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しおりを挟むそして、最後の四枚目。
「なあ、いちおさん。坂本龍馬だか、司馬遼太郎だかは明治維新が『日本の夜明け』だと言っていたな。そこから、また、日本は幾つもの『夜』を過ごしたじゃねえか。戦争然り、外交然り、世界恐慌然りだ。……そろそろよ、『季節』が変わるんじゃあねえのかなあ。もう、すぐそこに来てるんじゃねえのか……『日本の春』がよ。……いや。俺はな、別に『現代の坂本龍馬』を気取ろうってつもりはねえんだ。ただな、そう思うってだけでよ」
手渡した金属板の全てを「再生」し終えた今西に、一緒は「ご苦労様でした」と告げて、その四枚の板を回収した。今西は無言のまま、すとんと椅子に腰を落とす。
「いかがでしたか、鈴呼さん。久我山さんの想いや考え、そのひととなりは伝わりましたでしょうか」
一緒の問い掛けに、水谷鈴呼は当然の如く「無反応」であった。
しかし。一緒は、鈴呼の「無反応」に対して、
「ウンウン。まあ、そうよねえ」
と、わざとらしく大袈裟に頷いたりとしたのだった。
「四捨五入しても未成年の女の子が、リアルに『日本を建て直そう』とか思えないわよね。……でも。久我山さんが本気で『日本』を考えてるってのは、伝わったんじゃないかしら。……面白いヒトよね。ああいう気持ちが、本当の『愛国心』なのかしらね。あたし達だと、オリンピックとか、ワールドカップで応援するくらいだものね。『ガンバレ、ニッポン』。通ぶっちゃうヒトなんか『日本は弱いから』って、違う国を応援しちゃったりもするし。久我山さんみたいな想いは――一歩、間違えれば差別的かもしれないけど――スゴイよね。なんだろ……『……本当に居るんだ、こういうヒトって』とか思わない?」
休み時間の教室で友達と駄弁るみたいに馴れ馴れしく、一緒は鈴呼に語り掛けていた。
「あたしもね、正直……『日本を建て直す』っていうのは実感に薄いのよね。……だけど、久我山さんは『解かる』感じなのよ。『信用』してるとか『共感』してるっていうよりも、『理解』出来るって感じかしら。……今し方、活躍して頂いた、こちらの彼。その仕事柄、久我山さんのお宅に住み込んでいるんだけど。朝昼晩とお食事を頂いて、お風呂を頂いて、お給料も頂いているわ。『家賃』と『食費』を引いた額になるから、言うほどの大金ではないでしょうけれども。彼は、こう見えて……人並みの生活をしているわ。……人並みに扱われているの。久我山さんはね、自分の為に能力を発揮してくれる人間には、きちんと、それ相応の報酬を支払っているわ。『ギブ・アンド・テイク』を実践している。弱者から搾取をしたり、敗者を利用したりとするような人間ではないの。なにしろ――『日本』の未来を本気で憂うようなヒトだものね」
静かながら、楽しそうに微笑んだ一緒は「……ただ」と、その表情を切なげに弱めた。
「……久我山さんは慈善家ではないから。『可哀想』なだけの人間に手を差し伸べたりはしないわ。でも。その人間が価値のある『能力』を持っているなら、それがどんな人間であろうとも、受け入れられる広い懐を持っている。……自分の能力を存分に発揮する事の出来る『場所』を与えてくれるわ。もちろん、それに対する報酬もね。……残念ながら、あなたの『能力』は時限付きだから。いつまでも『待つ』事は出来ないけれど……覚えておいてほしいの。久我山守義の懐には、あなたが『生きる』事の出来る『場所』があるわ」
一緒の言葉に、小糸朔太は「…………」と、静かに頷いていた。
今西安孝はキョロキョロと辺りを見回し続けており、水谷鈴呼は「無反応」だった。
「……さてと」
大きめな声で、一緒は呟いた。その表情を妙に柔らかく一変させる。
「これにて、本題は終わりです。これからは、あたしの個人的な『趣味』の時間」
アクリル板越しに水谷鈴呼の目を見詰め、一緒は「……ンふッ」と笑みをこぼした。
「鈴呼さん。覚えていますか? 前回、あたしが言ったコト」
一緒は、鈴呼の答えを待たずして、続ける。
「あたしは『未来』の『情報』よりかも、あなたが『滝田登』を殺した『動機』の方が、知りたいのよ。『そこ』には『水谷鈴呼』の『本質』が在るはずだわ。……あたしはね、水谷鈴呼さん、あなたに興味があるのよ」
春日一緒は意図的に「滝田登」の名前を出した。鈴呼は、それを感じ、堪えたわけではないのであろうが、その名前に対しても「無反応」であった。
「……あなたに殺された『滝田登』を少しだけ、調べさせてもらったわ」
楽しそうに、嬉しそうに。一緒は、まるで、歌うみたいに語り出した。
「『趣味の自由』かもしれないけれど。アレは……ビョーキよね。ああいうのも『ロリコン』ていうのかしら。少女趣味ならぬ――少年趣味。彼が好んだ対象は、主に小学生の高学年から高校生未満の男の子だった。三年程前には、教え子に対して『事件』を起こし掛けてる――結果、未遂で済んだみたいだけど。その事が原因で、その『嗜好』が母親にバレてる。本人にしたら『純粋な愛情』なのかもしれないけど……普通に見たら、立派にヘンタイよね。……親バレした『滝田登』は、そこから、逆に開き直っちゃったみたい。実家暮らしなのに、彼の部屋には『ソッチ系』の雑誌が隠されもせず、堂々とたくさん、置いてあったわ。まあ……そこで止めておけるならね。他人に迷惑を掛けてない個人的な『趣味・嗜好』だったら、『個人の自由』なんだけど。……職場の机にしまわれてあったデジカメには、盗み撮りと思われる男子生徒さん方の画像がいっぱい、保存されてあったわ。……商業のラインに乗ってる『売り物』を買う分には『自由』の範疇なんでしょうけど。自分で撮影をしたら……『被写体』に何も断りもせず、撮っちゃったら、それは駄目よね。他人の迷惑になるような『趣味』に『自由』は認められていないもの」
わざとらしく哀しげな表情をこしらえた一緒は、おっとりと首を横に振った。
「……ねえ、鈴呼さん。ここから、ちょっと、下世話な話。『滝田登』のデジカメには、たくさんの画像データが保存されてあったんだけど……実はね、その『たくさん』の七割以上を一人の『被写体』が占めていたのよ。……『滝田登』の『ターゲット』――なんて言い方は良くないかしら。……『お気に入り』だった男の子。『片想い中』だった男の子。……誰だと思う? 鈴呼さんの知っている男の子よ。鈴呼さんのクラスメート。その子の名前は……『花村春生』君」
春日一緒がその名を口にするや否や「ガンッ!」と、強い衝撃音が響いた。
一緒は半ば反射的にあごを引いていた。
春日一緒と水谷鈴呼――二人の間に立てられて在ったアクリルの板に、鈴呼はその額を強く押し当てていた。
「……その顔、覚えたわよ」
低い声が聞こえた。水谷鈴呼の口が動いていた。
それは、春日一緒が初めて聞いた水谷鈴呼の「言葉」だった。
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