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しおりを挟む「そう……。……そんな話を聞かせてもらっちゃうくらいに『親友』なのね」
……そして。「そんな話」を、春日一緒のような、顔を合わせたばかりの「他人」に簡単に話してしまうくらいの「親友」……。
「…………」
一緒は、まるで呆れるみたいに細い息を吐き出した。
「今回の事件と直接的な関係は無いから、確実な減刑は望めないと思うけど。今の話――上手く使えば、陪審員の印象なら変えられるかもしれないわね。……『水谷鈴呼』が自分の口から明らかにしなかった場合。あなたから今の話を公表する事は出来る? 『水谷鈴呼』の罪は多少、軽くなるかもしれないけれど。その事で『彼女』はまた新たに心の傷を作るかもしれない。……公表をする事が『水谷鈴呼』の為になるのか、公表しない事がそうなるのか。また――『水谷鈴呼』はそのどちらを望むのか。……色々と踏まえた上で、あなた、裁判の場で――大勢の人間の前で『親友』の『秘密』を『暴露』する事が出来る?」
何をそんなに苛ついてしまっているのか。一緒は、意地悪になってしまっている自分を充分に自覚していた。
「……鈴呼は、可哀想な子です」と安藤果歩は囁いた。
「あの子は、恋人からプロポーズをされた晩、私に話してくれたんです。……そんな事のあった自分が、まともに子供を育てられるわけがない。……彼の事は愛しているけれど、こんな私が、結婚なんて、出来ない……」
安藤果歩の話に、一緒は「プロポーズ……?」と引っ掛かりを覚える。
……中学生が「プロポーズ」とは、子供同士の「ごっこ」遊びか。それとも。それは「未来」の話なのか。一緒の目の前に居るこの痩せぎすな少女もまた「未来体験」の記憶を覚えているのか。
「…………」と一緒はその目を冷たく細める。
まるで見定めるみたいな一緒の視線には一切、気が付く様子無く、安藤果歩は話を続けた。……それは、告解のように。
「そんな話を聞かされて……それでも、私は、鈴呼を羨ましいと思いました。実父による虐待の事実を知らされても……。過去にその虐待があったから、彼女は今の『幸せ』を掴む事が出来たっていうんなら、私も……虐待を受けたかった……とまで、思いました。その痛みなんて、何も知らないくせに……。どれくらい、苦しいのかも知らないで……。……私は、それでも、あの子に――『水谷鈴呼』になりたいと思ったんです」
「…………」
「……明日、私の誕生日なんです。十五歳になります。だから……今日の内に、あの子と会っておきたかったんです。最後に……会っておきたかった。会って、どんな話をしようとかは、何も考えてはいなかったんですけど……。……私、生まれ変わるんです。生まれ変わって――私、鈴呼を裏切るんです。あの子の友達をやめるんです。もう、彼女には、会えません。だから、裁判での証言は……出来ません」
安藤果歩は言った。一緒は、
「……そうなの」
と静かに頷くしか、しなかった。
そして、別れ際。安藤果歩は言っていた。
「あの子の代わりじゃないですけど……今日は、お姉さんと話せて、良かったです」
彼女は何か、吹っ切れたみたいな、すっきりとした顔をしていた。
……「優しさ」や「余裕」の感じられなかった、そのきつい顔付きの原因は、何も過度なダイエットだけが原因というわけではなかったようだ。
「……『親友』を捨てて『生まれ変わる』ね。彼女は『未来』の『被害者』ではなくて、『共犯者』になる事を選んだのね……。……それも『選択肢』の一つ」
遠ざかる安藤果歩の背中を眺めながらに、春日一緒は、ぽつりと呟く。
「……鈴呼さんの『あんな顔』を、あたしは見たいんだけどなあ……」
安藤果歩から得た「水谷鈴呼が、その幼少期に実父から虐待を受けていた」という話を、一緒は――今件に於いて、彼女の「パトロン」とも言える――久我山守義に告げなかった。
それはあくまで「水谷鈴呼」本人に関する話であって、氏の求める「未来」の「情報」ではないのである。……春日一緒には、知り得たコトの何から何までを、逐一、氏に報告しなければならないという責務までは負っていなかった。
一緒の報告義務は「未来」の「情報」に関して、のみである。しかし。それに関しては絶対の報告義務を負っており、春日一緒もその事には同意、納得をしていた。
「……もしもし。小糸さん。『水谷鈴呼』の同級生――『安藤果歩』という少女が『未来体験』を覚えているようです。その程度は分かりませんが、一度、お話を伺ってみるのも宜しいかと。……ええ。あたしは興味を惹かれませんでした。小糸さんで、お願いします」
拘置所に近い喫茶店の表で安藤果歩と別れてからすぐ――物の十分としない内に一緒はその報告を済ませた。
「親友を裏切る」との宣言をしてくれた彼女の「決意」には、それなりにそそられるものもあったが。一緒の「胸」を一番にくすぐってくれる対象は、やはり、「水谷鈴呼」なのであった。
――安藤果歩との「密会」を終えて、明くる日。
一緒はまた今日もアクリル板越しに水谷鈴呼と向かい合っていた。
「昨日ね、やっと解かったのよ。――鈴呼さんが外の世界に戻りたがらない理由」
そう言って、一緒は意味深長に微笑んでみせたが。対する鈴呼は「…………」と何の反応も示してはくれなかった。
「……つまんないの」とばかり、一緒は軽く肩をすくめると、
「鈴呼さんは、お父さまに会いたくないのね。言われてみれば、鈴呼さんの御家族の方、面会にも、差し入れにも、裁判の傍聴にだって、一度も来られてなかったわね」
さらっと、その続きを話して聞かせた。
「…………」
「――良いわ。それなら、あたしの家にいらしてよ。あたしの家、今は使ってない部屋が幾つか在るの。祖父との二人暮しには少し持て余し気味の家でね。一度、見に来てみない? ……都内のはずれよ。便利とは言い難いけど、緑の多い静かな町に在るの」
にっこりと微笑んだ一緒に、鈴呼は一言、
「……違う」
とだけ、呟いた。
はじめての対面から一年以上もの時間を重ね……近頃、ようやく、水谷鈴呼は一緒に対して、その口を開くようになってくれていた。その態度には、相変わらず、愛想のあの字も無かったが。
「あの男なんて、どうでも良い。私は……ハルキに会いたくないだけ」
「そうなの……」と鈴呼の告白に一緒は目を見張る。
「……正直、意外だわ。むしろ、もの凄く会いたいと思っているのかと。自分は『ヒトゴロシ』だから、彼に会わせる顔が無いとか?」
一切の遠慮を省き、一緒は鈴呼にはっきりと物を言う。そうした方が水谷鈴呼には色々と「伝わる」のだと一緒はこの一年でそんな理解をしたのだった。
「……ハルキが私の顔を見たら――一緒に過ごしたら、きっと、ハルキは思い出すから」
「思い出す……?」
「……思い出しているなら、ハルキは、きっと、此処に来る。来ていないって事は、まだ、大丈夫。……ハルキには、あんな思いをもうしてほしくない。思い出してほしくない」
「…………」
水谷鈴呼が何を言っているのか、一緒には解かり兼ねていた。
彼女の言葉の意味を知るには、恐らく、花村春生の調査が必須なのであろうが。一緒は、鈴呼に言われた「ハルキに近付くな」との言い付けを忠実に守り、この一年間過ぎ、その意識を「花村春生」に向ける事はしていなかった。……これから先も、そのつもりでいた。
「…………」
……水谷鈴呼と顔を合わせた「花村春生」が、何を「思い出す」というのか。
「……まあ、いいわ」
好奇心の塊のような春日一緒が、その「謎」の「答え」と鈴呼との「約束」を秤に掛けて――彼女との「約束」に重きを置くほど。一緒は、水谷鈴呼に対して「好意」とも言える、深い「感情」を抱いていたのだった。
「鈴呼さん。それなら、余計、あたしの家に来たら良いんだわ。……その『彼』が場所を知らない、あたしの家に。それとも。本音では『彼』が自主的に『思い出し』て、此処に、会いに来てくれる事を望んでいるの……?」
ストレート過ぎる一緒の言葉に、水谷鈴呼は「…………」と少しだけ、黙った。
そして。それから、
「違う」
と、静かにもはっきりと答えてくれたのだ。
一緒は「……ンふッ」と、嬉しそうに、楽しそうに、笑みをこぼした。
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