諒と和彦の薄いお話。~50回目にプロポーズ~

春待ち木陰

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「はあ?」

 諒は返した。

「何? なんてー? 聞こえませんけどー。そんな、ぼそぼそ、言われても」

 と諒は嘘を付く。熱が上がる。暑い。熱い。あっつい。

「――好きだからッ!」

 和彦が声を張り上げる。諒は透かさず、

「誰が?」

 と詰める。

「俺がッ!」

「俺? はい? 『俺』? ……誰が?」

「か、和彦がッ!」

「誰を?」

「諒の事をッ!」

「友達として?」

「とも、ちがッ」

「何として?」

「れ、恋愛の意味で」

「続けて言うと?」

「か、和彦が諒の事を恋愛の意味で好きだからッ!」

 自棄というのかまるで断末魔の叫びみたいな和彦からの告白を聞きながら諒は真っ赤も真っ赤になっていたその顔を、にやにやを通り越してぐにゃぐにゃに柔らかくしてしまっていた。

 和彦と諒のこの「戦い」は、はてさて、どちらが優位でどちらがダメージを受けているのか非常に分かりづらいものとなっていた。

「……和彦は同性愛者なわけ?」

 自分の事は棚に上げて諒が尋ねる。和彦は答えた。

「それは……分からない」

「分からない?」

「ああ。諒以外の男を好きになった事はないけど。もっと言えば諒じゃない女を好きになった事もないから」

「そ……うなんだ……?」と諒はその頬を細かに震えさせながら相槌を打つ。

「俺は別に諒が男だから好きになったわけじゃなくて。諒だから好きになったんだ。今ここで実は諒は女だったなんて言われても、じゃあさっき『好き』って言った事は取り消すとか嫌いになるとかって事はないから」

「……んふ。ふふふ……」と諒の結ばれた口から笑みが漏れ出る。抑え切れない。

 ならばいっそと、

「たははははははッ!」

 諒は大袈裟に口を広げて笑ってやった。

 和彦はこの諒の大笑いをどういったものだと捉えただろうか。

 とりあえずは「…………」と何も言わなかった。

 ひとしきり笑った後、ようやく頬の筋肉が本来の力を取り戻した諒がきゅっと引き締められた真面目っぽい顔で言った。

「それで?」

「……え?」

「何で和彦は急にあんな告白をしてきたの? ウイルスとか覗き見とか。言わなきゃ別にバレなかったのに。そのまま覗き続けるにしてもやめるにしても俺に言う必要は無かったんじゃないの?」

「それは……」と和彦は言い淀む。諒は、

「俺が言ったから?」

 和彦の言葉を待たずに話を先へと進めてしまう。

「む……」と和彦は口ごもる。

「俺が和彦の事を好きだとか何だとか口走ったから。『あ。これ、両想いだあ』とか浮かれて? ついつい?」

「ち、ちがッ。その……浮かれたっていうか。えっと。急に……罪悪感というか」

「へえ。なるほど。自分の罪悪感を消す為だけに打ち明けたんだ? 打ち明けられた俺がどれだけ恥ずかしい思いをするとか考えずに?」

 和彦は「…………」と険しい顔で口をつぐんだ。諒は、

「成績優秀な生徒会長サンなのに『知らぬが仏』ってコトワザは知らないのかなあ。別にウイルスとか言わずにさあ、何か他に上手い事を言って俺がスマホに保存してる画像を全部消させてさ、何も無かった事にしようとかは思えなかったわけ?」

 くどくどと責め続ける。なんかちょっと楽しくなってきてしまっていた。

 ……初めての感情かもしれない。

 生まれて此の方、諒にSな自覚は無かったけれど。これはクセになってしまうかもしれない。ヤバいヤバい。

 ただ事実として和彦が行った事は控えめに言っても最低で最悪な犯罪行為だった。そこはしっかりと反省をしてもらわなければいけない。和彦の為にも。

「愛」を言い訳にすれば何をしても許されるだなんて前例は作ってはいけないのだ。

 これからこの先、きちんとしたお付き合いを長く続けようと思うならば尚更の事。

 ここは心を鬼にして。そう。鬼にして。

「それでさ。俺は確かに和彦の事を『好きだ』とか言ったけどさ。でもスマホにウイルスとか送り込まれて盗撮まがいの事もされてだよ。そんな卑劣な事をされてたって知った今でも俺が和彦を好きなままだと思ってる?」

「…………」と少しだけ黙った後、

「正直に言えば。今でも両想いだったなら……それは本当に嬉しい。けど今は本当に『ゴメン』が言いたくて。それだけだから」

 和彦は苦しげにまるで呻くみたいに吐露してくれた。

 が只今、心を鬼にしております最中の諒は、

「あ、そう」

 と無情にも切って捨ててやった。

 今は言わない。まだ言わない。百年の恋も冷めるような事をされてしまったのに、諒の「十年の恋」は少しも冷めなかった。だがその事実を告げる時は今じゃない。

 もしかしたら「恋」じゃないかもしれないし。なんて。今更か。

「じゃあ」と諒は和彦に言ってやった。

「今からオナニーしてみせてよ」

「……え?」と和彦は間の抜けた顔を見せる。だけど諒は許さない。取り消さない。

「見ててあげるから」

「は……?」

「聞こえない? 電波が悪いのかなあ」

「あ、いや。聞こえてはいるけど」

「じゃあオナニーしなよ。見ててあげるから。好きな俺に見られながら、しなよ」

 畳み掛ける。諒は和彦に「けど」の先を言わせなかった。

「…………」と押し黙ってしまった和彦に諒は追い打ちを掛ける。

「和彦から送られてきた画像って50枚以上あるんだよね。だから。軽く50回くらいは見られてるって事だよね。俺がオナニーしてるとこ」

「……カメラに映ってたのは諒の顔だけだけど」

 往生際の悪い言い訳というよりは事実誤認が無いようにとの説明かもしれないが。

「そーゆー問題じゃありませーん」

 諒の言った通りだった。

「はい。すみません……」と和彦は俯いてしまう。

「だからねえ」と諒は楽しげに声を弾ませた。

「同じ分だけ――50回ね。和彦が俺にオナニーを見せてくれたら。全部チャラにしてあげる」

「えッ!?」

 と和彦が勢い良く顔を上げた。大きく目も見開かれていた。

「……許してくれるのか?」

 恐る恐るといった感じで和彦が尋ねてきた。諒は、

「んー」

 と少々もったいぶりながら答える。

「許すっていうか。無かった事にはしてあげるから」

「無かった事に……?」

「そう。俺が今『和彦、きらーい。さいてー。きもちわるーい』て思ってる気持ちを無くしてあげる」

 にこにこと微笑みながら諒は言ってやった。

「う……」と希望に見開かれていた和彦の目が絶望に歪む。

「嫌われてるのか。そうか。そうだよな」

 俯きかかる和彦に諒が明るい声を掛ける。

「落ち込んでる暇あるのー? 50回だよ。50回」

「ぐう……」

「全部済んだとき、まだ和彦が俺の事を好きだっていうんだったら――」

 口が滑った。今じゃない。それは分かっていたけれど。諒だって言いたくないわけじゃないのだ。我慢していたのだ。

「――応えてあげるから」

 諒にとっての和彦は「幼馴染」で「友達」で「悪友」で、和彦からの告白を受け入れる事でそれらが全部「恋人」に塗り替わるのか、それともそこに新しく「恋人」が追加されるだけなのかはまだ分からないけれど。

「……答えてくれるのか?」

 すがりつくような目を和彦は向けてきていた。諒はどきどきとしてしまう。嗚呼、何だろうか。これは。庇護欲と嗜虐心の両方を同時にくすぐられてしまう。

 和彦が続けた。

「分かってる。だからって『YES』だとは思ってないから。どんな『答え』でも。諒が俺の想いに答えてくれる事が嬉しいから。大丈夫」

「ん……?」と諒は小首を傾げる。

 ……何かちょっと勘違いしてるっぽい?

 ただ、口を滑らせてしまった諒にしてみればある意味、助かった。本音はちょっと残念だけど。お楽しみは後にとっておくとして。今は良い。乗っかってあげる。

「今は『きらーい』だけどね」

「ぐ……が、頑張るから。待っててくれ。……諒が見てくれるなら。俺は……俺は、50回くらい三日でイッてみせるから――ッ!」

 和彦の熱過ぎる決意表明に、

「……死んじゃわない? それ。もしくはチンコ取れない?」

 諒は軽く引いてしまうのだった。


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