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しおりを挟む年も明けて、早春。まだ、吐き出した息の白い頃。
春日一緒は、何百何十何回目かの面会を終えて、水谷鈴呼と別れた。
特別な用事がある時こそ、その傍らに小糸朔太やらを連れてはいたが。最近の彼女はちょこちょことその身一つで水谷鈴呼の面会に来ていた。
足繁く通っているその理由とは。一緒が曰く、
「だって。あたし達は『お友達』だもの」
――との事であった。
そんな、或る日の事である。
今日も今日とて、彼女は独り。面会室からの帰り道、待合室を通り抜けようとしていた一緒の耳に、その受け付けで起きていたほんの些細なトラブルの端々が聞こえてきた。
「あの、会えないっていうは……やっぱり、家族とか、弁護士のヒトしか会えないって事なんですか?」
「いいえ。そうではなくてですね、単に拘置所の面会は一日一回と決められているだけです。お尋ねの『水谷鈴呼』は本日、既に面会を行っていますので、今日はもう会う事は出来ません。明日以降にまたお申し込み直しください」
「明日……ですか」
聞こえてきた「トラブル」の中に「水谷鈴呼」という単語を捉えた一緒は、
「鈴呼さんに面会人……?」
そっと、受け付けに目を向けて、その少女を観察してやった。
水谷鈴呼の同級生であろうか、十四~五歳。背は高く、その体型は不健康的に痩せぎすであった。……一緒の第一印象を正直に言うならば「病人」である。その顔付きもどこか、きつく、全体的に「優しさ」や「余裕」といったようなものが一切、感じられなかった。
「…………」
春日一緒は不自然に足を止めたり、緩めたりもせず、そのまま待合室を通り抜けた。
拘置所から外に出て、ようやく一緒は立ち止まる。振り返る。そして――トボトボと歩いて来る少女に、声を掛けた。
「こんにちは」
「え……あ、こんにちは」
場所柄、一緒は控えめな笑顔をこしらえた。少女は、戸惑いながらも返してくれた。
「今、受け付けでしていた話。少し聞こえてしまったんだけど……ゴメンナサイ」
「え……? ……あの、聞かれて困るような話はしていませんでしたので……」
戸惑いを深くした顔で少女は応える。一緒は静かに微笑んでやった。
「ウウン。あなた、『水谷鈴呼』さんに会いに来たんでしょう? でも会えなかった。先に面会をしていたヒトが居たから。その『先』が、あたし。だから――『ゴメンナサイ』」
浅く頭を下げた一緒の言葉に、少女は「え……?」と驚きの表情を見せた後、
「……あの、弁護士さん……ですか?」
今度は怪訝そうに一緒の全身を見た。
「あら……そんなに老けてみえるかしら。あたし、まだ十八歳なんだけど」
「あ……スイマセン」
軽くおどけた調子で呟いた一緒に、少女は何を感じたのか、酷く慌てて、頭を下げた。
「あなたは……『水谷鈴呼』さんの同級生?」
「あの、今は違うクラスですけど。一年生の時に。……お姉さんは、何のヒトですか?」
少女は、怯えながらも挑むみたいな上目遣いで一緒を見ていた。
一緒は「……ンふッ」と笑みをこぼす。
「『何のヒト』ねえ……。……こういう時って、フツウは『御家族の方ですか?』とか、『お友達の方ですか?』って聞かない?」
その「答え」をはぐらかす一緒に、少女はきっぱりと言い切ってくれた。
「鈴呼に『家族』なんて居ません。『友達』と呼べる人間は、私と美空だけです」
「それは……あなたが『知らない』だけではなくて?」
そんな、意地悪な問い掛けでもしないと居られないくらい、少女の目は真っ直ぐだった。
「鈴呼とは……」と少女は口を開いた。
今現在、囚われの身である「友達」の事でも想ったのか、少女は酷く切なげに答えた。
「鈴呼とは、ずっと、一緒でしたから」
「……『親友』なのね」
少女の言葉、口調――そして、その表情に。春日一緒は「……ンふッ」とまたつい笑みを漏らしてしまうのだった。
少女の純情を笑ってしまった、その「お返し」というわけでもなかったのだが、
「あたしは」
と一緒は自分の気持ちを素直に「答え」てみせた。
「『水谷鈴呼』さんの『お友達』に立候補中なのよ。良かったら、少しだけでも、彼女の話を聞かせてもらえないかしら。あなた以上に『水谷鈴呼』さんを知っているヒトなんて、さっき、言ってた――『何ちゃん』だったかしらね。もう一人の『お友達』くらいしか、いなそうだし」
春日一緒は、少女の目を見詰め、非常に穏やかな微笑みをこしらえたのだった。
少女の名前は、安藤果歩といった。
あの場から一番近くに在った喫茶店に場所を移し、一緒は彼女から話を聞いた。
ホットココアを注文した一緒に対し、安藤果歩は、
「ウーロン茶を」
と、この寒い日に冷たい飲み物を頼んだ。
「身体、冷えてない? 暖かいモノは欲しくならない?」と一緒は小首を傾げる。
彼女の注文した「ウーロン茶」は、その店で一番に値段の安いメニューだった。
「……連れ込んだのはあたしだから、この場は奢るわよ。『冬季限定、あったかシチューセット』でも『国産和牛の和風ステーキ』の『大盛りセット』でも。遠慮せずに、どうぞ」
一緒の「オススメ」に、安藤果歩は、少しだけ、傷付いたみたいな表情を浮かべた。
「私……ダイエット中なんです。……スイマセン」
一緒が「オススメ」したのは、この喫茶店で一番、値段の高いメニューであったのだが、安藤果歩の耳には「一番、食べ応えのあるメニュー」と聞こえたのかもしれない。しかし、
「…………」
……そんな「ガリガリ」で、まだ、痩せたいのか。
誰もが思うであろうその一言を、春日一緒は、彼女と同じ「女の子」として、口には出さなかった。
痩せぎすの安藤果歩は「水谷鈴呼」の犯した殺人事件に関して、
「どうして、あんな事をしたのか……私にも、解かりません」
と答えた。
「滝田先生」と「水谷鈴呼」の関係についても、
「親しかったとは思えません。二人が話をしているところなんて、見た事がなかったし」
と証言してくれた。
「……鈴呼、死刑になっちゃったりするんですか?」
安藤果歩の声は震えていた。
一緒は「あたしは専門家じゃないから」と前置きをしてから、
「確かに『凶悪』な犯行ではあるんだけど、被害者は一人だから。死刑まではいかないと思うけど……。……『水谷鈴呼』には『反省の色』が見られてないから。裁判官の印象は悪いかもしれないわね」
と無情なまでに正直に答えた。
「鈴呼はッ!」と安藤果歩はテーブルを叩いた。大きな音が鳴る。
店内には、この二人の他、客は一人も居なかったが。不似合いなフリル満天の制服を被った年配のオバちゃんウェイトレスがチラリとこちらに目を向けた。
「……スイマセン」と小さく謝ってくれた彼女はそれから、その声のボリュームのまま、
「……水谷鈴呼は、可哀想な子なんです」
と呟いた。
「可哀想……?」
「あの子……小さい頃に虐待を受けていたんです。実の親から」
「それは……確かに『可哀想』ではあるけれど」
「中学生になるまで……胸が膨らむまで、鈴呼は、父親に性的な虐待を繰り返し、受けていました。母親は、その事実を知って、逃げ出しました。……鈴呼を捨てて」
「…………」と一緒は、安藤果歩の告発に、色々な意味で驚いてしまっていた。
……「水谷鈴呼」は中年の男性に敵意を持っていた可能性がある。殺人事件の遠因は、幼い頃に受けた実父からの虐待なのかもしれない。……春日一緒の「驚き」は、しかし、その事だけでは済まなかった。
「……それにしても。『胸が膨らむまで』――ね。随分と具体的な話ね。それ……作り話じゃないわよね? 安藤果歩さん。あなた、小説家志望だったりする?」
「……あの子から直接、聞いた話です」
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