【全33話/10万文字】絶対完璧ヒロインと巻き込まれヒーロー

春待ち木陰

文字の大きさ
上 下
19 / 33

19/33

しおりを挟む
   
 大輔は笑ってしまった。

「……前向きなんだな。長崎は」

 笑うしかなかった。

 もしも自分だけが奇跡とも言える程の異能力を持って生まれてしまったとしたら、その胸に抱えるものはきっと優越感よりも強い孤独だ。

 知世の「リセット」に巻き込まれているだけの大輔は極端な話、原因である彼女を排除すれば「助かる」事も出来るが長崎知世はきっとこの先も一生、独りきりだ。

 しかし。彼女自身がのたまったように長崎知世がもしも本当にこの世界の「主役」であるならば、彼女と同じような、もしくは相対するような異能力を持った「敵役」が必ず存在するはずだ。

 奇しくも大輔はそれを「悪の組織」と呼んだ。求めた。居るはずであると信じた。

 普通に考えれば、ただの痴漢を「悪の組織」だなんて思ったりはしない。大輔は、世界を巻き戻すなどという知世の起こした奇跡を目の当たりにしてしまっていたからこそ、その「普通に考える」が出来なかった。

 望んでしまった。知世と同等の「チカラ」を持った知世とは別の存在を。

 知世の為に。知世がこの世界でたったの独りにはならないように。

 知世にしてみればきっとありがた迷惑な願望であろう。

 そして。出来る事ならばその存在は知世の「敵役」が良いとも思ってしまった。

 同等の「チカラ」こそ持ってはいないが彼女を理解する事が出来る可能性を持った「仲間」ならもう此処に居るのだから――。

 ――真田大輔はその感情をまるで自覚してはいなかったが。

 大輔は、

「世界を巻き戻す事は出来ないが。長崎の『能力』に少しだけ抵抗する『チカラ』を俺は持っているようだ。俺だけが巻き戻される前の世界の記憶を完全には忘れない」

 ただの事実を口にしているつもりだった。

「この世界の主役は長崎かもしれないが……この世界は長崎だけのものではないぞ。俺も居る事を忘れるな」

 知世は、

「ふふ」

 と笑った。

「そんなこと初めて言われたわ」

「俺も初めて言った。……漫画の登場人物にでもなった気分だ」

「……脇役だけどね」

「意外と読者の人気は高くなったりするものだぞ。主役よりも名脇役の方が」

「名――ならね」

「誰か『迷』脇役だ」

「まだ何も言ってないわよ」

 掛け合って、笑い合う。

 この日、大輔が長崎家で御馳走になった艷やかなチョコレートケーキは上品な苦味と香りが口に広がる非常に大人っぽいスイーツだった。

 この日を境に二人の関係はまた少しずつ変化していった。更に10日もすると、

「真田君と長崎さんは付き合って……ないんだよね?」

 宮下ワタルに再び確認をされてしまったりもした。

「ああ。俺と長崎は付き合っていない」

「……言質を取られないようにしてるだけで実質的には」

「恋人同士ではない」と大輔ははっきりと言ってやったが、

「……うーん。全く隠せてないというか隠す気がないように見えるんだけど」

 と宮下ワタルは納得がいっていないような顔をしていた。

 大輔と知世が付き合っていない、恋人同士ではない事は本当だ。

(しかし。仮に付き合っていたとしてもそれは俺と長崎以外の人間にはどうでも良い話だろうに。これを知的好奇心とは言わないだろう。……これが「知る権利」か?)

 つい最近まで他人への興味を完全に無くしていた大輔にとってはとても難しい――理解が出来ない心の動きだった。

「――知る権利? ってなんだったかしら」

 知世が首を傾げた。他愛無い雑談の中で大輔はぼそっと先に思ったような事を知世に話してしまったのだ。

「週刊誌が有名人のプライバシーを侵害する時に使う大義名分だ。本来の意味や使い所は別にあるはずだが。個人的には『屁理屈』と同義だと思っている」

「……博識なのね」

「何だ。含みのある言い方だな」

「ふふ。だって。真田君て運動は得意だけど勉強はまあそれなりってイメージだったから。意外に読書家だったりするのかしらって」

 以前はおもに大輔が知世の事を追い掛け回していた感が強かった二人であったが、最近では知世の方も大輔に興味を示すようになっていた。

「運動は苦手でも嫌いでも無かったがチームスポーツはやらなかったな。少年野球もサッカーもバスケも。いつ巻き戻されるか本当に分からなかったからな。俺には人間関係の継続が難しかった。俺も間抜けで仲良くなった覚えのまま『初対面』の友達に話し掛けてドン引かれたりとかしてな」

「ぐ……ご迷惑をお掛けしております」

「はは。過去形にしないところが長崎だよな。現在も止める気は無いと」

「……対応に関しましては全力で善処していく所存でございまして……」

「はははは」

「ええと。それで。野球とかサッカーをしない代わりに読書をたくさん?」

「ん、ああ。不意に巻き戻されても影響の少ない一人遊びばかりしていたな。ただ、絵を描いたりなんかは他の人間の迷惑にはならなくても自分の傑作が一瞬で文字通り白紙に戻ったりしたからな。本を読む事が一番、無難だったんだ」

「ゲームとかアニメとかそっち方面には手を出さなかったの?」

「んー。ゲームの場合は進めた地点から戻されるし。アニメでもドラマでもテレビの番組だと俺の記憶の中の『続き』を見る為には放送を何週も――下手をしたら数ヶ月とか待たないといけなくなったりしていたからな。完結済みの漫画とか続きモノではない小説とか自然とそういうものを読むようになっていったかな」

「そう……」

「――ああ。あとは単発の2時間ドラマだとか映画なんかも良く見たぞ。面白い映画を見ている時ほど『今、巻き戻されたら最悪だ』とか思ってしまって集中しきれなくなったりしてな。ははは」

 大輔は笑った。知世は、

「……今度、一緒に映画でも観に行きましょうか。お詫びに奢るわ」

 冗談とも本気ともつかないお誘いをしてくれた。

「――でも。どうして私のリセットに真田君は巻き込まれるのかしら?」

 また別の日。最寄りの駅から長崎宅のマンションへと続く短い道程の途中で知世がぼそりと呟いた。

「長崎の行為には巻き込まれているんだが作用でいうと抵抗しているんだと思うぞ」

 大輔が答える。二人は今日の帰路も一緒だった。大輔が知世を家まで送っていた。

「本当なら長崎本人以外は全て――物質も時間も何もかも巻き戻されるところ、俺の精神だけが長崎と同じように残留している。俺が抵抗しているわけではないとすると長崎の方でエラーでも出ているのかもな」

「エラーって……。真田君の事を私本人だと誤認識してる――みたいなこと? だとしたら何が要因で?」

「単純な話、誕生日どころか生まれた時間が秒単位で同じだとか」

「ちなみに。私の誕生日は4月だけど」

「俺は11月だな」

「半年以上も違うじゃない。そして私の方がお姉さんだったと」

 何故か知世は偉そうに胸を張った。

「なるほど。俺の方が若いわけだな」

 大輔もこれぞまさしく「謎の抵抗」をしてしまった。

「生まれた日ではないとすると……一致する確率は何百億分の一らしい指紋の紋様が完全に同じだとか」

「あー。だとすると。私のスマホの指紋認証、真田君の指で通る? ――はい」

「…………」

「…………」

「……通らないな。まあ、例え話だからな」

 大輔は強がるみたいに「ふん」と鼻を鳴らした。

 知世は、

「残念。私と真田君の間には何か運命的な繋がりでもあるのかと思ってたのに」

 わざとらしく肩をすくめて、それから「ふふ」と微笑んだ。

「いや」と大輔は知世の挑発を軽くいなしてやった。

「理屈の無い『世界が巻き戻されても覚えている者同士』は十分に運命的だろう」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「ん」「ちゅ」

春待ち木陰
青春
富野スズ。高校一年生。十五歳。彼女の事を知る人間は彼女の事を「キス魔」と言うが、彼女の事を良く知っている人間は彼女の事を「キスねだり魔」と言う。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

【完結】追放住職の山暮らし~あやかしに愛され過ぎる生臭坊主は隠居して山でスローライフを送る

張形珍宝
キャラ文芸
あやかしに愛され、あやかしが寄って来る体質の住職、後藤永海は六十五歳を定年として息子に寺を任せ山へ隠居しようと考えていたが、定年を前にして寺を追い出されてしまう。追い出された理由はまあ、自業自得としか言いようがないのだが。永海には幼い頃からあやかしを遠ざけ、彼を守ってきた化け狐の相棒がいて、、、 これは人生の最後はあやかしと共に過ごしたいと願った生臭坊主が、不思議なあやかし達に囲まれて幸せに暮らす日々を描いたほのぼのスローライフな物語である。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...