諒と和彦の薄いお話。~50回目にプロポーズ~

春待ち木陰

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 ……フツウは誰にも見せないオナニーだ。カメラの位置的に映っていたのは顔だけだとは言っていたけれど。それでもオナニー中の顔面を何処かの誰かに盗み見されていたなんて、顔から火が出るくらいに恥ずかしい事だった。

 でも。それが「何処かの誰か」だったから。諒は「無かった事」に出来た。

 物理的にも金銭的にも被害は無くて、それはまるで「オバケの仕業」だった。「霊感」とやらは持っていなく、信じてもいない諒にとっては存在しない「オバケ」だ。実体の無い「オバケ」だ。

 視えるヒトやら知っている――信じているヒトにとっては大問題なのだろうが諒には視えない。知らない。信じていない。ポルターガイスト現象も起きていなければ、除霊師に金銭の要求もされていない。

 諒の「気分」に対してしか影響を及ぼさない「オバケ」ならば。諒が「怖い」とか「気持ちが悪い」とか「恥ずかしい」とか全部、全部、全部、何も全く思わなければ「無かった事」にする事が出来た。……ヒトはそれを「泣き寝入り」とかいうのかもしれないけれど。諒にとっては最も簡単で、最も現実的な解決方法だった。

 ――でも。

 実際には「何処かの誰か」ではなくて「和彦」の仕業だったという。

 物理的にも金銭的も被害は無い――そこは変わらない。けれど。「オバケ」と違って「和彦」は諒の目にも視える。知っている。和彦は確実に其処に存在していた。

 諒が今、全てを忘れたとしても。和彦が諒のオナニー中の顔を盗み見ていたという事実は消えない。諒が忘れても、和彦は忘れないだろう。そんな和彦を見れば、諒も思い出す。

「無かった事にするには……和彦を殺して。埋めて。その事を含めた全部を忘れれば良いのか?」

 冗談だ。

「…………」と和彦からの反応は無かった。きちんと「待て」が出来ていた。

 それにしても……見られてたのかあ。和彦に。

 最初の最初に「止めなよ。バカなの?」と返した手前もあって。途中からは本当に送られてきた画像を見ながらオナニーをしていながらも諒は「もう止めなよ。いくら送り付けられても、そんな画像でオナニーなんかするわけないじゃん」の姿勢を貫き続けていた。……でも。和彦にはバレていたという事だ。送り付けられていた画像で諒がオナニーをしていた事が。毎晩、毎晩、オナニーをしていた事が。

 恥ずかし過ぎる……。……恥ずかし過ぎて「恥ずか死」してしまいそうだった。

 ……違う事を考えよう。違う事を……。

「でも。何で?」だ。和彦は何でこんな事をしたんだろう。相手が諒とは言え他人にウイルスを仕込んだ画像を送り付けるだなんて、フツウに犯罪なんじゃないの?

 和彦は「バカ」だが「悪」じゃない。また、これが「犯罪」だと分からないような「馬鹿」でもない。和彦が適当な悪意や簡単な思い付きでこんな事を仕出かすわけはなかった。何か……大きな理由があるに違いなかった。

「……誰かに脅迫とか、されてる?」

 諒は和彦に尋ねてみた。

 例えばだが和彦と諒の二人共に対して悪感情を抱いている人間が、和彦に対しては「同性のオナニー」という一般的には嫌悪の対象であろうと思われる行為を見る事を強要し、諒に対しては「友達にオナニー中の顔を見られる」という屈辱をこっそりと与えながらも、すぐにか、いずれかにしろ必ずギクシャクはしだすであろうと二人の関係をも崩しに掛かってきていたとか。

 ――となると。和彦は……嫌々、俺のオナニー中の顔を見せられていたのか。

「完全なる被害者」のつもりでいたのだが、諒も諒である意味「加害者」なのか? なんだろう。なんだろう。モヤモヤする。……諒は複雑な感情を抱いてしまった。

「……そうじゃない」

 和彦が答えた。

「待て」中にも質問に対してはちゃんと答える。実に従順なイヌであった。

「じゃあなんで?」

「……俺の本当の『オカズ』は、送り付けてた画像じゃなくて。その画像を見ながらシコってた『諒』だったから」

 諒は尋ねた。和彦は答えた。

「……うん。通話を切るね」

「えッ。ごめ、あ、待っ、りょ――」

 ――ブツン。

 有言実行。諒は本当に和彦との通話を打ち切った。

 諒は一瞬、

「……このまま放置したらどうなっちゃうのかなあ」

 だなんて意地悪に思ってしまった。

 近所と言えば近所だから諒の家にまで走ってきたりして。いや思い余り過ぎて自殺とかはしないと思うけど。……ウイルスを仕込んだ画像を送り付けて覗き見するとも思ってなかったからなあ。

 諒は、

「――早まるなよ、和彦ッ」

 にやにやしながら呟いた。

 今さっき閉じたメッセージアプリを再び立ち上げて、今度はこちらから和彦を呼び出す。さっきまではただの音声通話だったが今、呼び出しているのは、お互いの顔が見られるビデオ通話だった。

 実は諒は最初からそのつもりであった。だって。話の内容が内容だった。声だけの通話では情報が少な過ぎて。それが「冗談」なのか「本気」なのかの判断を間違えてしまうかもしれない。諒は自分に都合良く「誤解」してしまうかもしれないと考えて音声通話からビデオ通話に切り替えたいと思った。

 でも。それをそのまま和彦に提案する事には何となく抵抗を感じてしまった。

「ちゃんと顔を見ながら話したい」だなんて台詞を今の諒に言わせるのか。……諒は言いたくなかった。

 だから。ちょっとした意趣返しというやつだった。

 音声通話からビデオ通話への切り替えは一度、回線を切ってから再び繋ぎ直さなくてもそのままタッチ一つで出来たのだが諒はあえて「――ブツン」と和彦との通話を打ち切ってやった。

 ――「落ち込みと慰め」の役割分担と同じで、立場の取り合いは基本、早いもの勝ちだった。

『ポ――』と呼び出し音が鳴ったか鳴らないかの早さでビデオ通話は繋がった。

「もっしもーし?」と呑気な声を掛ける諒に対して、

「ごめん。すまん。悪かった。俺が最低だった」

 平謝りの和彦は顔面蒼白だった。……うん。ビデオ通話にして良かった。

 ゆるくエアリーにウェーブの掛けられたショートヘア。整えられた眉、ぱっちりと大きくて優しげな目許。高過ぎずも通った鼻筋。ゆったりとした余裕のある微笑みが良く似合う大きめの口許。薄い上唇。少しだけ厚い下唇――イケメンは蒼白でも絵になるなあ。

「ねえ――」と諒は和彦の「平謝り」を軽くスルーする。

「ちょっと確認なんだけど。俺の顔を盗み見てたのは和彦だけなの? 誰かと一緒に見ながらゲラゲラって俺をバカにしてたとかはないの?」

「それはない」と和彦は即答してくれた。

「何で? 何でそんな事したの?」

「それは……さっきも言った通り、俺が諒のエロ顔を見ながらシコる為に……」

「エロ顔」とか言われてしまった。和彦に。「ん……」と諒の顔面に紅みが増す。

「だから。何で? 何で俺の顔を見ながらオナニーするわけ?」

「それは……その……」

「何?」

 片や蒼白、片や紅といった実に対照的な顔色の二人がスマホの画面越しに強く見詰め合っていた。詰めている側の諒は言わずもがな、詰められている側の和彦も和彦で諒の事を見詰め続けていた。顔も目も少しも逸らさない。

「……好きだから」

 和彦が言った。


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