異世界転生してみたら知ってる名前の奴がいた。

春待ち木陰

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妹が織田信長だった件。(2/5)

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 俺の妹の名前は「織田信長」だ。ファミリーネームはベイカー。

 フルネームは織田信長・ベイカーとなる。

 正確に言えばオダノブナガ・ベイカーだ。

 この世界の人類は全て前世を持っていた。そう。「この世界」だ。地球から見れば此処は「異世界」になる。

 この異世界では子どもが生まれると神殿で洗礼を受けて神様から前世の名前を教えて頂く。神様からの賜り物としてその名前がそのまま子どもの名前になる。

 俺の妹は前世が「織田信長」で、今の名前がオダノブナガだった。

 日本人にとっては「あの」織田信長だが、この世界で日本史を知る人間なんてまず居ない。「織田信長」が生まれてから七年ちょっとが経つがいまのところその名前を聞いて大騒ぎするような人間には出会っていなかった。

 前世があっても今世はその続きじゃない。この世界で生まれた人間が前世から引き継ぐものは、そのほんの一部分だけだ。

 思考能力やその傾向、容姿、筋力、癖、トラウマ等々、その者が持っていたありとあらゆるもののうちから何を引き継いでいるのかは本人にも分からない。

 前世の事など全く覚えていないのだ。

 俺のように「ありとあらゆるもの」の中から「記憶」を引き継いだ人間以外は。

 俺の名前は鈴木涼介。スズキリョウスケ・ベイカーだ。誰がスケベだ。ほっとけ。

 鈴木涼介は日本史にも世界史にも出てこないし、ネット検索してみたところで出てくる「鈴木涼介」は同姓同名の別人だ。「俺」は個人でSNSもしていなかった全く無名の一般人だった。

 平成を生きて令和に死んだ。

 享年は40。

 だが今の俺には40年分の人生経験なんてものは無い。まだ無い。

 前世から引き継いだものは誕生と同時に全てが発揮されるわけではなかった。

 現世の体に馴染む為の時間が必要だと言われている。

 例えば前世の「怪力」を受け継いでいたとしても、産まれたばかりの赤ん坊が大人顔負けの力を振るう事は出来ない。

 キャパオーバーなのだ。

 現世の俺の脳みそはまだまだ12歳で、40年分の人生経験が詰まった辞典のようなものは頭の中にあるはずなのだがまだそれを上手には使いこなせていなかった。

 妹にしてもそうだ。その名前から確実に「あの」織田信長の何かは引き継いでいるはずだが、今までの妹は普通に優しい女の子で織田信長っぽさの欠片もなかった。

 織田信長の何を引き継いでいるのか俺には見当も付いていなかった。

「案外、織田信長とか言っても『あの織田信長』じゃなくて、昭和や平成以降に生まれた同姓同名の別人かもな。きらきらネームとかいうやつ。高橋織田信長みたいな」

 神の啓示で賜る名前は必ずしも正式名称ではなく、通名である事も多いらしい。

 前世が「高橋織田信長」でも神様が「織田信長」とだけ教えてくださった可能性は十分にあった。

 あの織田信長もフルネームなら織田と信長の間に上総介や三郎が入るとか入らないとか言うし。まあ「俺」も豆知識程度にしか知らないが。

「うん。そうだ。そうだ。妹の前世はきっと『高橋織田信長』だ。『あの織田信長』じゃない。うん。同姓同名の別人だ。そうに決まってる」

 なんて思い込もうとしていた矢先の事だった。

「おにいちゃん。見て見て」

 妹の七回目の誕生日。両親から贈られたプレゼントのマントをその場で身に付けた妹はとても嬉しそうにくるくると回っていた。

「かわいい? かわいい? えへへ。えへへ」

 妹のその仕草、様子は非常に可愛らしかったが、

「……赤地に黒で虎柄って。奇抜過ぎるだろう」

 俺は頭を抱えてしまった。

「父さん。なんであんなド派手なマントにしたんだ」

 喜んでいる妹には聞こえないように小声で父親を責めるも、

「オダノブナガに選ばせたんだ。どうせなら本人が欲しいものをと思ってね」

「せっかくのプレゼントだもの。喜んでもらえる事が一番だわ」

 両親共にみじんも後悔は無いようだった。

 実に理解のある素敵な父と母である。コンチクショウ。

「いいじゃないか。オダノブナガ。よく似合ってるぞ」

「素敵ね。お姫様みたいよ」

 踊る妹に父が声をかける。母も続いた。

 両親の遺伝子をしっかりと受け継いだ妹の外見は金髪で肌も白かった。

 このくらいの年齢の子ども全員に言えてしまえそうだが確かに妹はお姫様みたいに可愛らしかった。

 だがしかし。素材はお姫様でも真っ赤な虎柄のマントなんか羽織ったら一気に第六天魔王だ。金髪に白い肌と赤色の衣装は似合わなくもないが、それが余計に。

「7歳の女の子らしくはないだろう」

「そうかあ? でもオダノブナガらしいじゃないか。はっはっは」

 父が笑った。

「確かに『織田信長』らしくはあるけど。はは、ははは……」

 俺も笑った。


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