異世界転生してみたら知ってる名前の奴がいた。

春待ち木陰

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妹が織田信長だった件。(4/5)

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 とはいっても12歳の俺には仕事がある。家の手伝いだ。

 我が家はパン屋を営んでいて店内にはちょっとした惣菜なんかも置いていた。

 俺はその惣菜の仕込みを手伝っていた。

 毎日毎日、早朝から昼過ぎまで野菜の皮をナイフで剥いている。

 作業場所は台所の隅で目の前の勝手口を開けて外に出れば斜向いの空き地にはすぐ駆け付けられるが、

「おにーいちゃーん!」

 助けを呼ぶ声を聞いてからでは当然、イジワルを未然に防ぐ事は出来ない。精々、妹が過度な仕返しをする前に相手を追い払うくらいの事しか出来ていなかった。

「これはもう抜本的な対策が必要だな……」

 赤地に黒い虎柄というド派手なマントを身に付けるようになって以降、妹は毎日のようにイジワルをされるようになってしまった。最初こそ口で悪く言われるくらいのものだったがそれも徐々にエスカレートしていき、最初のイジワルから数えて半月が経とうとしている今ではマントを引っ張って、無理矢理に脱がせようとしているのかマント自体を傷付けようとしているのかといったところにまできてしまっていた。

「止めろ。悪ガキ。もう二度と妹に近付くな。死にたいのか?」

 とか、

「お前の命ひとつで収まる話じゃなくなってくるぞ。家族を殺したいのか?」

 などと相手を泣かせるほどきつく叱っても強く忠告しても次の日にはまた別の子が妹にイジワルをしにくる。一匹潰してもまた一匹……が延々とだ。

「お前らの前世はGか!?」と人権を無視したツッコミを入れたくもなってくる。

 昨日も今日も、恐らくは明日も。10歳前後と思われる男の子ばかりが次々に、だ。

 俺の妹にイジワルをする事がガキどもの間で流行ってしまっているのか。

「流行って……。……うん? 流行らしてる人間が居るのか? もしかして」

 俺は単発のイジワルが次々に降り掛かってきているのだと思っていたが、それらの単発をまとめたこの一連が大きな一つのイジワルなのか?

「何のつもりか知らないが。この一連を操っている黒幕を突き止めてこらしめないと終わらないのか? いつまで経っても」

 まったく。何処の誰だ。陰湿なヤロウだな。

「……どうやって犯人を突き止めるか」

 まずはイジワルをしに来ていた人間を整理してみるか。

 悪ガキどもの素性を並べられれば、その繋がりから大本が辿れそうな気がするんだけどな。どうかな。やってみよう。

「信長。さっきの悪ガキは信長の知ってる子か?」

「ううん。しらない子だった」

「アーチャンも知らない子?」

 今日も妹と一緒に遊んでくれていたアーチャン・テイラーにも聞いてみた。

「えっと。知ってます」

「お。ホントに? 助かる。ありがとう。何処のなんて子だろう」

「名前はチャンウェイ・ウッズ。まちの東に住んでます」

「きのうきた子はわかるよ。ジルベルナール!」

 妹もアーチャンに負けじと教えてくれた。

「ジルベルナール・キッシンジャーです。まちの南にある、しっ地たいのかん理人の息子です」

 アーチャンが補足してくれる。しっかりした子だな。

 妹の信長が誕生日を迎えたばかりの7歳で、アーチャンは8歳。前世の記憶にある「学年」で言えば小学一年生と三年生か。

「えらいぞ、二人とも。じゃあ、その前とかその前の前に来てた子とか、分かるだけ書き並べてみるか」

 土の地面に木の枝で、二人が口にする名前を次々に書いていく。

 名前が出揃ったら、

「この中でこの子とこの子は友達同士だとか、そういうのは分かる?」

 互いの関係性を書き足していく。

 そうして出来上がった相関図は……スカスカだった。

「うーん」

 単なる名前の羅列というか箇条書きというか。

 家が近所だとか遠い親戚らしいだとかで薄っすらと繋がっている子も居るには居るが完全に浮いてしまっている子の方が多かった。

「誰かから始まって伝播していった流行りじゃあないのか……? 何の関係性も無い子達が同時多発的に信長にイジワルをする? そんな事があるのか?」

 シンクロニシティなんて概念もあるが「偶然」という言葉を安易に使う事は思考の放棄に繋がる。考えろ。考えろ。もっと考えろ。

 が幾ら考えても分からない。少なくともいまのところは。

 誰か大人に頼ってみるか? いや。オトナ的に考えるなら、もっと単純な「解決」方法を提示されてしまいそうだ。

 悪ガキどもの妹に対するイジワルを無くさせる一番簡単な方法は妹に標的とされているマントを着用させない事だ。家の外では。たったそれだけの事で良いはずだ。

 でも。それは違う気がする。

 妹の「織田信長」っぽさを肯定したいわけじゃない。むしろ否定したいくらいだ。

 ただその前世も含めて今のオダノブナガ・ベイカーなのだ。

 妹はただド派手はマントが好きなだけだ。

 他の子からの理不尽に押されて自分の好きを我慢する事は絶対に違うと思う。

 やめさせるべきものはマントの着用じゃなくてイジワルの方だ。

 諦めずにもう一度、考えてみよう。

 う-ん。何でこの悪ガキどもの矢印は信長に向いているんだ。

「もう少しヒントが欲しいな。大きなピースが足りてないって感じがする」

 この不完全な相関図の何処に「オダノブナガ・ベイカー」が入るんだ。

 何処に入れても不自然だ。

「考え方が間違ってるのか……?」

 もしかしたら「オダノブナガ・ベイカー」じゃなくて「アーチャン・テイラー」が入るとか。

 悪ガキどもの本当の目的は信長のマントを腐す事じゃなくて、信長の隣によく居るアーチャンの気を引く為とか。一緒に居ないときにもイジワルはされていたが信長のマントはアーチャンのパパが仕立ててくれたものらしいし。

 その線か……?

 相関図の外側に「アーチャン・テイラー」の名前を書いてみたところ、

「あ。ちがうよー」

 妹が言った。

「アーチャンはアーチャンじゃないんだよ」

「ん? アーチャンじゃない? 何の話だ?」

 俺が首を傾げていると「えっと」とアーチャン自身がまた補足をしてくれた。

「『アーチャン』はあだ名というか、そうよばれているだけで。わたしの名前はアケチミツヒデです」

「へえ。そうだったんだ。アケチミツ……――明智光秀!?」

「あ、はい。申しおくれました。わたしはアケチミツヒデ・テイラーです」

 とアーチャン改め明智光秀が言い終えるよりも先に、

「おーまえかぁー!」

 俺は光秀の胸ぐらを掴んでいた。叫んでいた。

「お、おにいちゃん?」と怯える妹を背後に隠して、

「お前が妹にイジワルをさせてたんだな! 近所のガキどもをたぶらかして!」

 俺は恫喝を続ける。

「そ、そんな。言いがかりです。しょうこはあるんですか?」

「証拠なんざ必要ねえ! 信長にイジワルをする陰の主犯は光秀に決まってる!」

 後から冷静になって考えると本当に酷い言い掛かりだ。前世と今世はイコールじゃないし今世は前世の続きでもないのに。俺は彼女が「明智光秀」だから「織田信長」である妹を害したのだと思い込んでしまっていた。頭に血が上ってしまっていた。

 しかし、

「な、なんで分かったんですか……。……すごい」

 今回に限っては正解だったらしい。光秀は怯えながらも熱い眼差しで俺を見詰めてきていた。俺は完全に興奮状態に陥ってしまっていた。

「お前が明智光秀だからだ! おい。これ以上、信長に手を出してみやがれ。お前、竹槍で脇腹を貫かれて死ぬぞ! いいか!? 死ぬんだぞ!!!」

「なんて具体てきな……。ああ、ああ……」

 8歳の少女が顔を真っ赤に染め上げて、あたかも恍惚の表情をこしらえていた。

 ……何かヤバいぞ。

 反対に俺の興奮は急激に冷めてしまった。

 光秀に正気を取り戻させる意味も含めて、俺は固く握ったげんこつをごちんと少女の頭に落としてやる。

「ぎゃんッ!?」

 光秀はとろんとさせていた目を大きく見開いてからぎゅっと強く閉じた。

「もうしないな? 明智光秀」

 目線の高さを合わせて問えば、

「……はい。もうしません」

 光秀はしっかりと頷いてくれた。少女はすっかりと普通の顔に戻っていた。

「よし!」

 俺は大きく手を打って、この一件の落着を示した。

 が怒涛の超展開についてこられなかった妹の信長は、

「おにいちゃん?」

 と頭上に大きなハテナマークを浮かべていた。

「喜べ。信長。明日からはもうイジワルされる事はなくなったぞ」

「ほんとに? わーい。よかったあ。やったあ。でも。どうして?」

 うん。「どうして?」だよな。さて。どのように説明をしたら良いものか。

 光秀ことアーチャンは信長の友達だ。

 友達のアーチャンが実は黒幕でしたなんて言ってしまってよいものか。普通ならばトラウマものだと思うが。

 いや、今更か。

 目の前でアーチャンの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける兄の姿を見たのだからきちんと理解は出来ていなくとも薄々は気付いているだろう。

 ここではぐらかしても良い事はないと思う。

「うーん。実は」とアーチャンが裏で糸を引いていたという事実を告げると、

「どうして?」

 また信長は不思議そうな顔をした。

「どうしてアーチャンは男の子にわたしにイジワルをさせてたの?」

 それは俺も引っ掛かっていた。この件の一番の疑問は光秀の動機だった。

「どうしてなんだ? 光秀」と俺は本人に聞いてみる。

「それは」と光秀が語るには、

「さいしょはぐうぜん」

 だったそうだ。

「お兄さんがさいしょにオダノブナガちゃんを助けたとき『おれがノブナガを守ってやるからな』って言ったのがすごく……カッコよくて」

 妹を守る兄の姿をもっと見たい。一人っ子であるらしい光秀は強く思ったそうだ。

 そして、その為にはまたイジワルが必要だ、とも。

 ちょっとした悪口から始まったイジワルは徐々にエスカレートしていってしまったが、それに立ち向かって相手を泣かせるまでやり込めていた俺の勇姿に感謝と感動をしていたという。

「お兄さんはすてきでした。こらしめられている男の子を見ているとわたしまでおこられているようで、どきどきしてしまって。ああ。もっと。もっとおこられたいと」

 光秀の顔色がまたよろしくなくなってきていた。

 相手に怒ってもらいたいから悪い事をする。それだけを聞くと無関心な親に対して子どもが構って欲しいとの思いから発するSOSみたいにも聞こえるが、

「もやすだとか死ぬだとか。強い言葉でせめ立てられたい。追いこまれたい。ああ」

 ……これは違うよな。

「アーチャン……?」と信長も軽く引いている。

 もしも、これがアーチャンに受け継がれた「明智光秀」の性質なのだとしたら。

 もしかして「本能寺の変」って、

「究極、殺されたくて殺しにいったのか……? ……破滅願望かよ」

 俺には理解が出来ない話だった。


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