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第5章 遠征試験編

第八十七話 「初めての喧嘩」

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 冒険者ギルド。受付口前の待合席にて。
 ソファに腰掛けた僕は、対席する赤髪のお姉さんと目を合わせていた。
 クールな瞳に見つめられながら、今回のことについての話を終えると、僕は卓上のお茶に手を伸ばす。
 同じタイミングで彼女もお茶を啜ると、ほっと一息ついて微笑をたたえた。
 やがて彼女は……
 
 「本当によくやってくれた。ありがとう」
 
 と、なぜかお礼を口にした。
 受付嬢、シャルム・グリューエンさんから感謝の言葉を頂戴した僕は、途端に恥ずかしい思いに駆られる。
 その気持ちを紛らわすように膝上のライムを撫でて、僕は返した。
 
 「本当に感謝しているのはこちらの方です。シャルムさんが色々と手助けをしてくれなかったら、きっとロメを助けることはできなかったと思います。だからこそ、一番最初にご報告しよう思ったんです」
 
 「ほぉ、そうか」
 
 ロメを救出し、グロッソの街まで帰ってきた僕は、何よりも先に冒険者ギルドにやってきた。
 そしてシャルムさんと一番最初に顔を合わせ、お仕事中にもかかわらずそれを切り上げてもらい、今回の話をしたわけだ。
 そのことを伝えると、彼女は一層笑みを深めて、最後に「お疲れ様」と優しい言葉を掛けてくれた。
 今回の事件を、とりあえずひと段落させた僕は、一気に体の力が抜けてしまう。
 ソファに浅く腰を掛け、ふぅ~っと安堵の息を吐いていると、不意にシャルムさんが視線を泳がせた。
 
 「それで、ずっと気にはなっていたのだが、君とスライム以外の姿が見えないようだが?」
 
 「あっ、ロメは今、僕たちが借りている宿屋でシャワーを浴びています。森とか遺跡を走り回って、体が汚れていたので」
 
 「クロリア・ハーツもか?」
 
 「はい。仲良くなるチャンスだとか言って、一緒に宿屋に向かいました。なんか、洗いっこするとか、しないとか……」
 
 ついもごもごと余計なことを口走ってしまう。
 咄嗟に唇を閉じるけど、しっかりとそれは聞かれていたようで、シャルムさんは悪戯な笑みを浮かべた。
 
 「君も混ざってくればよかったんじゃないか?」
 
 「じょ、冗談はやめてください」
 
 「鼻の下、伸びてるぞ」
 
 「!?」
 
 ぎくっとして、ぺたぺたと顔を触るが、別になんともない。
 
 「伸びてないじゃないですか!? ていうか伸びませんよそんなところ!」
 
 「悪い悪い、冗談だ。まあ何はともあれ、無事に終わって本当によかった。是非あとで、ロメという少女に会わせてくれ」
 
 「は、はい。ロメも喜ぶと思います」
 
 ジト目になりながら頷き、その場を誤魔化すようにお茶を啜った。
 まったく最近は、どうしてこうもからかいが激しいのだろうか。
 段々、その前兆が掴めるようになってきた気がする。
 まあ今のは、余計なことを言った僕が悪いのだけど。
 卓上にお茶を戻し、額の冷や汗を拭っていると、再びシャルムさんが問いかけてきた。
 
 「それで、君たちはこれからどうするつもりだ?」
 
 「えっ?」
 
 「ロメという少女を無事に助け、その事件に一応の決着はつけた。だが本来君たちは、エリア探索で資金を調達し、テイマーズストリートに拠点を移すと言っていただろう? そっちの方は順調に進んでいるのか?」
 
 「あっ、はい。一応大丈夫です」
 
 僕は頷きを返す。
 
 「今日はもうゆっくり休んで、明日辺りに花アイテムを換金しようと思います。それでそこそこの資金が集まると思いますので、その後すぐにテイマーズストリートに向かう予定です」
 
 「すぐに、か?」
 
 「は、はい。そう……ですね? ペルシャさんと会う約束もしていますし……」
 
 なぜか必要以上に追及してくるお姉さんを不思議に思う。
 何か僕たちに用事でもあるのだろうか?
 まあ、いつも受付をしている青臭さが抜けない冒険者の行方は、受付嬢さんなら気になるものなのだろう。
 彼女には事前に、テイマーズストリートに拠点を移すと言っていたし。
 もちろん、ロメも連れていくつもりだ。
 初めは安い宿屋を転々とすることになるだろうけど、いずれは僕たちもパーティーホームを……。
 ひとつ屋根の下に、僕とクロリア、その間に二匹のスライムとロメの姿を思い浮かべ、人知れず頬を緩ませていると、不意にシャルムさんのぶつぶつとした声が聞こえてきた。
 
 「ふむ、すぐにテイマーズストリートに向かうか。そうか……」
 
 「……?」
 
 なんなのだろう?
 珍しく思案顔を浮かべるシャルムさんに、怪訝な視線を送っていると、不意に後ろから……
 
 「お待たせしました」
 
 聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。
 くるりと後方を振り返ると、そこにはピンク色のスライムを抱えた黒髪おさげの少女と、銀髪幼女が立っていた。
 二人とも僅かに髪が湿っていて、ほのかにいい香りがする。
 首に小さなタオルを掛けていることからも、どうやらシャワーが済み次第、すぐにギルドに来たらしい。
 僕はクロリアとミュウ、ロメに視線を移して声を掛けた。
 
 「あっ、おかえり三人とも。うん、綺麗になったね」
 
 「そ、そう?」
 
 湯浴みをしてきたばかりだからだろう、ロメは火照った顔を僅かに俯けた。
 服はまだ変わっていないけど、エリアを走り回った汚れは綺麗に落ちている。
 明日辺り、新しいものでも買ってあげようと考えながら、僕は思い出したように振り向いた。
 
 「あっ、シャルムさん、この子がロメです。ずっと闇ギルドの連中に追いかけられていた」
 
 「そうか。初めましてだな、私はシャルム・グリューエンと言う」
 
 「は、初めまして。ロメです」
 
 やはり初対面の相手には、まだ萎縮してしまうのか。
 シャルムさんのクールな視線を浴びたロメは、ぎこちない様子で挨拶した。
 まあ、僕とは初めから話せていたし、どうやらクロリアとミュウとも打ち解けたみたいだから、すぐに喋れるようになるとは思うけど。
 なんて思いながら二人のやり取りを見て、僕はなんとなしにクロリアに目を向けた。
 正確には彼女が着ている黒マントの内側――腰の裏の部分に注目する。
 
 「ところでクロリア……」
 
 「はい?」
 
 「僕、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 
 「……なんですか?」
 
 そう言い、僕は彼女の腰に下げられているものを睨みつけ、問いかけた。
 
 「蛇使いと戦って勝ったって言ってたけど、もしかしてそれ使ったの?」
 
 「えっ?」
 
 不意にクロリアが、僕の視線の先にあるものを見る。
 それは銀色のメイス。
 まるで他の人たち……僕にも見せたがらないように、マントの内側に隠しているそれが、僕はどうしても気になってしまった。
 帰り道で話は聞いている。
 どうやらクロリアは、地下遺跡エリア――《ロストリメイン》の探索中に、ロメを追っている人間と鉢合わせて戦いになったらしい。
 その際、ミュウの支援魔法を上手く使って勝利したそうだが、今思えばあのときの話し方からして、何かを隠しているようだった。
 それにペルシャさんから送られてきたあれを、僕には見せたがらなかった。
 ……怪しい。
 じぃーっとクロリアが持つメイスに視線を注いでいると、彼女はそれを背中に隠すように身をよじり、微妙な角度で頷いた。
 
 「ま、まあ、ルゥ君の言う通り、少しだけこれを使いましたよ。でも勝負の決め手はミュウの支援魔法でしたし、結局最後は”少しの隙”を突かれて逃げられてしまって……」
 
 なぜか頬を赤くして語るクロリアだけど、今はそんなの関係ない。
 僕はきっぱりと言った。
 
 「もうそれ、使っちゃダメだからね」
 
 「えっ…………? えぇ!? な、なんでですか!?」
 
 思ったとおりクロリアは、大きな声で驚く。
 僕はその理由を正直に答えた。
 
 「危ないからに決まってるじゃん。ただでさえ回復役で敵に狙われやすいのに、そのうえ前に出て戦うなんて……。それに女の子なんだから、そんな危ないものを振り回すなんて絶対にダメッ」
 
 「ぐぬっ……! そう言うと思ったからずっと隠しておいたんですよ! これで敵を倒して結果を出せば、認めてもらえると思ったのに……」
 
 当然そんなことをしても、僕は認めない。
 
 「とにかくそれは没収だから。魔石加工のお金は僕が払うことにするからさ、クロリアはいつも通り後ろで支援を……」
 
 「い、嫌です。絶対に渡しません。私だって前に出て戦います」
 
 クロリアは僕を警戒するようにじりじりと後退し、ミュウを頭に、そしてメイスを大事そうに抱える。
 思ったよりも強情だった。
 今までにない、固い意志を感じる。
 僕はライムを膝上から退かし、ソファから立ち上がる。
 体ごとクロリアに向き直ると、真剣な顔つきで言った。
 
 「同じパーティーメンバーの女の子が、男子の自分と同じように前に出て戦おうとしている。それを止めたいっていう僕の気持ちはわかるよね?」
 
 「いつも支援の指示しかできなくて、代わりに仲間が前に出て戦っている。それに追いつきたいと思う私の気持ちもわかりますよね?」
 
 僕に負けじと彼女も真剣な表情で語る。
 バチバチと睨みを利かせる中、それを傍らから見ているシャルムさんは困惑し、ロメは慌てるように僕たちを交互に見た。
 従魔のスライムたちに至っては、互いに主人の頑固さに呆れて、二人して視線を交わしている。
 スライムテイマーの間に火花が散る中、ついに戦況が動き出した。
 先に動いたのは、僕だった。
 
 「いいからそれを寄こしなさい!」
 
 「あっ、ちょっとやめてください! 何するんですか!?」
 
 すかさず伸ばした手は、クロリアが抱えるメイスの柄を掴み取った。
 取り上げようとすると、すぐに彼女も先端部分を握る。
 基礎的な筋力は、僅かに彼女が勝っているけれど、掴み取った場所の違いで一歩も譲らない取り合いになった。
 
 「ぐっ……ぬっ……!」
 
 「くっ……うっ……!」
 
 しばしメイスは中間地点で制止する。
 それをじれったく思ったクロリアは、メイスの先端部分をいじり始めた。
 
 「こうなったら、こうするまでです!」
 
 「えっ――」
 
 瞬間、メイスを握る手がすごい勢いで地面に引っ張られた。
 あまりの力に、思わず僕は呻き声を上げて膝をついてしまう。
 ――重っ!?
 ぷるぷると震える手で握っているメイスは、今や完全に地面に縫い付けられている。 
 ギルドの床も、みしみしと悲鳴を上げていた。
 腰に力を入れ、持ち上げようとするけれど、びくともしない。
 これは、魔石武具!? 
 ペルシア・スタジオ製だけに、やはり妙な能力がついているようだ。
 なんて悪戦苦闘している間に、上からふふんという笑い声が聞こえてきた。
 
 「ルゥ君にそれが持ち上げられますかね?」
 
 「うっ……ぐっ……」
 
 勝ち誇った顔でこちらを見下ろす黒髪おさげの少女。
 僕は彼女を睨み返しながら、必死にメイスのあちこちを探った。
 スイッチがどこかにあるはずだ。
 このメイスを重くしたスイッチが。
 しかしそれは一向に見つからない。
 解除方法が、まったくわからない。
 ――こうなったら!
 
 「ミュ、ミュウ、【ブレイブハート】だ!」
 
 「ミュ、ミュミュウ!?」
  
 「ちょっと何言ってるんですか!? できるわけないじゃないですか! ていうか人の従魔に勝手に命令するのはやめてください!」
 
 もちろんそんなことできるはずもなく、ミュウはおろおろと視線を泳がすだけだった。
 やがて、僕たちの幼いやり取りを見ていたシャルムさんが、困ったように口を開いた。
 
 「お、おい君たち、ギルドの床に穴を開けるのだけはやめてくれよ」
 
 『は、はい。すいません』
 
 そう叱られたのを機に、僕たちの対抗意識はすっかり冷めてしまった。
 反省……というか観念した僕は、超重量のメイスを優しく地面に置く。
 そのままどさっと尻餅を突き、天井を仰いで嘆息した。
 
 「はぁ、もうわかったよ」
 
 「えっ?」
 
 「前に出て戦ってもいいよ。というか、一緒に前に出て戦おう。その代わり、あんまり無茶はしないでね」
 
 「ほ、本当にいいんですか!?」
 
 「…………うん」
 
 本当に渋々ながら、ごく小さな頷きを返すと、クロリアは「やったー!」と両腕を上げた。
 はしゃぎながらメイスに手を伸ばし、いとも簡単に加重を解くと、それを腰裏に仕舞う。
 ようやく彼女が落ち着いたところで、僕は不満げに告げた。
 
 「でも今度からはそういうの、前もって言ってよね。隠すとかしないで、正直にさ」
 
 「正直に言っても認めてくれないじゃないですか」
 
 「黙ってるよりかはよっぽど可能性はあるよ!」
 
 こんな恥ずかしい喧嘩をすることもないし。
 それに僕は、前々から彼女がパーティーの役に立ちたいと思っていたのを知っている。
 だから素直に言ってくれれば、少なくとも前向きに考えることはしたと思うのに。
 まあ、こうして結果を出されちゃ、無下に拒むこともできない。
 内緒で単独行動をする僕と比べれば、全然おかしいことじゃないし。
 根負けしてぐったりと床に座り込んでいると、不意に誰かに袖を引っ張られた。
 
 「ね、ねぇ……」
 
 「んっ?」 
 
 見るとそれは、ロメの仕業だった。
 シャワーで体を綺麗にして、銀色の髪を僅かに濡らした幼い少女。
 間近に迫った彼女の姿に、僕は別の意味でドキリとしてしまう。
 
 「ど、どうしたの、ロメ?」
 
 大人げない喧嘩を見られて、今さらながら焦る。
 気づけばギルドにいる人たちも、ちらちらとこっちを窺っていた。
 クロリアとの大人げない喧嘩は、思った以上に注目を浴びてしまったようだ。
 冷や汗を掻いて顔を伏せると、再びロメが声を掛けてきた。
 
 「だ、黙ってるよりかは、正直に言ったほうが、いいんだよね?」
 
 「……? ま、まあ、クロリアにはそう言ったけど……」
 
 どうしたのだろうか?
 黙っているよりかは正直に言ったほうがいいと、クロリアにはそう伝えたつもりだけど、どうしてロメもそれを気にするのだろう?
 まるでロメも、僕に何か隠していることがあるような。
 隠していた”気持ち”があるような。
 突然、妙な緊張感に包まれた僕は、ごくりと息を呑む。
 なんだろうこの空気? 
 まるでこれから、告白でもされるみたいだ。
 
 「わ、わたし……」
 
 袖を掴んだままのロメは、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
 彼女のその様子に当てられた僕は、両手に汗を握った。
 自然と周りの人たちも、瞬きを忘れてこちらを見る。
 そしてロメは、まだ幼い小さな唇を動かして、驚きの告白を流した。
 
 「私、冒険者になりたい」
 
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