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春待ち木陰

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 杉本とは、高校に入ってからでようやく『会話』と呼べなくもない会話らしきものを初めて交わしたわけだが。実は小学校から中学校、高校とまでずっと同じ学校に通い続けていた顔見知り同士ではあった。

 小学校、中学校ではどうだったか、あまり覚えがなかったが。今、高校では、私と杉本は別々のクラスに在籍していた。杉本は今、加奈子のクラスメートだ。

 もしかしたらクラスメートだったかもしれない小学校、中学校の頃でさえ話した事のなかった杉本と私との接点は、地元にある一軒のコンビニだった。

 こうして事実だけを並べてみると、腐れ縁とでもいうのだろうか、私と杉本はずいぶんと縁が深いようで。小中高の学校に引き続き、アルバイト先までもが同じ所だったのだ。

 少なくとも私は、そのときが来るまでのおよそ十年間、杉本個人を一つのキャラクターとして認識をした事はなかったのだけれど。



 そのコンビニでは通常、高校生が一人と大学生以上の『大人』一人がペアとなり、四時間一コマを二人でこなしていた。入れ替わりですれ違う事はあっても同じ高校生同士である私と杉本がペアを組んで同時間帯を働くなんて事はないはずだった。

 その日が何月の何日だったかなんては覚えていない。ただ土曜日だった。

 急に休んだ一人の代わりにオーナーは杉本を店に呼び出した。私は、

「高校生二人になりますけど」

 他意なく聞いてみたが。夜勤明けだったオーナーは「まあ大丈夫でしょ。何かあったら起こしてくれる?」と眠たそうに言って、事務処理室にこもってしまった。

 土曜日の早朝。客の少ない時間帯だった。

「なあ」

 手持ち無沙汰にと分かる声色で杉本が声をかけてきた。私は杉本に顔は向けたが、声では何も応えなかった。

「なんか喋んねぇの?」

「バイト中」

 杉本は無表情に近い苦笑いで言った。

 私は一言で応えた。

 普段ペアを組んでいるもう一人とも、仲が悪いわけではないのだけれど、店内では業務連絡以上の事を話したりはしなかった。

 私は、乱れた棚に向き直り、商品の前出し業務を再開させた。杉本はレジの前にぼけっと突っ立ったまま、吐き捨てるみたいに、

「あっそ」

 と呟き、それから黙った。

 その後の約八時間、その日の勤務時間が終わるまで、杉本は『いらっしゃいませ』『いくらになります』『ありがとうございました』など、レジ係としての業務以外は一切、口を開かなかった。

 そして。勤務時間が終了するなり、杉本は言った。

「お前、七宮と仲良いだろ」

 それは断定口調だった。店の奥。更衣室へと向かい、在庫商品の積み並べられている狭い通路を二人して歩いていたときだった。

 私は、立ち止まらずに歩きながら。少しだけ、考えて、

「そ、ね」

 と頷いた。『七宮』は加奈子の苗字だ。

 頷きつつ、私は更衣室のドアノブに手を掛けた。すると杉本が、

「あ、ちょっ」

 慌てた様子で声をあげた。

 私は杉本に振り返る。

 もうすでに更衣室のドアを半分近くも開けてしまってはいたけれど。中には誰も居ないはずの時間なので気にしない。

「先、着替える?」

 杉本に私は尋ねた。

 その小さなコンビニには更衣室が一つしかなかった。この日に休んだいつもの一人は私よりかも五つ年上の女性で、普段、私は彼女と一緒に着替えをしながらのんびりとオシャベリなんかをしていたのだが。男女で同じ時間帯に勤務となる場合には暗黙のうちに時間をずらして私服から制服、制服から私服へと素早く着替えをするのがマナーなのだと、いつだったかオシャベリついでにそんな事も彼女は言っていたっけ、と私は思い出していた。

 ちなみに。この日、急にヘルプで呼び出された杉本は、普段で言えば遅刻ぎりぎりの時間に入店したため、意識なんてしなくても自動的に、私服から制服への着替えは別々の時間だったのだ。

「どうぞ、お先。遠慮なく」

 私の問い掛けにYESもNOもなく、なにやら答え難そうに口許をもごつかせていた杉本に私は気を利かせて言ってやった。

 けれども杉本は、ぼそっと聞き取り辛い声で、

「いや」

 と。それだけ言って、また黙ってしまった。

(もしかして。)

 楽しい、予感がした。それは、加藤のときにも感じた予感だった。

「あのさ」

 から始まった杉本の言葉は、安永が口にしたのとまるっきり同じ台詞だった。

 杉本は、加奈子の事が好きなのだそうだ。『協力してくれ』と杉本に言われた私は『応援ならしても良い』と答えた。

「なんでも良いから、頼む」

 と照れ笑いを浮かべた杉本に、私は、加奈子にはもうすでに恋人がいるという事を黙っていた。



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