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02_おててのしわとしわをあわせて。
しおりを挟む軟派な男が女性の手を取る為の常套句として「俺の手、男にしては小さい方なんだよね。もしかしたら君よりも小さいかも。流石にそれは無いかな。ねえ。ちょっと比べてみても良い?」というような台詞があるという。
しかし、
「うるせえ。うるせえ。うるせえ」
本当に男の手が小さかった場合、特にそれが多感な年頃の高校生だったりしたならばその相手が女であろうがなかろうが他人と手の大きさを比べるだなんて事は非常に屈辱的なものであろう。
「仕方がねえだろうが。俺はお前らよりもだいぶ背が小さいんだよ。ぐはッ」
ここぞとばかりにイジってくる友人連中に対して言い返した言葉は諸刃の剣どころか持ち手の部分が鋭い刃で、それを振るった笹野君自身を大いに傷付けていた。
休み時間、教室の後方で男子ばかりが七、八人も集まって笹野君達は大騒ぎをしていた。いつもの事と言えばいつもの事だが、イジられ役が笹野君な事は珍しかった。
ミチタカは教室の中頃にある自分の席に着いたまま、その大騒ぎを背中で聞いていた。楽しそうだなと思う人も居れば、うるせえなあと思う人も居るだろう事は分かるがミチタカには彼らに対する嫌悪感も無ければ、羨むみたいな気持ちも無かった。
「ウチのクラスの男子の中で一番、手が小せえんじゃねえの?」
重ねてからかわれた笹野君は「ああんッ?」と相手を一喝した後、
「ミチタカッ」
とその背中に大きな声を掛けた。ミチタカは平静を装ってのんびりと振り返る。
「何?」
「ちょっと来てくれ」
「うん。どうかした?」と笹野君に応じるミチタカを招き入れた集団は、悪気なくも無遠慮に笹野君と見比べて「身長は笹野の方が小さいんだよな。ミチタカも高くはないけど」とか「でもミチタカは運動経験ゼロに近いだろ」とか「手の大きさと運動経験て関係あんのか」とかと口々に好き勝手な事を言い合ってはいたが、ミチタカの唐突な参加にも別段、不満や拒否や怪訝そうな反応は示さず、自然とそれを受け入れていた。
「ちょっと、てのひら、出してみ」
笹野君に言われるがまま、何も分かっていないような顔をして両の手を差し出したミチタカだったが、本当の所、先程の大騒ぎを背中でながらも聞いていたミチタカはこれから何をするのかされるのか分かってしまってはいた。
笹野君とてのひらを合わせる。
たったのそれだけだ。
笹野君に至っては他の友人達ともしていた何て事も無い行為だ。
まるで自分に言い聞かせるみたいにミチタカは何度も思った。
フツウのコト、フツウのコト、フツウのコト。
すぴた。としか言いようのない感触がミチタカのてのひらに広がった。
フツウじゃない。フツウじゃない。フツウじゃないって。
「うわ。ミチタカの手、冷たッ。お前、ちゃんと生きてるか?」
笹野君のてのひらはぽかぽかと暖かかった。
その熱を吸い取ってしまっているんじゃなかろうか。冷たかったらしいミチタカのてのひらが加速度的に熱くなっていっていた。
じっとりと汗がにじみ出てくる。
「どうだ。同じくらいではあるけれども。ん? やっぱ、笹野の方が」
ミチタカと笹野君の二人を囲んで見ていた友人達が正式な判定を下すその直前、
「あッ」
ぴったりと合わさっていた二人のてのひらがわずかにずれる。
ミチタカの指先がパシッと音を立てて笹野君の指先を弾いた。
ミチタカの感覚的には相手の指を使って強引に「指パッチン」をしてしまったような、一歩間違えれば笹野君の指を捻挫か、最悪の場合、折ってしまっていたかもしれないというような嫌な感触がミチタカの指先には残っていた。
それも汗で手が滑ったというよりは、てのひらに汗をかいていた事を恥ずかしがった結果、酷く手を滑らせてしまったといった感じだった。
「あ。わ。あ」とミチタカは軽く動転してしまう。動転しながらも後悔の念はしっかりと湧いていて、こんな事になるんだったら中途半端に恥ずかしがったりせず、いっその事、大きく手を離してしまえば良かったなどと今更な事で脳みそのメモリーを無駄に消費してしまっていた。それがまたミチタカの動転に拍車を掛ける。
気が付けばミチタカの手と笹野君の手は、指を絡めて組み合っており、俗に言う恋人繋ぎのような格好になってしまっていた。次の瞬間、
「…………ッ」
と声にならない悲鳴を上げたミチタカとは違って、
「舐めんなッ」
笹野君は現状の「恋人繋ぎ」をプロレスよろしく手四つと解釈したようで、ぐいッと手首を返されたミチタカはそのままの流れで強く両腕をねじ上げられてしまった。
「痛い痛い痛いッ」
「カーッカッカッカッ」と悪魔みたいに笑った笹野君は続いて、
「そうだよな。大きけりゃ良いってんじゃねえんだよ。大事なのは強さだあッ!」
と本気なのか自棄なのか分かりづらい雄叫びを上げた。
すっと簡単に手を離した笹野君は、ミチタカが「あ」と息を漏らしているうちに、今度は周囲の友人達に向かってじりじりと迫り寄ろうかとしていた。
「こちとらランドセルを背負うよりも前からバットを握って振ってんでい。タッパで勝てなかろうがチカラだったらお前らにゃあ負けねえよッ」
勢い満点の謎弁で啖呵を切った笹野君の隣ではミチタカが、手を離された事に思わず「あ」などと残念がってしまった自分を非常に気恥ずかしく感じていた。
そんなミチタカの表情をどのように受け取ったのか笹野君は、
「分かったよ。おい、お前らッ。ミチタカに免じて握り潰すのは勘弁してやるぜッ」
横目でちらりとミチタカの事を見た後、ふっとその悪魔の如き高ぶりを鎮めてくださった。何だろう。何だろう、この感じ。
「あはは」と何だかミチタカは笑ってしまい、
「うっせ」
と笹野君は唇を尖らせた。
放課後、学校からの帰り道。帰宅部の笹野君は、何部だったかの幽霊部員であったミチタカと二人で並んで歩いていた。
「そう言えばさ」
不意にミチタカが切り出した。
「外科医なんかは大きな手よりも小さな手の方が向いてるらしいよ。狭い体内で細かい作業を正確にしないといけないから。えっと、読んだ話だから嘘とかフィクションの可能性もあるんだけど。その、大は小を兼ねるなんて言葉もあるけど必ずしも世の中、全てがそういうわけじゃないっていうか」
「ふむ」
明確な理由なんか無くて、笹野君のただの直感でしかなかったが、ミチタカの話には付け焼き刃的なふわふわ感がとっても漂っていた。それは既に知り得ていた情報ではなく、急遽、得た知識なのだろうと感じられた。
調べたのか。いや、調べてくれたのか。笹野君は、
「ヒマな奴だなあ」
笑いを噛み殺しながらに言ってやった。
「ええ?」
ミチタカは驚くみたいな困るみたいな恥ずかしがるみたいな顔をした。
友人の少なくない笹野君ではあったが、ふとこういった表情を見せてくれる人間はそう多くはなかった。面白い。
「ぷッ。ははははッ」
我慢していた分も含めて、笹野君は大きく笑ってしまった。
ミチタカは「えええ?」と更にその表情を深めてくれた。
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