春待ち木陰

春待ち木陰

文字の大きさ
上 下
15 / 31

14

しおりを挟む
 
 そして、最後の四枚目。

「なあ、いちおさん。坂本龍馬だか、司馬遼太郎だかは明治維新が『日本の夜明け』だと言っていたな。そこから、また、日本は幾つもの『夜』を過ごしたじゃねえか。戦争然り、外交然り、世界恐慌然りだ。……そろそろよ、『季節』が変わるんじゃあねえのかなあ。もう、すぐそこに来てるんじゃねえのか……『日本の春』がよ。……いや。俺はな、別に『現代の坂本龍馬』を気取ろうってつもりはねえんだ。ただな、そう思うってだけでよ」

 手渡した金属板の全てを「再生」し終えた今西に、一緒は「ご苦労様でした」と告げて、その四枚の板を回収した。今西は無言のまま、すとんと椅子に腰を落とす。

「いかがでしたか、鈴呼さん。久我山さんの想いや考え、そのひととなりは伝わりましたでしょうか」

 一緒の問い掛けに、水谷鈴呼は当然の如く「無反応」であった。

 しかし。一緒は、鈴呼の「無反応」に対して、

「ウンウン。まあ、そうよねえ」

 と、わざとらしく大袈裟に頷いたりとしたのだった。

「四捨五入しても未成年の女の子が、リアルに『日本を建て直そう』とか思えないわよね。……でも。久我山さんが本気で『日本』を考えてるってのは、伝わったんじゃないかしら。……面白いヒトよね。ああいう気持ちが、本当の『愛国心』なのかしらね。あたし達だと、オリンピックとか、ワールドカップで応援するくらいだものね。『ガンバレ、ニッポン』。通ぶっちゃうヒトなんか『日本は弱いから』って、違う国を応援しちゃったりもするし。久我山さんみたいな想いは――一歩、間違えれば差別的かもしれないけど――スゴイよね。なんだろ……『……本当に居るんだ、こういうヒトって』とか思わない?」

 休み時間の教室で友達と駄弁るみたいに馴れ馴れしく、一緒は鈴呼に語り掛けていた。

「あたしもね、正直……『日本を建て直す』っていうのは実感に薄いのよね。……だけど、久我山さんは『解かる』感じなのよ。『信用』してるとか『共感』してるっていうよりも、『理解』出来るって感じかしら。……今し方、活躍して頂いた、こちらの彼。その仕事柄、久我山さんのお宅に住み込んでいるんだけど。朝昼晩とお食事を頂いて、お風呂を頂いて、お給料も頂いているわ。『家賃』と『食費』を引いた額になるから、言うほどの大金ではないでしょうけれども。彼は、こう見えて……人並みの生活をしているわ。……人並みに扱われているの。久我山さんはね、自分の為に能力を発揮してくれる人間には、きちんと、それ相応の報酬を支払っているわ。『ギブ・アンド・テイク』を実践している。弱者から搾取をしたり、敗者を利用したりとするような人間ではないの。なにしろ――『日本』の未来を本気で憂うようなヒトだものね」

 静かながら、楽しそうに微笑んだ一緒は「……ただ」と、その表情を切なげに弱めた。

「……久我山さんは慈善家ではないから。『可哀想』なだけの人間に手を差し伸べたりはしないわ。でも。その人間が価値のある『能力』を持っているなら、それがどんな人間であろうとも、受け入れられる広い懐を持っている。……自分の能力を存分に発揮する事の出来る『場所』を与えてくれるわ。もちろん、それに対する報酬もね。……残念ながら、あなたの『能力』は時限付きだから。いつまでも『待つ』事は出来ないけれど……覚えておいてほしいの。久我山守義の懐には、あなたが『生きる』事の出来る『場所』があるわ」

 一緒の言葉に、小糸朔太は「…………」と、静かに頷いていた。

 今西安孝はキョロキョロと辺りを見回し続けており、水谷鈴呼は「無反応」だった。

「……さてと」

 大きめな声で、一緒は呟いた。その表情を妙に柔らかく一変させる。

「これにて、本題は終わりです。これからは、あたしの個人的な『趣味』の時間」

 アクリル板越しに水谷鈴呼の目を見詰め、一緒は「……ンふッ」と笑みをこぼした。

「鈴呼さん。覚えていますか? 前回、あたしが言ったコト」

 一緒は、鈴呼の答えを待たずして、続ける。

「あたしは『未来』の『情報』よりかも、あなたが『滝田登』を殺した『動機』の方が、知りたいのよ。『そこ』には『水谷鈴呼』の『本質』が在るはずだわ。……あたしはね、水谷鈴呼さん、あなたに興味があるのよ」

 春日一緒は意図的に「滝田登」の名前を出した。鈴呼は、それを感じ、堪えたわけではないのであろうが、その名前に対しても「無反応」であった。

「……あなたに殺された『滝田登』を少しだけ、調べさせてもらったわ」

 楽しそうに、嬉しそうに。一緒は、まるで、歌うみたいに語り出した。

「『趣味の自由』かもしれないけれど。アレは……ビョーキよね。ああいうのも『ロリコン』ていうのかしら。少女趣味ならぬ――少年趣味。彼が好んだ対象は、主に小学生の高学年から高校生未満の男の子だった。三年程前には、教え子に対して『事件』を起こし掛けてる――結果、未遂で済んだみたいだけど。その事が原因で、その『嗜好』が母親にバレてる。本人にしたら『純粋な愛情』なのかもしれないけど……普通に見たら、立派にヘンタイよね。……親バレした『滝田登』は、そこから、逆に開き直っちゃったみたい。実家暮らしなのに、彼の部屋には『ソッチ系』の雑誌が隠されもせず、堂々とたくさん、置いてあったわ。まあ……そこで止めておけるならね。他人に迷惑を掛けてない個人的な『趣味・嗜好』だったら、『個人の自由』なんだけど。……職場の机にしまわれてあったデジカメには、盗み撮りと思われる男子生徒さん方の画像がいっぱい、保存されてあったわ。……商業のラインに乗ってる『売り物』を買う分には『自由』の範疇なんでしょうけど。自分で撮影をしたら……『被写体』に何も断りもせず、撮っちゃったら、それは駄目よね。他人の迷惑になるような『趣味』に『自由』は認められていないもの」

 わざとらしく哀しげな表情をこしらえた一緒は、おっとりと首を横に振った。

「……ねえ、鈴呼さん。ここから、ちょっと、下世話な話。『滝田登』のデジカメには、たくさんの画像データが保存されてあったんだけど……実はね、その『たくさん』の七割以上を一人の『被写体』が占めていたのよ。……『滝田登』の『ターゲット』――なんて言い方は良くないかしら。……『お気に入り』だった男の子。『片想い中』だった男の子。……誰だと思う? 鈴呼さんの知っている男の子よ。鈴呼さんのクラスメート。その子の名前は……『花村春生』君」

 春日一緒がその名を口にするや否や「ガンッ!」と、強い衝撃音が響いた。

 一緒は半ば反射的にあごを引いていた。

 春日一緒と水谷鈴呼――二人の間に立てられて在ったアクリルの板に、鈴呼はその額を強く押し当てていた。

「……その顔、覚えたわよ」

 低い声が聞こえた。水谷鈴呼の口が動いていた。

 それは、春日一緒が初めて聞いた水谷鈴呼の「言葉」だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

坊主女子:青春恋愛短編集【短編集】

S.H.L
青春
女性が坊主にする恋愛小説を短篇集としてまとめました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

処理中です...