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しおりを挟むリズミカルな衣擦れの音。忙しない呼吸音。テレビやラジオは付けられていない。音楽も掛けられていない。時刻は二十三時五十二分。もうすぐ今日が終わる。
他の家族の生活音も聞こえてこない。家の前の道路を通る車の音も聞こえない。
ともすれば耳鳴りがしてきてしまいそうな夜更け特有の静寂に包まれながら、
「ふッ、ふッ、ふッ、ふッ……」
――シュッ、シュッ、シュッ、シュッと和彦は自身のペニスを扱き続けていた。
もっとも諒が手にしているスマホの画面に映っているのは和彦の肩から上だけで、「ペニスを扱き続けていた」というのは細かく揺れ続ける映像と上気した和彦の顔とその表情と荒い息遣いと、こちらも見えてはいないが衣擦れとしか思えない音等から諒がそう判断していただけだったが。間違いはないだろう。
「…………」と諒は唇を内側に巻き込むような――鼻の下を伸ばすみたいなかたちで口を強く結んでいた。だるだるに緩みかかる表情を甘噛みで堪らえようとしていた。
じっと見詰める。見詰め続ける。
画面の中の和彦はふわふわにセットされていた髪をばさぼさに乱していた。眉間に浅いシワを寄せて、眉尻を下げて、普段ならぱっちりとしている大きな目を切なげに細めていた。
大人びた微笑みばかりを浮かべていた口をだらしなく半開きにして「はッ、はッ、はッ、ふッ――」と和彦は喘いでいた。
……不公平だな。諒は思った。どれだけ表情を崩そうとも元が美青年ならば絵にはなるのか。言葉の意味の足し引きだけで言えば「美青年の崩れた表情」と「不細工の決め顔」は同じ数値になりそうなものだが。現実は残酷だ。
今の和彦の姿には普段とはまた違う魅力が溢れていた。非常に扇情的だった。
悔しくなってきてしまうくらいに艶めかしかった。
諒の心臓が強く鳴る。
スマホの小さな画面の中から和彦が諒の事を見ていた。和彦と諒の目と目はずっと合い続けていた――正確に言えば「目が合っている」のは諒にとってだけで、実際の和彦の目はスマホのカメラ部分に向けられていた。
視界の中には収まっていたが和彦は自分のスマホの画面に映っている諒の顔や目を真っ直ぐには見られていなかった。和彦が少しでもカメラから目線を外せば、
「和彦。下を向かない。顔を見せて。ちゃんと」
すぐに諒から指示が出される。小悪魔顔した諒に、
「見ててあげるから。和彦の誰にも見せたコトなんてない顔。ふふふ」
なんて言われてしまっては、和彦もカメラを見続けるしか――その顔を見せ続けるしかなかった。
また諒は諒でスマホの上部に位置しているフロントカメラではなくて、和彦の顔が映されている画面の方を凝視していた為、和彦の方の画面に映っている諒の顔はやや下に向けられていた。その映像では和彦がどう頑張ってみても――たとえばスマホの下方から覗き上げようとも諒の目と目が合う事はなかった。
現実で顔を突き合わせていたらこうはならない。
スマホの画面越しだからこそ実現してしまった一方的な見詰め合いだった。
諒は和彦の目をじっと見据えられるが、和彦は諒の顔も見詰められない。
気分としてはマジックミラー越しの対面のような。何だか卑怯な安心感があった。
先に和彦が諒にウイルスだなんてものを送り付けていなかったら、多少の罪悪感は覚えたかもしれなかったが今現在の諒は少しの遠慮も照れもせずに和彦の目を見詰め続けていた。
……そろそろかな。諒は察する。
「シュッ、シュッ、シュッ」だった衣擦れのリズムが「シュッシュッシュッシュッ」と速まってきていた。
「んッ。んッ。んッ」と短く喘ぎながら、まるで苦しげに目を伏せた和彦に諒が声を掛ける。たったの一言、
「――和彦」
とだけ。
「あ――」と小さく漏らした和彦がカメラに目を向ける。……なんて従順な。
眉根を寄せてまぶたはぎゅっと閉じ掛かっていた。それでも頑張ってカメラに目を向けようとしていた。あごを軽く上げて――自分よりも背の高い恋人にキスをせがむような顔付きだった。
自称169.5センチの諒と比べなくとも和彦は長身で、十年以上もの付き合いである諒も、こんな角度からの和彦の顔を見たのはこの夜が初めてだったかもしれない。
「諒……」と呟いた直後、びくんッびくんッと連続で二度ほど和彦が弾んだ。
衣擦れの音が止んで、和彦は「ふぅ……」と長く息を吐いた。
半開きだった口は閉じられて、眉間のシワも無くなった。和彦は持ち前のあたかもCGのような――流石に言い過ぎか?――端整な顔付きを取り戻していた。
また無事にイケたらしい。……これで何回目だ。
「お疲れさま」
と諒は声を掛ける。率直に労ってやった。
「本当にイッたの? 演技じゃなくて?」だとか「だったらティッシュに出したヤツ見せられる? ――ウソウソウソ。見せなくて良いから」だとかはもう言わない。
今夜の今夜だが最早、和彦のイキ顔を見慣れてきてしまっていた諒には、わざわざ言葉に出して尋ねなくても和彦の顔を凝視していれば「もうそろそろ」から「まさに今この瞬間」といった絶頂の気配が見て取れるようになってしまっていた。
「ふぅ……、はぁ……、ふぅ……」と和彦はほんの数秒で息を整えてしまう。
……何となくだが。スポーツマン的な体力をインドアの極みとも言えるオナニーで発揮しないでほしいな。諒は思った。笑って良いんだか呆れれば良いんだかそれともドン引くべきなんだか分からない。
「諒」
と和彦が諒の名前を呼んだ。
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