春待ち木陰

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「…………」

 ……また、キュウと春生の胃が痛む。

(残る「問題」は、どうして、あの時――あの場所で、あのタイミングで――「行為」に及んだのか。それくらい……か。……「タイミング」の「変」は、瀬尾と安藤果歩にも共通する「謎」だけど。……これにて、水谷鈴呼が滝田先生を殺してしまった事に対する「どうして」の「答え」は、出た……のか?)

「…………」に「…………」としばし押し黙ってしまっていた春生に。滝田の母親は、

「……大丈夫? なんだか、顔色が優れないみたいだけど……」

 と心配そうに表情を曇らせてくれた。

「え……ああ、はい」

 春生は半ば反射的に「大丈夫です」と応え掛けて、それを止めた。

「……すいません。自分はそろそろ、おいとまさせて頂こうと思います」

「大丈夫なの? 一人で帰れる? 少し休んでからでも」と心配をしてくれた滝田の母親には申し訳なかったが、春生はそれを良い口実にさせてもらった。

 事実、春生の胃は「謎」の痛みに襲われていたが、彼はその痛み云々よりも、今はただ、独りになりたい……ゆっくりと気持ちを落ち着かせたい……そんな想いで一杯だった。

 滝田の家を出て、自宅に向かう途中。揺れる電車の中で春生は、考えるで無くぼんやりと思った。

 水谷鈴呼や安藤果歩、それと瀬尾美空に共通する「タイミング」の「謎」を解くには、恐らく、瀬尾を問い詰めるのが一番の近道であろう。しかし。今の春生には、何故だろう、その「問い詰める」気力が湧いてこなかった。

(……なんか、今日は疲れたかな……。)

 春生は、そっと息を吐く。

 正面の車窓にはいつまでも見慣れない景色が流れ続いていた。

 他に乗客の少ない電車内。虚ろに佇む花村春生は、すっかりと忘れてしまっていた。

 水谷鈴呼に関する一番の「謎」は――彼が、彼女を気に掛けた「ハジマリ」とは、その「殺人の理由」などではなかったはずだ。あの時――「あの水谷鈴呼」が春生の制服に、そっと触れた事――(……どうして、オレに懐く……?)と、その理由や彼女の意図を解かりたいと感じたからであった。

 彼女は春生に助けを求めたのか、温もりを欲したのか。それとも、彼女自身、深い考えなどは無く、ただただ手を伸ばしてしまっただけなのか……「あの水谷鈴呼」が。

「…………」

 正面の車窓に映る景色が馴染みの土地に戻っても、虚ろなままの春生はその事を思い出せずにいたのだった。

 

 東京拘置所の面会室には、携帯電話や録音機、カメラ等を持ち込む事は禁じられていた。

 しかし。既に表舞台からは姿を消しているとはいえ、久我山守義の日々に暇は無かった。氏が「一言」を伝える為だけに水谷鈴呼との面会をする事は叶わない。更に言うならば、面会の為だけに氏が東京拘置所になど赴こうものなら、それは結果、各方面に対して、水谷鈴呼を悪目立ちさせてしまう事になる。……日本全土に対し「情報」の無条件配布を目論んでいる氏は、未だ「協力者」には成り得ていない今の段階の「先見人」――水谷鈴呼の存在を、他の団体や人間に知られるわけにはいかなかった。

 それでも。非協力的だという彼女に「一言」を申したいと強く感じた氏は、小糸朔太に命じ、自身の「言葉」を「録音」していた「者」を拘置所に連れて行かせたのだった。

 そうして、この日の水谷鈴呼の面会者は……小糸朔太と春日一緒、そして、今西安孝の三人となっていた。

「二度目マシテ。鈴呼さん」

 春日一緒は、その顔に残る幼さを隠す事なく、人懐っこい微笑みを浮かべた。

「無邪気」や「無垢」とも表せそうな一緒の笑顔に、水谷鈴呼は、

「…………」

 と、前回の時から何も変わっていない「無反応」を示した。

 一緒の傍らには、前回と同様な小糸朔太の他、もう一人、鈴呼にとっては初対面となる青年――今西安孝が座っていた。「無反応」な鈴呼には、目の前に現れたその見知らぬ青年を観察するような視線もなかった。

 今西安孝。二十代の半ばと思われる青年は、洒落っ気の認められない坊主頭をしていた。

 ずんぐりむっくりとした体型で猫背。だらしなく半開きな口許。拘置所の面接室という物珍しさに少しも抗う事なく、キョロキョロ、キョロキョロ……「人間」以外には興味深々らしく、いつまでも「辺り」を見回していた。

 ……正しくの三者三様である。

 色は秋らしく淡い辛子色。モコモコのニット生地で暖かい、ワンピースみたいな長丈のカーディガンを可愛らしく着こなした、二十歳手前の少女。

 プロレスラーとまではいかないが、それなりに鍛えているふうのガッチリとした体格に、白いワイシャツと黒いスーツを重ねた「ボディーガード」みたいな「秘書」。性別は男。年齢は三十代の後半。

 そして。着古された感の強い焦げ茶色をしたパーカーを着こんだ、風体は前述の青年。

 三人は年齢から、服装から、更には、その表情までもが全くのバラバラであった。……例えば、この三人が並んで街を歩いていたとしても、他人の目には「三人組」ではなく「一人と一人と一人」に見えるであろう、そんな三者であった。

「…………」

 アクリル板越しの水谷鈴呼に再会の微笑みを浮かべた春日一緒とは違って、今日の小糸朔太は神妙な顔付きで静かだった。……前回の事。終始一貫して「無反応」であった水谷鈴呼は、小糸朔太、渾身の「熱い演説」を以ってしても、眉一つ動かさなかった。その旨、主である久我山守義に親告をした彼は、今後の当・水谷鈴呼に関する全て事柄の主導権を、春日一緒に託す事となってしまったのだった。

 久我山守義が曰く、

「朔太の馬鹿じゃあ、会話にもならなかったか。こりゃあ、俺みたいな爺が何を言っても、意味が無えかな。『力』を持った若者には日本の為に働いてもらいてえ……出来る事なら、俺の考えに『賛同』してもらいてえんだがなあ。……大義として、俺の『言葉』は持って行ってもらうが、その調子じゃあ、まともにゃ聞いちゃもらえねえだろ。……いちおさん。アンタなら『水谷鈴呼』の『声』を聞く事も出来るんじゃねえのかな? ……若い女同士という事もあるしな」

 ……との事であった。

「馬鹿」呼ばわりをされた上に、一回り以上も年下の小娘に使われる身となってしまった小糸朔太であったが……彼は、主の決定に何の不満も抱いてはいなかった。もちろん、逆恨み的に春日一緒を悪く想ったりもしていない。……何も思わず、考えず、その指示に従って、ただ全うするのみである。彼にとって、久我山守義の「言葉」とは、それほどまでに「絶対」なモノなのであった。

「…………」と言えば、もう一人。今西安孝も「無言」ではあった。

 その口は半開きのまま……それ以上は開けられも閉じられもしないのだが、しかし。今西はいつまでも、いつまでも、キョロキョロと落ち着きが無く、無音ながら非常にやかましかった。

「早速だけど。まずは本題から」

 水谷鈴呼の目を見据え、春日一緒が口を開いた。……今回は小糸の挨拶や、今西の自己紹介は無いらしい。

「本日は『メッセンジャー』をお連れしました」

 澄まし顔に変わった一緒は、隣に座っていた今西安孝を視線で指した。

「彼は或る希少な『特技』を持っているのですが……言葉で説明をするより、実際に見て頂いた方が解かり易いでしょう」

 そう言うと一緒は、膝の上に置いてあったポシェットを開き、中から何かを取り出した。


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