【全33話/10万文字】絶対完璧ヒロインと巻き込まれヒーロー

春待ち木陰

文字の大きさ
上 下
28 / 33

28/33

しおりを挟む
   
「それにお水を飲ませたら飲ませたでおしっこも出ちゃうわよね」

 のっぴきならない状況とは言え、高校生の男子が看護師でも親兄弟でもないクラスメートの女子にシモの世話はされたくないだろう。もしも大輔に薄っすらとでも意識が残っていたら、これを理由にもっともっと深い眠りに落ちてしまいそうだ。起きる事を拒否されてしまいそうだった。

「私は別にヤブサカデナイ……は『積極的にやりたい』って意味だったかしら。そうじゃなくて。ええと。『やってあげてもいいわよ』的な日本語は無かったかしら」

 大輔ならすぐに「それだったら」と答えてくれそうだと知世は思った。

「真田君は博識だものね」

 懐かしむように目を細めてしまった後、知世は慌てて首を振る。

 まだ何も終わってはいないのだ。真田大輔は今、知世の目の前に居る。

「……心臓も動いてる。息もしてる。冷たくもなってない」

 昨日の夕方から今朝まで十数時間も様子を見たが大輔の容態に変化は無かった。

 良くはなっていないが悪化もしていないように見える事が救いと言えば救いか。

 だからと言ってこのまま知世の自室では預かり切れない。

 真田大輔をお人形さんみたいに寝かせてはおけない。椅子に座らせて飾ったりだのクローゼットの奥にしまったりだのも出来ない。捨て猫みたいに隠しつつ育てる事も無理だ。

「真田君は真田君の自宅におかえりいただくしかないのよね」

 当然、この状態の大輔を担いで真田家にお届けするわけにはいかない。知世の細い体では筋肉で重い大輔を支えながら歩く事は出来ない――といった意味ではなくて、事情を知っていながらも知世では真田家の方々に説明が出来ない、合わせる顔がないという事だ。

「真田君の自宅の場所も知らないし」

 連れてはいけない。大輔には大輔の足で自宅まで帰ってもらうしかない。

「すぅー……、ふぅー……」と深呼吸をひとつしてみる。

「昨日の夜」はもう上書きされてしまっているから、そこに戻っても真田大輔は長崎宅の知世の部屋に居る。目指すは「一昨日の夜」だ。

 宮下ワタルの自殺を阻止した翌日だ。知世が「痴漢に襲われそうになった」というテイでリセットをしてしまった夜だ。

 ――リセット。

 知世は自宅マンションのリビングに居た。

 母親は奥のキッチンで知世がリクエストした豚肉のピカタを作ってくれていた。

 しばらくして父親がお土産にケーキを持って帰ってきた。

 時計の針は7と8の間で重なっていた。

 知世も母親も食事はもう済んでしまっていた。

 父親からは「遅くなりそうだから先に食べてて」とのメッセージは送られていたが「ケーキを買って帰る」とは書かれていなかった。

「普通にゴハンも食べちゃったし。夜も遅いからケーキは明日もらうね」

 知世は「ケーキがあるってわかってたらゴハン軽めにしておいたんだけど」と白々しい言葉を上手にかたって自室に戻る。

 知世はスマホを手に取った。時刻は午後8時31分。画面を見詰める。32分。充電の残量をチェック。33分。電波状況をチェック。34分。マナーモードになっていないかを見る。35分。着信音のボリュームを上げる。36分。画面を見詰める。37分。画面が消える。38分。消えた画面に触れる。触れる。触れる。39分。また画面が消えてしまわないように数秒に一度のペースで触れ続ける。40分。

「59、58、57……」

 知世は呟き始めた。気持ちがはやって2秒の間に「56、55、54」と3つもカウントしてしまったりとしていた。

「――60。あら? まだ40分?」

 その十数秒にスマホの時計は「8:41」を表示した。

「…………」と知世は押し黙ってスマホを見詰める。じっと見詰める。

 見詰め続けていると「8:42」に変わった。

「はあ……」と溜め息。

 ……大輔からの着信は無かった。

「前」は「8:41」に電話があった。着信履歴にも残っていた。

「……もしかしたら。なんて。思ったりもしたけど」

 やっぱり「真田大輔は動いていない」のだと知世は思った。

 よくよく考えてみればリセット前の記憶が残る大輔だから無事に目を覚ましていたとしても「前」と同じ行動を取るとは限らないのだが、今の知世にはよくよく考える余裕など無かった。

 知世は考える。

「真田君は今頃どうしてるのかしら」

 今回のリセットで戻った先は、大輔も学校からは帰っているはずの時刻だった。

 真田家の生活サイクルは分からないが知世の家では夕飯の直前だった。

 大輔も知世と同じようにリビングに居ただろうか。それとも自室だろうか。

 リビングに居れば「動かない」状態の大輔をすぐに家族が発見してくれるだろう。

 自室に居たとしも「ご飯よー」と呼びに来た母親なりに見付けてもらえるだろう。

「動かない大輔」を見たら大輔の御家族はきっと驚いてしまう事だろう。

「改めて申し訳ないと思うわ」

 大輔を線路に突き落としたのは知世ではなく、むしろ即死だった大輔をリセットで助けているわけなのだが、結果として命だけしか救えていない現状に却って罪悪感のようなものが募っていた。

「真田君の様子を見てすぐに救急車を呼ぶかしら。心臓も動いていて息もしてるから一晩は様子を見るかしら」

 どちらにせよ今日明日には病院に連れて行ってもらえるだろう。病室でなら餓死もシモの世話の心配もせずに眠っていてもらえる。「日にち薬」が効けば、そのうちに大輔も目を覚ますかもしれない。

「だいじょうぶ。きっと、だいじょうぶ」

 知世は小さく唱えた。

 次の日。大輔は学校に来なかった。

 休み時間になると宮下ワタルから「長崎さん」と声を掛けられた。

「真田君、どうしたんだろう。何か聞いてる?」

「いいえ」と知世は首を振る。

「そっかあ。長崎さんなら知ってるかと思ったんだけど」

 宮下ワタルの言葉に知世は一瞬だけ「え?」と思ったがその表情から察するに深い意味は無さそうだった。

 宮下ワタルは知世が引っ掛かった事には気付いていない様子で話し続けていた。

「昨日は普通に来てたけど。一昨日、おれが……アレして受け止めてくれたときに、やっぱ、どっか痛めてたりしたのかな。それで病院に寄ってから来るんで遅刻とか」

「昨日も一昨日も真田君は元気にしてたから。宮下君に関わって怪我をしたりはしてないと思うわよ」

「そうかな」

「ええ。ただの寝坊で遅刻してるだけかもしれないし」

「真田君が? そんなことあるかな」

「学校に来る途中でお腹を壊して駅のトイレに閉じこもってるとか」

「はははっ。ナイでしょ。真田君だよ?」

 宮下ワタルの笑い声に応えて知世も「うふふ」と微笑んだ。

 本当に「そんなこと」だったらいいのに。

 でも「そんなこと」ではないと知世は知っていた。

「真田君だったら……登校途中で遭遇したひったくり犯を取り押さえて、引き渡した警察に事情を聞かれてたから遅刻とか。道端で倒れてたお婆さんを背負って病院まで運んでたから遅刻とか」

「あら。真田君てそういうイメージ?」

「あは、はは……。前はもっとクールなヒトだと思ってたけど。実際、おれは助けてもらっちゃったから。いざというときには熱血な感じかなあと」

「へえ……」と知世は本気で感心してしまった。宮下ワタルは、

「あ、おれがそんなふうに言ったこと、真田君本人には言わないでよ? ほんとに」

 まるで恋する乙女みたいに顔を赤らめていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...