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最終章

第百三十三話 「隠れ家」

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「おーい、少年。大丈夫ッスか?」
 
「ん、ん~……」
 
 目を開けると、少しすすけた木造りの天井が見えた。
 背中にはベッドらしき柔らかい感触があり、自分が仰向けに横たわっていることがすぐにわかる。
 そしてしばらく呆然と天井を見上げていると、不意に緑髪の女性が僕の顔を覗き込んできた。

「おぉ、よかったッスよかったッス。ちゃんと起きたッスね」

「……こ、ここは?」

「ウチの家ッスよ。さっきの地下牢の近くにある古びた小屋ッス。あそこで話をするのはちょっと難しいと思ったんで」

 どこか少年チックな笑みを浮かべるお姉さん。
 靡くエメラルドグリーンの長髪はとても優雅ではあるのだが、いまだに被っている帽子と作業着のせいで活発な印象を強く受けてしまう。
 おもむろに体を起こすと、次いで彼女はどこか悪戯な笑顔で僕に聞いてきた。

「それじゃあ、起き抜けで悪いッスけど、質問タイムに入るッスよ」

「えっ?」

「少年、どうしてあんな場所にいたんスか? 偶然落ちる場所でもないッスよね?」

「うっ……」

 そう問われ、僕は喉を詰まらせる。
 彼女の言うとおり、偶然落ちたのではない。
 しかし事実を話すのも恥ずかしかったので、僕はしばし言い淀んでしまった。
 が、急かすような視線を終始向けられて、観念したように告白する。

「あ、相棒が落ちちゃって、それを追いかけて穴に入りました」

「はぁ、それはあまりにも不用心すぎるッスよ。そりゃ、立ち入り禁止の表示をしていなかったこっちも悪かったッスけど、あんな怪しい場所にある穴なんかには、普通近づこうとは思わないはずッス。ちょっと好奇心旺盛すぎるんじゃないッスか?」

「……」

 それはライムに言ってほしい。
 と、そこで僕は遅まきながら、相棒の姿がないことに気が付く。
 薄暗い木造り小屋の中を見渡しても、どこにもいない。
 おかしいなと思って掛け布団をめくってみると、そこには僕の足の間で眠る水色のまん丸があった。
 ほっと安堵の息を吐いていると、不意にお姉さんが言う。

「まあとにかく、さっき見たことは全部忘れて、表の通りに戻った方がいいッスよ。それが普通なんスから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「……?」

 話をぶつ切りに終わらされそうになり、慌てて制止の声を掛ける。
 これで話が終わってたまるか。
 僕は彼女に問いかける。

「聞きたいことがあるのはこっちも同じです。全部忘れるだなんてできるわけありません」

「ほう、そうッスか。で、なんスか聞きたいことって?」

「それは、えっと……」

 少し言葉を選び、改めて問いを投げかける。

「ここってどんな施設なんですか?」

「それは企業秘密ッス」

「ぐぬっ……じゃ、じゃあ、あなたはいったい何者なんですか?」

「個人情報は保護させてもらうッス」

「ぐぬぬっ……」

 て、手強いな。
 早めに僕をここから追い出したい様子や、強情な口ぶりを見るに、やはりこのお姉さんは何か隠し事をしているらしい。
 それは決して漏らさないというように、素っ気なく視線を逸らしている。
 くそっ、本当ならこんなことしてる場合じゃないんだけど。
 気になってしまったら、もう後に退くことなんてできない。
 それに今の現状と当初の目的は、割と合致しているように思える。
 だから僕は絶対にそれを聞き出してみせると、お姉さんにとって大打撃になるような台詞を考えて発した。
 
 
 
「あれって、ファナ・リズベルのフレアドラゴンですよね?」

 
 
「――ッ!?」
 
 なぜそれを!? と言いたげな顔でこちらを見る。
 それに対して僕は一切顔色を変えることなく、さらに質問を続けた。

「なんで、あんな場所に収容されているんですか?」

「そ、それは……」

「教えてくれないのなら、冒険者の方々を呼んで今すぐにフレアドラゴンを連れ出してもらいます」

「そ、それはダメッス!!!」

 緑髪のお姉さんの大声が小屋に響いた。
 そのせいで僕の足元で眠っていたライムが飛び起きる。
 ”大丈夫だよ”というように相棒の頭を撫でていると、やがて彼女は改まった様子でかぶりを振った。

「それだけは本当にダメッス。それは、あのドラゴンの主人との契約を破ることになるッスから」

「ドラゴンの主人? それってファナのことですよね?」

「え、えぇ、そうッスけど。あっ、そういえばどうして少年は、あのフレアドラゴンがファナ・リズベルの従魔だとわかったんスか? いったい、彼女とどういう……」

 問い返されたので、僕は正直に答えることにした。

「僕はパルナ村からやってきたスライムテイマーのルゥ・シオンです。そしてファナは、僕の幼馴染で、彼女にはずっと助けてもらってました。召喚の儀も一緒に受けたので、彼女の従魔のことを知っていたんです」

「……」

 その答えを聞いて、彼女はしばし呆然と固まってしまった。
 僕とファナが幼馴染だということを、まるで予想していなかったのだろう。
 しかし、驚いて硬直しているところ悪いが、僕は追い打ちを掛けるようにさらに続けた。
 
「だから教えてください。どうしてファナの従魔がここにいるのか、彼女はここに来て何をしたのか」

 緑髪のお姉さんは体の硬直は解いたものの、次は躊躇いの表情を見せる。
 そこで僕が真剣な眼差しを向け続けていると、やがて彼女は折れたと言うように、ため息を吐いて口を開いた。

「……すぐ帰ってもらおうと思ってたんスけど、そうもいかないみたいッスね」

「……?」

「ちょっと待ってるッスよ、ルゥ少年。このカレッジお姉さんが、今お茶を淹れてくるッスから」

 どうやらお客さんとして扱ってもらえることになったようだ。



 改めてテーブルに着いて、お茶を淹れてもらった後。
 僕らは各々の従魔を膝上、あるいは肩の上に乗せてお茶を啜っていた。
 この小屋の場所が場所だけに、まるでペルシア・スタジオでお茶を啜っている感覚になってしまう。
 ていうか雰囲気はとても似ているような気がする。
 目の前のお姉さん……改めカレッジさんも、どこかペルシャさんとお年が近いように思えるし。
 
 ていうかカレッジさんは、ペルシャさんのことを知っているのだろうか?
 一応ご近所にあたるわけだから、知っていても不思議はないんだけれど。
 などという疑問がたくさんあったのだが、僕はまず先に聞くべきことを聞いておいた。

「えっと、こうやってお茶を淹れてもらった後でなんなんですけど……」

「んっ?」

「さっきの一言だけで、僕がファナの幼馴染だと信じてもらえたんでしょうか? 僕が嘘をついている可能性だって……」

「嘘ついてるんスか?」

「えっ? い、いえ、ついてませんけど……」

「ならそれで構わないじゃないッスか。初めて見た時から素直そうな少年だと思いましたし。それに……」

 懸念していたことを聞くと、彼女は今までと違って爽やかな笑みをこちらに見せてくれた。

「あのフレアドラゴンを一撃で抑えるだけの実力を持つスライムテイマー。それだけで充分、ファナ・リズベルの知り合いだという証拠になりえるッス」

「そ、そんなテキトーな……」

「それで、ルゥ少年は何を聞きたかったんスか? 確か、あの施設についてと、ファナ・リズベルについてでしたっけ?」

 突然話を戻されて、僕は軽く目を丸くする。
 次いですかさず、こくこくと頷いた。
 あの施設がなんなのか、それとファナとどういう関係があるのか、僕は今すぐに知りたい。
 オーランから聞いた闇ギルドの話が気になっている最中で、まさかこんな近くでファナのことを知られるチャンスがあるとは思ってもみなかった。
 これを逃す手はない。
 じっとカレッジさんの声に耳を傾けていると、やがて彼女は話を始めてくれた。
 
「さっき見た地下室は、ウチが運営している『モンスター預かり所』ッス」

「モ、モンスター預かり所?」

「そうッス。スライムテイマーのルゥ少年は利用したことないと思いますが、体の大きな従魔を従えているテイマーたちにとっては馴染みの深い施設のはずッスよ」

 そういえば前に見たことがあるな。
 施設の看板だけだけど、このテイマーズストリートの正門付近に『モンスター預かり所』という場所があった。
 どういう人たちが利用しているのかは定かではなかったが、やはり体の大きな従魔を預けるテイマーたちが多いらしい。
 ということはカレッジさんが運営している先ほどの地下牢も、そういった人たちが利用している施設なんだろうか?

「あっ、それじゃあファナも、街を歩くときに不便だからと言って、フレアドラゴンをあそこに預けたんですか?」

「いいえ、ファナ・リズベルは別の理由ッスよ。ていうか、ウチの預かり所そのものが、もう他の預かり所とは別物になってるんス」

「えっ?」

 予想を即座に否定された。
 他の預かり所とは違う?
 てっきり一般的なモンスター預かり所だと思ったのだが、どうやらそれは違ったみたいだ。
 でもまあ、場所が場所だけに、確かに普通のテイマーが利用するような施設とは思えない。
 いったいカレッジさんのモンスター預かり所は、どういった施設なんだろうか?
 という疑問の視線を向けていると、彼女は先に念を押すように伝えてきた。

「先に言っときますッスけど……これ、絶対に他の人には内緒ッスよ」

「は、はい。わかりました」

 ただならぬ雰囲気に冷や汗が滲む。
 とりあえず言われたことに頷くと、前置きを終わらせたカレッジさんが、意を決したように告げてきた。

「あそこは訳あって、表沙汰にはできないようなモンスターたちを預かる場所――『モンスター隠れ家カレッジ・シェルター』なんス」
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