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00/04(終)

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「旨っ!?」

 まずはとスープを一口、飲むなり理央は小さく叫んでしまった。

 続いて麺。野菜。もう一度、スープ。

 うん。間違いない。

「……美味しい」

 今度は噛み締めるように呟いた。

 牛尾理央、十五歳。彼は今日、生まれて初めてラーメン屋でラーメンを食べた。

 カップ麺や袋麺や回転寿司のサイドメニューやショッピングモールのフードコートでなら「ラーメン」を食べた事はあったが、専門店のラーメン屋でラーメンを食べたのは今回が初めての事だった。

 ただシチュエーションも高い下駄となっているかもしれない。

 理央は今回、高校のクラスメイトと一緒にラーメン屋に来ていた。

 理央も含めると四人。他の三人とは今の高校に入ってから知り合った。

 知り合ってからまだ数日だ。一週間も経っていない。

 胸を張って「友達」だと言えるような間柄ではまだまだなかった。

 そんな「友達未満」のクラスメイト達が、

「高校生になったらしてみたいコト? んー……。買い食いっていうか、学校帰りにラーメン屋とか行ってみたいかな。漫画とかでたまに見掛けるシチュなんだよね」

 照れながら告白した理央の「ささやかな夢」に、

「ラーメン屋か。それは有りだな。有り有りの有り」

「学校帰りに行けるラーメン屋……あ、駅の裏側に一軒あった気がする」

「んじゃ、行くべ。――いつ行くの? 今日デショってヤツで。今日の放課後な」

 ノリノリで乗っかってきてくれた事が嬉しかった。

 願ってもいなかった前のめり具合に理央は「ははは」と笑ってしまった。

 笹野佳樹、高橋玲音、上村直人。彼らとはまだまだ「友達未満」だったが、きっとすぐに「友達」になれると理央には思えた。

 でも今はまだちゃんと友達になる前なのに。カウンター席で横並びになって熱々のラーメンを食べている。不思議だった。

 仲の良い相手と一緒に食事を摂るのではなくて。これから仲良くしていきたい相手と一緒に食事を摂るとか。

 お仕事系漫画だとよく新人と教育係なんかがそんな事をしている気がする。

 オトナな感じがした。

 初めてのラーメン屋。初めての「これから仲良くしていきたい相手」との外食。

 理央は感動していた。大袈裟に言うならば幸せを噛み締めていた。もぐもぐ。

「美味しい……」

 でも。ちょっと量が多いかも。

「1.5倍」のカップ麺よりもずっとずっと量が多い。回転寿司屋の三倍以上だ。

 こんな量のラーメンを目の前に置いて食べ進める事もまた初めての経験だった。

 ……美味しいから食べられる。けど。ちょっと時間は掛かるかもしれない。

 ゆっくり食べよう――理央がそう思ったわずか数十秒後、

「ごちそうさんっと」

「ふぅー、旨かった」

 高橋と上村が次々に声を上げた。ほとんど同時に食べ終わってしまった。

 そればかりか、

「んじゃ。先に出てるぜ」

「表で待ってるわ」

 二人はすっくと立ち上がって、さっさと店から出て行ってしまった。

「え?」と一度は驚いた理央だったが「そっか」と思い出す。

 ネットか何かで見た気がする。ファミレスなんかとは違って専門のラーメン屋ではラーメンを食べる事のみを目的にしなくてはいけなくて休憩だとかおしゃべりの為に来店するのはマナー違反だという。そしてラーメンを食べるという目的を果たしたら連れがまだ食べている最中だろうがさっさと席を立って、その場を次の客に明け渡さないといけないらしいのだ。薄利多売やら客の回転率やら云々かんぬん。

 だらだらと食べているとお店にも次の客にも迷惑となるのか。そんなふうに考えてしまった理央は慌てて麺を啜り始まる。ずずずずーッ。すずずずずーッ。

 四人で来ていて二人が既に食べ終えている。焦る。焦る。焦る。

 丼の中身はまだまだ健在だ。むしゃむしゃ。もぐもぐ。ずずずずーッ、

 急ぎながらも理央は横目でちらりと隣の席に座っていた残る一人の「友達未満」を見遣る。

 四人の中で一人だけ大盛りを頼んでいた大柄な彼ももうすぐに食べ終わってしまいそうだった。凄い食欲だ。さすがは柔道部か。

 理央は数秒だけ彼に見惚れてしまったが「いやいやいや。見てる場合じゃないし」と自分のラーメンに向き直る。

 もしゃもしゃ。ばくばく。ずずずずーッ。それでもラーメンは無くならない。

 客観的に見れば理央の食事のスピードは遅かった。小さな頃からの習慣だろう。

 そんな理央なりには急いで食べているのだ。でも、まだ遅い。だけど、これ以上は急げない。

 でも。

 頑張らないと。

 生まれて初めて来たラーメン屋で一人、取り残されるのは……怖い。

「怖い」と思った途端にキュウと胸が詰まった。急に心細くなってきてしまった。

 食べよう。食べよう。さっさと食べよう。食べなくちゃ。

 ……さっきまではとても美味しかったはずのラーメンが何だか……。

 ――気の所為だ。

 首を振って打ち消すももう遅かった。

 目の前のラーメンが「食事」から義務や仕事や拷問かのように感じられ始めてきてしまっていた。

 違う。違う。何が拷問だ。このラーメンはこんなに「**い」のに。

「――まだ食ってんのか」

 不意に声が聞こえた。隣の席から。

「え? あ、ああ。これでも急いでるんだけど」

 下手な笑顔で理央が応える。

「急いでる?」と彼の眉間にシワが寄る。

「食うの遅くて。悪い。待たせるのもなんだし三人で先に帰ってくれて」

「自分のペースで食えよ。無理にかっ込んでも味なんか分からねえだろ」

 ぶっきら棒に彼が言った。俯いた理央の小さな声は見事に掻き消されていた。

「ラーメンにも失礼だろ」

「でも。早く食べないと。マナーとか。あ、こういうオシャベリも本当は」

「マナー? 食い物屋のマナーなんか、作ってくれた人と食材に感謝して旨く食う事だけだろうが」

 ボケだったのかマジなのか。彼はグルメ漫画の主人公みたいな事を言った。

 理央はきょとんとしてしまった。

 すると。まるでその隙を突いたかのように彼は、

「すみません。追加で白飯ください」「はいよー」

 店員に声を掛けていた。

「俺は食うぞ。店外にダチを待たせていても。ちゃんと食う」

 高らかな彼の宣言に、理央は思わず「ちゃんと」と復唱しながら笑ってしまった。

「でもまあ」と彼は続ける。

「四人中の三人を外で待たせて一人で食うよりは二人を待たせながら二人で食う方が気は楽だな。お前の食うスピードがゆっくりで助かってるぜ」

「ははは」と理央は笑った。全く下手じゃない自然な笑顔で。

「白飯お待ち」と追加の注文はすぐに届けられた。

 残されていたスープに白飯をぶち込んだ彼を見倣うように理央も残りのラーメンに箸を戻す。互いに無言でメシを、麺を口に含むと――あ、旨い。

 最初の一口目と同じくらい、もしかしたらそれよりももっと。美味しく感じる。

 ……うん。旨い。

「ふふふ」と理央は口を閉じたまま笑ってしまった。

 旨いな。美味しいな。

 いいな。

 まだ食べている途中だけど。もう「また来たいな」って理央は思ってしまった。

 また今度も彼――笹野佳樹と一緒に。


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