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しおりを挟む「それが本当に『悪』だったらな。倒さなきゃいけないな。地球のピンチだ。……でもな、本当の『悪』なんて、なっかなか居ないんだぞ。……さっきの彼らだって、本当に『悪』だったら今頃、お兄ちゃんの背中を蹴ってるさ。彼らは本当の『悪』じゃない」
「……アイツらは大声でさわいでた。店ン中で。それは『悪い事』だろ……?」
「まあ……『良い事』じゃあ、ないけどな。『悪い事』だって解かってても、苛々してついやっちゃう事だってあるさ。……そんな『つい』は、ゆるしてやらないと。君は『正義の味方』なんだろ。……『ゆるす』心を持たない『成敗マシーン』じゃないだろ?」
「…………」と横を向いてしまった小さな少年は、
「……なんだよ、『成敗マシーン』て。だッせぇの……」
唇を尖らせるだけではおさまらず、終いにはプクッと頬を膨らませてしまった。
納得がいったのか、いかなかったのかは別にして。小さな少年は、春生の言葉を胸に留めてはくれたらしい。……いかにも「男の子」っぽかったその横顔に、春生は「……ふはッ」と破顔してしまった。
「……『正義の鉄拳』はさ、無闇矢鱈に振り回すモンじゃないんだよ。『……これだけは、どうしても譲れない』っていう大切なモノの為にだけ、振るうんだ。……力いっぱいにな」
「…………」
少年からの返答は何も無かった。
春生は、左腕に美少年、右の手に「正義の味方」を携えて、コンビニを後にする。
(……追加の「昼メシ」を買いに来たはずが。何だろな、この「大荷物」は。)
「カズオ」の怒鳴り声やら、少年の「BGM」らしき大音量な「歌」やら。果てには「正義の鉄拳」とそれを受けてド派手に転がる「カズオ」である。そんな大騒ぎを巻き起こしておいて、今更、パンも弁当もゆっくりと選べるわけはなかった。
(……こっから別のコンビニってなると、一番、近くでも十五分は掛かるよなあ。)
色々な事を経て、小腹の減り具合が「中腹」くらいにまでランクアップしている事を感じてしまった春生は、
「……ふぅ」
と切なく吐息してしまうのだった。
「待ちなさいよッ!」
大騒ぎを経て。コンビニから退散せざるを得なくなってしまった、花村春生と美少年に小さな少年の三人組を、その背後から強く呼び止める者が居た。
「ハイ?」と春生は振り返る。
あれだけの大騒ぎをしてしまった直後だ、春生はてっきりコンビニの店長あたりに説教でもされてしまうのかと身構えてしまったのだが……。
「なに、やってんのよ!」
店内から出てきたところなのであろうが、コンビニの出入り口に陣取って、肩幅に足を広げ、偉そうに胸を張っていたのは……「正義」の少年と同い年くらいの女の子だった。
(……ン? この「声」は……。)
と春生は気が付く。
……先程の店内で、非常に美しくも、声量、逞しく歌っていたのは、この少女だった。
その背丈は、少年よりかも少しだけ高いか。それでも春生や美少年と比べれば、立派に小さかった。
「ヨツネッ!」
と少女は「正義」の少年に向かって鋭い怒声を発した。……彼女のすぐ背後では、出入り口の自動ドアが、閉じ掛けて、開き直す、閉じ掛けて、開き直すを繰り返していた。
「……なんだよ」と不服顔で首をすくめる少年の前に出て、春生は、
「……お嬢さん、そこに立ってると色々なヒトに迷惑になるから。とりあえず、コッチにおいでなさいな。話はそれからで……」
などと「トホホ」な感じの弱り苦笑い顔をこしらえる羽目になってしまうのだった。
「……む」と少年に対する「怒り」にであろう膨らませていた頬をほんのりと紅く染めて、少女はトテトテトテ……と春生の言葉に従い、その立ち位置を変えた。
「……バカソフト。店の入り口に立つんじゃねーよ。ジャマだっつーの」
「聞こえてるわよッ! ヨツネッ!」
「コラコラコラ。二人共、大騒ぎしなさんな」
「……うう。ココは……ドコ……?」
春生の陰に隠れて、ぼそりと悪態をつく小さな少年。
耳聡くそれに激しい反応を示す少女。
二人の間に挟まれて、仲裁をせざるを得ない春生。
半分以上もまぶたを閉じて、すっかりと前後不覚な御様子の美少年。
結局、コンビニの駐輪エリアにまで移動した四人は、春生が留めていた一台の自転車を取り囲むみたいに集まる事となってしまった。
「正義」の少年の名前は、野見世常といった。少女の名前は、関そふと。
「……せっかく、助けてあげたのに」と頬を膨らませるそふとに、春生は、
「物事を暴力で解決させようなんて、良くないよ。……あんな事をしていたら、その内、手痛い仕返しを喰う事になる。止めておきなさい」
と、何だか「委員長」らしく、常識的な話を施す立場となってしまった。
「あたしたちはね、『正義の味方』なの。『悪』のシカエシがコワクて、戦えますかッ!」
少女は「ふんッ」と勇ましげに鼻を鳴らした。それから。肘でチョチョンと隣の少年に合図を送る。……小さな声で「せぇーの」と囁き合い、少女と少年は声を合わせて、雄叫んだ。
「力持つ者が、その力を正義のために使わない事――それ、すなわち、悪なのであるッ!」
野見世常少年はその小さな握り拳を天に掲げ、関そふと少女は優しく目を閉じて自身の胸にてのひらを置いていた。……どうやら、それらは彼らの「決め台詞」と「決めポーズ」であるらしかった。こころなしか……その雄叫びに少年の声は小さかった。
「いくわよッ!」
「あ……おう」
少女に強く手を引かれ、少年は彼女とその場から走り去る。
……花村春生は当然の事、本人達にもその記憶は無くなっていたが「未来」に於いて、野見世常は総合格闘技の中重量級・世界チャンピオンになっており、関そふとは国民的な大人気を博するアイドル声優となっていた。二人はそんな「スター」の幼年期であった。
「……バイバイッ!」
真っ直ぐに前を向いて走り去っていった少女の背後、少年は一度だけ、春生に振り返ってくれた。
「……悪い子達ではないんだよな。基本、良い子なんだよ……」
二人の背中を見送りながら春生はほんのりと微笑んでしまうのだった。
……さて。一難が去ってまだもう一難である。春生は「両手に花」であったのだ。
春生はその場にしゃがみ込み……残された「花」と目線の高さを合わせた。
「調子……快復しませんね。あんまり、辛いようでしたら、救急車、呼びますか?」
春生の自転車を背もたれの代わりにして、駐輪エリアで重く腰を下ろしてしまっていた美少年に、春生は正直な困り顔を向ける。
「救急車なんて、そんな、大袈裟な……ボクは、大丈夫ですから」
彼は応えたが、その声は弱々しく掠れていた。
「……『大丈夫』には見えませんよ。そのままここに居て、また変なのに絡まれても厄介ですから。調子が悪いなら病院か、歩けるようなら家に帰った方が良いですよ」
「ええ……スイマセン」
春生の忠告に頷いてはくれた美少年であったが……それから数秒。しゃがみ込んだまま、一向に動こうとはしなかった。
「しゃあねえなあ……」とばかり、春生は短く息を吐く。
力無くしゃがみ込んでいる彼の両脇に腕を差し入れ――、
「え……何ですか? 何を……?」
――「よいせ……ッと」とその身体を抱きかかえる。
「ほら。自転車に掴まって。脚に力、込めて」
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