君。テイマーズストリートになんの用があるんですか?」
クロリアが遠慮がちに僕に聞いてきた。
驚く僕とは正反対に、彼女はどこか冷めた表情をしている。
「えっ!? いや、なんの用って、そりゃ……!」
僕は彼女に、テイマーズストリートに行きたがっている理由を熱弁した。
テイマーズストリート。
世界最大の都市とまで言われている、一流テイマーたちが集うテイマーのための街。
テイマーのための商店街、テイマーのための学校、テイマーのための闘技場などが集まり、年中お祭り騒ぎの都市だ。
冒険者ギルドの本部も設置されているので、冒険者が集う街と言い換えることもできる。
そして僕が愛読している冒険譚でも中心になっている街で、英雄たちの逸話も数多く語られている。
だからこそ、僕は人生で一度はその街に行ってみたいと思っていた。自分の相棒を連れて、その街をテイマーとして歩いてみたいと。
そんな思いを長々と語っていると……
「そ、そうですか……」
クロリアに苦笑いされてしまった。
見ると、彼女の腕の中にいるミュウはすぴーすぴーと寝息を立てはじめ、対して僕の頭上にいるライムは目を輝かせて話に耳を傾けていた。
男の子と女の子では感じ方が違うのだろうか。
そんな僕たちのことを静かに見守っていたシャルムさんが、咳払いで僕らの注意を引いた。
「ごほん……では、行ってくれるのだな?」
「は、はい! 行かせてください! いいよねクロリア?」
「えっ……は、はい。構いませんけど」
パーティーメンバーの了承も得た。
これで念願のテイマーズストリートに行ける。
興奮を隠しきれずにソワソワしていると、シャルムさんがカウンターの上の袋を差し出してきた。
「で、これが運んでほしい魔石だ。大きな魔石も入っているから、結構重いぞ。鑑定結果はこのギルドで私に直接報告してくれ。依頼の報酬は、魔石の返還を確認したら渡そうと思う。それでいいかな?」
「はい!」
僕は大きく返事をして、多種の魔石が入った袋を受け取る。
正直、結構重たい。でもテイマーズストリートに行けるなら、どうってことはない。
僕は肩に掛けたカバンに袋をしまうと、すかさずクロリアの手を取った。
「えっ? ちょ、ルゥ君……」
戸惑うクロリアをよそに、僕は元気よくシャルムさんに言う。
「それでは、行ってきます!」
「あぁ、頼んだぞ」
彼女のその声に背中を押されて、僕はクロリアの手を引いてギルドを飛び出した。
わわっ、と驚いた声を上げる少女とともに、目的地に向かって走り出す。
早く行きたくて仕方がない。
グロッソの街の東にある、テイマーズストリートへ!
こうして僕たちは、野生モンスターのレベル変動事件の対処のため、テイマーズストリートを目指すことになった。
2
広くて見晴らしのいい草原を、一本の街道が貫いている。
まるでフリーハンドで描かれた線のように所々で蛇行しながら、地平線の先に消えていく。
その道の上で僕たちは、進路の先に立ちふさがる野生モンスターと対峙していた。
前衛にライム、中衛に僕、後衛にクロリアとミュウという布陣で、敵を睨みつける。
「ライム、【限界突破】!」
「キュルキュル!」
僕の声に反応して、ライムは水色の体を真っ赤に染める。
そして前方の敵に向かって駆け出した。
「ブルル!」
素早い動きが特徴の小さな猪は、スモールボア。この辺りではよく出没するモンスターで、人を見かけると潰れた鼻を突き出して突進してくる。
その例に漏れず、眼前の小猪は、短い足を動かして疾走してきた。
ライムとスモールボアが急接近する。見たところ、速さはライムが勝る。
瞬間、後方から少女の声が響いた。
「ミュウ、ライムちゃんに【ブレイブハート】です!」
「ミュミュウ!」
次いで可愛らしいモンスターの鳴き声が聞こえると、ライムの体が薄赤い光に包まれた。
「キュル!」
その現象に後押しされるように、ライムは俊敏なステップで小猪の突進を躱す。
そしてがら空きになった奴の脇腹に、すかさず真っ赤な体で激突した。
「キュルル!」
「ブルッ!」
ドスッと鈍い音とともに、スモールボアの小さな体は吹き飛んで、草むらを何度かバウンドした後、鮮やかな光の粒となって消えた。
【限界突破】と【ブレイブハート】の合わせ技による、超威力の体当たり。
最近また強くなったライムだけど、さらにそこにスキルの威力と支援魔法が重なっては、スモールボアもひとたまりもなかったらしい。
スモールボアの消滅を見届けた僕は、赤いライムを数回撫で、後ろのパーティーメンバーと手を打ち合わせる。
「お疲れ」
「はい、お疲れ様です」
彼女の声に相槌を打つように、胸に抱えられたミュウも鳴き声を上げた。
グロッソの街を出発してから二日。
途中にあった小さな村で休憩を挟みつつ、僕たちは目的地であるテイマーズストリートを目指して歩いていた。
空は快晴。時折吹き抜けるそよ風は気持ちよく、見晴らしのいい草原の景色は僕たちの目を飽きさせない。
しかし、かれこれ二時間も歩き続けている。
背中のカバンに詰めた魔石は重いし、モンスターもたくさん襲い掛かって来るので、正直しんどい思いをしていた。
でもまあ、一つ前の村で聞いた話だと、次の村からテイマーズストリート行きの魔車が出ているそうなので、それまでの辛抱だ。
心中で自分を奮い立たせながら、僕はスモールボアが落とした魔石を拾い上げる。
普段なら、魔石は討伐依頼の証明としてギルドに差し出してしまうが、今回の目的はテイマーズストリートに行くこと。
道中で手に入った魔石は僕たちの自由にしていい。
換金するか普通に使うか。どちらも魅力的な選択肢ではあるが、一応ここまでで入手してきた魔石は、次の村で換金するために、別の袋にしまってある。
僕は拾ったスモールボアの魔石を、そのまま相棒のライムに差し出してみた。
何気なく、ちょっとお試しするような感じで。
しかしライムは特に興味を示さず、ぷいっと顔を背けてしまう。
やっぱりダメか……と、僕は小さなため息を漏らした。
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