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第5章 遠征試験編

第九十七話 「各々の目的」

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 戦いが終わって間もなく。
 私たちはすぐにスタート地点まで戻って来られた。
 戦闘した場所がかなり近いので、少し覗けばその爪痕が窺える。
 そんなことを意に介す様子もなくスタート地点で作業をしている試験官たちに、さすがの私たちも一瞬唖然としてしまった。
 その中にはシャルムもいる。
 まあ、彼女たちにとって参加者同士のいざこざは想定内ということなのだろう。
 数多くいる試験官の中で、シャルムが一番最初に声を掛けてくれた。
 
 「ポイントの換算に戻ったのか?」
 
 「うん、ただいま」
 
 そう答えると、彼女は若干表情を柔らかくしてくれた。
 安心しているように見える。
 すると不意に後方から、リンドが声を上げた。
 
 「おい、試験官」
 
 「んっ? なんだ?」
 
 「どうせどっかで俺たちのこと見てたんだろ。さっさと救援隊を寄越してやれよ」
 
 彼は自分の後ろを一瞥しながら言う。
 試験中は参加者の様子を覗き見るという、申込書に書かれた条件を理解した上での発言だ。
 当然先ほどの戦いも、試験官たちに見られていただろう。
 シャルムはリンドの言葉に対し、軽く肩をすくめて返した。
 
 「無論、もう手配済みだ。心配する必要はない」
 
 「別に心配なんかしてねえっつーの」
 
 金髪の少年はウザがるように頭を掻く。
 心配していたんだろうなぁ。
 まあ、心優しい彼のことだ。自分が倒してしまった青年たちの安否は、気になって当たり前のこと。
 ツンツンした態度の裏に、また優しさの一部を見つけていると、再びリンドが声を上げた。
 
 「見たとこ、他の連中はまだ戻ってきてねえみてえだな」
 
 彼は周囲に視線を泳がせながら言う。
 確かに今のところ、私たち以外の参加者の姿はない。
 実際、ポイント換算に来るのにも、お昼を取りに戻ってくるのにも、時間的には早いから。
 リンドは、誰にともなく呟いたつもりだったのだろうが、シャルムがそれに答えた。
 
 「あぁ。スタート地点に戻ってきたのは君たちが初だ。まあ、戻ってくるには少々時間が早すぎるからな」
 
 「……」
 
 どこか居心地悪そうに、シャルムから目を逸らすリンド。
 彼のその様子を見て、赤髪のお姉さんは何かを悟ったようだった。
 ふふっと小さな笑い声を漏らし、リンドに対して初めてからかいの笑みを向ける。
 
 「強気な態度に似合わず、とても優しいんだな」
 
 「別に優しくなんかねえっつーの」
 
 「……?」
 
 いったいどういうことだろう?
 強気な態度に似合わず優しい?
 というか、今のやり取りだけで、リンドの優しさに気が付いた?
 私でも少し時間が掛かったというのに。
 シャルムはいったい何に気が付いたというのか、そう疑問に思っていると、不意に彼女は私に笑みを向けた。
 
 「良いパーティーメンバーを持ったな」
 
 「……さっきから、何言ってるの?」
 
 困惑した声を返すと、シャルムはさらに笑みを深めた。
 ホント、何が何だかさっぱりだ。
 首を傾げる私ではあったが、とりあえず今は試験参加者としてやることをしてしまう。
 ポイントの換算、飲み水の補給、お昼ご飯の調達。
 リンドと共に一通りのことを終わらせると、従魔を連れてスタート地点の一角で休憩をとった。
 手近な岩に腰掛けて、配給されたパンをかじりながら言い合う。
 
 「ポイント、まだ足りそうにないね」
 
 「あぁ」
 
 リンドはさほど興味がなさそうに答える。
 ポイントの換算は思ったよりもあっさりとしていた。
 試験用に取ってきたアイテムを、スタート地点の中心にある換算所へ持っていき、それを試験官のお姉さんが確認して終わりというものだ。
 最後に一言、「ご苦労」という言葉を掛けてはもらったが、たったそれだけ。
 あと何ポイント必要だとか、このアイテムは入手困難だから何ポイントだとか、詳しい内容は一切教えてもらえなかった。
 
 リンドはそれに対して不満な様子を見せなかったけれど、私は物凄く気になっている。
 他の参加者も同様の気持ちを抱くことだろう。
 一応、それらしい用紙に私たちの名前と取ってきたアイテムを記入していたから、記録はしていると思うけど。
 なんかあっさりとしているような。
 あっさりと言うより、淡白って言ったほうがいいかな?
 いまいち今回の試験内容に納得しかねていると、私の心中を察したようにリンドが言った。
 
 「具体的なポイントの数値を教えられねえってのが、この試験の厄介なとこだな」
 
 「うん。必死に取ったアイテムが、何ポイントかわからなかったら、すごく混乱する」
 
 「ま、どのアイテムが何ポイントか事前にわかっちまったら、全員高ポイントのアイテムを狙って取り合いになっちまうからな。入手難易度も各々で判断して、アイテムを取ってこいってことじゃねえか?」
 
 まあ、そういうことなんだろうけど。
 依然として私は納得しかねる。
 とても煩わしい。
 すると私たちの話し合いを聞いていたらしいシャルムが、こちらに歩み寄ってきた。
 何らかの資料を片手に目の前まで来ると、難しい顔をしている私に言う。
 
 「安心しろ。確かに少し複雑な試験内容だが、きっちり時間内に達成可能な合格ラインになっている。難易度で言えば、前回《フローラフォレスト》で行われた試験とほとんど変わりはない」
 
 「へ、へぇ……」
 
 驚いた声を上げると同時に、前回の試験というのを微かに思い出した。
 ルゥとクロリアも受けた冒険者試験。
 過去の冒険者試験の資料を見た時に、一番最初に確認した試験だ。
 内容は、森林エリア《フローラフォレスト》にて、『マッドウルフの魔石』と『フェイトの花』を持ち帰ってくるというもの。
 今回の試験と違い、試験官側から指定されたアイテムを取ってくるという、かなりありふれた内容になっている。
 制限時間は二時間と、こちらよりも限られてはいるが、難易度はむしろ優しい方だと思った。
 見えないゴールに向かって走るより、見えているゴールに向かって走る方が断然気が楽だから。
 
 でもまあ確かに、試験官側からアイテムを指定されないことにもメリットはある。
 野生モンスターの魔石は高ポイントとなってはいるが、必ず取らなければならないというわけではない。
 採取アイテムだけでもポイントにはなるのだ。
 そう考えると、戦いが得意ではないテイマーも、冒険者になれる可能性が出てくる。
 今回の試験内容は煩わしい反面、無理に野生モンスターと戦わなくても合格できるという、一長一短があるものになっているのだ。
 シャルムが言った、『難易度で言えばほとんど変わりはない』というのは、おそらくそういうことなんだろう。
 ようやくして僅かな納得をしていると、不意にリンドが疑問の声を上げた。
 
 「でもいいのかよ。こうも煩わしい試験内容だと、またさっきみてえな奴らが湧いてくんじゃねえのか?」
 
 「さっきの、というと、君たちを襲ったあの四人組のことを言っているのか?」
 
 「あぁ」
 
 聞き返してきたシャルムに頷くと、彼女は考え込むように腕を組んだ。
 
 「確かに今回の試験内容は少し特殊だ。眉を寄せる者も多いかもしれない。しかし冒険者試験というのは、毎回突然のものだ。同じように冒険者に送られてくる依頼クエストもな。だからこそ試験内容は、毎回当日発表となっていて、どんな事態にも対処できるように構えてもらっている」
 
 「その対処の仕方が、あいつらはまずかったんじゃねえかって言ってんだ」
 
 「無論、彼らがとった方法はとても褒められるようなものではない。だが、違反をしているというわけでもないのだ。冒険者試験のプログラムには、荒くれ者とのトラブルも当然のように含まれている。たとえその方法で彼らが合格したとしても、実力は充分示せているからな。まあ、今回は無念にも敗退してしまったが……」
 
 ふとシャルムがスタート地点の中心に目をやると、そこには先刻の青年たちの姿があった。
 何人かの試験官に囲まれ、その従魔たちによって安全地帯へと運ばれている。
 彼らはこれで敗退。今回の冒険者試験に落ちてしまったのだ。
 まだ制限時間は四時間弱残っているので、それまでに従魔と彼ら自身が回復すれば、復帰も叶うだろうけど。
 あの状態を見るに、難しそうである。
 けれど彼らにとってはこれでよかったのかも、なんて考えていると、再びシャルムに向けられてリンドの声が上がった。
 
 「今回落ちても、また次の試験に参加してくるはずだぜ。次こそ合格してやるって、ますます褒められねえような方法を使ってな」
 
 私も、そう思う。
 心中でそう声を合わせるが、しかしシャルムはかぶりを振った。
 
 「それでも彼らを拒むことはできない。他の参加者からの略奪を禁止するルールが設けられたとしても、参加そのものを禁止することはどうしたってできないのだ」
 
 だから次回の冒険者試験でも、彼らは参加可能になっている。
 そうと伝えると、リンドはつまらなそうに鼻を鳴らした。
 私は複雑な思いで、お昼ご飯のパンをちぎり、ロックに分け与える。
 
 他の参加者からの略奪を禁止しても、参加そのものは禁止できない。
 本来冒険者試験というのは、誰でも参加可能なもの。
 それがどんな悪党であっても、召喚の儀を受けてすらいない幼女の私でも。
 参加申込書の欄に名前を記入する度胸さえあれば、誰でも受けることができてしまうのだ。
 本番前に面接などを設ければ少し違ってくるのだろうが、毎回かなりの数の参加者たちが集う。
 いちいち面接なんてやっていては時間を食うだけだし、有望な新人を潰す可能性だって出てきてしまう。
 冒険者に必要なのは面接用の演技力ではなく、野生モンスターと戦ったりエリアを攻略するだけの力なのだ。
 その本質が揺るがない限りは、彼らのような参加者を拒むことはできるはずもない。
 心中で勝手にそう結論付けていると、三度リンドがシャルムに向けて声を上げた。
 そっぽを向きながら、食糧として受け取ったパンをかじり、相変わらずの呆れた顔で、呟くように言う。
 
 「でも、本当にいいのかよ」
 
 「……何がだ?」
 
 「あいつらたぶん、の連中だぜ」
 
 …………えっ?
 唐突に零された彼の言葉に、思わず私の心臓は跳ね上がった。
  
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