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第5章 遠征試験編

第百三話 「二つのお別れ」

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 翌朝。
 私たち試験参加者は、グロッソの街に帰るために、魔車の準備を進めていた。
 キャンプ場のテントなどを荷台に仕舞い、帰り支度を整える。
 試験に合格した者も、そうでない者も、しっかりそれを手伝って、すぐにそれは終わってしまった。
 その後すぐに出発ということになり、点呼等の最終チェックに入ったが、その頃私はまったく違う場所にいた。
 砂漠エリア《クランキーサンド》。
 冒険者試験にも使ったその場所で、再び私は砂地を踏んでいる。
 リンドとグレム、そしてロックと共に。
 
 「連れて行かなくていいのかよ」
 
 初めに口を開いたのはリンドだった。
 ロックと顔を合わせてしゃがみ込み、しばし静止している私に向けて言っている。
 私は無理に頬を緩めて、振り返りながら答えた。
 
 「連れて行っちゃ、ダメだよ」
 
 そう言うと、リンドではなく目の前のロックが「ゴロゴロ」と小さく鳴いた。
 お別れ。
 友達になる前からわかっていたことだけど、いざその時となるとやはり寂しく思う。
 私とロックはこれからお別れをするのだ。
 冒険者試験は無事に終わった。可能性の模索もある程度はできた。
 だからお別れ。初めて友達になれた野生モンスターだけど、私の都合で無闇に連れ回すわけにはいかないから。
 私はロックの方に向き直り、後ろのリンドに声を掛けた。
 
 「野生モンスターは生まれたその場所で、生きなくちゃいけないの。帰るところがあるんだから、ちゃんと帰らなくちゃダメ」
 
 リンドの顔が見えないゆえ、ロックの寂しそうな表情が目に映る。
 ロックの帰るべき場所。それはここだ。
 野生モンスターは生まれたエリアで暮らすのが当たり前。
 同時に、帰るべき場所があるのはとても大事なことなので、きちんとお別れをするのが友達として正しい。
 
 「……お前がそう決めたなら、別にいいんじゃねえか」
 
 いったいどんな顔で口にしたのだろう。
 リンドの、心なし落ちた声を聞いて、私は弱々しい返事をした。
 
 「……うん」
 
 次いでしゃがんだまま、間近のロックに声を掛ける。
 
 「ロック」
 
 「……ゴロゴロ」
 
 ロックはいまだうるうるとした瞳でこちらを見上げる。
 お別れの瞬間がわかっていて、その覚悟もできていたのに、いざその時となると寂しくなってしまったらしい。私と同じだ。
 辛い気持ちを押し殺し、私は笑みを作って口を開いた。
 
 「色々と、本当にありがとね。短い間だったけど、一緒に戦えて嬉しかったよ」
 
 「……ゴロゴロ」
 
 ロックは同意するように頷く。
 それを見た私は思わず瞳の奥を熱くさせてしまうが、涙はお別れの場には相応しくない。
 ぐっと堪えて、私は続ける。
 
 「初めは、ロックに向かって、一番になれる可能性を持ってるとか、他の野生モンスターを見返そう、なんて言っちゃったけど、あんまり戦わせてあげられなくて、ごめんね」 
 
 「ゴロゴロ」
 
 「でも、ロックは絶対に強くなってるはずだよ。私たちと会う前よりも。だって、このエリアで一番強いモンスターと、正面からぶつかり合ったんだから」
 
 「ゴロ……」
 
 砂漠の大魚と戦ったときのことを思い出しながら、私は語る。
 ロックは寂しそうな表情を崩すことはなかったが、確かな声で相槌を打ってくれた。
 私はロックの岩肌を撫でながら、一番気合の入った声で告げる。
 
 「だから、次に会うときは、ロックがここのボスになっててね!」
 
 「ゴ……ゴロゴロ」
 
 ロックは多少驚いたようだったが、最後はきちんと首を……というか体を縦に振ってくれた。
 私がしてあげられたことは数少ない。
 冒険者試験に振り回されっぱなしで、ろくにテイマーらしいことなんてできなかったのだ。
 その分、親しさもそれ相応となっている。
 けれど、それはそれでよかったのかもしれない。
 これ以上一緒にいたら、連れていきたくなっちゃうかもしれないし。
 だから私は立ち上がり、後ろを振り向く。
 そのままリンドたちと共にクランキーサンドに背中を向けると、ロックとの距離も大きく開いた。
 
 つい私は、ちらりと後ろを一瞥してしまう。
 そこにはいまだ、ごつごつとした岩のスライムが、じっとこちらを見送っていた。
 耐えきれなくなった私は、ばっと手を上げて、それを大きく振る。
 
 「バイバイ、ロック! また絶対に遊びに来るからね!」
 
 「ゴロゴロ!」
 
 一時の相棒、そして今は疑いようのない友達が、大きな返事をしてくれた。
 しばらく手を振り、やがて背中を向けると、私はもう振り返らずにクランキーサンドを立ち去った。
 一つ目の別れが、終了した。
 
 
 
△△△
 
 
 
 私たち試験参加者を乗せた魔車が、一日かけてグロッソの街まで帰ってきた。
 夕日に照らされた橙色の街並み。心安らぐ程よい喧騒。
 たった三日間だけど、まるで長旅をしてきたような疲れを感じ、一同に背中を伸ばした。
 そんな私たちに向けて、試験官のお姉さんが柔らかい声で言う。
 
 「それでは皆、三日間ご苦労であった。気を付けて帰るように」
 
 それだけの台詞だったけれど、試験を取り仕切っていたお姉さんからそう告げられ、ようやく私たちは試験終了を実感できた。
 皆、散り散りになって帰っていく。
 ギルド職員たちはまだ仕事が残っているのか、魔車の前で集まって話し合いをしていた。
 私はその姿を眺めてぽつんと待つ。
 この後のことをシャルムと話したいのだけれど、あの様子じゃしばらくは無理かな。
 なんて考えていた私は、ふと視線を泳がせた。
 
 「あれ……?」
 
 そういえば、リンドの姿がない。
 あの大きなグランドゴーレムの姿も見えないので、ここから立ち去ってしまったのだろうか。
 いったいどこに行ってしまったのだろう?
 嫌な予感がした私は、おろおろと視線を彷徨わせる。
 街の入口近くなので、続く道は多いが、すぐに一本に絞って私は駆け出した。
 ほとんど人通りがない小道。夕日に照らされた石畳を懸命に進む。
 私は勘が良いらしいのだ。
 それが人との出会いに使えるかどうかは、自分でも疑問に思うところがあったが……
 案外、シャルムの言ったとおりなのかもしれない。
 すぐに金髪少年と、大きな岩巨人の背中を見つけた。
 
 「リンド!」
 
 「……?」
 
 私の声に、リンドは不思議そうにこちらを振り向く。
 夕日に当てられ、金髪をさらに輝かせた彼を見て、私はふつふつと怒りを募らせた。
 少し息を荒げて立ち止まり、いったいなんて言ってやろうか考える。
 たぶんこの人、私に何も言わずに姿を消そうとした。
 そりゃ、私たちはただの一時的なパーティーメンバーだ。
 だから別に、無言で立ち去って、その後街で見かけても話しかけはしないような、そんな仲になっても不思議はない。
 けれど、私がそれを許さない。
 そのことを彼自身も理解しているはずなのだが、それでもどこかへ行こうとしたリンドに私は憤慨する。
 
 「え……えっと……」
 
 息が整うのを待ちながら、なんて叱ろうか言い淀む。
 やがて私は深く息を吸い込み、今の気持ちを口にした。
 しかしそれは意外なことに、私の意図とはまったく違う言葉になった。
 
 「あ、ありがとね。私なんかと、パーティー組んでくれて」
 
 どうしてこの瞬間、お礼なんかを口にしたのだろうか。
 それはよくわからないけれど、とりあえずすっきりしたので良しとする。
 対してリンドは軽く目を丸くして、私のことを見据えていた。
 怒った表情から大人しい声が出たので、それはもう不思議に映ったことだろう。
 すると彼は、突然呆れ笑いを浮かべた。
 
 「なんだよ、珍しくしおらしいじゃねえか」
 
 「えっ?」
 
 「いつものお前だったら、逆に礼を言えだのなんだの、言ってくるだろうがよ」
 
 「そ、そんなことは言わない」
 
 いくらなんでもその想像は失礼だと思う。
 私はきちんとお礼が言える子だ。
 だからきっとさっきは、素直な気持ちが表に出たのだ。
 
 「とにかく、リンドとグレムのおかげで、私は試験に合格できた。だからありがとう、だよ」
 
 「……お互い様だろうが」
 
 リンドはいつもの、つまらなそうな顔になって答える。
 その表情がどことなく、微笑んでいるようにも見えたので、つい私にも笑みがうつった。
 しばしの静寂が二人の間に流れる。
 私もリンドも、じっと顔を見つめて何も言わなかった。
 ここから別れを切り出すのは、なんとも難しい。
 強がって元気を取り繕っても、すぐに見抜かれてしまいそうだ。
 本当は今日、晩ご飯を一緒に食べた後とかで、『お互い頑張っていこう』みたいな感じで別れるつもりだったし。
 今からでも誘ってみようかな。
 そう考える私の耳に、不意にリンドの声が響いてきた。
 
 「あぁ……お前さ……」
 
 「……?」
 
 珍しくしおらしい、と言われた仕返しをしたいわけじゃないが、彼も珍しく何か言い淀んでいた。
 とても言いづらそうに視線を泳がせ、頭を掻いている。
 何を私に伝えたいのだろうか?
 いつもは思ったことをずばっと言うリンドなのに、何をそんなに口ごもるのだろう。
 不思議と緊張してその瞬間を待っていると、ようやくリンドが口を開いた。
 似合わない言い淀んだ表情で、鈍い口を動かす。
 ――その時。
 
 「ようやく帰ってきたわね、リンド!」
 
 『……?』
 
 どこからともなくリンドを呼ぶ声が聞こえた。
 まだ幼さが残る少女の声。
 疑問符を浮かべた私たちは、その子の姿を探し、やがて通りの奥にそれを見つける。
 ライトブラウンの長髪に、同色のつり目がちな瞳。
 焦げ茶色の布の上衣と、真っ赤なスカートが可愛らしさを際立たせる、幼げな少女がいた。
 彼女の隣には、どこかグレムに似た構造の、しかしまったく違う細くて美人な土人形の従魔がいる。となるとあの女の子は十五歳くらいだろうか。
 どことなく強気な態度でリンドを見ている。
 すると名前を呼ばれたリンドが、彼女を見るなり小さなため息を漏らした。
 
 「んだよ、お前か」
 
 「『お前か』って何よ! せっかく試験終了まで、この街で待っててあげたのに!」
 
 「……別に頼んでねえよ」
 
 なんとも親しげその様子に、私は小首を傾げる。
 煙が出そうなほど怒り、リンドに詰め寄る女の子は、いったいどこの誰なんだろう?
 という謎はあるものの、まず最初にリンドとの関係性について気になってしまった。
 
 「もしかして、リンドの彼女?」
 
 思わず零れた素朴な疑問。
 それに反応を示したのは、名前を呼ばれたリンドではなかった。
 茶髪ロングの女の子が、頬を真っ赤に染め、実に過剰な反応を私に見せる。
 
 「ち、違うわよ! こんな奴の彼女とか……ぜ、絶対にありえない!」
 
 「あぁ、違えよ」
 
 「っ!?」
 
 まるで重ねて補足するようにリンドが言う。
 すると女の子が、とても驚いた表情で固まってしまった。
 次いで落ち込んだ様子で手を震わせる。
 
 「あ、あれ? そんなにあっさり認めちゃうの?」
 
 それに対してリンドは……
 
 「あぁ、違えからな」
 
 「ぐっ……ぬぬっ」
 
 まったく動じないリンドを見て、少女は悔しそうに歯噛みしていた。
 私の首は曲がる一方だ。
 それに気づいたリンドが、ようやく彼女の紹介をしてくれる。
 右手の親指で少女を示し、冷めた顔で言った。
 
 「こいつは俺のストーカーだ」
 
 「ぜんっぜん違うわよ! テキトーに紹介済ませようとすんじゃないわよ!」
 
 「この街に来る途中で、野生モンスターにボコられてるところを助けたんだ。それからちょこちょこついて来るようになったんだよ」
 
 「べ、別について行ってなんてないわよ。たまたま進む道が同じだっただけで……てゆーかボコられてないし。手加減してただけだし」
 
 「……」
 
 ……なんなんだこの二人。
 そう呆れる私ではあったが……うん、まあ、とりあえず茶髪少女については理解した。
 相変わらず冷めた態度とは裏腹に、人助けをしたらしいリンド。
 その助けた少女に懐かれた、というだけのことだ。
 冒険者試験を受けるためにグロッソの街を目指し、その途中で少女を助け、彼女と一緒にやってきた。そしてリンドの試験が終わるまで待っていて、遠征から帰ってきた彼を迎えに来た。こんなところだろう。
 にしても、この女の子……
 
 「そ、そんなことよりも、試験はどうだったのよ!?」
 
 「あっ? 別に普通だよ」
 
 「普通って何よ!」
 
 「普通に合格したってことだよ。いちいちうるせえな」
 
 「う、うるさいって何よ! 人がこんなに心配してるっていうのに!」
 
 なんというか、あれだ。とんでもなくわかりやすいツンデレだ。
 呆れた顔で二人のやり取りを見つめる私は、しかし心の中で静かに安堵していた。
 リンドにもちゃんと、仲間がいたんだと。
 彼の性格からして、たくさんの人から感謝はされるだろう。
 しかし一緒に冒険してくれる仲間ができるかと言えば、そうではない。
 憧れの対象となるだけで、隣に並んで歩けるとはみんな思えないのだ。
 私はそれが、少しだけ心残りだった。
 こんなに優しい人に仲間がいないなんて、それはとても悲しいことだから。
 でも、ちょっと特殊な性格の女の子が、一緒にいてくれる。
 いや、特殊だからこそ、リンドの隣に並べるのだろう。
 ほっとする私の前で、なおも二人のやり取りは続く。
 
 「とにかく、これであんたは新人冒険者になって、同時に私の後輩にもなったわけだから、先輩である私には敬語を使いなさい! そして敬いなさい!」
 
 「敬語も使わねえし敬いもしねえよ。先輩とかなんとか、俺の周りにはこんな奴らしかいねえのか」
 
 ちらりと視線を向けられる。私のことを言っているのかな。
 いや、そんなことよりも、どうやらあの女の子も冒険者のようだ。
 それは確かに驚きだが、一方で納得できる部分もある。
 野生モンスターに囲まれているところを助けたと、先ほどリンドは語った。
 なぜろくな武装もしていない、幼さの残る少女が、たった一人で野生モンスターの出るエリアにいたのか。
 それは彼女が冒険者だから。
 そしてあの性格が災いして、リンドと同じように仲間ができなかったのだろう。
 まるで正反対に見えるけれど、どこか似た者同士だな。
 なんて思いながら二人を見ていると、不意に少女がこちらを向いた。
 
 「ところで、あんたは誰よ?」
 
 「えっ?」
 
 「リンドと一緒に試験から帰ってきてたみたいだし、同じ試験参加者? それにしては妙に幼い気が……」
 
 「……」
 
 あなたもお互い様な気がするよ。
 と返したいのは山々だったけれど、少女がずかずかと詰め寄り、食い入るように私の顔を見てきたので、思わず喉を詰まらせてしまった。
 間近まで迫った少女の童顔に、しばし硬直してしまう。
 やがて私は、彼女と同じく自己紹介をしなければと思い、テキトーに口を開いた。
 
 「私は、リンドの彼女」
 
 「えぇ!?」
 
 「いや違えだろ」
 
 少女の紹介もテキトーだったので、私もテキトーに自己紹介をしてみたけれど。
 思いのほか、彼女へのダメージは大きかったようだ。
 
 「ま、まさかリンドが、こんなに幼い子が好みだったなんて……」
 
 「おい、違えっつってんだろ」
 
 リンドの訂正も聞かず、少女は頭を抱えてしまう。
 「うぅ……」と唸りながらうずくまり、小さく丸まってしまった。
 悪いことをしたかもしれない。
 そう思った私は、唸っている少女の肩にぽんと手を置いた。
 
 「嘘だから、大丈夫だよ」
 
 「えっ!?」
 
 ばっと顔を上げる。
 その彼女の表情が、次第に明るくなっていき、思わず笑みまで漏れていた。
 しかし途中でピタッと顔を止めると、素早く立ち上がり、腕組みをしてそっぽを向いた。
 
 「べ、別に、リンドが誰と付き合おうが、私には関係ないし。嘘じゃなくても、別に大丈夫だし」
 
 「いや、お前がよくても俺が大丈夫じゃねえよ」
 
 後ろからリンドの呆れた声が聞こえてくる。
 本当に感情と表情が豊かな女の子だなぁ、なんて思っていると、不意に彼女が手を出した。
 
 「私はフロッカよ。あんたは?」
 
 「……ロメ」
 
 「そう、ロメね。よろしく」
 
 「……よ、よろしく」
 
 ……なんだこれ? と思いながら、フロッカと握手をする。
 それが済むと、彼女は私とリンドを交互に見て言った。
 
 「それで、二人はここで何してたのよ?」
 
 「えっ?」
 
 あれ? そういえば、なんだっけ?
 首を傾げながらリンドを一瞥する。
 彼が何か言いかけて、その瞬間フロッカが来たのだったと思うけど。
 そう思い出しながらリンドを見ていると、不意に彼が「はぁ……」とため息を吐いた。
 そして先刻同様、頭を掻きながら面倒くさそうに言う。
 
 「別に大したことじゃねえよ」
 
 「……?」
 
 フロッカが疑問符を浮かべるのも気にせず、リンドは私を見た。
 
 「おい、ガキ」
 
 「は、はい?」
 
 「…………じゃなくてだな、ロメ」
 
 「……?」
 
 これにはさすがに目を見張る。
 初めて名前で呼ばれた。
 思い返してみれば、ずっと『お前』だの『ガキ』だの、可愛らしくない呼び方をされていた。
 そもそも初対面のときに、リンドの名前を聞きはしたが、自分の名前を教えてはいなかったではないか。
 フロッカにした控えめな自己紹介で、初めてリンドは私の名を知った。
 そして、呼んでくれた。
 何か大事な話があるように改まって、心底言いづらそうに問いかけてくる。
 
 「お前、俺らと一緒に来るか?」
 
 「……」
 
 今度は別の意味で、私は目を丸くした。
 ずっとこのことを、私に提案したかったのか。
 彼の性格上、確かに聞きづらいことではある。
 しかしその性格ゆえに、聞かなければならないことでもあったのだ。
 リンドは、私に仲間がいないのではないのかと、心配してくれた。
 私がリンドに対して心残りがあったように、彼も私に心残りがあった。
 なら最初から、何も言わずに立ち去ることなんて、しなければよかったのに。
 いや、もしかしたら、彼は私が追いかけてくることをわかっていたのかも。
 もしくは、もし追いかけてきたら提案してみよう、くらい曖昧な考えを持っていたのかもしれない。
 本当にまったくこの人は……
 もう何度目と知らぬ呆れたため息を心中で漏らすと、私は仄かに微笑んだ。
 そして、すごく……本当にすごく惜しい気持ちがありながら、私は答える。
 
 「ううん、いい」
 
 そう言うと、リンドはさして反応を見せなかった。
 驚くことも、悲しむことも、怒ることも。
 相変わらず冷めた顔で肩をすくめて、しっしと追い払うように言う。
 
 「そうかよ。ならさっさと行きな」
 
 「……うん」
 
 私は彼に背中を向ける。
 歩き去ろうとすると、不意に後方から「えっ、それだけなの!?」、とフロッカの驚いた声が聞こえた。
 そう、私たちはこれだけ。
 これだけで充分だ。
 だって、これだけにしないと……
 次第に遠ざかっていくリンドたちの気配に、私はぎゅっと胸を掴まれる気持ちになる。
 夕日によって橙色に染められた街並みが、さらに感情を刺激してくる。
 それでも懸命に帰り道を進み、やがて曲がり角へとたどり着いた。
 何となしに立ち止まり、おもむろに後ろを振り返ってみる。
 するとそこには、まだリンドたちの姿が見えた。
 夕日によって幻想的に照らされながら、じっと私のことを見つめている。
 これだけで終わるつもりだった。けど、そんなものを見せられてしまっては……
 私は彼らに聞こえないくらい小さな息を吐くと、短い腕を伸ばした。
 橙色の空を掴むように、ピンと真っ直ぐ。
 
 「リンドー!」
 
 「あっ?」
 
 今一度リンドの名前を呼ぶと、彼は不思議そうに首を傾げた。
 小道には人通りがまったくなく、些細な声でも聞き取ることができる。
 それでも私は精一杯の声で、お別れの言葉を口にした。
 
 「またねー!」
 
 ぶんぶんと手を振り、全力の笑みを送る。
 するとリンドは、少しの間だけ目を丸くしていたが、すぐに冷めた顔に戻ると頭を掻いた。
 やがて小さな呟きが返ってくる。
 
 「……おう」
 
 踵を返すと、私はもう振り返らなかった。
 曲がり角を折れれば、すぐに彼らの気配は途絶えてしまう。
 胸を掴まれる感覚はいまだに残るけれど、寂しいと思う気持ちは湧いてこなかった。
 またね。それに応えてくれただけで、これからが楽しみになった。
 お互い冒険者になったんだから、きっとまた会えるときがくるよね。
 それに、私には……
 会いたい人と巡り合う力が、宿っているらしいから。
 ふんふんと鼻歌まじりにスキップしながら、ポケットの中のカードを揺らす。
 
 晴れて私は、冒険者になった。
 
 
 
 第五章 遠征試験編 ―終―
 
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