24 / 30
19「凍える夜に」
しおりを挟む「さむーいッ!」
大きな声を上げながら達矢が部屋に入ってきた。
「……少年。不要不急の外出は控えないと」
鈴木虎呼郎は呆れ顔で少年を迎える。
現在、虎呼郎達が住んでいる地域には暴風雪警報が出されており、十年に一度だか二十年に一度だかの強力な寒波が襲来していた。外気はマイナス。仕事を終えた主が帰ってきたばかりのこの部屋の温度もまだ一桁しかなかった。
「寒くてすまないな。今さっき暖房を付けたところでまだ部屋が暖まってないから。もう少し待って……というか自分の部屋に帰った方が暖かいと思うぞ?」
達矢の住まいは虎呼郎の部屋の隣だった。二人は同じマンションの住人同士だ。
「ううんッ」と首を振りながら達矢は虎呼郎に飛び付いた。
「ぬおうッ!?」
腰に腕を回して腹に頬をくっつける。
「ちょ、しょ、少年……?」
虎呼郎はホールドアップしたままフリーズしてしまった。……下手に動けば撃たれてしまう。「良心」という名の銃とか「罪」という名の弾だとか一瞬の内に虎呼郎も色々とカッコ良い文句を考えたのだが――結局は「痴漢冤罪に怯える満員電車内」といった状況だった。
虎呼郎の空きっ腹に少年の温もりがじんわりと広がっていく。
はぁ~……と何だかほっとしてしまうと同時に虎呼郎は気が付いた。
熱伝導の理屈はうろ覚えだったが……確か高温側から低温側に熱は伝わるはずだ。
虎呼郎が少年の頬を温かいと感じているという事は逆に少年は虎呼郎の腹を冷たいと感じているのではないか……?
実際、虎呼郎はついさっきまで外に居たのだ。その身体は自分で思っている以上に冷え切ってしまっていた。
「しょ、少年。離れた方が良い。おじさんの体は冷たいだろう。余計に寒くなるぞ」
ホールドアップしていた腕を右に左に動かしながらも少年の身体には触れられずに虎呼郎は言葉だけで促した。が少年はまた「ううん」と首を振る。
「――温かい。僕んちよりもあったかいよ。おじさんの方が」
頬擦りなんかよりも強く強く達矢は虎呼郎の腹に頬を押し付ける。
「それにね。不要不急なんかじゃゼッタイにないから。僕がおじさんに会いたいのはいつだって『必要今すぐ』なんだよ」
「少年……」
ぐすッと虎呼郎は強く鼻をすすった。
「……今、気が付いたんだが」
「なあに? おじさん」
「玄関のドアが開けっ放しになってないか……? 角度的にちょっとしか見えないんだけど。あれ……傘か何か引っ掛かってるような……。玄関の方から超冷たい空気が入り込んで来てる気がするんだが……?」
「あ~……ちゃんとは閉めてなかったかも。ガチャンて」
「うおい、少年ッ!? 今すぐ閉めに行くから。ちょっと離して」
「やだッ! さむいッ! 離したらもっと寒くなる! ゼッタイにはなさないッ!」
「いや、少年。このままにしていたら、じわじわと冷たくなっていくだけだからッ。今なら間に合う。玄関のドアを閉めよう。だから離してくれ。おじさんにドアを閉めさせてくれッ」
人間、ぬるま湯からはなかなか出られないというか……逆「ゆでガエル」みたいな状態だった。そうこうしている間に、
「や……だ……、はな……さ……な……」
少年の電池が切れ掛かる。それでもなお少年の腕は固く虎呼郎の腰から離れない。
「少年? え? おい? 寝るのか? それは大丈夫なのか? 大丈夫な睡眠か?」
単純に虎呼郎の帰宅が遅過ぎたせいもあったろうが、少年の眠気は寒さのせいかもしれないと思うと虎呼郎は気が気ではなくなってきてしまう。
……いや。凍死とかしないよな……?
「……待て。寝るな。起きろ。おい。少年。せめてこの腕をほどいてから寝てくれ」
冷たい空気の入り込んでくる――暖房は付けてあるのにいつまで経ってもちっとも暖かくならない部屋の中に、
「しょおねぇーんッ!?」
三十七歳、男性による「猫型ロボットにすがり付くメガネ」のような叫び声が響き渡ったのであった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
普通の恋の話
春待ち木陰
BL
大学生となった藏重栄一(くらしげ・えいいち)は生まれて初めてのアルバイトに挑戦しようと思い、高校生時代はバイトに明け暮れていた友人の鈴木に軽い相談を持ちかける。
バイト先の下見だと称されて連れて行かれた喫茶店では働いている人間の半数以上が女装した男性だというが誰が本当の女性で誰が女装した男性なのか見分けがつかないくらいに皆が「女性」だった。
昭和から平成の性的イジメ
ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。
内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。
実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。
全2話
チーマーとは
茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。
ネタバレ ~初めての夜が明けたら15年前の朝でした。~
春待ち木陰
恋愛
私は同性のももが小学生の頃からずっと好きだった。29歳の夜、初めてももと結ばれた。夜が明けると私は15年前の女子中学生に戻っていた。ももとはクラスメイトで親友。私はこの当時本来の私よりも更にももの事が好きになっていたが、中学生のももはまだ私の事を友達としか思っていない。ももが私を好きだと言ってくれるのはそれから15年も先だ。再びあの夜を迎える為に私は「15年前」と同じ道筋を辿ろうと考えていた。
友情は恋に含まれますか?
春待ち木陰
BL
十五歳の高校一年生。笹野佳樹(ささの・よしき)はゴリゴリの異性愛者だった。しかし、昨今は「同性は恋愛対象外」などという考え方は非道徳的だとされていた。とは言え、口にさえ出さなければ何を思うも個人の自由だ。
これまでもこれからも平穏無事に人生を歩んでいくつもりだった佳樹はある日、「笹野の事、好きなんだけど。俺と付き合ってくれない?」と同性のクラスメイトである牛尾理央(うしお・りお)に恋愛的交際を申し込まれてしまった。
「同性は恋愛対象外」という本音は隠しつつもゼッタイ的にお付き合いはお断りしたい佳樹は上手い口実を探して頭を悩ませる。
咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人
こじらせた処女
BL
過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。
それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。
しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる