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しおりを挟む何回、何十回と同じ流れを重ねられた結果、今では22時過ぎにスマホが鳴るだけで諒は――メッセージアプリを開いて送られてきた「画像」を確認するまでもなく――勃起するようになってしまっていた。……実に嫌な「パブロフの犬」であった。
和彦から送られてくる「画像」の中には時折、盗撮風の画像や無修正の画像などといった違法性を感じられるものもあったが厳密に言えば、本日の「若手女優が初めてテレビのバラエティー番組に出演した際のキャプチャー画像」も立派な著作権法違反だった。悪い事だ。良くはない事だ。
友達にやら、街中でやら、大っぴらに出来る話ではなかったが諒は「誰にも迷惑は掛けていない」の精神で、こっそりと利用させてもらっていた。……きっと何処かに「見えない被害」はあるのだろうが。
諒は決して不良の類いではなかったが、かと言って「潔癖」なわけでもなかった。
そして。多分、諒と和彦の倫理観は似ていた。それは諒の感覚的な認識であって、言葉での説明は難しかったが。
諒と和彦は別々の高校に通っており、互いの学校生活を詳しくは知らなかったが、和彦は通っている高校で生徒会長を務めているのだという。
諒に見せるような「バカ」のままではとてもじゃないが務められはしないだろう。
高校では「優等生」だと言っていた。諒には信じられないが。非常に疑わしいが。それがもし本当なら、あれでいて和彦も「常識的な外面」は持っているという事だ。
盗撮風の画像や無修正の画像はネット上から拾ってくるのだろう。まさか自分で盗撮したりや逆ナンしてきた女の子をハメ撮りしたりはしていないはずだ。和彦も諒と同じで「不良」や「悪」ではないはずだった。平気で他人に迷惑を掛けられるような人間ではない――と諒は認識していた。
「悪い事」や「良くない事」を全て忌避する「潔癖症」でもなく、その中のどの辺りまでを許容するのか、バカなりの分別はつけていると思われた。
例えば自分でテレビの映像をネット上にアップロードはしないがすでにネット上にあるキャプチャー画像は拾ってきて友人に送り付けるだの、キツめの冗談も通じるであろう幼馴染にはエロ画像を何十日連続で送り続けるが、他のただの友人には画像の一枚も送らないどころか文字での下ネタすら控えている可能性もあった。
……相手が諒だから許されているが、嫌がる素振りを少しでも見せた友人に連日のエロ画像攻勢は下手をすればストーカー的な事案行為だ。「冗談」では済まされない嫌がらせだ。受け手が体調でも崩せば、立派な傷害罪だ。
和彦も「諒だから許されている」事は分かっているのだろう。だから他の友人にはしない。他の友人には最初からしようともしないくせに「止めなよ。バカなの?」と明らかに嫌がってみせた諒には、その後もエロ画像を送り続けるという……――これこそが「バカなりの分別」だった。
「……バーカ。バーカ。バーカ」
諒は「肩紐を外されたビキニ水着を慌てて押さえている美少女」の画像を見ながら今夜も自身のペニスを扱いていた。その目は画像を見ながらも諒の頭の中には和彦の姿があった。頭の中の和彦に向かって、諒は「バーカ」と囁いていた。
オナニーをしながら吐息以外の言葉を発したのは初めての事だったかもしれない。
……何となく。諒は、
「和彦」
と呟いてみた。
口に出してみて、その言葉を自分の耳で聞いてみた――瞬間、
「んッ!?」
びくりと下腹に力がこもった。睾丸がキュッと引き締まった。何だこれ……。
……どきどきしている。
性的な興奮が異常に高まったのを諒は感じていた。非常に昂る。
目を閉じる。
「肩紐を云々」といった余計な情報を完全にシャットアウトした諒は、頭の中に描いていた「和彦」に意識を集中させてしまう。
「……和彦。和彦。バカな和彦……。……好きだ。好きだよ……。和彦……」
囁きながら諒はペニスを擦り続けて、
「和彦、和彦、和彦――ッ」
和彦の名前を呼びながら遂には射精してしまった。
「はあ……、はあ……、はあ……、はあ……」
乱れた息もまだまだ整わない。体中の力が抜けてぐったりとしてしまっていた諒の耳に、
『――ポンポロンポン、ポンポロンポン……』
スマホの呼び出し音が聞こえた。メッセージの受信ではない。通話着信だった。
諒はのっそりと画面を覗き込む。誰だ……?
「……和彦?」
何だろうか。これまで「画像」を送り付けてきた後に和彦から追加でメッセージが届けられた事は一度も無かった。……「この画像を見て、オナニーをしろ」と言っておいて、まだその最中だか、もう終わったのかも分からない状況の相手にバカな気を遣って「遠慮」していたのだと思っていた。ずっと。
……いや。そもそもが「しろ」と言われて本当にオナニーをしてしまっている諒も諒だし。諒が本当にオナニーをしていると思っているのならば和彦も和彦だった。
「しろ」とは言ったが、まさか本当に言われるがまま諒が素直にオナニーをしているとは思っていなかったのだとするならば。「遠慮」は諒の勘違いだったのか。深読みをし過ぎてしまっていたのだろうか。
……何にせよ。
「何の用だろう?」
一文のメッセージではない。通話着信だ。遣り取りが必要な何か込み入った話でもあるのか。……このタイミングで?
ゆっくりと息を整え終えた諒は、
『――ピッ』
着信に応えた。
「……もしもし? 和彦? 何? 急に通話とか」
「…………」
「……もしもーし?」
「…………」
諒は着信に応えたのに。この通話を望んできたはずの和彦からの応答が無かった。
「……和彦? ……もしかして、寝落ちの瞬間に間違って通話を押したとか……?」
「…………」と三度目の無言を確認した諒が、
「……切るぞ。…………。……おやすみ」
と呟いた直後、
「――ごめん」
と和彦の声が聞こえた。小さな声だった。
「わおん――ッ!?」と諒は変な驚き方をしてしまった。……幼馴染で、バカな事も気軽に言い合える悪友的な一面も兼ね備えた気の置けない友人同士であるという諒と和彦の公式見解的な関係性上、完全な素で呟いてしまった「……おやすみ」が非常に恥ずかしかった。
「何さ。何が『ごめん』? あ。間違えて通話、押しちゃったコト? 別に良いよ。急な着信はちょっとビクッたけど。まあ、気にすんな? ――んじゃ、切るよ?」
諒はやや早口に喋り上げて、この通話をさっさと終わらせようとしてしまった。
しかし、
「――違う」
さっきよりかは大きな声で、和彦ははっきりと諒の言葉を否定した。
「んん? 何が『違う』? 何が『ごめん』?」
諒は困惑してしまう。埒が明かないというのもそうなのだが……どうにも諒が知る限りの和彦らしからぬ態度だった。口調だった。言葉だった。
「……なに? 寝惚けてんの?」
「起きてる。……ごめん」
「……何が『ごめん』よ? さっきから」
苛立ちを通り越してそろそろ心配にもなってきてしまっていた諒に和彦は言った。
「……諒に送った画像にはウイルスが仕込まれていた」
予想だにしていない言葉だった。
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