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05_体の大きさを二倍にすると体重は八倍になるが筋肉の断面積は四倍にしかなりません。
しおりを挟む褒められて嬉しくない人間はいない。でも、
「ミチタカって実は運動神経が良いんじゃねえか」
買い被られて困らない人間もいないと思うミチタカだった。
「何でそうなるの。どう考えたって僕は運動音痴だよ。自他共に認めるレベルで」
「いや。俺は認めてねえぞ」と笹野君は胸を張る。
「落ちてくるボール一つ捕るのにあれだけの時間を掛けておいて、運動神経が良いは無いよ」
卑下するまでもない事実だ。何を言われようともミチタカは自分の運動神経が良いなどとは思えなかった。
「いや、お前。考えてもみろよ」
笹野君は前のめりになる勢いで強く言ってくれた。
「あれだけの時間て言うけどさ、野球に関しちゃあミチタカは今日が初めてみたいなもんじゃん。初日って考えたら俺も他の連中もあんなに早くフライを捕れるようにはなってねえって。何時間どころか何日も掛けてやっと捕れるようになるんだからな。そういった意味じゃあ、ミチタカは実は野球の天才なんじゃ」
「うん。落ち着いて。捕れるようにはなってないからね。偶然、ボールがグローブに入って、そのまま外には落っこちなかっただけで」
ミチタカは笹野君の言葉を遮って、しっかりと訂正を入れる。
冗談交じりに「天才、天才」と囃し立てられるのも却って馬鹿にされているような気がして不愉快なのかもしれないが、
「今からでもミチタカがマジのガチで野球に取り組んだりしたら俺ら程度のレベルはあっと言う間に追い抜いて、もしかしたら、行く所まで行っちまうかもしれないな」
それこそマジのガチで言われてしまうと、ちょっと怖いものがあった。
「行く所って何処ですか?」と聞いてみたいような気もしたが、それ以上に聞いてしまってはいけないような、聞いてしまったが最後、引き返せなくなってしまいそうな気もしたミチタカは代わりに、
「ちなみに僕よりも駄目だったっていう笹野君の野球の初日って、何歳の頃の話?」
と聞いてみた。
「四歳か五歳だな。幼稚園児だったから」
笹野君は真っ直ぐな目でもって答えてくれた。
「えっと。幼稚園児と比べられましても」
「でも同じ初日の話だぞ。初めてであれだけ出来るんだからミチタカは凄いんだぞ。俺には出来なかったし。ミチタカは自分で運動が苦手だって思い込んでるだけで実は俺らの何倍も運動神経が良いんじゃあないのか。まずは先入観を失くしてみようぜ」
言葉遊びでもないけれど「自分の体重の四百倍もの荷物を運べる蟻が生物の中で一番の力持ちである」みたいな論法だろうか。えっと。これはどうやって否定をすれば良いんだったっけか。
「う~ん」
ミチタカは困ってしまった。
後日の話。
期末テストにて赤点を回避すべく笹野君はミチタカから数学を教わっていた。
「凄い凄い」
とミチタカは笹野君が数式を一つ解くたびに喜んでくれていた。ミチタカは褒めて伸ばしてくれるタイプのようだった。
「そうかな。これくらいは別に俺でも」と笹野君も満更ではなかった。
「ううん。凄いよ。笹野君は天才かもしれない」
「そうか。どうかな。ミチタカに言われるとそんな気にもなってくるけどな」
少しばかり大袈裟に褒めてくれるところも笹野君には合っているようだった。
ミチタカは、
「何で掛け算九九があやふやなのに高次方程式が解けちゃうんだろう」
何故かうきうきとした様子で呟いていた。
「前にテレビで偉い数学の教授みたいな人が言ってたよ。算数とか数学なんてものは下から順に積み上げていかないと解るわけがないはずなのに、たまに居るんだって、高校とか大学に行ってから急に数学の才能が花開く人が。自覚の無いまま溜め込んでいた知識が無自覚に利用されて答えが閃くとか。本人の感覚だと『勘』だとか『何となく』としか言いようが無いらしいね。スポーツで言うところのゾーンみたいなものなのかな。蓄積していた知識を脳が半自動的に」うんぬん。
とうとうと述べられたミチタカの話の結論は、
「凄いよ、笹野君は」
であった。
あの日の意趣返しでもなければ笹野君に勉強をしてもらう為のおべっかでもない、勿論、ただの冗談でもなくマジのガチの天然で、いつかの笹野君みたいな事を言っていたミチタカではあったが、
「そうかな。ふふふ。凄いかな。俺も薄々はそうなんじゃねえかなあとは思ってなくもなかったんだけどな。もしかしなくとも天才なのかな。ふふふふふ」
その言葉を素直に受け入れてしまえている笹野君とミチタカはやっぱり、似てはいないのかもしれなかった。
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