【短編】オタクに優しいギャル、爆誕!【読み切り】

春待ち木陰

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【短編】オタクに優しいギャル、爆誕!【読み切り】

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 中1の夏休み明け。私――伊東彩子は、美容師になったばかりだった姉にカットしてもらった かわいすぎる髪型で登校した。

「おはよー。ひさしぶりー」

「おはよー、サイコ……って、どうしたの? そのアタマ」

「お姉ちゃんに切ってもらったんだー」

「……すごいねぇ」

 友だちは目を丸くしていた。私の髪型は今、トップを残して、右側のサイドは刈り上げ、左側のサイドは耳が完全に隠れるショートボブとなっていた。

「なんかね、ツーブロックアシメっていうんだって」

「へえ……。……校則違反とか大丈夫なの?」

 一部、マジメな友だちは心配してくれたりもしたが、

「えー! サイコ? 一瞬、誰かわかんなかった!」

「なになになになに! その髪!」

「すごい! かわいーっ!」

 クラスメートの女子たちからはおおむね好評だった。ふふん。

 ただ、

「おわ!? なんだ、そのアタマ……」

「こわ。引くわぁ……」

「……へんなの」

 男子の大部分からは大変に不評だった。えー……。

 特に、男子たちのリーダー的存在で多くの女子からも人気だった木村くんには、

「やべえ。サイコの頭がオカシクなったぞ。ふたつの意味で!」

 ゲラゲラと笑われてしまった。

「サイコ。ダサい子。最高にダサい子」とラップみたいに歌われて、

「似合ってねえよ!」

 そうハッキリと断言までされてしまった。……そこまで言わなくても。

「まあ……似合ってるか似合ってないかでいうと」

「……ねえ? あたしたち、まだ中1だし」

「たしかに。ちょっと……」

 さっきまで私の髪型を「カワイイ」と言ってくれていたはずの女子たちが急に否定的なことを言い出す。木村くんに乗っかったんだ。……別に。さっきの「カワイイ」が全部ウソだったとは思わないけど、木村くんの主張を跳ね返すほどの「カワイイ」ではなかったということだ。

「…………」とマジメな友だちは困った顔をしていた。うん……いいよ。なにも言わなくて。わかってるから……。

 うつむく私の脳天に、

「ガキどもがッ!!!」

 強烈な怒声が突き刺さった。――うわッ!? びっくりした。誰の声……?

 顔はまだ上げられないまま、声のした方に目だけを向ける。……奥村くん?

「なんだ、お前ら。揃いも揃って」

 運動音痴でアニメとゲームとラジオと本が大好きな いわゆるオタクの男の子で、学校の成績も良くはないのになんだか変なことばかりを知っている奥村くんが何故かとっても怒っていた。

「木村!」

「な、なんだよ」と木村くんが気圧されている。普段ならゼッタイにありえない。

 奥村くんが言った。

「お前は赤ちゃんか?」

「……はあ? なんで俺が赤ちゃんなんだよ」

 木村くんも負けじと強めの口調で返す。私は……怒ってるっぽい男子が「赤ちゃん」とか言うのって、ちょっとだけカワイイかも……なんて思ってしまっていた。

「知ってるか? 木村」

「何を」

「大人は砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーやらビールやらゴーヤーやらの苦いモノを美味しいと感じられる」

「それがなんだよ」

「子どもの舌にとって苦いモノは不味いモノだ。それは何故か。生き物としての本能だ。苦みを毒だと察して、さっさと体外に吐き出すよう人間の体は出来ているんだ」

「だから何の話……」

「ただ人間は大人になるにつれてさまざまな経験を積む。その中で『この苦みは毒じゃない』と学習するんだ。ただの知識としてじゃなくて――本能がな。だから大人はコーヒーやゴーヤーの苦みを『毒じゃない』として美味しいと感じることが出来る」

「おい。奥村。聞けよ。俺の話も」

「それと同じように!」

「おわッ!? びっくりした……急に大声を出すな!」

「人間の赤ん坊は左右対称のモノを美しいと感じる」

「……左右対称?」

「逆に左右非対称のモノに対して不安感を覚える」

「……ホントかよ。またテキトウなデマカセじゃ……」

 木村くんの呟きに賛同するみたくクラスのみんなが小刻みに頷いていた。……そうなのだ。通常時はおとなしい奥村くんだが、どきどき今のように自信満々にどこから仕入れてきたかもわからないような豆知識を披露してくれる――のはいいんだけど、たまぁ~に、ゼンゼン 間違っているということもあるのだ。鵜呑みにはできないよ……。

「だが! これも成長するにつれて左右非対称のモノに対しても美しいと思えるようになる」

「待てよ。それはオカシイだろ。それじゃあオトナは見るものゼンブ、ウツクシイになっちまうじゃねえか」

 そうだ、そうだ。オカシイぞ……と私は私で、もしかしたら私のことをかばってくれているのかもしれない奥村くんの言葉に異を唱える――というか思っただけで言葉にはしていないから「異を思っていた」かな。奥村くんには「ありがとう」だけど、ヘンだと思っちゃったことは、やっぱり、ヘンだと思っちゃうよ。ごめんね……。

「――そんなことはない」

 と奥村くんは、まるで私の「ごめんね」に対して、みたいなタイミングで言った。……ビックリしたぁ。

「左右非対称のモノを無条件に拒否しなくなるだけだ。……木村」

「な、なんなんだよ」

「伊東の顔をよく見ろ」

「え?」

「え?」

 木村くんと私が同時に声を上げる。なになになに……? 半ば反射的に、私は木村くんのことを見た。木村くんはチラリとだけ私のことを見て、目と目が合うとすぐにその顔ごと大きく目を逸らした。逸らされた……。……私のアタマがヘンだから。

「何も変じゃないだろう。伊東の髪型は。よく見るんだ。木村」

「や、止めろ。奥村。離せ……」

 奥村くんは木村くんの顔を掴んで強引に私のことを見させようとしていた。そんなことされても……。

「伊東! お前もうつむくな!」

「――ひゃッ!?」

「堂々としてろ! お前は――」と奥村くんは言ってくれた。

「――可愛い!」

「え……?」

「今の伊東は最高に可愛いぞ! その髪型も可愛い。伊東には似合ってる!」

「な、な、な……」……なんで急にそんなこと言うの? 私と奥村くんは友だちでもないただのクラスメートで、なにかで仲良くしたときもなかったのに。なんで……。

「木村!」

「な、な、なんだよッ!?」

「お前もそう思うだろう!? 伊東は可愛い! 髪型も似合ってる!」

「うええッ!? そ、な、ええ……ッ!?」

「お前はもう赤ちゃんじゃないはずだ! 左右非対称だからって、不安に思うことはない! 今のお前なら伊東の可愛さに気付くはずだ!」

「ば、や、おま、ちょ……」

 木村くんの顔が真っ赤に染まる。それを私は突き付けられていた。

 私のすぐ目の前に木村くんのカッコイイ顔がある。……ぎゃー!?

 ……やろうと思えばキスできちゃうよ。しないけど。しないけど。

 こんな状況なのに誰も、木村くんのファンな女子たちも、木村くんのお仲間みたいな男子たちも、誰も何も言ってくれない。何故だか息を呑まれて見守られていた。

「わ、わかった! わかったから! 離せ! 奥村!」

 木村くんが叫んだ。……ちょっとだけツバが飛んできた。やだ、キタナイ……。

「……何が分かったんだ?」

「サイコだよ! サイコは可愛いよ! その髪型もダサくねえ!」

「え……」と木村くんを見る。自然と私の目は大きく見開かれていた。

「よしッ!」

 いつまでも掴み続けていた木村くんの頭をようやく離した奥村くんが、今度は、

「お前らもよく見ろ! どっからどう見ても伊東は可愛いだろうが!」

 私の髪型に不評を示していた男子たちに向かって、ガガッ! と吠えた。……何が彼をそうさせるの……?

 私のアタマは大混乱をしていた。

 だって。あの木村くんに「カワイイ」って言われて。嬉しいけど。嬉しいは嬉しいんだけど。思ってたよりも嬉しくないような気もして……。

「よく見れば……確かに可愛いかもしれない」

「……見慣れればヘンてこともないか」

「そのアタマ、伊東には合ってるんじゃねえかな」

 他の男子たちからのショウサンも、右耳から左耳へと素通りしちゃう感じだった。

 でも……私は今、すっごく、ドキドキしちゃってる。胸が苦しい。顔が熱い……。これは……木村くんのせいでもないし、ましてや他の男子たちのせいでもなかった。

「それから女子たち!」

 奥村くんがバッと振り向いた。急に矛先を向けられた女の子たちのほとんどが、

「ひぃッ!?」

 と弱々しく身構えていた。

「最初は伊東の髪型を可愛いって言えてたじゃねえか! 何で変えた!? どうして前言を撤回した!? 木村がダサいって言ったからか!?」

「そ、そんなつもりは……」

「そうだろう、そうだろう。お前らは意識して木村に追従したわけじゃねえはずだ。だが容易に流れた! それもまた本能なんだ!」

 奥村くんの大演説が始まった。

「動物だったか魚だったか昆虫だったか……ナントカの未熟なメスはすでにツガイが居るオスに群がるんだそうだ。自分自身にオスを見る目が無えから。まだまだ養われてねえから。自分の基準で測れずに他人の目で判断するんだ。他のメスがツガッてるオスなら魅力的なオスに違いねえと思って群がる――今のお前らがそうだ! 自分の判断を疑って、他人の評価を信じ込む! そんなんじゃいつまで経ってもガキのままだぞ! 他人の価値観に流されるんじゃねえ! 自分を信じろ! 自分が好きだと思ったものを貫くんだよ! 自分の『好き』を信じるんだ! お前ら! もうガキは卒業だ! 成熟したオンナになれよ! 俺は……他人の言動に流されるクソガキどもが大嫌いなんだ!」

 すさまじい熱量だった。聴衆であったクラスメートたちの大部分はドン引きしていた。もしくはポカンとしていた。

 だけど……「自分が好きだと思ったものを貫くんだよ!」とか「自分の『好き』を信じるんだ!」とか、いくつものセリフが私のココロには深く突き刺さってしまっていた。……今になって思えば、このときの奥村くんの大演説が私の大事なギャルマインドの1つである「自分軸」の……ミナモト? イシズエ? なんか、根っことか土台とかそういうやつになってる気がする。

 奥村くんはその後も、

「……何で前回1位のキャラが第2回の人気投票でTOP10にも入らねえんだよ敵方のキャラが主人公を喰って1位を取ったっていいじゃねえかマジであのアホ有名人が『好きじゃない』とか『やっぱり主人公が』とか言ったせいなのか主人公が好きでもライバルキャラが嫌いでもそれは個人の自由だからどうでもいいけど世論の誘導は許せねえあんな奴の自分勝手な言葉に影響を受ける読者が居るのかよってところからもうムカつく……」

 ぶつぶつと「永遠に」続けていたが、その辺りの言葉はもう私の耳にも入ってきていなかった。

   

 その後、これまでのちょいちょいと攻撃的だった態度から一変してとっても素直で優しくなった木村くんと私は「和解」を越えて、フツウに仲良しとなった。

 私と木村くんが仲良くなったから――なんて考えるとちょっと偉そうかもしれないけど、実際、多分、本当にその影響で、ウチのクラスでは男子女子の仲がとても良くなった。いままでもそんな「すごく仲が悪かった」ってわけじゃないんだけど。半年後のクラス替えまでに何組かのカップルが生まれて、その全部が少なくとも中学校卒業までは続いたりとしていた。

 私も私で卒業式の当日、木村くんに告白をされた。

「……それと、あのときは悪かったな。……ごめん。素直になれなくて。奥村の奴が言ってた通りだ。あのときの髪型、本当は最初から可愛いと思ってた。似合ってた」

「……ありがとう」

 今更なのに。ぽぽッと顔が熱くなる。自分では見えないけど、きっと私の顔は今、真っ赤になっちゃってるんだろうな。わかる。

 でも。

「……ごめんなさい」

「あのときのこと、やっぱり許せない……か?」

「ううん。それはもう、ホントにゼンゼン。私、木村くんのことは好きだよ」

「え……ッ?」

「あ、ごめん。えと、友だちとして、フツウに好きだよ?」

「ああ……うん。そうか。そうだよな……」

 うつむいた木村くんの脳天に向かって――別にトドメを刺したかったわけじゃないんだけど――私は伝えた。

「私……好きなヒトがいるんだ」

「それって……」と木村くんが顔を上げた。

「……いや。やっぱ、聞きたくねえな」

 木村くんはそっと首を振って「へは……」と静かに笑った。

「うん……ごめんね」

 ……ホントはね、木村くんのことをちょっといいなって思ってたときもあったんだけど。それは多分、他のみんなが木村くんのことを好きだったから。

 あの頃の私は奥村くんが言ってたように「未熟」だったんだ。

 みんなに流されて、ううん、むしろ自分から流されにいって、なのに、流されてることに気付いてもなかった。

 今になって「あれは恋じゃなかった」なんて、自分勝手が過ぎるかな。

 うん……あれも確かに「恋」だった。

 私は木村くんに「恋」をしていたこともあった。

 でも。

 今はもう。

 私は、私の「好き」を見付けてしまった。他の誰かの影響を受けていない私だけの「好き」だ。私はこの「好き」を信じてる。

 他の誰がなんて言おうとも私はこの「好き」を貫き通すとココロに決めていた。

 私が初めて、自分だけで「好き」になった、その「初恋」のお相手は――。

   

「奥村ぁ。それって例のアニメ? 教室で見るならイヤホンしなよー。マナーだぞ」

「ん? 伊東か。ご忠告 痛み入るが忘れたんだよ。だが見ないって選択肢はねえ。音量は極小にするから見逃せよ」

「んー。貸してあげよっか? ウチのイヤホン。――はい」

「マジか。さんきゅ……て、ワイヤレスかよ。俺のスマホと繋いじまっていいのか? 伊東の設定、上書きされちまわねえの?」

「おっけー、おっけー。えーと、なんだっけ。マルチなんとか対応だから……てか、奥村っていつも有線のイヤホンしてるよね。実は反ワイヤレス連合の一員とか?」

「どんな連合だよ。ワイヤレスは音ズレするからな。ちゃんと映像 見るつもりなら有線の方が良いんだ」

「ありゃ。じゃあ、ウチのこのイヤホンは役立たず?」

「背に腹だ……。多少の音ズレには目をつむる。今日のところはな。このイヤホン、ありがたく借りるぞ?」

「はいよー。貸したげる。でもその代わりに設定は消さないでおいてね」

「ん……?」

「そんで。たまに、あーしに聞かせておくれよ。授業中とか暇だから」

「お前……高校は義務教育じゃねえからな。中学じゃあそれなりの成績だったはずの伊東が何でこんな高校に入ったのかと思ったら、サボりまくるつもりだったのかよ。……あんま気ぃ抜き過ぎてっと中学のときの『貯金』を使い果たして、しまいにゃあダブるぞ?」

「あー、そんときは奥村も道連れにするから。ダイジョウブ」

「何ひとつ大丈夫じゃねえよ。……つーか、俺に伊東専属のDJでもやれってのか? このスマホと伊東のイヤホンで」

「そゆこと」

「おいおい。ギャルの好きな音楽なんか一曲も入ってねえぞ、俺のスマホには」

「いいよー。ギャルの好きな音楽なんかじゃなくても。アニソンとかで。……奥村の好きな歌とか聞かせてよ? えへへ」

「あァ……?」

「んじゃ。ケッテーねー。今日は一日、そのイヤホン、貸したげるからさ。明日からよろしくねー。あー、たのしみだなー。えへへへへへ……」

「あ、おい、伊東……行っちまった。……くそ。このイヤホンは、ありがたく借りるけどよ……。――……あー、くそッ! 気を確かに持つんだ、俺! 『オタクに優しいギャルは実在するが別に俺にだけ優しいわけじゃないんだから勘違いすんじゃねえぞ。ゼッタイに。ゼッタイだぞ!』」






*********

読んでくださって ありがとうございました。

こちら、吾輩の脳内で独占連載中の「オタクに優しいギャルは実在するが別に俺にだけ優しいわけじゃないんだから勘違いすんじゃねえぞ。ゼッタイに。ゼッタイだぞ!」の前日譚というか第0話でした。

励みにめちゃめちゃなりますので少しでも楽しんでいただけていましたら「いいね」押していただけると嬉しいです。

よろしくお願いしますっ!

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