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19「凍える夜に」

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「さむーいッ!」

 大きな声を上げながら達矢が部屋に入ってきた。

「……少年。不要不急の外出は控えないと」

 鈴木虎呼郎は呆れ顔で少年を迎える。

 現在、虎呼郎達が住んでいる地域には暴風雪警報が出されており、十年に一度だか二十年に一度だかの強力な寒波が襲来していた。外気はマイナス。仕事を終えた主が帰ってきたばかりのこの部屋の温度もまだ一桁しかなかった。

「寒くてすまないな。今さっき暖房を付けたところでまだ部屋が暖まってないから。もう少し待って……というか自分の部屋に帰った方が暖かいと思うぞ?」

 達矢の住まいは虎呼郎の部屋の隣だった。二人は同じマンションの住人同士だ。

「ううんッ」と首を振りながら達矢は虎呼郎に飛び付いた。

「ぬおうッ!?」

 腰に腕を回して腹に頬をくっつける。

「ちょ、しょ、少年……?」

 虎呼郎はホールドアップしたままフリーズしてしまった。……下手に動けば撃たれてしまう。「良心」という名の銃とか「罪」という名の弾だとか一瞬の内に虎呼郎も色々とカッコ良い文句を考えたのだが――結局は「痴漢冤罪に怯える満員電車内」といった状況だった。

 虎呼郎の空きっ腹に少年の温もりがじんわりと広がっていく。

 はぁ~……と何だかほっとしてしまうと同時に虎呼郎は気が付いた。

 熱伝導の理屈はうろ覚えだったが……確か高温側から低温側に熱は伝わるはずだ。

 虎呼郎が少年の頬を温かいと感じているという事は逆に少年は虎呼郎の腹を冷たいと感じているのではないか……?

 実際、虎呼郎はついさっきまで外に居たのだ。その身体は自分で思っている以上に冷え切ってしまっていた。

「しょ、少年。離れた方が良い。おじさんの体は冷たいだろう。余計に寒くなるぞ」

 ホールドアップしていた腕を右に左に動かしながらも少年の身体には触れられずに虎呼郎は言葉だけで促した。が少年はまた「ううん」と首を振る。

「――温かい。僕んちよりもあったかいよ。おじさんの方が」

 頬擦りなんかよりも強く強く達矢は虎呼郎の腹に頬を押し付ける。

「それにね。不要不急なんかじゃゼッタイにないから。僕がおじさんに会いたいのはいつだって『必要今すぐ』なんだよ」

「少年……」

 ぐすッと虎呼郎は強く鼻をすすった。

「……今、気が付いたんだが」

「なあに? おじさん」

「玄関のドアが開けっ放しになってないか……? 角度的にちょっとしか見えないんだけど。あれ……傘か何か引っ掛かってるような……。玄関の方から超冷たい空気が入り込んで来てる気がするんだが……?」

「あ~……ちゃんとは閉めてなかったかも。ガチャンて」

「うおい、少年ッ!? 今すぐ閉めに行くから。ちょっと離して」

「やだッ! さむいッ! 離したらもっと寒くなる! ゼッタイにはなさないッ!」

「いや、少年。このままにしていたら、じわじわと冷たくなっていくだけだからッ。今なら間に合う。玄関のドアを閉めよう。だから離してくれ。おじさんにドアを閉めさせてくれッ」

 人間、ぬるま湯からはなかなか出られないというか……逆「ゆでガエル」みたいな状態だった。そうこうしている間に、

「や……だ……、はな……さ……な……」

 少年の電池が切れ掛かる。それでもなお少年の腕は固く虎呼郎の腰から離れない。

「少年? え? おい? 寝るのか? それは大丈夫なのか? 大丈夫な睡眠か?」

 単純に虎呼郎の帰宅が遅過ぎたせいもあったろうが、少年の眠気は寒さのせいかもしれないと思うと虎呼郎は気が気ではなくなってきてしまう。

 ……いや。凍死とかしないよな……?

「……待て。寝るな。起きろ。おい。少年。せめてこの腕をほどいてから寝てくれ」

 冷たい空気の入り込んでくる――暖房は付けてあるのにいつまで経ってもちっとも暖かくならない部屋の中に、

「しょおねぇーんッ!?」

 三十七歳、男性による「猫型ロボットにすがり付くメガネ」のような叫び声が響き渡ったのであった。


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