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第6章 肝試し大会編
第百二十八話 「仲裁者」
しおりを挟む人間技とは思えない妙技に、思わず僕とオーランは目を見張る。
人型の従魔がこれをやってみせたのならまだ話がわかるが、彼女は確かこの『肝試し大会』のルール説明をしていた、ただのギルドの職員さんのはずだ。
その彼女が、どうしてこんなことを?
そう疑問に思っていると、拳をガードされたオーランが急いで後方へ下がり、目を糸のように細めた。
「誰だてめェ……」
「いやいや誰ってぇ~、君ちゃんと最初の集合に顔出してましたかぁ?」
オーランからの問いを受けて、職員さんは再び調子はずれな声を上げる。
次いで胸元に手を当ててにこっと笑ってみせた。
「私はこの肝試し大会の司会進行を務める、ギルド職員のマッチですよぉ。よ~く覚えておいてくださいねぇ~」
「……」
鋭い視線を送って威圧しているのにもかかわらず、まるで動じることのない職員さん――改めマッチさんを見て、オーランはますます機嫌を悪くしているようだった。
その余裕はいったいどこから来るのだろうか? ていうか今、僕たちの攻撃を見ないで止めたよね? いったい何者なんだろうか?
などと首を傾げていると、マッチさんは腰に手を当ててさらに続けた。
「それで君たちはいったい何をしていたんですか? バチバチドカンドカンと音がするものですから、何事かと思ってついつい飛んできちゃいましたよぉ。もしかして殺し合いでもしてました?」
という問いかけに対して、僕たちはかぶりを振るでもなく黙って目を逸らす。
するとこちらの様子を見たマッチさんが、それを頷きと取ったのか、眉を寄せて口早に言った。
「ちょっとちょっと、困るんですよねそういうの。そりゃこの大会はアイテムを取ってくるだけのちょ~簡単なルールになっていて、怪我や事故は自己責任ってことにはなってますけど、さすがに死人が出るのはまずいんですよ。特にそれが将来有望そうな少年テイマーとあっては、一ギルド職員としては見逃せるはずもないってもんです!」
有望そうな少年テイマーというと、僕とライムのことなんだろうか?
そのことにまんざらでもない嬉しさを覚えていると、さらにマッチさんは饒舌に続けた。
「アイテムの奪い合いなら好きにやってもらって結構です。しかし有望な芽を枯らすようなことをしているようでしたら問答無用で止めさせていただきます。できるだけ死人が出ないような奪い合いをしてください」
「無茶苦茶なルールだな。んなことができるはずもねえだろうがァ。中途半端に終わる喧嘩なんざ誰も望んじゃいねえ」
いよいよオーランが反抗的な声を上げた。
確かに死人が出ないように奪い合いというのは難しい気もする。
きちんとルールを決めた上で戦うならば最悪の事態も回避できるだろうが。
するとオーランの変わらぬ殺意を見たマッチさんが、逆に目を細めて鋭い視線を返した。
「でしたらまだ戦いを続行なさるおつもりですか? それなら全力で”私”が止めに入らせていただきますが、そうとわかった上でなお挑んでくる気がおありですか?」
「……」
という問いかけに、茶髪の青年はイラついたように眉間にしわを寄せる。
だが、それだけにとどまり、構えていた身からすっと力を抜いた。
さすがにギルド職員を相手にするのはまずいと思ったのだろうか?
もしくは、彼がこの大会に参加した理由に関わっていることなのだろうか?
そうでなければ、奴がこの場で拳を収めるなんてありえないことだと思うから。
「命拾いしたなガキ」
本当なら今すぐにでも飛びかかってきて、僕をぶっ飛ばしたい気持ちなのだろうが、オーランは吐き捨てるようにそう言った。
こちらとしてはそれでも構わないと思っていたが、これ以上喧嘩しなくていいとわかって、密かに胸を撫で下ろす。
すると、僕らの間に挟まれているマッチさんが、交互にこちらの様子を窺って、からかうような呟きを漏らした。
「本当に命を拾ったのはどっちの方なんでしょうねぇ~」
「……」
オーランの汚れた格好を見てそう思ったのだろうか。
彼の恐ろしい形相を見て、深くは考えないことにした。
「それじゃあ、これに懲りたら、もう殺し合いなんてしないでくださいねぇ~。それでは」
そう言った後、マッチさんは早々にこの場を去っていった。
まるで嵐みたいな人だったな。
いったい彼女は何者だったのだろう? 普通のギルド職員とは思えないんだよなぁ。
なんて思っていると、前方で立ち尽くしていたオーランが、自らの従魔であるゴルドレオのもとまで歩いていった。
ライムの【超重硬化】を食らって倒れる相棒を、雑な手つきで腕に抱える。
幾度となく人間離れした技を見せつけられてきたが、あの大きさのモンスターをああも簡単に担ぎ上げるとはやはり尋常ではない青年だな。
と、改めてオーランの異常さに目を剥いていると……
「……モスキート大密林」
「えっ?」
「ファナ・リズベルの今の居場所だ。下手に動いてなけりゃ、今もおそらくそこにいる」
「……」
なぜか奴は、ファナの居場所について僕に教えてくれた。
今度は別の意味で目を丸くしてしまう。
どうしたんだ、いきなり?
当然僕は疑問を抱き、傷ついた背中を向ける彼に問いかけていた。
「ど、どういう風の吹き回しだ」
「別に親切心で教えてやったわけじゃねえよ。喧嘩ってのは中途半端にやるんじゃ面白くねえ。それと同じで、決められたルールを破るってのも熱が冷める。俺が初めに言ったことだからなァ、ただそれだけのことだ」
オーランが最初に言ったこと。
確か、『知りたかったら”力”で口を割らせてみろよ』と彼は言っていたはずだ。
力で割らすことができたのかはよくわからないけれど、とりあえずテイマーとしての力を示すことはできたのかもしれない。
だから奴はファナのことを教えてくれた。
……のだろうか? といまいち確信を得られず首を傾げながら、僕はこの際だと思って彼女のことを聞いた。
「なんでファナは、フェアリーロードを抜けて、そんなところにいるんだ」
するとオーランはちらりとこちらを振り返って、つまらなそうに言う。
「そいつは俺の口から聞くより、本人と会ったときに聞いた方がいいんじゃねえのか?」
「……」
「何よりも、そいつを知っててめえはどうするつもりだ? てめえにできることなんか何もねえと思うけどなァ」
……同感。
僕にできることなんて何もないと思う。
今までも、ファナには守ってもらっていただけの存在なのだから。
だから聞いても、たぶん意味はないのかもしれない。
でも……
僕は真剣な眼差しを返してオーランに言った。
「どうするかは、話を聞いた後に決める。できることがあるのか、そんなのまだ何もわからないけど、聞かなきゃ、止まることもできないと思うから」
そう言うと、オーランは少し驚いたように目を見張っていた。
しかしすぐに表情を戻すと、ため息を吐くように小さく息を吐く。
この間にいったいどんな意味があるのか、まるで知る由もないけれど、やがて彼は後悔すんなよと言いたげに肩をすくめて、やっぱりつまらなそうに答えた。
「あいつは俺らのパーティーを抜けて、別の組織に入ろうとしてんだよ」
「別の……組織?」
「そいつらの拠点が、テイマーズストリートから北に行ったとこにあるモスキート大密林って場所に隠されてるって噂だ。確かなことは何もわかっちゃいねえがな」
なんだか曖昧な答えを返されて、僕は眉を寄せる。
組織? 組織って何のことなんだ?
それに、そいつらの拠点がどこかしらのエリアに隠されているなんて。
嫌な予感しかしない。
なんだ、僕の知らないところで、いったい何が起きているというのだ?
じわりと冷や汗を滲ませながら、僕は緊張した声音で改めて問いかけた。
「組織って、いったい何のことなんだよ? ファナは、どこに入ろうと……」
自然と声が震えてくる。
冷や汗のせいで背筋が凍えてくる。
頭の中が、次第に真っ白に薄れて……
半ば混乱する中、問いを受けたオーランがさらに僕の心をかき乱すように、ファナの居場所について、やはりどう見てもつまらなそうに答えた。
「闇ギルド、だよ」
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